学位論文要旨



No 125535
著者(漢字) 宮城,晴英
著者(英字)
著者(カナ) ミヤギ,ハルヒデ
標題(和) 強光子場中における原子のトンネルイオン化およびイオン化抑制現象に関する統一的理解
標題(洋) Unified understanding of tunneling ionization and stabilization of atoms in intense laser fields
報告番号 125535
報告番号 甲25535
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第984号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 染田,清彦
 東京大学 教授 山崎,泰規
 東京大学 教授 高塚,和夫
 東京大学 教授 永田,敬
 東京大学 教授 遠藤,泰樹
内容要旨 要旨を表示する

1. 序

強光子場中における原子は、非摂動論的なイオン化現象を示す。光子場強度が非常に大きい場合、低振動数領域ではトンネルイオン化が、高振動数領域ではイオン化抑制現象が起こる。トンネルイオン化のメカニズムは静電場による原子のイオン化と関連づけて理解されており、その考え方に基づいてAmmosov-Delone-Krainov(ADK) 理論[1] やKeldysh-Faisal-Reiss (KFR) 理論[2] が考案された。一方、イオン化抑制現象は高振動数Floquet 理論[3] で再現されるものの、そのメカニズムはトンネルイオン化ほど明快には理解されていない。更に、これら低-高振動数領域における2 種類のイオン化メカニズムを統一的に説明する理論はなく、振動数の変化と共にどのように一方から他方へ推移するのか明らかではない。

本研究では、強光子場中における原子のイオン化をFloquet 理論に基いて調べた。原子に定常レーザー場を印加した系は、Floquet 理論を用いることで時間に依存しない多チャンネル問題に置き換えられる。この系の複素擬エネルギーリーマン面は(近似的に光子数がN 個増減したチャンネルまでを考慮すると) 22N(+1) 枚のリーマン面を張り合わせた構造をもつ。光子場強度が零のとき、原子の束縛状態に対応する散乱行列の極は、このリーマン面の実軸上に位置する。更に、別のリーマン面の同じ位置に実験的に観測できない極(影極) が存在する。光子場の振動数を固定し光子場強度を上げていくと、これらの極はそれぞれ独立にリーマン面上を動き回り、リーマン面の限られた領域(共鳴区域) にあるときだけ、実験的にイオン化共鳴状態として観測されうる。従って、共鳴極が共鳴区域から外れて影極になったり、影極が共鳴区域に侵入して共鳴極となる場合がある。本研究では、これらの極の軌跡に基づいて、原子のレーザーイオン化のメカニズムを低-高振動数領域にわたって統一的に理解することを試みた。

第2 章において、2 次元ガウシアンポテンシャルに1 電子が束縛されたモデル原子に対して円偏光光子場を印加した系を考察した。複素擬エネルギーリーマン面上の共鳴極と影極の軌跡を詳細に計算し、この軌跡を電子の動径運動に対するポテンシャル曲線を用いて解析した。そして、モデル系で得られたイオン化メカニズムに対する理解を実在系で検証すべく、第3 章では最も基本的な系である、円偏光および直線偏光光子場を印加した水素原子について考察を行った。

2. 2 次元ガウシアンポテンシャルモデル

直線偏光および円偏光レーザー場を照射したときの原子のイオン化過程を研究するには、直線偏光に対する計算では1 次元原子を、円偏光に対する計算では2 次元原子を用いるのが、物理的本質をついたモデル化であると考えられる。そこで、本研究では、束縛状態を1 つだけ有する1 次元ガウシアンポテンシャルV1D(x) = -exp(-x2) に直線偏光レーザー場を印加した1 電子系、および2 次元ガウシアンポテンシャルV (r) = -V0 exp[-(r/r0)2]に円偏光レーザー場を印加した1 電子系を、イオン化を考察する為の単純なモデルとして採用した。ここで、2 次元ガウシアンポテンシャルのパラメータをV0 = r0 = 1.404 a.u. とおくことにより、両モデル原子は共にE = -0.477 a.u. に唯一の束縛状態を有するようになる。これらの系に対して、Floquet 理論を適用し、加速度ゲージにおける時間依存Schr¨odinger 方程式から(動径) 波動関数に対する連立微分方程式を導出した。Siegert 境界条件下でこれを数値的に解き、複素擬エネルギーリーマン面上における散乱行列の共鳴極および影極の位置を計算した。2 次元系の動径波動関数に対する連立微分方程式は、原子単位を用いると

