No | 125522 | |
著者(漢字) | 山内,貴史 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマウチ,タカシ | |
標題(和) | 被害観念の形成及び持続に関する心理学的研究 | |
標題(洋) | Psychological investigation of the formation and maintenance of persecutory ideation | |
報告番号 | 125522 | |
報告番号 | 甲25522 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第971号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景と目的 世界中で広く用いられている診断基準DSM-IVによれば、被害妄想は、"自分が攻撃されている、悩まされている、だまされている、迫害されている、陰謀を企てられているという誤った信念"と定義される。妄想には、被害妄想、関係妄想、誇大妄想など様々な主題がみられる。被害妄想は最も頻繁にみられる妄想であり、統合失調症の代表的症状である。 妄想ほど奇異でないものの被害妄想に類似した内容の観念(以下、"被害観念"とする)は、DSM-IV等の精神疾患の診断基準を満たさない健常者にも高頻度でみられる。本研究では、被害観念を、"被害妄想ほど奇異ではない、自分が何らかの方法で悪意をもって扱われているという観念"と定義した。健常者にみられる症状と重篤な精神疾患にみられる症状との間の"連続説"を理論的背景として、妄想の心理学的理解や一次予防の可能性を見据え、被害観念を対象としたアナログ研究が近年行われている。 被害観念に関する先行研究では、被害観念の特徴、および被害観念の形成・持続要因(脆弱性)について様々な議論がある。しかしながら、被害観念の形成に関する近年の認知モデルにおいて重要視されている、認知・感情要因に着目した形成・持続要因研究はほとんど行われていない。被害観念の形成・持続要因を明らかにすることは、連続説を背景とした被害妄想の形成メカニズムの理解に寄与すると考えられる。以上を踏まえ、本博士論文は、(1)被害観念の特徴を把握する(研究1)、(2)被害観念の形成・持続要因となる認知・感情要因を明らかにする(研究2、3、4)ことを目的とした(表1)。 研究1 被害観念と社会不安は、どちらも外的脅威の予期という点で特徴付けられるなどの類似点が指摘され、その弁別性が疑問視されてきた。そこで、研究1では、被害観念と社会不安認知の多次元的比較を行い、被害観念の特徴を明らかにすることを目的とした質問紙調査を実施した。大学生266名に対し、被害観念、社会不安それぞれについて、先行研究に基づく8つの次元(抵抗感、苦痛度、違和感、確信度、統制不能感、悪意の知覚、怒り、頻度)について5件法で評定を求めた。分析の結果、被害観念は社会不安よりも違和感、他者の悪意の知覚、怒りが高く、社会不安は被害観念よりも確信度、頻度が高いことが示された。また、プロマックス法による因子分析の結果、被害観念、社会不安共に「苦悩」「他者への反応」の2因子が抽出された。さらには、被害観念は社会不安よりも、悪意の知覚、怒りの2次元から構成される「他者への反応」因子得点が高いことが確認された。 研究1の結果は、被害観念は社会不安よりも他者の悪意の知覚、怒りを伴うといった、他者へのネガティブな反応の強さが特徴であることを示すものと考えられた。ここから、(1)被害観念の強い者は自己・他者スキーマ(過去の体験によって形成される自己・他者についての信念)がネガティブに歪んでいるため、他者の悪意を知覚しやすい可能性、および(2)怒りは被害観念と強く関連する可能性が示唆された。 研究2 先行研究では、自己・他者についてのネガティブに歪んだスキーマが妄想の形成に関与することが指摘されている。しかしながら、健常者の被害観念とスキーマの関連についての知見は限定される。そこで、研究1の結果を踏まえ、研究2では自己・他者へのスキーマに焦点を当て、健常者にもみられる誇大妄想的な観念と比較しつつ、被害観念と強く関連するスキーマを明らかにすることを目的とした。「被害観念はネガティブな自己スキーマおよびネガティブな他者スキーマと強く関連する」との仮説を設定し、大学生123名を対象とした質問紙調査を実施した。重回帰分析の結果、被害観念はネガティブな自己スキーマおよび他者スキーマと強く関連することが示され、仮説は支持された。一方、誇大観念はポジティブな自己スキーマと特異的に関連し、ネガティブな自己スキーマおよび他者スキーマとの間に有意な関連は確認されなかった。以上の結果から、ネガティブな自己スキーマ、ネガティブな他者スキーマは被害観念と強く関連することが示唆された。 研究3 研究2は横断研究であるため、ネガティブな自己スキーマおよび他者スキーマと被害観念の因果関係については明らかでない。