学位論文要旨



No 125528
著者(漢字) 小島,陽広
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,アキヒロ
標題(和) メソポーラス反応場を用いるナノ複合材料の合成とエネルギー変換に関する研究
標題(洋) Study on Nano-Composite Syntheses with Mesoporous Media for Energy Conversion
報告番号 125528
報告番号 甲25528
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第977号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮坂,力
 東京大学 教授 瀬川,浩司
 東京大学 教授 松尾,基之
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 准教授 久保,貴哉
内容要旨 要旨を表示する

近年メソポーラス構造に機能性材料を付加した複合材料に関する研究が進められている。代表的な多孔質材料であるゼオライトやメソポーラスシリカは、優れた吸着、貯蔵、坦持特性を示す物質として広く利用されてきたが、これらの特性は多孔質材料がもつ微細孔と広大な表面積に基づくものである。この表面積に機能性物質を付加したナノ複合材料は、光触媒や電荷分離などの界面反応に基づくエネルギー変換系への応用に適した構造をもつ。しかし天然に存在する結晶性多孔体の多くは絶縁物であるために、エネルギー変換系への応用は主に触媒分野に限られてきた。機能性の化合物に対して、多孔体に最適な機能(伝導性、誘電性、エネルギー準位)を付与することができれば、エネルギー変換効率の高い機能性ナノ複合材料の構築につなげることができる。本研究ではこれらの応用が可能な手法を構築した。

ナノ粒子の焼結多孔体は、構成粒子を金属、半導体、有機物など豊富な材料から選択することによって、多孔体が有する物性を任意に選択することができる。本研究では金属酸化物ナノ粒子から構成される焼結多孔体をホスト材料として、その内部に金属ハライド系ペロブスカイト化合物(CH3NH3Pb(Br, I)3)、もしくは白金触媒を坦持したナノ複合材料について検討を進めた。これらの機能性物質とメソポーラス材料の電子エネルギーレベルに着目したナノ複合材料化を行うことにより、エネルギー変換系へ応用することに成功した。

第1 章では、多孔質材料と機能性材料をナノメートルスケールで組み合わせた複合材料に関するこれまでの研究と、金属ハライド系ペロブスカイト化合物に関する基礎的物性やその応用研究に関する報告についてまとめた。

第2 章では、可視光吸収を示す臭化鉛系及びヨウ化鉛系ペロブスカイト化合物を多孔質二酸化チタン電極内部でin situ 合成し、これを光電極とする湿式太陽電池の分光増感特性と電池性能を評価した。大気中光電子分光測定及びUV-Vis 吸収スペクトルが示す光学吸収端から、ペロブスカイト化合物の価電子帯レベルとエネルギーバンドギャップを決定し、CH3NH3PbBr3 及びCH3NH3PbI3 の伝導帯下端レベルを、真空準位に対して2.93 eV と3.78 eV と評価した。これらのレベルが二酸化チタンの伝導帯下端レベルよりも高いことから、励起電子移動反応がエネルギー的に起こり得ることを確認した。X 線回折法による結晶構造解析の結果から、TiO2 とCH3NH3PbX3(X=Br or I)が複合材料を形成していることを示した。SEM 像観察の結果から、二酸化チタン粒子上に2-3 nm 程のCH3NH3PbBr3 結晶粒子が合成されていることを確認した。導電性ガラス基板上に製膜したTiO2/CH3NH3PbX3(X=Br or I)を光電極とし、白金対極、及び臭素もしくはヨウ素のレドックス対を含む電解液から光電気化学セルを作製して作用スペクトルと電流-電圧特性を測定した。作用スペクトルが示す可視光応答領域はペロブスカイト結晶の吸収波長領域と一致しており、CH3NH3PbBr3 で60%、CH3NH3PbI3 で40%の外部量子効率が得られたことから、CH3NH3PbX3 が二酸化チタンに対する可視光増感剤として機能していることが示された。太陽電池としての性能は、CH3NH3PbBr3を増感剤に用いた場合、短絡電流密度(Jsc)5.6 mA cm-2,開放電圧 (Voc) 0.96 V, 形状因子(FF) 0.59 となり、エネルギー変換効率(Eff.)は3.1%を与えた。CH3NH3PbI3 を増感剤とした場合にはJsc 11 mA cm-2, Voc 0.61 V,FF 0.57, Eff. 3.81%を示し、高い光電エネルギー変換効率を示す光電気化学セルを構築することに初めて成功している。本章では機能性材料として知られるハロゲン化鉛系ペロブスカイト化合物を多孔体内部で合成する初めての試みを行い、細孔内で合成された化合物の結晶構造や表面モルフォロジーを初めて明らかにした。また、多孔体として酸化チタンを選択することによりペロブスカイト結晶の光増感剤としての機能を初めて見出し、光電変換デバイスへの応用に成功している。

