学位論文要旨



No 125543
著者(漢字) 石徹白,晃治
著者(英字)
著者(カナ) イシドシロ,コウジ
標題(和) 超伝導磁気浮上型ねじれアンテナを用いた低周波重力波の探索
標題(洋) Search for low-frequency gravitational waves using a superconducting magnetically-levitated torsion antenna
報告番号 125543
報告番号 甲25543
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5451号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 秋山,英文
 東京大学 講師 中澤,知洋
 東京大学 教授 横山,順一
 東京大学 准教授 大橋,正健
 国立天文台 准教授 川村,靜児
内容要旨 要旨を表示する

重力波とは光速で伝搬する時空の歪みである.その存在は,一般相対性理論の帰結として,Einsteinにより約90 年前に予言された.すでに重力波の存在は間接的にTaylor とHulse により証明されている.彼らは,長期間にわたり連星中性子星系の軌道周期を観測し,その減少率が重力波の放出によると仮定したときの理論的な予言との一致を示したのである.この功績により,彼らは1993 年にノーベル物理学賞を受賞した.しかし,現在までのところ,重力波の直接検出に成功した例は無い.これは,重力波と物質との相互作用が非常に小さいためである.一方で,その相互作用の小ささにより,重力波を天文学に応用することで,通常の光では見る事のできない星のコアのダイナミクスや晴れ上がり以前の宇宙の様子を直接観測できると考えられている.そのために,重力波の直接検出は一般相対性理論の検証になるだけでなく,重力波を用いた新しい天文学(重力波天文学) を開拓することになる.

重力波のなかでも,特に低周波(1 mHz~1 Hz) の重力波は我々の宇宙に対する理解を劇的に深める可能性がある.この周波数帯域では,初期宇宙における宇宙自身に起因する重力波や中間質量または超巨大ブラックホールに起因する重力波が予言されている.これらを精密に調べることで,晴れ上がり以前の宇宙の様子,銀河形成におけるブラックホールの役割や超巨大ブラックホール形成のメカニズムなどを解明できると考えられている.

しかしながら,現在のところ低周波( 1 mHz~1 Hz) に感度を持つ重力波検出器は存在しない.いくつかの宇宙空間を利用した低周波重力波検出器が提案されているが,宇宙重力波検出器には多数のリスクがつきまとう問題がある.例えば,打ち上げの失敗や,感度向上や改良の難しさ,太陽風や宇宙線に起因する電気的トラブルなどである.そのために,我々は地上で低周波に感度を持つ重力波検出器の開発が重要であると考える.

このような背景のもと,我々は超伝導磁気浮上で非接触支持されたねじれ振り子を利用した新しい地上低周波重力波検出器(超伝導磁気浮上型ねじれアンテナ)を提案した.ねじれ振り子とは,力の精密測定の分野で広く使われている装置であり,試験質量とそれを支持する機構からなっている,このねじれ振り子で,重力波による潮汐力を測定するのが我々の考えである.特に,重力波への高い感度を持たすために長い棒状試験質量を用いる.通常のねじれ振り子では,力(トルク)に対する分解能は,系が有限の熱浴に接しているに起因する熱雑音で制限される.この熱雑音の大きさは,揺動散逸定理より,支持系の機械損失に依存することがわかっている.そこで,我々は超伝導磁気浮上型で棒状の試験質量を非接触支持する.この超伝導磁気浮上により,長くて重い(重力波の感度が高い)棒状試験質量を,小さい損失(小さい熱雑音レベル)で支持することが可能となる.試験質量としてアルミニウム製の長さ10m,質量8kgの円柱を使用することで,0.1Hzで10(-18)Hz(-1/2)の雑音レベルを期待できる.この雑音レベルは本格的な宇宙重力波検出器と比べると1桁悪いが,宇宙重力波検出器と比べて長期間の観測運転が可能である.そのために,重力波天文学を実践する上ではより有利である.

上記アンテナを用いると数10Mpc以内にある中間-巨大質量ブラックホール起源の重力波を検出できる.また,低周波には特異なパルサーの存在が知られている.そのようなパルサーからの重力波を検出,また振幅上限値を求めることで,パルサーの物理や極限状態における状態方程式に関する新たな知見を得ることができる.さらに,アンテナ2台で1年間程度の観測運転を行えば,〓gw=3×10(-6)程度のエネルギーを持つ宇宙背景重力波を信号雑音比5で検出できる,ここでhoは規格化されたハッブル定数,Ωgwは宇宙の臨界密度エネルギー密度ρcで規格化された重力波のエネルギー密度である.この性能があれば,重力波が検出できない場合でも,4Heの存在比率による'間接的'な上限値6×10(-6)と比べて,様々な宇宙論モデルに対して2倍程度厳しい制限を'直接的'に与えることができる.また,間接的な制限に影響されない天文的起源の背景重力波に制限を与えることができる.この制限を利用して,第一世代天体の形成率などに対する制限も得られる.

