学位論文要旨



No 125526
著者(漢字) 石山,智明
著者(英字)
著者(カナ) イシヤマ,トモアキ
標題(和) 高分解能シミュレーションによるダークマターハローの微細構造の研究
標題(洋) High-Resolution Simulations of Small-Scale Structures of Dark Matter Halos
報告番号 125526
報告番号 甲25526
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第975号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江里口,良治
 東京大学 准教授 蜂巣,泉
 東京大学 准教授 小河,正基
 東京大学 准教授 吉田,直紀
 東京大学 教授 牧野,淳一郎
内容要旨 要旨を表示する

冷たい暗黒物質(CDM) モデルは、宇宙の構造形成過程の標準的なモデルと考えられている。このモデルに従うと、宇宙の構造形成は初めに小さい構造が形成し、それらが合体して大きい構造へと至るという階層的なものである。

CDMモデルは、宇宙の大規模構造のような銀河より大きい構造を非常によく再現する一方、それより小さい構造の記述において、少なからず未解決問題が残されている。例えば、銀河スケールハローにおいて、CDMモデルが予言するサブハローの個数が、銀河系における矮小銀河の数に比べ、桁違いに多いという矮小銀河問題などが存在する。このような小さな構造の非線形成長を追うためには、宇宙論的N 体シミュレーションが非常に有用である。しかし、こういった構造の大部分は大きい構造の中に付随するものとして存在するため、考慮すべき質量・空間スケールが非常に幅広い。したがって高分解能の宇宙論的N 体シミュレーションが必要不可欠である。

一方、ダークマター粒子の正体そのものも依然不明である。ひとつの有力な候補として、超対称性粒子、ニュートラリーノが挙げられる。ダークマター粒子がニュートラリーノであれば、最小のダークマターハローは地球質量程度になると考えられる。このマイクロハローが現在まで生き残っていると、ダークマター対消滅によるガンマ線の主なソースになるが、生き残るかどうかについては論争があった。生き残るかどうかは構造、特に中心密度によるが、従来のシミュレーションでは分解能が不足していてはっきりした結論が得られていなかった。したがって、高分解能シミュレーションによって解決すべき問題として残されている。

本博士論文ではまずはじめに、大規模シミュレーションのために新しく開発した超並列宇宙論的N 体シミュレーションコード"GreeM" について述べる。そして小スケールの代表的な未解決問題のひとつである"矮小銀河問題"と、地球質量のダークマターマイクロハローの構造に関する研究結果について述べる。以下それぞれの概要を記述する。

GreeM : Massively Parallel TreePM Code for Large Cosmological N-body Simulations

私は超並列宇宙論的N 体シミュレーションコード"GreeM" を開発した。このコードは相互作用重力計算のアルゴリズムにTreePM 法を、並列化の際の領域分割に再帰的多段分割法を用いており、PC クラスターや、国立天文台のCray-XT4 のような超並列計算機において非常に効率よく動作する。ロードバランスの調整に新しい手法を使うことで、1024 コア以上を使っても負荷の不均一による損失を5%以下にした。これにより、高い並列化効率を実現した。報告されている並列TreePM コードの殆どでは256 コア程度以下で既に負荷の不均一が10%を超えており、1024 コアでは効率が大きく低下していた。また、測定した重力相互作用の演算能力は、Cray-XT4 の1CPU コア、1 秒あたりおよそ50000 粒子であった。

Variation of the Subhalo Abundance in Dark Matter Halos

次に、宇宙の構造形成の未解決問題の一つである矮小銀河問題に着目した。我々の銀河系においては、マゼラン雲をはじめ十数個の矮小銀河が発見されている。一方CDMモデルに基づいた銀河スケールハローの構造形成シミュレーションを行うと、ハロー内部のサブハローの個数が観測される矮小銀河の数に比べ、桁違いに多くなるということが報告されている。これが矮小銀河問題である。

これまでに提案されている解決案には、矮小銀河として観測されているものは質量の大きいサブハローに対応し、小さいサブハローでは星形成を誘発するのに十分なガスを集められず、矮小銀河として観測されないはずであるというものがある。また宇宙再電離により小さいサブハロー内部のガスが暖められ、星形成が抑制されたというものもある。この2 つをはじめ、多くの解決案が提案されているが、確固たるものとして広く受け入れられているものはない。

従来の研究は1 つ、または数個のハローにおけるサブハロー分布を見ていた。これは多くのハローを比較できるような広い領域におけるハロー形成を高解像度で追うのは、非常に計算時間がかかるからである。しかし、これらの結果には、ハローを選択するというバイアスと、サンプル数が少ないことによる統計的誤差が含まれている。したがって、ハローによるサブハロー分布の違いを考慮しておらず、それがどの程度か検証することは最重要課題の一つである。

そこで本博士論文においては、広い領域の構造形成を高分解能の宇宙論的N 体シミュレーションを用いて追い、銀河スケールハローでのサブハロー分布を調べた。シミュレーションはΛCDMモデルを用い、およそ46.48Mpc 立方の領域を40 億個のダークマター粒子で表現した。この規模の領域では我々のシミュレーションの分解能は、我々の知る限り世界最高である。計算には国立天文台のCray-XT4 の2048CPU コアを用い、およそ280 時間を費やした。そしてz = 0 のスナップショットから全ての銀河スケールのハローを68 個、巨大銀河スケールのハロー57 個を無バイアスに取り出し、その中のサブハロー分布を調べた。

