学位論文要旨



No 125518
著者(漢字) 藤村,健
著者(英字)
著者(カナ) フジムラ,ケン
標題(和) 哺乳細胞におけるRNA顆粒の細胞生物学的研究
標題(洋) Cell-Biological Studies on RNA Granules in Mammalian Cells
報告番号 125518
報告番号 甲25518
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第967号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村田,昌之
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 渡邊,雄一郎
 東京大学 准教授 松田,良一
 東京大学 准教授 坪井,貴司
内容要旨 要旨を表示する

[背景] 遺伝子発現の最終段階に位置する翻訳過程においては、きわめて柔軟かつ迅速な制御が可能となっている。これはmRNAが多様なRNA結合タンパク質とmRNP complexと呼ばれる複合体を成して存在し全体として時間的/空間的に調節されるためであり、こうした制御機構は環境応答、細胞分化といった高次生命機能発現の基盤になると考えられる。このプロセスに深く関わるのがmRNPより形成される顆粒構造体(RNA顆粒)である。

これまで複数種のRNA顆粒が同定されているが、なかでもほとんどの生物/細胞種で保存されているのがStress Granule (SG)およびProcessing Body (P-body)と呼ばれる構造体である。SGはウイルス感染を含むさまざまな細胞ストレスに応じて速やかに形成され、mRNAを封入してタンパク質合成の停止を促し、状況に応じて翻訳を再開させる保管庫ともいうべき役割を果たす。一方、P-bodyは平常の生理条件下にある細胞にも存在し、SGと同じような保管庫的な機能を持つと同時に細胞質mRNAの分解や翻訳抑制を担う"場"として発見された。最近ではsmall RNAによるRNAサイレンシングへの関与も示唆されている。また、免疫応答、シナプス活性化や細胞分化などに伴う翻訳制御へのかかわりなど、個体レベルでの重要性も報告されている。

このように、翻訳制御における普遍的な重要性が示唆されるSGとP-bodyであるが、生化学的な単離が困難なことから全構成因子すら判明していない。私はまずSGに注目し、その主要コンポーネントであるTIA-1(T-cell Internal Antigen -1)というタンパク質に結合する因子をyeast two-hybrid法で探索することで新規SG構成因子を同定しようとした。

[結果と考察] 上記のスクリーニングの結果、CUG-BP1 (CUG-Binding Protein 1)及びPCBP2 (Poly-C Binding Protein 2)というRNA結合タンパク質をTIA-1との結合因子および新規SGコンポーネントとして同定した。以下、この二つの因子をプローブとしてそれぞれのSGへの局在化メカニズムを検討し、さらにおもに顕微鏡観察にもとづいたSG、P-bodyの研究を進めた。

<1> CUG-BP1を指標としたSG形成機構の研究

CUG-BP1は元々CUG triplet repeatに結合するタンパク質として同定され、現在では選択的スプライシングや翻訳の開始段階、またmRNAの分解にも関わるとされる極めて多機能な因子である。Yeast two-hybrid法および免疫沈降法によりTIA-1との結合を確認したのち、免疫染色やGFP融合タンパク質の発現により細胞内局在を検討したところ、CUG-BP1は平常状態においてはおもに核内に局在するが、さまざまな細胞ストレスによりSGにも局在するようになることがわかった。CUG-BP1は3つのRNA recognition motif (RRM)というRNA結合ドメインを持つが、欠失変異体の局在を調べたところ、N末端から2番目と3番目のRRMの間に位置する、これまであまり重要とはされていなかったLinker domainという部位が核から細胞質への移行を通じたSGへの局在化に不可欠であることが示された。免疫沈降実験からLinker domainはTIA-1との結合にも必要であることがわかっており、これよりCUG-BP1はLinker domainを通じてTIA-1(またおそらくそれ以外の因子とも)相互作用し、適切なmRNP complexに含まれることで細胞内動態、ひいてはその多機能性を制御しているのだろうと考えられる。

ついで、CUG-BP1やその他にSGへの局在が報告されている因子をプローブとしてSGの形成メカニズムを解析しようと試みた。具体的には、これらのタンパク質の局在を経時的に観察することでどのようにSGがかたちづくられ、多様な因子が一堂に会するのかを知ろうとした。この結果、SG形成は二段階からなることが判明した。第一段階では、翻訳開始因子eIF2αのリン酸化に伴い、翻訳の停止したmRNA、またそうしたmRNA同士の凝集を促すタンパク質の局所的な集積が細胞質内で起こり、SGの前駆体となる凝集体が形成される。ついで第二段階においてはそのようなSG前駆体が微小管依存的に融合して大型化し、細胞辺縁部から核近傍に移動しつつ秩序立った空間配置をとる。この形成過程においてはdyneinのモーター活性は必要とはされず、また微小管もSG形成が完了したのちの構造体維持には不要である。興味深いことに、通常は核内に局在するCUG-BP1やHuRなどのタンパク質は、この第二段階で初めて効率よく核からSGに移行し、この過程もまた微小管に依存する。以上より、SG形成は微小管に依存しない過程と依存する過程から成り立ち、特に後者においてSGのmobilizationおよび全構成因子のrecruitmentを通じて効果的なmRNAの集積が可能となることがわかった

