学位論文要旨



No 125547
著者(漢字) 我妻,一博
著者(英字)
著者(カナ) アガツマ,カズヒロ
標題(和) 重力波検出器における振り子の熱雑音の研究
標題(洋) Study of pendulum thermal noise in gravitational wave detectors
報告番号 125547
報告番号 甲25547
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5455号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 金行,健治
 東京大学 准教授 三尾,典克
 東京大学 准教授 塩澤,真人
 東京大学 教授 清水,明
 東京大学 講師 平野,哲文
内容要旨 要旨を表示する

重力波の存在はA.Einstein によって1916年、一般相対性理論から予言された。重力波は時空の変化がさざなみのように空間を光速で伝播する現象で、荷電粒子の運動が電磁波を放出することから類推されるように、質量を持った物質の運動により放出される。R. A.HulseとJ. H. Taylorらは連星パルサーPSR1913+16の軌道周期観測により、重力波の放出によってエネルギーが失われ軌道周期が短くなる現象を捉えた。この周期変化が一般相対性理論からの計算値と高い精度で一致し、間接的に重力波の存在を証明した。この功績により彼らは1993年にノーベル賞を受賞している。

このように間接的に重力波の存在は証明されているが、いまだ直接観測には至っていない。この重力波が直接観測されれば、一般相対性理論の実験的証明となるだけでなく、重力波天文学への新たな道を拓くことになる。重力波の発生源として連星中性子星の合体や超新星爆発、ブラックホールや宇宙初期のインフレーション起源などが考えられており、重力波でなければ観測できない現象も数多く存在する。この中でも地上の検出器が初観測を目指しているのは連星中性子星の合体であり、それによって生じる重力波の周波数は10Hz~1 kHzが予想されている。

現在までにこの重力波を捉えようとする研究は世界各国で進められ、重力波検出器の感度は徐々に上がっており、観測可能と考えられる銀河の数も増えてきている。現在、レーザー干渉型重力波検出器が最も高感度かつ広帯域を実現しており、世界にはこのような干渉計がいくつか存在する。アメリカにはLIGO、イタリアのピサにはVIRGO、ドイツのGEO600、計画段階ではあるがオーストラリアのAIGOなどがある。日本には2台の干渉計が存在する。ひとつは東京都三鷹市の国立天文台に建設されたTAMA300であり、もうひとつが本論文の舞台になっている「CLIO」である(図1)。CLIOは日本の次期大型干渉計計画LCGTのプロトタイプであり、LCGTの建設予定地である岐阜県の神岡宇宙素粒子研究施設(神岡鉱山)に建設された。ここは地下1000 m にあるため、地面振動雑音が少ないという利点が得られる。CLIOは「地下」と「鏡の冷却」という他の干渉計にはない特徴を持っており、これらは熱雑音の研究にとって重要な要素になっている。

感度に影響を与える雑音を全て把握し、重力波の検出できる感度を設計・実現することが重力波検出器にとって究極の目標である。重力波による時空の変化は極めて小さいため、重力波検出の妨げとなる様々な雑音が存在する。観測帯域(10 Hz - 1 kHz)において、低周波側は地面振動雑音で制限され、高周波側は散射雑音と呼ばれる量子的な雑音によって制限される。そして、観測の中心付近は近い将来、熱雑音で支配されると考えられる。重力波検出器にとって二つの熱雑音が関心事となっている。それは干渉計を構成する「鏡の熱雑音」と、鏡を自由質点にするために懸架する「振り子の熱雑音」である。CLIOの主な目的は、次世代干渉計用に開発してきた技術である鏡の冷却によって、熱雑音(振り子の熱雑音も含む)が下がることを実証し、常温では到達出来ない感度を達成することである。

熱雑音を下げるためには、理論と実測の一致を検証する必要がある。雑音量を正確に把握することで、確実な感度設計を行えるようにすることが不可欠である。これまでに、鏡の熱雑音の直接測定とその定量的なノイズ同定の実験的検証が東京大学での沼田氏の実験やカリフォルニア工科大学でのBlack氏の実験によって行われた。一方、重力波検出器の振り子にとって、共振周波数以上の観測帯域を含む広帯域での熱雑音はこれまで検証されたことがなかった。これについては、重力波検出器に限らない一般的な振り子に拡張した場合でも同様のことが言える。

この論文には、振り子の熱雑音の検証実験、特に共振周波数以上の広帯域での検証について書いてある。熱揺らぎの量は揺動散逸定理によって予言され、この理論値と測定量の一致を見た。振り子の熱雑音がこの領域で検証されたのは世界初のことである。さらに、理論として用いた揺動散逸定理にとっても、共振周波数以上の広帯域での実験との一致は初めてのことであり、この理論が共振周波数以上でも成立するということの初検証にもなった。