その結果、サブハローの個数はハロー毎に大きく異なることがわかった。一番多いハローに対して10 分の1 程度しかサブハローを持たないハローも存在する。サブハローが少ないハローは中心集中度が高く、形成が早いといった特徴がある。これはハローの形成史がサブハローの数と関係しているためと考えられる。また質量の小さいハローほどサブハローの数の分布の分散が大きく、局所銀河群と比較して2 倍程度しか多くないハローも存在した。つまり、局所銀河群の衛星銀河の数とシミュレーションでのサブハローの数は、従来言われていた数十倍ではなく、せいぜい2 倍程度と考えられる。残る2 倍程度の差については、バリオンによる物理過程が一定の役割を果たしている可能性がある。

Gamma-ray Signal from Earth-mass Dark Matter Microhalos

次に、地球質量マイクロハローの構造を高分解能の宇宙論的N 体シミュレーションを用いて調べた。その結果マイクロハローの密度構造は外側から中心まで-1:5 乗のカスプであることがわかった。これは従来考えられていた-1 乗程度のカスプとは大きく異なる。これらマイクロハローは恒星による近接遭遇を経験しても、中心が~104Mθpc-3 と高密度であるために、銀河系の大部分で、ほとんど破壊されることなく生き残る。ハローの外縁部は削られるが、マイクロハローのガンマ線光度にはほとんど影響しない。

このようなマイクロハローは、銀河全体に銀河ハローのダークマター分布と同じように分布する。結果として、銀河ハロー自身よりも対消滅によるガンマ線光度が大きくなり、ブーストファクターは太陽近傍で約20、銀河全体で約1000にもなる。太陽近傍のマイクロハローは中心部の視角がFermiの分解能と同程度であるため、大きな固有運動を持った明るい点状のガンマ線源として観測されると考えられる。また銀河中心付近のマイクロハローは、ミリ秒パルサーと近接遭遇をし、摂動を与える。この摂動によるパルサータイミングのずれは10 年間で、~5nsと見積もられ、ずれは特徴的な形を持つため、PPTA等で観測されると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

冷たい暗黒物質(CDM) モデルは、宇宙の構造形成の標準的なモデルであり、大規模構造や銀河の分布等を非常に良く再現する。しかし、銀河スケール以下では様々な未解決問題が指摘されている。例えばCDM モデルが予言する、銀河のまわりに存在する矮小銀河(サブハロー)の数が、我々の銀河系内で実際に見つかっている矮小銀河の数の10 倍以上である、といういわゆる矮小銀河問題がある。また、冷たい暗黒物質の正体は何か、というのも大きな問題である。近年有力な暗黒物質候補と考えられているニュートラリーノのような超対称性粒子の場合には対消滅によるγ線が検出可能と考えられている。対消滅によるガンマ線のフラックスを予言するためには、もっとも小さなスケールでのダークマターハローの構造を予言することが必要になる。

論文提出者は、これらの小スケールでのダークマターハローの構造について、これまで行われていなかった規模のシミュレーションを行ない、矮小銀河問題と最小スケールダークマターハローについて、従来の定説を覆す結果を得た。これらの成果はダークマターハローの性質、ひいてはダークマターの正体の理解に大きく寄与する重要な結果であると判断した。

第1 章は序論であり、以上のような研究の背景や従来の研究の問題点をまとめ、本研究の目的と意義を述べている。

第2 章では、論文提出者が新しく開発した並列N 体シミュレーションコードGreeM について、その実装と性能がまとめられている。GreeM の特徴は、1000 を超える非常に高い並列度まで性能がリニアに向上することである。これは、計算時間自体を空間分割に反映させることによりほぼ完全なロードバランスを実現するもので、論文提出者のアイデアによる新しいアルゴリズムにより実現されており、高く評価した。

第3 章では、矮小銀河問題についての研究結果がまとめられている。論文提出者は、シミュレーションボックス内で形成された全てのハローについてその構造を調べることによって、従来の研究の問題であったハロー数が限られるという問題とサンプリングバイアスの問題を同時に解決した。この結果、銀河スケールハローではサブハロー数の分散は非常に大きいこと、また、サブハロー数はハローの形成時期と強い相関があり、早期に形成されたハローでは現在のサブハロー数が少なくなる傾向があることを見いだした。我々の銀河系は比較的形成時期が早いものであると考えられており、サブハローが少ないことを定性的には説明できる。また、銀河探索サーベイSDSS (Sloan Digital Sky Survey)から、速度分散が小さいところでは多数の未発見の矮小銀河があることが示唆されており、今後多数の矮小銀河が発見される可能性があると考えられる。この新しい結果は矮小銀河問題の解決につながる重要なものであると評価した。

第4 章では、最小スケールダークマターハローの構造についての研究結果がまとめられている。論文提出者は高分解能なシミュレーションを世界で初めて行ない、中心部分の密度プロファイルが半径の-1.5 乗のべき分布になることを見いだした。この密度プロファイルはダークマターハローに対して一般的に仮定されるNFW (Navarro-Frenk-White) プロファイルよりも深く、γ線光度自体が中心に向かって対数的に発散するものである。このために、γ線光度が従来の見積りより大きく、観測にかかりやすくなると同時に、他の天体の重力による潮汐破壊の影響が殆どなくなることになる。これらの新しい結果は、ダークマターの正体の解明につながる可能性があり、そこに重要な意義を認めた。

以上を要するに、本論文はダークマターハローの構造という重要な研究分野において、今までにない大規模シミュレーションを行い、その結果の考察から新しい知見を得たものであり、その貢献は大きいと判定した。また、これらの研究については論文提出者の主導のもと行われたことを確認した。従って、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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