学位論文要旨



No 125520
著者(漢字) 守谷,順
著者(英字)
著者(カナ) モリヤ,ジュン
標題(和) 社会不安における課題無関連刺激の処理
標題(洋) Processing of Task-Irrelevant Stimuli in Social Anxiety
報告番号 125520
報告番号 甲25520
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第969号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 丹野,義彦
 東京大学 教授 長谷川,壽一
 東京大学 教授 石垣,琢麿
 東京大学 准教授 村上,郁也
 東京大学 准教授 八田,秀雄
内容要旨 要旨を表示する

背景・目的

社会不安とは,対人場面状況で生じる不安のことを指す。過度の不安は社会不安障害を発症させる恐れがあり,発症者の多くが10~20代であることから(Stein & Stein, 2008),治療・一次予防を考える上で大学生に見られる社会不安の特徴を明らかにすることが必要である。

社会不安の特徴に,課題無関連な脅威刺激への選択的注意があげられる。社会不安の強い人は,課題の達成には関係のない怒り表情や社会的脅威語に注意を向けることが知られている。Eysenck, Derakshan, Santos, & Clavo (2007)の提唱するAttentional Control Theoryによれば,課題無関連な脅威刺激への選択的注意の原因として以下の2点が考えられる。1点目は,顕著性への過敏さおよび注意制御の困難さである。社会不安の強い人ほど,目立つ刺激(脅威刺激など)に過敏に反応し,なおかつ注意を制御することができないため,結果的に脅威刺激に注意が向いてしまうと考えられる。2点目として,注意の処理資源の問題である。一度に処理できる刺激の量には限度があり,全ての刺激を同時に処理することは困難である。そのため,課題無関連な脅威刺激が存在しても処理されない可能性がある。しかし,社会不安の強い人は多くの刺激が提示された状況において,課題無関連な刺激に処理資源を割り当て処理すると考えられる。以上2点について詳細に検討した研究はほとんどない。そこで博士論文では,顕著性への過敏さと注意制御の困難性(研究1),および注意の処理資源(研究2~5)についてそれぞれ検討した。

顕著性への過敏さと注意制御の困難性の検討

研究1 ドット・プローブ課題における課題無関連刺激への外因性・内因性注意の効果

視覚的注意は,非意図的に目立つ(顕著性の強い)刺激に注意を向ける外因性注意(自動的注意)と,能動的に制御して目的の場所へ向ける内因性注意(能動的注意)によって構成される(Berger, Henik, & Rafal, 2005; Jonides, 1981)。ドット・プローブ課題では,顕著性の強い刺激と弱い刺激を対提示し,刺激が提示された場所にランダムにターゲット刺激を提示することで,外因性注意がどちらに向いていたか検討することが可能である。すなわち,注意が向けられた場所にターゲットが出ると弁別力が増すことから(Fuller, Park, & Carrasco, 2009),ターゲットの弁別力で注意の程度を測定可能である。同時に能動的にどちらかに注意を向けるように教示することで,内因性注意も同時に検討可能である。Attentional Control Theoryによれば,高社会不安者は外因性注意の働きが強く,内因性注意の働きが弱いと考えられる。そこで,顕著性の強い刺激として実験1-1では怒り表情を,実験1-2ではコントラストの強い円刺激を用いて検討した。結果,両方の実験で高社会不安者に外因性注意の促進が見られ,顕著性の強い刺激に注意を向けられていることが示された。一方,内因性注意に関しては高・低社会不安者での差は見られず,高社会不安者でも十分注意を制御できることが示された。Attentional Control Theoryを一部支持したといえる。

注意の処理資源の検討

処理資源には限度があることが知覚的負荷課題において示されている。この課題では,視覚探索課題と同時に課題とは無関連な刺激を提示する。視覚探索課題の刺激が十分多い条件では(高知覚的負荷),処理資源が費やされ課題無関連刺激が処理されない。しかし,刺激の量が少ない条件(低知覚的負荷),余った処理資源で自動的に課題無関連刺激が処理される(Lavie, 1995, 2005)。したがって,高社会不安者が課題無関連刺激に処理資源を割り当てるのであれば,高知覚的負荷条件においても課題無関連刺激の処理が見られると考えられる。