このような豊かな可能性を持つ超伝導磁気浮上型ねじれアンテナであるが,コア技術である超伝導磁気浮上が重力波探索のような精密計測へ応用された例は無い.そこで,我々は東京大学本郷キャンパスにおいて,プロトタイプアンテナを開発した,またそのプロトタイプアンテナを用いて世界に先駆けた低周波(0.1-1Hz)重力波の探索を行った.プロトタイプアンテナの目的は,超伝導磁気浮上型ねじれアンテナの原理的な有効性や将来性を実証することである.そのために,1.超伝導磁気浮上で非接触支持された棒状試験質量の力学特性の測定,2.デザイン雑音レベルでの動作の検証,を行った.

実際に開発したプロトタイプアンテナの概要は図1にまとめられている.超伝導磁気浮上により非接触支持された逆T型の棒状試験質量(質量:133g,横長さ:20cm)が重力波により回転する効果をレーザー干渉計で測定する構成になっている.超伝導磁気浮上は、試験質量の上部に取り付けられた永久(ネオジウム)磁石とその上に置かれた超伝導体の相互作用で実現されている.

力学的特性(回転自由度のダンピング定数とバネ定数)を棒状試験質量(質量131g)の自由減衰から測定した.結果,それぞれ1.2±0.7×10(-8)Nms/radと3.6±2.1×10(-7)Nm/radであった.これらの値は,50g程度の負荷を与えた時のタングステンワイヤーとほぼ同じ程度である.このことは,通常のワイヤーでは難しい小さいダンピング定数と大きい支持力を両立できたことを示している.現在のダンピング定数は残留ガスの影響で制限されていると考えられる.ただし,渦電流のダンピングに与える影響も完全には否定できない.バネ定数は共振周波数5mHzに対応しており,我々の観測帯域0.1-1Hzから考えると十分な値である.全体を組み合わせた後,我々はプロトタイプアンテナを磁場カップリング雑音と地面振動雑音で制限されるデザイン雑音レベルルで動作させることに成功した(図2).これらの結果は,我々の提案する超伝導磁気浮上型ねじれアンテナの原理的な有効性,将来性を示すものである.今後は,現実的な雑音(磁場カップリング雑音と地面振動雑音)の抑圧の実験的検証へ進むことができる.

現時点で,低周波数帯(0.1-1Hz)で感度を持つ重力波検出器は本プロトタイプアンテナのみである.そこで,我々は2009年夏に観測運転を行い,観測データのなかから連続かつ安定している320分のデータを用いて,PSR J2144-3933起源の連続重力波と0.2Hzのバンド幅10mHzで背景重力波の探索を行った.PSR J2144-3933は周期8.51秒というデスラインを超える周期を持ちながら,電波を放出する特異パルサーの一つである.残念ながら,我々の探索では有意な重力波信号を検出できなかった.そこで,連続重力波の振幅と背景重力波のエネルギー密度の上限値を評価した.PSR J2144-3933起源の連続重力波の振幅に関して,頻度主義的上限値2.8×10(-9)とペイズ的上限値8.4×10(-10)を得た.背景重力波に関しては,〓gw=8.1×10(17)という頻度主義的上限値を与えた(図3).また、上記の上限値はすべて信頼度95%である。これらの結果は、他の周波数や他のパルサーで得られた上限値と比較すると必ずしも良い値でないが,今までとは相補的な情報を我々に与えてくれる.

図1:プロトタイプアンテナの概要

図2:動作試験の結果:実測した重力波振幅等価雑音とデザインレベルの一致.