第3 章では、前章において形成されたナノメートルサイズの粒子径を持つCH3NH3PbBr3 の光学特性を検討するために、酸化アルミニウムナノ粒子より作製した多孔膜内部にCH3NH3PbBr3 を合成し、その基礎光学特性を評価した。CH3NH3PbBr3 の合成坦持量を前駆体溶液の濃度により制御しAl2O3/CH3NH3PbBr3の拡散反射スペクトルを測定した結果、光学吸収端波長が550nm から360nm 付近へシフトした。この短波長側への吸収端シフトは前駆体溶液の低濃度化により顕著に認められた。これはCH3NH3PbBr3 がクラスタサイズに近づき、非局在化した分子軌道による光吸収が起きているためであると考えられる。CH3NH3PbBr3 と酸化物とのエネルギーレベルの相関を検討するために、Al2O3 と異なる伝導帯レベルを有するTiO2、SnO2、ZrO2 に着目し、多孔膜内部で合成したCH3NH3PbBr3 の蛍光スペクトルを測定した。その結果、Al2O3 及びZrO2 をホストとした場合のみ520nm 付近にピークを持つCH3NH3PbBr3 からの高輝度発光が認められた。Al2O3 及びZrO2 の伝導帯レベルはCH3NH3PbBr3 よりも高エネルギー側に位置するため、酸化物への励起電子移動反応が抑制され、蛍光放射を示したと考えられる。この強い発光はバルク特性を示すサンプルからは認められず、1wt%の前駆体溶液から作製したAl2O3/CH3NH3PbBr3 薄膜において最も強い発光強度を示した。低次元構造を有するハロゲン化鉛ペロブスカイトに関する研究は、これまで有機物との間で形成される有機無機複合材料として検討が進められてきた。本研究では、これまで合成が困難であった数ナノメートルサイズのCH3NH3PbBr3 ナノ粒子を、多孔質アルミナ及びジルコニア膜の細孔内部で合成することに成功し、その基礎光学特性を評価することに初めて成功した。この成果は、低次元系ペロブスカイト化合物の物性評価に大きく貢献することが期待できる。

第4 章では、各金属酸化物ナノ粒子で構成したメソポーラス構造内に白金触媒を坦持し、色素増感太陽電池の対極としての応用を検討した。はじめに、二酸化チタン多孔質電極に対してヘキサクロロ白金酸を溶解した前駆体溶液を用い、白金を坦持したPt/TiO2 複合材料について、その対極性能を評価した。Pt/TiO2膜断面のSEM 像観察の結果から、1-2nm 程の白金微粒子が酸化チタン粒子上に析出していることを確認した。Pt/TiO2 膜のXRD パターンからは(111)および(200)に対応する回折ピークが認められた。Pt/TiO2 対極上における白金触媒から三ヨウ化物イオンへの界面電荷移動抵抗は、交流インピーダンス法によりナイキストプロットを評価することにより行った。その結果、対極側に多孔性を持たせることにより、白金スパッタ平面膜を用いた場合と比較して電解液/対極界面における抵抗成分の減少が確認できた。特に白金から還元を受ける三ヨウ化物イオン濃度が低い場合において効率的に機能することを明らかにした。TiO2に代表される光触媒材料は、白金などの金属を坦持することによって酸化還元反応の効率が向上することが知られている。そこで他の金属酸化物としてAl2O3, NiO, WO3 及びSnO2 についてもメソポーラス電極を作製し、これに白金を坦持した複合材料の対極性能についても検討を行った。対極側に励起光が照射されない条件では、それぞれの複合材料の触媒能に大きな差は認められなかった。一方、励起光が照射される条件下では、Pt/WO3 対極において他の材料より高い電池特性が認められた。紫外域に吸収を持つ他の金属酸化物と異なり、酸化タングステンは460nm 以下の可視光域にまで吸収が及ぶため、高い光触媒作用により電解液中の三ヨウ化物イオンの還元反応が促進されたと考えられる。この結果より、色素増感太陽電池の対極側の反応に、白金触媒を坦持した酸化タングステンが示す光触媒作用が有効であることを初めて見出している。

第5 章では本論文の結果を総括した。本研究ではナノ粒子で構成したメソポーラス膜に対して、ハロゲン化鉛系ペロブスカイト化合物及び白金触媒を坦持したナノ複合材料と、それを用いたエネルギー変換に関する研究を進めた。これらの機能性材料とメソポーラス構造を作る酸化物のエネルギーレベルに着目した材料設計を行った結果、特にハロゲン化鉛系ペロブスカイト化合物に関しては光増感剤としての機能を初めて報告し、そのナノ結晶が示す高輝度フォトルミネッセンスについても明らかにした。これらの結果は金属酸化物を多孔体として用いる複合材料化とエネルギー変換に関する研究において重要な成果である