研究2 文字刺激注意時の課題無関連な文字刺激の処理

文字刺激の探索課題中の課題無関連な文字刺激の処理について検討した。実験参加者には,注視点を見ながら中央に円状に提示される6つのアルファベットからターゲット刺激を素早く探索する課題を課した。同時に課題無関連刺激を周辺に提示し,処理されるか検討した。課題無関連刺激が処理されれば,ターゲットと課題無関連刺激が異なる文字である不一致条件に較べ,同じ文字である一致条件で有意に反応時間が短くなる(Eriksen & Eriksen, 1974)。結果,低知覚的負荷条件では,高・低社会不安者の両群で一致条件の反応時間が有意に短く,課題無関連刺激が処理されたと考えられる。一方で高知覚的負荷条件においては,低社会不安者では課題無関連刺激の処理が見られなかったが,高社会不安者では処理が見られた(Fig. 1)。したがって,高社会不安者は処理資源を十分に課題無関連刺激に割り当てていると考えられる。また,この結果は,課題無関連刺激の提示位置(周辺・中央)によらず見られた(実験2-1,2-2)。

高社会不安者で見られる課題無関連刺激の処理は,単に課題無関連刺激に意図的に注意を向けていたためである可能性も考えられる。そこで,自動的にターゲット刺激に注意が向くように操作したところ,それでも高社会不安では高知覚的負荷条件において課題無関連刺激の処理が見られた。しかし,低社会不安者では処理が見られなかった。したがって,注意制御の問題ではないと考えられる(実験2-3)。

また,課題無関連刺激の顕著性が高社会不安者の注意を引きつけている可能性も考慮して,実験2-4 では課題無関連刺激をマスキングすることで顕著性を低下させた(Lavie & de Fockert, 2003)。その結果,高社会不安者の課題無関連刺激の処理が弱まったため,顕著性の強い刺激への引かれやすさが影響を及ぼしている可能性が考えられる。

研究3 文字刺激注意時の課題無関連な写真刺激の処理

対人状況では,私たちは文字より複雑な様々な刺激を処理している。研究3 では,視覚探索課題では研究2 と同様にアルファベットを用い,課題無関連刺激にInternational Affective Picture System(IAPS, Lang, Bradley, & Cuthbert, 2005) より動物,モノ,風景の写真を用いた。そして,高社会不安者が課題無関連な写真刺激を処理するか検討した。結果,高社会不安者では低社会不安者に較べ, 課題無関連刺激の形状および意味処理が促進されている可能性が示された。写真のような複雑な刺激であっても,高社会不安者は課題と関連なく処理を促進している。

研究4 写真刺激注意時の課題無関連な写真刺激の処理

刺激の視覚的特徴(色・方位など)が増えると処理資源が多く費やされることから(Bahrami, Carmel. Walsh, Rees, & Lavie, 2008; Lavie, 1995),人物や動物などの複雑な刺激を処理している際には課題無関連刺激の処理が困難であると考えられる。研究4 では,視覚探索課題にIAPS より人物,動物,乗り物の写真を用い,複雑な写真刺激に注意している際に高社会不安者は課題無関連な写真刺激を処理しているか検討した。課題無関連刺激が処理されれば,ターゲットと課題無関連刺激が異なるカテゴリーの写真である不一致条件に較べ,同じカテゴリーの写真である一致条件で有意に反応時間が短くなる。結果,動物の写真に注意が向いている際は,高知覚的負荷条件で高社会不安者の一致条件の反応時間が不一致に較べ有意に短かった。しかし,低社会不安者では反応時間の差は見られなかった(Fig. 2)。すなわち, 高社会不安者は高知覚的負荷条件でも課題無関連刺激を処理していたと考えられる。しかし,人物の写真に注意が向いている際は,社会不安の程度に関わらず課題無関連刺激が処理されなかった。人物の写真は注意を引き付けて離さないことが知られており( Bindemann, Burton, & Jenkins , 2005; Langton, Law, Burton, & Schweinberger, 2008),そのため社会不安の程度によらず人物に十分処理資源が費やされたと考えられる。