そこで、研究3では、ネガティブな自己スキーマおよび他者スキーマと被害観念の因果関係を明らかにするため、素因・ストレスモデルに基づく縦断的研究を行った。素因ストレスモデルは、精神病理は個人内の要因と環境要因であるストレスとの交互作用により生起するとするモデルである。従って、研究3では、素因としてネガティブな自己スキーマおよび他者スキーマを仮定した。そのうえで、「ネガティブなスキーマの強い者は、ストレスを体験することによりスキーマの弱い者よりも被害観念が喚起される」との仮説を設定し、大学生101名を対象に、約1ヶ月の間隔で2回の縦断調査を実施した。1回目では被害観念とネガティブなスキーマを、2回目では被害観念と2回の調査間のストレス体験を測定した。仮説の検証には、2回目の被害観念得点を基準変数とし、ステップ1で1回目の被害観念得点、ステップ2で主効果変数としてスキーマおよびストレス、最後にステップ3でスキーマとストレスの交互作用項を順次回帰式に投入した階層的重回帰分析を用いた。分析の結果、ネガティブな自己スキーマについては、ストレスの主効果のみが有意であり、自己スキーマとストレスの交互作用は確認されなかった。一方、ネガティブな他者スキーマについては、他者スキーマとストレスの交互作用が有意であった。下位検定により交互作用の内容を検討した結果(図1)、スキーマが強い場合のみ、ストレスが被害観念に与える効果が有意となることが示された。すなわち、ネガティブな他者スキーマが強い者ほど、強いストレスを体験すると被害観念が喚起されやすいことが示唆された。 研究4 研究1で示唆されたように、近年、怒り傾向(以下、"特性怒り")は被害観念の形成・持続に関与することが示唆されている。しかしながら、先行研究は横断調査による両者の相関分析にとどまっている。そこで、研究4では探索的縦断調査を行い、特性怒りと被害観念との因果関係について検討することを目的とした。大学生102名を対象に、約1ヶ月の間隔で2時点の縦断調査を実施した。参加者は2回にわたり、特性怒りおよび被害観念を測定する質問紙に回答した。特性怒りと被害観念の双方向の因果パスを設定した同時効果モデル(図2)を検証するため、分析には構造方程式モデリングを用いた。構造方程式モデリングの結果、同時効果モデルについて十分な適合度が認められた。また、2回目調査時点において、特性怒りから被害観念に有意な正の効果パスが確認された。一方、被害観念から特性怒りへの有意な効果は確認されなかった。これらの結果は、特性怒りの強い者ほど被害観念を持ちやすいことを示すものであった。すなわち、怒り感情の強さは健常者の被害観念の形成・持続要因のひとつであることが示唆された。 総合考察 以上の結果から、健常者にみられる他の症状と比較した際の被害観念の特徴として、他者の悪意の知覚および怒りを強く伴うことが示された(研究1)。これらの結果は、被害妄想と同様に、被害観念は他者へのネガティブな反応の強さが顕著な特徴であることを示唆していると考えられた。 また、健常者にみられる他の症状と比較して、被害観念はネガティブな自己スキーマおよび他者スキーマと強く関連すること(研究2)、とりわけ、ネガティブな他者スキーマが強い者ほど、強いストレスを体験すると被害観念が喚起されやすいこと(研究3)が確認された。また、特性怒りの強い者ほど被害観念を持ちやすい傾向があることも確認された(研究4)。よって、ネガティブなスキーマ、特にネガティブな他者スキーマおよび怒りの強さは被害観念の形成・持続要因のひとつとなりうることが示唆された。これらの結果は、認知・感情要因が被害観念の形成に関与するとされる近年の認知モデルと整合的であった。健常者にみられる症状と重篤な精神疾患にみられる症状との間の連続性を鑑みると、本博士論文の結果は被害妄想の病理的特徴およびその形成・持続要因について示唆をもたらすとともに、観念の一次予防および軽減を見据えた認知・感情的要因の検討の重要性を示唆するものと考えられた。 結論 4つの実証研究を通じて、(1)被害観念は、他の症状よりも他者の悪意の知覚、怒りを伴うなど、他者へのネガティブな反応の強さにより特徴づけられる、(2)スキーマ、特にネガティブな他者スキーマおよび特性怒りの強さは健常者の被害観念の形成・持続要因となりうることが示された。本博士論文は、被害観念の喚起および維持に関連する認知・感情要因を明らかにするとともに、連続説を背景とした被害妄想の形成・持続メカニズムの理解に資すると考えられた。 表1 博士論文の構成と出版状況 図1 被害観念を従属変数とした場合のスキーマとストレスの交互作用 * p < .01. 図2 怒りと被害観念の同時効果モデル * p < .01. | |