[- 1/2r d/dr(r d/dr)+(n + μ)2/2r2 + nω]gμ(n)(r) +∞Σm=-∞ Vn-m(r; α0)gμ(m)(r) = Egμ(n)(r), (1)

と書ける。但し、相互作用ポテンシャル関数は次式である。

Vn(r; α0) = -V0 exp(-r2/r2(0)- α2(0)/2r2(0))inIn(√2α0r/r2(0))(2)

In(-) は変形Bessel 関数である。ω はレーザー場の角振動数、α0 はポンデロモーティブ半径、そしてμ ≡ M-n(M は角運動量量子数、n は光子数) は系のもつ対称性に起因して生じた量子数であり、このμ ごとに連立微分方程式を解けばよい。なお、連立微分方程式を解くための初期値として、速度ゲージにおける複素スケーリング法、即ち複素回転変換したFloquet Hamiltonian の対角化によって得られた共鳴極の位置を使用した。1次元ガウシアンポテンシャルモデルに対する計算も同様の方法で実行した。

2 次元系において、ω を固定しα0 を変化させたときの、複素擬エネルギーリーマン面における散乱行列の極の軌跡を図1 に示す。低振動数領域(ω = 0.3) では、各閾値付近で共鳴極(実線) と影極(破線) が次々にバトンタッチをしている。このため、α0 の増加に伴い、束縛状態に由来する電子状態が断熱的に低エネルギー方向にポンデロモーティブエネルギーシフトしながら、イオン化崩壊幅が単調増加している、と看做すことができる。これはトンネルイオン化の挙動を示している。他方、1 光子イオン化が可能な高振動数領域(ω = 0.6)では、ポンデロモーティブエネルギーシフトは起こらず、イオン化抑制現象が起こっている。また、1 次元系に対する計算結果でも、極の軌跡はこれと類似したものとなった。

観測されたトンネルイオン化とイオン化抑制現象のメカニズムを説明するために、連立微分方程式(1) の中に現れる有効ポテンシャル行列

(V μ(eff) (r; α0))nm =((n + μ)2/2r2 + nω)δnm + Vn(-m)(r; α0) (3)

を用いて考察を行った。有効ポテンシャル行列の対角要素は各Floquet チャンネルに対する透熱ポテンシャルを意味し、高振動数近似におけるドレスト・ポテンシャル、即ち、Kramers-Henneberger(KH) ポテンシャルは(V μeff (r; α0))00 である。また有効ポテンシャル行列を対角化したときの固有値は断熱ポテンシャルを意味する。ω 固定のもとα0 を増加させたときのポテンシャル曲線の変化の様子を図2 に示す。低振動数領域では、ポテンシャル曲線間の反発の影響で最低の断熱ポテンシャル曲線のr = α0/√2 の位置に井戸が形成される。この井戸はα0 の増加とともに遠方へ移動しながら、遠心力ポテンシャル曲線群のなす傾斜を低エネルギー方向に移動する。束縛状態はα0 の増加に伴いこの井戸に形成される共鳴状態となり、井戸とともに低エネルギー方向へポンデロモーティブエネルギーシフトすることが理解される。即ち、低振動数領域におけるトンネルイオン化は、最低断熱ポテンシャルに対する形状共鳴散乱と理解できる。他方、高振動数領域ではKH ポテンシャルがイオン化を支配する。α0 が中間的な値のときはKH ポテンシャルは擬交差により破壊されるが、α0が十分大きくなると擬交差が小さくなりKH 近似が次第に良くなっていく推移が観察できる。原子の束縛状態はα0 の増加により一度は短寿命のイオン化共鳴状態となるものの、次第にKH ポテンシャルが有する束縛状態(KH 束縛状態) に推移し、イオン化抑制がおこる。更に、n = 0,-1 のみを考慮した2チャンネルモデルの計算でも、イオン化抑制現象を再現することが確かめられた。このことから高振動数領域におけるイオン化抑制は、主に2つのチャンネルが関与するFeshbach 共鳴散乱として理解できる。