研究5 処理資源の配分の問題

なぜ,高社会不安者は課題無関連刺激に処理資源を十分に割り当てられるか。その可能性の1 つとして,課題が簡単であったため視覚探索課題への処理資源の割り当てが少なかったと考えられる。したがって,課題が難しくなると課題無関連刺激の処理が消える可能性がある。そこで研究5 では,視覚探索課題の刺激を素早くマスキングすることで十分課題を難しくし,視覚探索課題に処理資源が割り当てられるように操作した。このような条件において,高社会不安者に見られた課題無関連刺激の処理が消えるか検討した。結果,十分視覚探索課題に処理資源が割り当てられている場合,高・低社会不安者共に課題無関連刺激は処理されなかった。したがって,研究2 から研究4 までで見られた高社会不安者の課題無関連刺激の処理は,処理資源の割り当ての広さに起因すると考えられる。

総合考察

Attentional Control Theory をもとに,顕著性への過敏さと注意制御の困難性, および注意の処理資源について検討した。結果,高社会不安者には,顕著性の強い刺激への外因性注意の促進と,注意の処理資源の割り当ての広さが見られた。すなわち,社会不安の強い人は,多くの刺激に処理資源を割り当てている。そのため,顕著性の強い脅威刺激がある場合,彼らは素早く脅威刺激を処理しかつ注意を向けると考えられる。そのため,脅威刺激への選択的注意の特徴が現れると考えられる。

Fig.1 知覚的負荷課題による課題無関連刺激の処理

Fig.2 動物の写真への注意時による課題無関連刺激の処理

研究5 処理資源の配分の問題

審査要旨 要旨を表示する

社会不安とは,人前で注目を浴びることへの強い恐怖や,対人状況で引き起こされる不安のことを指す。社会不安の代表的な特徴の1つに,課題無関連な脅威刺激への選択的注意が挙げられる。脅威刺激に注意が向いて処理を促進するため,不安が強まることが示されている。なぜ社会不安者が課題無関連な刺激に注意を向けるのか,そのメカニズムに関してAttentional Control Theoryによれば,2つの背反しない説が挙げられる。1つは,社会不安者は注意制御が困難であり,目立つ刺激に過敏に反応するため,目立つ課題無関連刺激に注意を向けるという注意制御の問題である。もう1つは,目的遂行中にも社会不安者は課題無関連刺激にまで処理資源を割り当てているのではないかという処理資源の問題である。しかし,これらの考えを実証的に調べた研究はない。そこで,本研究では以上の2つの説を実証することを目的とした。

本論文は5つの研究と10の実験から構成されており,大きく2部に分けられる。第1部では,注意制御の問題に関して,社会不安者の自動的注意と能動的注意のどちらに問題があるか検討した(研究1)。第2部では,処理資源の問題に関して,社会不安者が実際に課題無関連刺激に処理資源を割り当て,処理を促進しているか様々な刺激,手法を用いて検討した(研究2~4)。そして,社会不安者はなぜ課題無関連刺激へ処理資源を割り当てるのか検討した(研究5)。

第1部の研究1では,社会不安者は空間的注意を構成している自動的注意(外因性注意)と能動的注意(内因性注意)のどちらに問題があるのか検討した。自動的注意とは,目立つ刺激(顕著性の強い刺激)に向く注意を指し,能動的注意とは,意図的に操作する注意のことを指す。結果,刺激が非情動刺激(単純な図形)であっても情動刺激(怒り表情)であっても,高社会不安者の自動的注意の働きが強いことが示された。一方で,能動的注意能力に関しては,高・低社会不安者で差は見られなかった。つまり,高社会不安者は自動的注意が強く働くため,より目立つ,顕著性の強い脅威刺激に過敏に注意を向けてしまうと考えられる。

