学位論文要旨



No 125524
著者(漢字) 板谷,和彦
著者(英字)
著者(カナ) イタヤ,カズヒコ
標題(和) 企業の探索研究支援を目的とした発見の現場主導型マネジメントに関する研究
標題(洋) Study of Discovery-Site-Leading Management Aiming to Support Exploratory Research of a Company
報告番号 125524
報告番号 甲25524
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第973号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 丹羽,清
 東京大学 教授 松原,宏
 東京大学 准教授 藤垣,裕子
 東京大学 准教授 植田,一博
 首都大学東京,産業技術大学院大学 教授 吉田,敏
内容要旨 要旨を表示する

本格的な高度技術社会を迎える中で、研究開発の重要性が一層増している。中でも、探索研究は、我々の生活や社会を革新する新薬や新材料の候補物質を発見するものとして期待されている。探索研究によって一旦、効果的な候補物質を発見できれば、画期的な新製品・新規事業の創出に結びつけことが可能となる。したがって、企業にとっても、探索研究は継続的で大きな収益を得るための重要な活動の一つであると言える。一方で、探索研究における候補物質の発見は、無知・未知の領域に及ぶ行為であるため、不確定性や不確実性が高く、計画的な取り扱いが難しい側面がある。国際的な厳しい競争のもとで、企業において探索研究をどのように支援していくかは、研究開発マネジメントにおける重要な課題のひとつになっている。

探索研究支援の方策を議論する上で考慮すべきことは、発見が研究者の創造的活動の一つであること、および発見の創出が、研究の現場における偶発的で複雑なプロセスを経ることにある。

しかしながら、研究者の発見のプロセスを対象とする探索研究支援マネジメントに関する体系的・実証的な研究は十分ではなかった。さらに、企業における探索研究の現場も、階層的組織の一つに含まれ、研究者に対して成果主義型人事制度を中心とする定量性・効率性を志向するマネジメントを全社的な施策の一環として実施する企業が多いとの実情が明らかになっている。効率的な成果創出へのプレッシャーが高まる中で、階層的組織や定量性・効率性を志向する従来のマネジメントは、探索研究の現場において、創造的活動としての発見のプロセスへの課題をもたらしているものと考えられる。

そこで本研究では、企業の探索研究支援を目的として、発見のプロセスの理解に基づき、研究者および現場の視点で、リーダが具体的なマネジメントとして実施できる、マネジメントの方策を提案するとともに、そのマネジメントの有効性を日本の大手技術系企業における実証実験の結果に基づいて明らかにする。

序論に次ぐ第2章では、本研究の背景となる企業の探索研究支援の課題を述べる。はじめに企業における探索研究の活動と意義を述べた後、企業の探索研究支援を評価するための評価指標を提示することにより、本研究の志向する企業の探索研究支援の必要性を明らかにした。次いで、企業における探索研究支援のマネジメントに関する課題として、研究者の発見に至る研究行動を支援するマネジメントが不十分であること、階層的組織において成果主義型人事制度を中心とする定量性・効率性を志向するマネジメントが浸透している実情を示した。解決のためには、現場で実際に探索研究に取り組む研究者やチームの活動を支援する新たな方策の提示が必要であることを述べた。

第3章では、企業の探索研究支援に関する先行研究をマネジメント研究の観点と、探索研究の事例研究の観点からレビューした。マネジメント研究の観点からは、研究開発マネジメントの研究と、人材マネジメントの研究を挙げ、探索研究を対象としたマネジメント研究は十分でないことを示した。探索研究の事例研究の観点からは、探索研究を成功に導くために、発見のプロセスの理解が重要であり、発見のプロセスに直接関わる研究者やチームの視点によるマネジメントの構築が重要であることがわかった。しかしながら、先行研究では、要因分析や、重要性ファクターの指摘にとどまっており、発見のプロセスの理解に基づくマネジメントの構築に関する研究が不十分であることを示した。

第4章では、企業における探索研究の支援マネジメントとして、発見の現場主導型マネジメントと称するマネジメントを提案した。企業の探索研究支援において、階層的組織と成果主義型人事制度に基づくマネジメントがもたらす問題点を抑制するために、4つの特性要素、すなわち、1.破格の権限の委譲、2.ビジョン的表現による目標の共有、3.ゆるやかなコミュニケーション、4. 既存組織との臨機応変な整合の導入をはかった。これら4つの特性要素を有する発見の現場主導型マネジメントが、企業において探索研究を推進する上での課題を克服し、発見のプロセスにおける重要な研究行動を促進する、従来にない新規なマネジメントであることを従来のマネジメントと比較することにより示した。

第5章では、発見の現場主導型マネジメントの有効性を確認するために、2006年10月から2009年7月にかけて、日本の大手技術系企業で行った実証研究の方法を示した。合計15チームに対して適用群と非適用群を設定した実証実験の全容と、調査分析に関するアンケートや、半構造化インタビューを中心とする具体的な方法と手順を明らかにした。