以上のようにして、ポテンシャル曲線の擬交差からトンネルイオン化とイオン化抑制現象を統一的に理解できることがわかった。遠心力が存在しない1 次元モデル系では、各Floquet チャンネルのポテンシャル曲線は交差しないため、このように明快にイオン化メカニズムを理解することはできない。

3. 水素原子

モデル系で得られたイオン化メカニズムの理解を実在系で検証するために、最も基本的な系である、円偏光および直線偏光レーザー場中の水素原子について考察を行った。Floquet 理論のもと、Sturmian 基底を用いて速度ゲージのFloquet Hamiltonian を行列表示し、これに複素スケーリング法を適用することによって共鳴極の位置を計算した。その結果、低振動数領域(ω = 0.2) では、両偏光の場合ともに極の軌跡はトンネルイオン化の挙動を示した。但し、円偏光の場合は、閾値において共鳴極と影極が入れ替わる、図1(a) に示した2 次元ガウシアンポテンシャルモデルと類似の軌跡を示した。他方、直線偏光の場合にはそれが起こらず、共鳴極同士が頻繁に衝突・反発を起こしながらポンデロモーティブエネルギーシフトする様子が示された。即ち、低振動数領域では極の軌跡に偏光依存性が認められた。一方、高振動数領域(ω = 0.6) では極の軌跡に偏光依存性はなく、両偏光の場合ともにほぼ同様なイオン化抑制現象が起こった。以上のような極の挙動は、Potvliegeらの先行研究でも見いだされているが[4,5]、そのメカニズムは理解されていない。

低振動数領域における偏光依存のトンネルイオン化と、高振動数領域における偏光非依存のイオン化抑制現象のメカニズムを解明すべく、動径波動関数に対する連立微分方程式に現れる有効ポテンシャル行列を用いて考察を行った。その結果、円偏光の場合、低-高振動数領域におけるイオン化は、2 次元ガウシアンポテンシャルモデルの場合とほぼ同等なメカニズムであることがわかった。即ち、低振動数領域では、最低断熱ポテンシャルに井戸が現れ、この井戸に形成される共鳴状態としてトンネルイオン化が説明できる。高振動数領域では、α0 の増加によって束縛状態は一度は短寿命のイオン化共鳴状態となるものの、次第にKH ポテンシャルが有するKH 束縛状態に推移し、イオン化抑制がおこる。他方、直線偏光の場合は、エネルギースペクトルが2ω の周期性を有するため、ポテンシャル曲線は至る所で交差する。このため、そもそも最低断熱ポテンシャル曲線が存在せず、トンネルイオン化のメカニズムは2 次元ガウシアンポテンシャルモデルのそれとは大きく異なる。しかし、チャンネル間の相互作用が最大となるr ~ α0 付近では断熱ポテンシャルが歪んで障壁が形成される。この障壁の存在がトンネルイオン化メカニズムの根拠と考えられる。高振動数領域では、2 次元ガウシアンポテンシャルモデルの場合でも最低断熱ポテンシャル曲線がイオン化抑制に関与しなかったため、直線偏光の場合でも、イオン化抑制現象のメカニズムは2 次元ガウシアンポテンシャルモデルと同様に説明できる。このため、高振動数領域における極の軌跡は偏光非依存性を示すのである。

更に、高振動数領域におけるイオン化抑制現象を、加速度ゲージにおける2 チャンネルモデルを用いて考察した。特に、直線偏光レーザー場中におけるcircular Rydberg 状態のイオン化抑制現象を、2 チャンネルモデルにおけるポテンシャルの擬交差の観点から明快に説明した。そして、circular Rydberg 状態のイオン化抑制現象が起こる臨界光子場強度を見積もる単純な公式を導いた。この公式は、Potvliege and Smith によって発表された臨界光子場強度の経験式[6] とほぼ一致することがわかった。

[1] M. V. Ammosov, N. B. Delone, and V. P. Krainov, Zh. Eksp. Teor. Fiz 91, 2008 (1986) [Sov. Phys.JETP 64, 1191 (1986)].[2] L. V. Keldysh, Zh. Eksp. Teor. Fiz 47, 1945 (1964) [Sov. Phys. JETP 20, 1307 (1965)].[3] M. Gavrila, J. Phys. B 35, R147 (2002).[4] R. Shakeshaft and R. M. Potvliege, Phys. Rev. A 42, 1656 (1990).[5] M. Dorr, R. M. Potvliege, D. Proulx, and R. Shakeshaft, Phys. Rev. A 43, 3729 (1991).[6] R. M. Potvliege and P. H. G. Smith, Phys. Rev. A 48, R46 (1993).