振り子の熱揺らぎは、振り子全体に生じるエネルギー散逸によって引き起こされる。それは、鏡を吊るワイヤーのみならず、空気抵抗や、鏡の位置制御を行うコイルマグネットアクチュエーターで生じる渦電流といった外的要因も含まれる。これは、振り子と散逸源が互いにエネルギーをやり取りすることによって一体系を成すためである。重力波検出器CLIO において、コイルマグネットアクチュエーターのコイル回路と、そのコイルを支える電導性のコイルホルダーに生じる渦電流が振り子の熱雑音となり、感度を制限していたことを検証した。熱雑音のエネルギーは共振付近に集中するため、共振以外で検証することは通常は困難であるが、CLIO は神岡鉱山の地下に建設した利点を生かし、このような微弱な熱揺らぎの検証実験ができた。

コイルホルダーの交換によってCLIOの低周波の感度が改善されたことに関して、改善前のノイズスペクトルの量が、コイルホルダーに発生した渦電流による散逸で引き起こされることをモデル計算によって示した。また、ホルダーのみを交換した実験によってそれを確認した。さらにコイルマグネットアクチュエーター自身のコイル回路に生じる渦電流も振り子の熱雑音として十分測定されることを示し、垂直方向エンド鏡(図1のPerpendicularArm の End Mirror)のアクチュエーター回路の抵抗を変えることによって散逸量のみを操作する実験を行った。その測定された微少な振り子の熱揺らぎ(100Hzでの変位感度で10-18 m/ Hz 程度)は、理論から予測されるノイズ量と良く一致した (図2)。散逸量の変化に伴い見える雑音レベルが変動したことで、熱揺らぎを測定したことは疑う余地も無い。

本研究によって得られた知見をもとに、コイルホルダーを絶縁物質へ変更し、コイルマグネットアクチュエーターにも再設計を施した。これにより、これらの熱雑音がCLIOの冷却実験を阻害しないレベルまで下げることが出来たという確信を得た。また、コイルマグネットアクチュエーターは干渉計駆動にとって必須の装置である。特に高感度化が必要な次世代の干渉計型重力波検出器において、アクチュエーター設計の面でこの研究は貢献することができる。

図1:CLIOの光学系概略図。基線長100 m の、ロックドファブリペローと呼ばれる干渉計スタイルである。

図2:コイル回路の抵抗はShort(赤), 2ohm(緑), Open(青)の3通りで試した。Open はコイル回路を空気で絶縁しているため、抵抗が最大になりバックグラウンドノイズ(実験時のCLIOの感度)が見える。Short と2ohmのスペクトルの差を取り、バックグラウンドノイズの影響を除いて広帯域(20Hz~400Hz)での一致も確認できた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなる。第1章はイントロダクションであり、重力波探索の意義と、その中での本研究の位置づけが述べられている。

第2章は重力波検出器について述べられている。第3章は振り子の熱雑音について、熱揺らぎの量が揺動散逸定理により予言されることが述べられている。第4章はCLIO重力波検出器について述べられている。第5章は本論文の中心部分であり、第一にCLIOのシグナル領域の感度を制限していた雑音が、コイルホルダー起因の振り子の熱雑音であることを実験的、理論的に照明したこと、第二にコイルマグネットアクチュエータを用いて振り子の熱雑音の直接測定に成功したことが述べられている。第六章は結論であり、本研究はCLIOの感度向上に貢献したと共に、目標感度がより厳しくなる重力波検出の将来計画においてコイルマグネットアクチュエータの設計の面で直接貢献できることが述べられている。

本論文の意義として、重力波検出器CLIOにおいてコイルマグネットアクチュエータのコイル回路とそのコイルを支える伝導性のコイルホルダーに生じる渦電流が、振り子の熱雑音となり感度を制限していたことを実験的に検証した。この結果は"Thermal-noise-limited underground interferometer CLIO" K.Agatsuma et al, Classical and Quantum Gravity としてacceptされた。さらに、垂直方向エンド鏡のアクチュエータ回路の抵抗を変えることにより振り子の熱雑音の直接測定に成功した。ふりこという機械系で、共振周波数以上の広帯域で揺動散逸定理と一致を得られたことはこれまでになく、揺動散逸定理の実験的検証の一つとなった。この結果は、"Direct Measurement of Thermal Fluctuation of High-Q pendulum" K.Agatsuma et al, Phys. Rev. Lett. 104, 040602に掲載された。

このように本研究は、重力波検出器CLIOの信号領域の感度を制限していた雑音がコイルホルダー起因の熱雑音であることを証明し、CLIOの感度を上げたと共に、振り子の熱雑音の共振周波数以上での直接測定に成功し、将来の特に高感度化が必要な次世代の干渉計型重力波検出器において、アクチュエータ設計の面で貢献できることが期待できることを示した。

なお、本論文、第4章の一部と第5章の前半と第6章の一部は新井宏二、藤本眞克、川村静児、黒川和明、宮川治、三代木伸二、大橋正健、鈴木敏一、高橋竜太郎、辰巳大輔、寺田総一、内山隆、山元一広との、第4章の一部と第5章の後半と第6章の一部は、内山隆、山元一広、高橋正健、川村静児、三代木伸二、宮川治、寺田総一、黒田和明との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および検証をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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