学位論文要旨



No 125545
著者(漢字) 中山,浩幸
著者(英字)
著者(カナ) ナカヤマ,ヒロユキ
標題(和) B中間子の電弱フレーバー変換中性カレント崩壊の精密測定
標題(洋) Precision Measurement of the Electroweak Flavor-Changing Neutral Current Decays of B Mesons
報告番号 125545
報告番号 甲25545
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5453号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,俊則
 東京大学 准教授 久野,純治
 東京大学 教授 小林,富雄
 東京大学 准教授 浅井,祥仁
 東京大学 教授 駒宮,幸男
内容要旨 要旨を表示する

<イントロダクション>

本研究の目的は、Belle 実験においてB→Xsl+l-という電弱稀崩壊過程を観測し、標準理論を越える新しい物理の理論モデルを探索することである。この過程はフレーバー変換中性カレント(FCNC)過程の一つで、標準理論の範囲では強く抑制されているため新しい物理の効果を発見しやすい特徴を持つ。

新しい物理の候補には、超対称性理論SUSY をはじめとして様々な理論モデルが提唱されているが、本解析ではWilson 係数(C7,C9,C10)というパラメータを評価することでモデル非依存のアプローチが可能である点でユニークである。

他にもB→K*l+l-, b→syなどのFCNC 過程があるが、前者に対しては複数の崩壊過程を足し合わせる準包含手法を用いることで理論の不定性を抑えられる点で、後者に対してはb→sy過程が|C7|にしか感度がないのに比べ、B→ Xsl+l-過程においては崩壊分岐比やそのMass(Xs), Mass(l+l-)に対する依存性を測定することでC9,C10,C7 に制限を加えることができる点で、今回用いるB→ Xsl+l-過程が有利である。

<解析手法>

1. 事象の選別

全事象の中から、終状態に二つのレプトンl+l-とK 中間子を含むハドロンシステムXs を含むものを選別し、再構成する。運動学的な様々なカットにより、背景事象を抑制してシグナル事象を効率よく選別する。複数のシグナル候補が残る場合は、シグナル尤度の高いものを選ぶ。加えてシグナル尤度によるカットを行い、さらに背景事象を削減する。

2.検出効率・背景事象の見積り

大量のシグナルモンテカルロを生成し、上記の事象選別による検出効率を精度良く求める。また、事象選別で残ってしまう背景事象がどれくらいあるか、精度良く見積もる。

3.シグナル事象数・崩壊分岐比の導出

実験データを最尤法を用いてフィットし、シグナル事象の個数を導出する。まず1/4 のデータのみを使用してテストを行い、フィット手法の確認を十分に行った後、全てのデータを用いた解析を行う(ブラインドアナリシス)。上で見積もった検出効率と、生成されたB 中間子の個数から、崩壊分岐比を導出する。また、そのMass(Xs), Mass(l+l-)に対する依存性も測定する。

4.系統誤差の評価

本解析では、なるべく系統誤差を小さく(その分統計誤差が大きくなったとしても)する手法を用いた。これは、統計誤差は今後さらに高統計な測定によって小さくすることができるからである。この結果、本解析の主要な誤差は統計誤差である。

<結果>

Belle 実験で蓄積された約6 億個のB 中間子対を用いて、238.3 ± 26.4 ± 2.3 個のB→ Xsl+l-事象を見つけた。Significance は10.1 であった。崩壊分岐比は (3.32 ± 0.80(stat.)(+0.37-0.44)(syst.))×106 と測定された。これは標準理論による予測値(4.2 ± 0.7)×106 と誤差の範囲で一致しており、有意なずれは発見されなかった。また、崩壊分岐比のMass(Xs),Mass(l+l-)に対する依存性も測定し、こちらも標準理論による予測と誤差の範囲で一致した。今回得られた崩壊分岐比測定の精度は世界最高であり、現在の世界平均値を決めている主要な測定である。

図1.FCNC 過程のファインマン図

図2. 事象選別で残ったイベントのヒストグラムをフィットした様子。黄・青・緑の領域は背景事象で、残りの白い領域がシグナル事象。

図3. B→ Xsl+l-過程の崩壊分岐比の世界平均値。主に本解析が値を決めている。

図4. 崩壊分岐比のMass(Xs) 依存性。標準理論の予測(黄色のヒストグラム)とは誤差の範囲で一致している。

図5. 崩壊分岐比のMass(l+l-)2 依存性。標準理論の予測(黄色のヒストグラム)とは誤差の範囲で一致している。

図6.今回の測定結果から得られた Wilson係数C7,C9,C10への制限。標準理論(SM)と逆のC7の符号の場合はexcludeされた。

図7.今回の測定結果が、新しい物理モデルの一つ、Extended Minimal Flavor Violation (EMFV) モデルのパラメータ空間に対する制限を与える様子。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、高エネルギー加速器研究機構のKEKB 加速器で行っているBelle実験において、フレーバー変換中性カレント(FCNC)過程であるB 中間子の稀崩壊B→Xsl+l-を精密測定し、標準理論からのずれを探ったものである。FCNC過程は、ペンギン図など重い粒子のループを通して起こるため、未知の重粒子の効果が現れやすく、超対称性理論など新しい物理に対して感度が高い。以前行われた崩壊分岐比の測定では既に測定精度に系統誤差が効き始めており、今後高統計のデータで如何に系統誤差を抑えていくかが課題となっている。

本論文の特色は、以前行われた測定の4 倍以上の統計のデータを用いて、新しい解析手法を適用することによって、系統誤差を4割程度小さくした点にある。特に、大きな系統誤差の原因となっているMXs 分布やARGUS 分布パラメータにおける不確定性を、実験データを用いて決めることにより、系統誤差を小さく抑えることに成功した。ただ、この手法を活かすには実験データの統計精度が十分でなく、以前の方法に比べてかえって最終的な測定精度が悪い。この点は、今後さらに高統計のデータが得られれば問題ではなくなるだろう。また、シグナルと同様ピークを作るバックグラウンドを新たに考慮した。

得られたレプトン対の不変質量分布から、NNLO までのQCD 補正が入った演算子積展開(OPE)の式を使って、ウィルソン係数C9、C10 が求められた。その結果は、係数C7 の符号も含め、標準理論の期待値と矛盾しない。これは、同じデータを使って別途行われた前後方非対称性の測定が逆符号をより支持するのと異なり興味深い。小さな不変質量への分岐比が標準理論より小さめであったことにより、C9 とC10 に対する制限は見かけ上かなり厳しくなった。

なお、本論文の内容はBelle 実験グループによる共同研究であるが、バックグラウンド事象や系統誤差の改善など、論文提出者が主体となって研究を行って結果に至ったもので、論文提出者の寄与が本質的であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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