図1: 2 次元ガウシアンポテンシャルモデルに対して、ω を固定しα0 を変化させたときの、複素擬エネルギーリーマン面における散乱行列の極の軌跡。縦線はチャンネル閾値を意味し、実線と点線はそれぞれ共鳴極および影極の軌跡を表す。(a) は低振動数領域(ω = 0.3)、(b) は高振動数領域(ω = 0.6) における結果である。プロット点に付した数字は、その点におけるα0 の値である。

図2: 2 次元ガウシアンポテンシャルモデルにおける、電子の動径運動に対するポテンシャル曲線。(a) は低振動数領域(ω = 0.3)、(b)は高振動数領域(ω = 0.6) における結果である。黒線は断熱ポテンシャル曲線、ピンク破線は透熱ポテンシャル曲線、紫破線はKH ポテンシャル曲線を意味する。また図中の各帯は、図1 の同じ色の共鳴状態の複素擬エネルギー固有値を表す。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は3章からなり,第1章は強光子場(強レーザ場)中の原子分子のイオン化に関する研究の背景および当該研究分野の概説,第2章はモデル系に対する理論的解析,第3章は第2章で提案された理論を水素原子へ適用した研究成果が示されている.

本論文で報告されている宮城氏の研究は,強光子場(強レーザー場)中の原子のイオン化機構の理解を一段階深める理論を提出するもので,当該研究分野に重要な貢献をなすものである.

強レーザー場中の原子分子は,直観的な予想が不可能な新奇な現象を数多く示すことが理論的に予言されている.特に高振動数領域のレーザーの場合,レーザー強度が或る閾値を越えると,レーザー強度の増加とともに,直観に反して,イオン化速度が減少するイオン化抑制現象が起こることが知られている.イオン化抑制領域では,強レーザー場により電子波動関数が変形して通常とは異なる性質を持った原子分子の準安定な状態が生成し得るため,新しい物理化学の舞台となることが期待されている.

強レーザー場中の原子分子のイオン化に関する従来の理論研究では,高振動数領域の現象には高振動数近似が,低振動数領域では低振動数の場合にのみ有効な近似方法が用いられ,それぞれの領域の異なるイオン化機構が別々に議論されてきた.中間的な振動数領域で当然予想されるイオン化機構の推移は明らかにされていなかった.

宮城氏は,1電子原子を模したモデル系に対して,近似を用いない精密な数値計算を行い,低振動数領域のトンネルイオン化と高振動数領域のイオン化抑制現象の間の推移の様子を明らかにした.

理論計算は次のような設定および方法で行われている.1個の電子がガウス関数型のポテンシャル井戸に束縛された仮想的原子に円偏光強レーザ場を印可したモデル系を考える.レーザー場が定常であると考え,Floquet理論を用いて,原子のイオン化を強レーザ場中の電子散乱の問題として定式化する.この枠組みでは,原子の束縛電子状態は,レーザーの印可によりイオン化連続状態に埋め込まれた共鳴状態となる.共鳴状態のエネルギー位置と崩壊速度定数を,2通りの方法,すなわち,(1)複素エネルギーに対して散乱状態波動関数をNumerov法にもとづいて算出し,Siegert境界条件が満たされる複素エネルギー値として共鳴エネルギーと崩壊速度を求める方法,および(2)複素スケール法によりSiegert状態の複素エネルギー固有値として求める方法を併用して数値的に得た.