審査要旨 | 診断基準DSMによると、被害妄想とは、自分が攻撃されている、悩まされている、だまされている、迫害されている、陰謀を企てられているという誤った信念と定義され、統合失調症の代表的症状であるとされる。一方、被害妄想ほど奇異ではない、自分が何らかの方法で悪意をもって扱われているという"被害観念"は、精神疾患の診断基準を満たさない健常者にもみられることが報告されている。近年、統合失調症などにみられる被害妄想と健常者にみられる被害観念との間の連続説を理論的背景とし、被害観念を対象としたアナログ研究が数多く行われている。しかしながら、被害観念の形成・持続要因、とりわけ認知・感情的要因に着目した研究はほとんど行われていない。本論文は、このような認知・感情的要因に着目し、被害観念の形成・持続要因を明らかにしたものである。被害観念の形成・持続要因を明らかにすることは、連続説を背景とした被害妄想の形成メカニズムの理解に寄与しうると考えられ、その臨床的意義は大きい。 本論文は3部から構成される。まず、第1部では、被害観念研究の理論的背景として、連続説に関する研究を中心に先行研究を概観した。次いで、第2部は4つの研究から構成され、他の症状と比較しつつ被害観念の特徴を把握したうえで(研究1)、自己・他者についてのネガティブなスキーマ(研究2、研究3)、および特性怒り(研究4)が被害観念の形成・持続要因となりうるかを縦断調査により検討した。最後に、第3部では、本研究の知見からの臨床的示唆について考察した。 研究1では、被害観念と社会不安認知の多次元的比較を行い、被害観念の特徴を検討した。被害観念、社会不安それぞれについて、先行研究に基づく8つの次元を設定し、大学生266名を対象とした質問紙調査を実施した。その結果、被害観念は社会不安よりも違和感、他者の悪意の知覚、怒りが高く、社会不安は被害観念よりも確信度、頻度が高いことが示された。また、因子分析の結果、被害観念、社会不安共に同一の項目からなる、"苦悩""他者への反応"の2因子が抽出され、被害観念は社会不安よりも、悪意の知覚および怒りの2つから構成される"他者への反応"因子得点が高いことが確認された。 研究2では、自己・他者へのスキーマに焦点を当て、健常者にもみられる誇大妄想的な観念と比較しつつ、被害観念と強く関連するスキーマを検討するため、大学生123名を対象とした質問紙調査を実施した。重回帰分析の結果、被害観念はネガティブな自己スキーマおよび他者スキーマと強く関連することが示された。一方、誇大観念はポジティブな自己スキーマと特異的に関連し、ネガティブな自己スキーマおよび他者スキーマとの間に有意な関連は確認されなかった。 研究3では、ネガティブな自己スキーマおよび他者スキーマと被害観念の因果関係を検討するため、個人内要因とストレスとの交互作用により症状が生起するとする素因・ストレスモデルに基づく縦断研究を行った。素因としてネガティブな自己スキーマおよび他者スキーマを仮定し、大学生101名を対象に、約1ヶ月の間隔で2回の縦断調査を実施した。階層的重回帰分析の結果、ネガティブな他者スキーマについて、スキーマとストレスの交互作用が有意であった。交互作用の下位検定の結果、ネガティブな他者スキーマが強い者ほど強いストレスを体験すると被害観念が喚起されやすいことが明らかとなった。 最後に、研究4では特性怒りと被害観念との因果関係について検討するため、大学生102名を対象とした1ヶ月間隔の縦断調査を実施した。特性怒りと被害観念の双方向の因果パスを設定した同時効果モデルによる構造方程式モデリングの結果、2回目調査時点において、特性怒りから被害観念に有意な正の効果パスが確認された。一方、被害観念から特性怒りへの有意な効果は確認されなかった。よって、特性怒りの強い者ほど被害観念を持ちやすい傾向が確認された。 本論文においては、以下の諸点が高く評価された。 1. 健常者にみられる症状と重篤な精神疾患にみられる症状との間の連続説に関する先行研究を整理し、被害観念研究の理論的背景と意義を明確にしたこと。 2. 被害観念の形成に関する認知モデルに基づき、実証データに裏付けされた議論を行っていること。 3. 先行研究では検討されていない被害観念の形成・持続要因について、特に認知・感情的要因に着目し、被害観念との因果関係を検討していること。縦断調査を行うことによって因果関係に踏み込み、横断データのみを用いた先行研究の問題を解決しようと試みたこと。 4. 被害観念の形成・持続要因を明らかにすることによる観念の予防の可能性や、被害観念と被害妄想との間の連続説を背景とした被害妄想の理解などに資すると思われる臨床的示唆を提示したこと。 なお、以上の研究の実施にあたって、倫理的な配慮は十分になされていると確認された。 以上の成果により、本論文は博士(学術)の学位に値するものであると、審査員全員が判定した。なお、研究1はPsychological Reports誌上に、研究2は心理学研究誌上に、研究4はPsychological Reports誌上に公表済みである。 | |
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