第6章では、2ヶ月半に渡って実施した発見の現場主導型マネジメントの短期的適用実験による研究者の意識・志向と研究行動に対する効果分析の結果を示した。15チームに対するアンケート調査結果の効果分析により、発見の現場主導型マネジメントの適用は、発見のプロセスに重要となる研究者の意識や志向を高める効果があることを示した。次いで半構造化インタビュー手法による調査と分析枠組みを用いた効果分析により、発見の現場主導型研究マネジメントを適用したチームにおける研究者は、定説にとらわれずに仮目標を設定するとともに、拠り所となる確かな知識が利用できる範囲で試行錯誤を始め、次第に飛躍のある試行や予想外の結果への対応を進めるなど、発見のプロセスに重要となる具体的な研究行動を高めることを明らかにした。

第7章では、発見の現場主導型マネジメントの中・長期的適用実験による発見のプロセス支援、および探索研究の評価指標に対する効果分析の結果を示した。最長で18ヶ月におよぶ3チームの長期的適用の事例に関して半構造化インタビューによる事例分析を行い、発見の現場主導型マネジメントにおける4つの特性要素が、効果的に研究者の発見のプロセスを支援し、発見の創出へと導く過程を明らかにした。さらに、この方法を用いたマネジメントを適用した結果、その研究者の研究成果が、社内部門の高い関心を獲得するとともに、厳しい国際会議への論文採択や、優れた特許出願などに結びつく効果があることを明らかにした。

第8章では、日本の大手技術系企業で行った一連の実証実験の結果と効果分析に基づき、発見の現場主導型マネジメントが、企業における探索研究支援に与える有効性とその限界を総合的に考察し、さらに風土や経営方針のことなる多くの企業に適用する場合の課題も明らかにして、本研究の発展の方向を示した。

第9章では、結論であり、本研究で得られた成果を統括するとともに、本研究の意義について述べた。

本研究の意義は、企業における探索研究支援のためのマネジメント方法を具体的に提案し、それを実際に日本の大手技術系企業に適用することにより有効性を明らかにし、さらに今後どのように取り組むべきかの指針を示した点にある。

審査要旨 要旨を表示する

技術系企業では社会を革新する新薬や新材料の候補物質を発見する探索研究が行われている。国際的な厳しい競争のもとで、この探索研究を効果的に進めることは技術系企業における最も重要な課題のひとつとなっている。しかしながら、従来の技術経営論においては、発見を遂げた以降にいかに製品開発を効率的に推進させるかという製品開発支援が主要な研究対象であり、難しい課題である研究者の発見のプロセスを対象とする探索研究支援マネジメント研究は十分ではなかった。

このような状況の中で、本論文は、我が国の企業における探索研究を支援する過程と方法を実証的に解明したものであり、この研究課題に取り組んだ本論文の意義は高く評価される。

本論文は9章からなる。第1章は序論であり、研究の背景と目的が述べられている。第2章では、企業の探索研究の支援に対する評価指標を提示している。次いで、企業の研究マネジメントの実態を調査することにより、階層的組織と、成果主義型人事制度に基づくマネジメントが、探索研究支援にとって問題となることを明らかにしている。

第3章では、企業の探索研究支援に関する先行研究をレビューし、そのいずれもが、実務的に活用できる方策まで十分に議論されておらず、さらにマネジメントへの体系化も不十分であることを明らかにしている。

第4章では、企業における探索研究支援のために、「発見の現場主導型マネジメント」と称するマネジメント方法を提案している。これは、階層的組織と成果主義型人事制度に基づくマネジメントの問題点を抑制するために、4つの特性要素、すなわち、1.破格の権限の委譲、2.ビジョン的表現による目標の共有、3.ゆるやかなコミュニケーション、4. 既存組織との臨機応変な整合を組み合わせる新規の方法である。

第5章では、提案した発見の現場主導型マネジメント方法の有効性を確認するために、日本の大手技術系企業で行なった実証研究の方法を述べている。合計15チームに対して提案方法の適用群と非適用群を設定した実証実験の全容と、調査分析に関する具体的な方法と手順を示している。

第6章および第7章では、この技術系企業で実施した実証実験の結果に基づき、発見の現場主導型マネジメント方法の有効性を確認している。まず第6章では、2ヶ月半に渡って実施した詳細な適用実験の結果を分析し、この方法が発見のプロセスに重要となる研究者の意識や志向と研究行動を高める効果をもたらすことを明らかにしている。また、第7章では、最長で18ヶ月におよぶ長期的適用により、発見の現場主導型マネジメントが、研究者の発見のプロセスを支援し、発見の創出へと導く効果を事例分析によって明らかにしている。さらに、この方法を用いたマネジメントを実施した結果、その研究者の研究成果が厳しい国際会議への論文採択や、優れた特許出願などに結びつく効果があることを明らかにしている。

第8章では、一連の実証実験の結果と効果分析に基づき、発見の現場主導型マネジメントが、企業における探索研究支援に与える有効性の限界を考察し、さらに企業風土や経営方針のことなる多くの企業に適用する場合の課題も明らかにして、本研究の発展の方向を示している。

第9章は、結論であり、本研究で得られた結果が要約されている。

以上のように本論文は、企業における探索研究支援のためのマネジメント方法を具体的に提案し、それを実際に日本の技術系企業に適用し有効性を明らかにしたものであり、技術経営学分野の研究成果として高く評価できる。従って、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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