上記の理論計算にもとづき,宮城氏は,レーザー振動数を固定してレーザー強度を増加させたときの共鳴極の複素エネルギー面上での運動軌跡を観察した.低振動数領域ではトンネルイオン化に特徴的なポテンデロモーティヴ・エネルギーシフトが見出され,一方,高振動数領域ではイオン化抑制現象が見られた.すなわち,二つの極限的な場合について,従来の研究と一致する結果が得られた.そして,本研究によって初めて,中間的な振動数領域での共鳴極軌跡が報告された.その結果,低振動数領域で見られる滑らかなポテンデロモーティヴ・エネルギーシフトが,振動数が増加して1光子イオン化閾値に下から近づくとき,エネルギーのFloquet閾値で分断され,滑らかなエネルギーシフトが阻害され,そして,あるレーザー強度を限界としてシフトが止まることが見出された.これは,トンネルイオン化描像の破綻を示している.一方,振動数が1光子イオン化を越えると殆ど直ちに高振動数領域特有のイオン化抑制現象が見られることがわかった.この研究結果により,従来極限的な場合でのみ議論されていたトンネルイオン化およびイオン化抑制現象の適用範囲が初めて明確になった.

また,宮城氏は,イオン化機構を理論的に説明するために,イオン化を強レーザー場中の電子散乱の問題と捉えたときの,電子散乱を支配するポテンシャル関数に着目し,高振動および低振動数両領域それぞれのイオン化機構を統一的に説明した.すなわち,電子波動関数の表示を加速度ゲージに選択して,電子の動径運動を支配するポテンシャル曲線を表示すると,低振動数領域ではポテンシャル障壁が生じ,イオン化過程はこのトンネル透過現象で説明できることを示した.一方,高振動数領域では,ポテンシャル曲線間の交差とそこでの非断熱遷移により,イオン化抑制現象を明快に説明できることを示した.すなわち,一つの理論的枠組で低振動数領域のトンネルイオン化および高振動数領域特有のイオン化抑制現象を統一的に説明することに成功した.また,このような統一的説明は1次元模型では不可能で,少なくとも2次元の模型が必要であることを指摘した.

更に宮城氏は,モデル系で得られた上記の理論的枠組の有効性を実在系において検証するために,強レーザー場中の水素原子のイオン化について研究を行った.強レーザー場中の水素原子に関しては,過去に多くの研究が報告されているが,低振動数あるいは高振動数領域それぞれの特定の現象の知識が断片的に蓄積されていたに過ぎない.宮城氏は系統的で精密な計算により,水素原子についても低振動数および高振動数領域の間のイオン化機構の推移の様子を明らかにした.また,モデル系の研究により確立した電子散乱の動径ポテンシャル曲線によるイオン化機構の説明体系が,水素原子の場合にもそのまま当てはまることを示した.

また,水素原子の研究では,レーザーの偏光の違いも焦点の的となっている.高振動数領域におけるイオン化抑制現象では,偏光の違いはほとんど反映されず,円偏光でも直線偏光でも互いに極めて良く似た共鳴極軌跡が得られた.一方,低振動数領域におけるトンネルイオン化描像の適用可能範囲は,偏光の型に大きく依存することが見い出された.すなわち,直線偏光では,ポンデロモーティブ・エネルギーシフトの滑らかさは,振動数の増加とともに急速に失われ,また,エネルギーシフトが見られる強度区間も短い.円偏光の場合の方が,1光子イオン化閾値下近傍まで,広い振動数区間かつ広い強度区間で典型的なポテンデロモーティブ・エネルギーシフトが見られる.宮城氏はこの違いを,円偏光と直線偏光レーザー場の時空間の対称性の違いにもとづいて説明した.

イオン化は強レーザー場中の原子分子が示す最も主要な過程である.また,たとえイオン化以外の現象に着目した研究を行う場合でも,イオン化過程が最も主要な競合過程となる.イオン化機構の理解を一段階進めた宮城氏の研究は,強レーザー場中の原子分子物理に対して重要な貢献をなすものである.

また,本論文の第1章で述べられている当該研究分野の概説は,簡潔にして鋭く要点を衝いたものであり,宮城氏の論理的思考力の卓越性および当該研究分野に対する理解の深さを示している.

なお,本論文中の第2章および第3章の一部は,染田清彦氏との共同研究であるが,論文の提出者が主体となって研究を行ったもので,論文提出者の寄与が充分であると判断する.

よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる.

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