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、酸化チタン等の無機酸化物から作られるメソポーラス(ナノ多孔性)構造体を化学合成の反応場に利用し、この反応場を使ってエネルギー変換の機能を持つ各種の複合材料の薄膜を、平易な自己組織化反応を使って創製し、このように創製したエネルギー変換素子について応用に向けた性能評価を行う研究について述べたものである。本論文では、第一に、メソポーラス構造体が提供するナノ空間と高い表面積が、優れた電子的機能もしくは光機能を有するナノサイズの結晶を迅速な自己組織化によって合成する反応場として適していること、第二に、合成された物質をメソポーラス構造体と複合化することにより、デバイスとしても高い性能を与える材料の創製につながることを示している。本論文の研究成果から、無機増感の原理を用いたものとしてはこれまで最高のエネルギー変換効率を持つ光電変換素子(太陽電池)、色素増感太陽電池用として高い触媒能と電流特性をもつ電極材料、そして、発光素子用の蛍光材料として高い発光強度を持つ新奇の薄膜材料の3種が生まれている。本論文は5つの章から成る。

第1章では、多孔質材料と機能材料(光機能、電子機能)をナノ空間で組み合せた複合材料に関するこれまでの研究の背景をまとめながら、本研究で扱う金属ハライド系ペロブスカイト化合物とその特徴に着目し、この化合物を扱う研究に着手した目的を述べている。

第2章は、ハロゲン化鉛系ペロブスカイト化合物の結晶を光増感剤として、半導体性を持つメソポーラス酸化チタン(TiO2)に複合して電極用薄膜材料を作製する方法、ならびに、この薄膜を光電極に用いる光電気化学セルのエネルギー変換特性に関して述べている。一般にメソポーラス構造中に固体材料を被覆・充填することが困難な状況の中で、結晶生成のプレカーサを液体原料に用い、これをスピンコーティング法によって構造中に導入し、短時間の自己組織化反応によってペロブスカイトのナノ結晶をTiO2薄膜に担持した。電子分光解析等によって2種のペロブスカイト化合物(臭化鉛系のC且3N且3PbBr3、ヨウ化鉛系のcH3NH3Pbl3)の結晶とTiO2のエネルギーレベルの相関関係を決定し、ペロブスカイト結晶の担持形態をXRD及びSEM観察で調べ、光増感剤としてはたらく可能性を見出した。色素増感太陽電池の方法に従った光電気化学セルを作製し、光電変換の量子効率ならびにエネルギー効率を計測した結果、太陽光に対して3.80%のエネルギー変換効率を達成している。本効率は、量子ドット等の無機増感剤素子を用いる太陽電池としては最も高い効率であり、かつ平易な塗布法によって素子形成ができることも特長であるとしている。

第3章では、前章で作製に成功したナノ結晶粒子CH3NH3PbBr3について、発光材料としての機能をメソポーラス構造体において引き出すための研究について述べている。ここでは前章のTiO2(半導体)に代えて、不導体のAl2O3、ZrO2を構造体に用い、原料プレカーサの濃度と製膜の条件を最適化することで、ナノ結晶のサイズ制御を試みている。結果として十分に低濃度の原料から作られるナノサイズの結晶によって、メソポーラス構造体の薄膜上で高輝度の発光特性(蛍光)が得られることを見出した。本成果は、これまで発光能力が確認されたばかりの段階にあったハロゲン化鉛系ペロブスカイト化合物について、発光素子に応用できる高輝度の発光を引き出すことに成功した初めての例であり、かつ、平易な室温、大気下の自己組織化反応によって素材形成ができることが特長である。

第4章は、ナノ結晶に白金粒子を用い、メソポーラス構造体に各種の金属酸化物を用い、白金粒子をヘキサクロロ白金酸を原料として構造体中に複合化する方法と、この方法を最適化して作製する電極基板を色素増感太陽電池の対極に応用した研究の成果を述べている。この応用には白金が持つ電気化学触媒としての活性(電極活性)の評価が重要であることに着目し、交流インピーダンス等の電気化学計測法による解析結果に基づいて、極微小量の白金担持(平均1~2nmサイズ)が有効であること、金属酸化物の中でも酸化タングステン等が高い対極活性をもたらすことを見出した。第2章、第3章の技術と同様な大気下の成膜法によって、従来高効率の色素増感太陽電池に用いられた対極材料(白金蒸着基板等)と同等以上のエネルギー変換効率が得られることも確認している。

第5章では、本論文の総括であり、メソポーラス構造体をin situの反応場に用いたナノ複合材料の作製が、光電子の生成(光発電)、ルミネッセンス、そして触媒機能の発現という目的へ向けて素材創製の優れた手法となることを述べ、この手法が各種の機能性ナノ複合材料の設計にも有用であることを結論している。

以上のように、本論文は、メソポーラス構造体を無機結晶合成の反応場として活用することが、化合物の新たな機能発現に有力な手法となることを示し、この考えに基づいて作製した素子が、エネルギー変換において高い動作特性を示すことを明らかにした。したがって本審査委員会は、博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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