図3:宇宙の臨界密度で規格化されたエネルギー密度に対する今までの棄却領域(水色)と本研究における新しい制限(赤線)と棄却領域(薄い赤).また,制限(緑線)と棄却領域(薄緑)は10mの巨大アンテナを2台使うことを考えた最終目標値である.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「Search for low-frequency gravitational waves using a superconducting magnetically-levitated torsion antenna (超伝導磁気浮上型ねじれアンテナを用いた低周波重力波の探索)」の実験研究を、9章からなる英文で記述したものである。

第1章で序論として概要と本論文の構成を述べ、第2章で重力波および重力波検出の基礎事項と低周波重力波天文学の背景と現状を説明している。第3章で超伝導磁気浮上ねじれアンテナの基礎事項を説明し、第4章で開発した超伝導磁気浮上で非接触支持されたねじれ振り子を利用した新しい地上低周波重力波検出器(超伝導磁気浮上型ねじれアンテナ)のプロトタイプについて述べている。第5章でアンテナの性能評価実験、第6章で重力波探査実験データ取得、第7章でPSR J2144-3933 起源の連続重力波の探査、第8章で背景重力波の探索について述べ、第9章で結論をまとめている。

重力波は現在まで直接検出された例が無い。重力波の直接検出は、一般相対性理論の検証になるだけでなく、通常の光では見る事のできない星のコアのダイナミクスや晴れ上がり以前の宇宙の様子を直接観測する重力波天文学の開拓にもつながる。特に、低周波(1 mHz - 1 Hz) 帯域は、初期宇宙で発生した重力波や、中間質量または超巨大ブラックホールに起因する重力波などが予言されているが、この低周波域に感度を持つ重力波検出器は現在存在せず、いくつかの宇宙空間を利用した低周波重力波検出器の提案があるのみである。宇宙重力波検出器には多数のリスクが伴い、かつ稼働時間の制限の現実問題も予想されるため、地上で低周波に感度を持つ重力波検出器の開発が重要と考えた。

このような背景・動機のもと、本研究では、超伝導磁気浮上型ねじれアンテナのプロトタイプを東京大学本郷キャンパスに開発作製し、超伝導磁気浮上で非接触支持された棒状試験質量の力学特性の測定と、デザイン雑音レベルでの動作の検証を行った。プロトタイプアンテナは、超伝導磁気浮上により非接触支持された逆T 型の棒状試験質量が重力波により回転する効果を、レーザー干渉計で測定する構成になっている。超伝導磁気浮上は、試験質量の上部に取り付けられた永久(ネオジウム) 磁石とその上に置かれた超伝導体の相互作用で実現されている。

作製されたねじれアンテナに対して、力学的特性(回転自由度のダンピング定数γとバネ定数κ) を、棒状試験質量(質量131 g) の自由減衰振動を測定して調べた。その結果、γ = 1.2±0.7×10-8 Nms/rad とκ = 3.6±2.1×10-7 Nm/rad を得た。これらの値は、50 g 程度の負荷を与えた時のタングステンワイヤーとほぼ同程度であり、通常のワイヤーでは難しい大きい支持力と小さいダンピング定数を両立できた。ダンピング定数は残留ガスの影響で制限されていると考えられる。バネ定数は共振周波数5 mHz に対応しており、目指す観測帯域0.1 - 1 Hz から考えると十分な値であった。次に、プロトタイプアンテナの雑音の評価を行った。測定及びモデル計算を行い、磁場カップリング雑音と地面振動雑音で制限されるデザイン雑音レベルで、アンテナが動作していることを検証した。

開発したプロトタイプアンテナは、低周波数帯(0.1 - 1 Hz) で感度を持つ現在唯一の重力波検出器であるので、2009 年夏に実際に運転を行い重力波探査を試みた。観測データの中から連続かつ安定している320 分のデータを用いて、周期8.51 秒というデスラインを超える周期を持ちながら電波を放出する特異パルサーの一つであるPSR J2144-3933 起源の連続重力波と、0.2 Hz のバンド幅10mHz で背景重力波を探索した。

その結果、有意な重力波信号を検出できなかったが、連続重力波の振幅と背景重力波のエネルギー密度の上限値をこの周波数帯で初めて評価することができた。PSR J2144-3933 起源の連続重力波の振幅に関して、頻度主義的上限値2.8 × 10-9 とベイズ的上限値8.4 × 10-10 を得た。背景重力波に関しては、h02Ωgw = 8.1×1017 という頻度主義的上限値を得た。

以上、本論文の内容は、重力波観測・重力波天文学研究における有意義な開発と新しい周波数領域での計測実験を達成したことについて、博士論文として高い評価に値すると判断される。

なお、本論文の研究内容は指導教官らとの共同研究であるが、測定装置の整備・運転、実験の計画と遂行、結果の解析など、研究の大部分は論文提出者が主体となって行ったものと判断される。

よって、論文審査委員会は全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認めた。

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