<2> PCBP2 を指標としたP-body の多様性の研究

PCBP2 は3つのKH domain というRNA 結合モチーフを持ち、翻訳開始段階の促進やmRNAの安定化などを通じて翻訳を活性化する因子として知られている。その局在をタグを付与した融合タンパク質の発現および特異的な抗体を用いた免疫染色により検討したところ、平常状態においてPCBP2 は核、細胞質双方に局在し、ストレスに曝された場合SG のみならずP-body にも集積していることが判明した。PCBP2 の両構造体への局在化には異なるKH domain が利用される。siRNA によりPCBP2 をknockdown しても両者に影響はないものの、ライブイメージングからPCBP2 はSG、P-body および細胞質間を活発に行き来していることがわかった。これは、PCBP2 がmRNP remodeling を伴うストレス応答に関与していることを示唆する。

さて、平常の生理条件にある細胞においてもPCBP2 はやはりP-body に局在する。興味深いことにPCBP2 は全てのP-body には局在せず、3次元再構築した免疫染色像において定量したところ約40%のP-body においてのみ明確な局在がみられた。PCBP2 は大型の、翻訳抑制されたmRNA を多く含むP-body に局在する傾向があり、前述のsiRNA の実験結果とあわせて考えればP-body 形成の後半段階でrecruit されるものと思われる。ただし、大型のP-body であれば必ず局在するわけではなく、翻訳阻害剤puromycin によりP-body の大型化を促してもPCBP2 を含むP-body の割合は60%程度に増加するにとどまった。また、FRAP (Fluorescence Recovery after Photobleaching)実験からPCBP2 のP-body への局在はダイナミックなプロセスであり、特定のP-body 内にとどまっているのではないことが示された。以上の結果は、おそらくP-body 形成の初期段階で生じたP-body の不均一性をPCBP2 の局在が反映していることを示唆する。PCBP2 がポリソームとも相互作用し、mRNA の安定化や翻訳の促進をもたらす因子であることを考えれば、PCBP2 を含むP-body は、内部に封入された特定mRNA の翻訳を再開させる働きを持つことが考えられる。また、前後してPCBP1 というPCBP2 と80%以上の相同性をもつRNA 結合タンパク質も同様に選択的なP-body への局在を示すことを見出した。両者がほとんど同じRNA と結合することを考えれば、上記のP-body の不均一性は封入されているRNAの種類により生じている可能性が高いと思われる。

そこでマイクロアレイにより、PCBP2 により制御される可能性のあるmRNA を探索した。HEK293T 細胞においてPCBP2 のknockdown により発現が大きく変動するmRNA を調べたところ、2 倍以上の発現変動を示す転写産物が合計400 近く得られ、複数のbiologicalpathway がPCBP2 により制御される可能性が示唆された。以上を考慮すると、PCBP2 の選択的なP-body への局在、さらにはそれをもたらすP-body の不均一性が特定の細胞機能の調節に関わっているのかもしれない。

審査要旨 要旨を表示する

遺伝子発現の最終段階に位置する翻訳の過程においては、きわめて柔軟かつ迅速な制御が可能となっており、環境応答、細胞分化といった高次生命機能発現の基盤になると考えられる。この制御機構には、mRNA 及びRNA 結合タンパク質の複合体(mRNP complex)より構成される顆粒状構造体(RNA 顆粒)が深く関わるとされる。中でもストレス時のRNA 代謝を制御するStress Granule(SG)、またmRNA の分解や翻訳抑制、さらにはRNAi にも関わるとされるProcessing Body(P-body)は、広範な生物種そして細胞種において保存されている。本論文はこの両者について細胞生物学的な視点から解析をおこない、新しい知見をもたらしたものである。

まず、代表的なSG マーカータンパク質であるTIA-1(T-cell Internal Antigen 1)というタンパク質についてyeast two-hybrid 法により結合因子を探索し、それらの局在を検討することでCUG-BP1 及びPCBP2 という二つの新規のSG 構成因子を同定した。次いでこれらをプローブとして活用してSG の形成過程を可視化解析し、SG 形成が微小管依存的な過程と非依存的な過程の二段階からなることを見出した。第一段階においては細胞ストレスによる翻訳開始因子eIF2αのリン酸化とともに複数のSG 構成因子が微小管非依存的に局所的に集積し、それら因子間の相互作用の増大によりSG の前駆体となる凝集体がつくられる。第二段階においては微小管がこの凝集体同士の融合、並びに新たなmRNP complex の集積を介在することで、ストレス下でmRNA の運命を決定する装置としてのSG が完成される。

さらに上記の新規SG 構成因子のひとつであるPCBP2 について検討する過程で、このタンパク質がP-body にも局在することが見出された。PCBP2 はストレス下においてはSG とP-body を行き来しており、ストレス応答に伴うmRNP complex のリモデリングに関わると考えられる。また詳細な顕微鏡観察から、平常の生理条件下ではPCBP2 は一部のP-body のみに局在することがわかり、さらにノックダウン実験の結果などからP-body 形成の後半段階でリクルートされることが示唆された。以上から、個々のP-body が均一な構成成分/機能をもつとしてきたこれまでの見方に反し、P-body はPCBP2 を含むものとそうでないものに区別することができることが示された。このようなPCBP2 の選択的なP-body への局在は、P-body 形成の初期段階で生じた不均一性を反映しているものと考えられる。

RNA 顆粒は転写後の遺伝子発現、また場合によっては細胞内シグナル伝達の制御を通じて細胞機能を調節するとされる重要な構造体である。本論文は、最も普遍的なRNA 顆粒である(i)SGについて新規構成因子の同定に加え、生成メカニズムの一端を明らかにし、また(ii)P-bodyについてはその構成成分上の、ひいては機能上の多様性という新たな可能性を提議した。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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