第2部の研究2では,社会不安者は課題無関連刺激に十分に処理資源を割り当て,刺激の処理を促進しているか検討した。処理資源とは,ある刺激を処理するために割り当てられる量のように考えられており,一度に処理される刺激の種類や特徴の数が増えると処理資源が減少することが知られている。したがって,視覚探索課題の刺激の種類が少ない場合(低知覚的負荷条件),課題に処理資源が費やされないため,課題無関連刺激にも割り当てられ処理される。一方,視覚探索課題の刺激の種類が多い場合(高知覚的負荷条件),処理資源が視覚探索課題に費やされ,課題無関連刺激は処理されない。研究2では,高知覚的負荷条件であっても,高社会不安者は課題無関連刺激に処理資源を割り当てており,刺激を処理していることが示された。すなわち,高社会不安者はアルファベット刺激の視覚探索課題の最中にも,課題無関連なアルファベット刺激を処理していることが示された。しかし,低社会不安者では高知覚的負荷条件での課題無関連刺激の処理は見られなかった。また,高社会不安者に見られた課題無関連刺激の処理は,刺激の位置や実験参加者の注意の位置によらないことが示された。

現実世界では,私たちはアルファベットのような単純な刺激ばかりではなく,より複雑な刺激を処理している。そこで研究3では,研究2とは異なり課題無関連刺激を写真刺激(動物,もの)に変え,より複雑な課題無関連刺激でも高社会不安者は処理資源を割り当て,刺激を処理するか検討した。その結果,研究2と同様,高知覚的負荷条件では低社会不安者は課題無関連な写真刺激を処理しなかった一方で,高社会不安者は課題無関連な写真刺激を処理していることが示された。特に,課題無関連な写真刺激の処理は,意味的処理まで行われている可能性が示された。

研究4では,研究3と異なり視覚探索課題に写真刺激を用い,より複雑な刺激に注意を向けている際でも,高社会不安者は課題無関連な写真刺激に処理資源を割り当て,刺激を処理するか検討した。結果,研究2,3と同様,高社会不安者は高知覚的負荷条件でも課題無関連な写真刺激を処理していることが示された。ただし,人物に注意を向けている際は,社会不安の程度によらず課題無関連刺激は処理されなかった。これは,人物の顔が注意をひきつけ離さない性質があることから,他の刺激まで処理が及ばなかったと考えられる。

研究5では,今まで見られた高社会不安者の課題無関連刺激の処理がなぜ生じるか,特に課題の難易度に着目して検討した。これまでの課題では,高社会不安者にとって課題が難しくなかったため,十分に視覚探索課題に処理資源が割り当て割れていなかったと考えられる。そこで,実験参加者ごとに事前に課題の難易度を統制し,十分難しくしたところ,これまで見られた高知覚的負荷条件での課題無関連刺激の処理が社会不安の程度によらず見られなくなった。したがって,高社会不安者は課題が簡単である場合,処理資源を広く割り当て,課題無関連刺激まで処理していると考えられる。

以上まとめると,高社会不安者は処理資源を広く割り当てているため課題無関連刺激まで処理が及ぶ。そして,課題無関連刺激に脅威刺激といった顕著性の強い刺激が存在すると,自動的注意の働きが強いため自動的に注意を向けてしまう。そのため,社会不安者は課題無関連な脅威刺激に注意を向けると考えられる。

本論文においては,次の諸点が高く評価された。

1) 社会不安を対象に初めて自動的注意と能動的注意の同時測定に成功し,高社会不安者に見られる脅威刺激への注意の問題には,自動的注意の促進が関わっていることを初めて実証的に調べたこと。

2) 社会不安の課題無関連刺激の処理に処理資源の割り当てが関連していることに着目し,初めて社会不安を対象に知覚的負荷課題を実施し,処理資源の問題を解決したこと。そして,より現実に則した画像を刺激に用いることで,現実場面での処理資源の効果まで視野に入れて検討したこと。

3) 博士論文の研究結果は,不安に関する脅威刺激への選択的注意の従来のモデルに組み込むことが可能であり,更により広範囲の刺激や条件に適用可能な課題無関連刺激の処理モデルを提唱したこと。

これらの成果により,本論文は博士 (学術) の学位に値するものであると,審査員全員が判定した。なお、研究1の一部はEmotion誌上に掲載済みであり,研究2はCognition & Emotion誌上に掲載が決定している。

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