学位論文要旨



No 125552
著者(漢字) 榎戸,輝揚
著者(英字)
著者(カナ) エノト,テルアキ
標題(和) 「すざく」衛星によるマグネター天体のX線観測
標題(洋) X-ray Studies of Magnetars with Suzaku
報告番号 125552
報告番号 甲25552
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5460号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 満田,和久
 東京大学 准教授 横山,央明
 東京大学 准教授 佐川,宏行
 東京大学 教授 初田,哲男
 東京大学 教授 櫻井,博儀
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景:超強磁場天体マグネター

マグネターは、数あるX線天体でも極めて特異な中性子星である。この特異なX線パルサーは、軟ガンマ線リピーター、あるいは異常X線パルサーとして、おもに銀河面上に~16個ほど発見されてきた(図1)。不思議なことに、P~5秒のパルス周期とその変化率P~10-11ss-1から求まる回転エネルギーの消費率は~1033ergs-1にすぎず、それでは、観測された軟X線光度~1035ergs-1を説明できない。連星からの質量降着の徴候もないため、よく知られた自転や降着以外のエネルギー源が必要である。自転周期の減衰から磁気双極子放射を仮定して求まる磁場強度が~1015Gに達するため、これらの天体は莫大な磁気エネルギーを何らかの方法で解放して輝く、磁気駆動型の天体、すなわちマグネターと考えられるようになった。マグネターがB≧1015Gもの強磁場をもてば、電子対生成、光子の分裂、電子のエネルギー準位の離散化などの極限的な物理現象が生じていると期待できるため、宇宙物理のみならず、地上で成し得ない基礎物理の視点からも興味深い観測対象といえる。巨大フレアや、散発的に生じるバースト現象など、強磁場を支持する観測も増えてきているが、この不思議な天体が「異常に強い磁場をもつのか」「磁場エネルギーをどのように解放してX線を放射するのか」などはよくわかっておらず、またそれらの性質や進化を系統的に記述する試みも、まだきわめて不十分である。本研究では、マグネターのこれらの疑問に答えるため、日本の5番目の宇宙X線観測衛星「すざく」のX線CCDカメラ(XIS;O.2-12keV)と硬X線検出器(HXD;10-60keV)を駆使し、世界ではじめての0.2-600keVにわたる広帯域での網羅的なマグネター観測を行った。

「すざく」衛星によるマグネター観測

マグネターからは温度~O.5keVの熱的な放射(ソフト成分)が観測されてきたが、2006年になり欧州のINTEGRAL衛星によって、いくつかのマグネターから、硬X線帯域で~100keV近くまで「べき」的に伸びる新たなハード成分が発見された。観測の難しい硬X線帯域のハード成分の性質はまだよくわかっておらず、高い硬X線感度をもつ「すざく」に最適の観測対象である。我々はハード成分の研究に狙いを定め、「すざく」の観測提案を行ってきた。第2期公募観測では4UO142+61を提案して採択され、2007年に実施された観測から、≧100keV以上に延びる光子指数Th~0.8のハード成分を検出した。幸運なことに、翌年には歴史上'5番目になる軟ガンマ線リピーターSGRO501+4516が発見され、我々を中心とするグループが迅速に緊急観測を実施して、世界に先駆けてそのX線放射の性質を明らかにした(Enotoetal.,2009,ApJL)。続く2009年の1月には、静穏期にあったマグネター1E1547.0-5408が2桁近く明るくなり、我々が主導した緊急観測により、この天体からはじめてハード成分を検出できた(Enoto&Makishimaetal.,2010,submitted)。さらに、第4期公募観測において重点観測プロジェクトとしてマグネター観測を提案し、5天体が採択された(PI牧島,Co-PI榎戸)。本研究は、これらの観測データに加え、過去に他の研究者により観測され2009年までに公開されたデータまで含めた、「すざく」の全マグネター観測(9天体;14観測)を統一的な観点のもとで解析したものである。これは、これまでに知られているマグネター~16天体の6割ほどに当たる(図1)。

広帯球データの統一的な解析

「すざく」搭載のHXDは、硬X線に高い感度をもち、個々のX線光子の到来時刻を61μsの精度で記録できるが、実際の観測データからX線パルサーの周期を正確に決定しパルス波形を求めるためには、地球や衛星の公転運動を補正する必要がある。この補正ソフトウェアの開発と既知のパルサーを利用した時刻精度の検証作業を行い、ハードウェアとソフトウェアを統合して、所期の時刻精度が達成できていることを検証した。これらをもとに、マグネターのパルス周期とパルス波形を求めた。

次に、すべてのマグネターについて、非X線バックグラウンド、宇宙X線背景放射、銀河面からのリッジ放射、視野内の混入天体、半導体検出器のノイズ現象などに注意し、包括的なデータ選別とバックグラウンド除去を行い、XISとHXD間の有効面積の相対比の補正を考慮した上で、同一の手法で全データのスペクトル解析を行った。図2は解析の結果得られた9天体のエネルギースペクトルの一覧である。いずれの天体からも、星表面からとおぼしき~0.5keVの熱的なソフト成分に加え、9天体のうち7天体からは、ハード成分を検出することに成功した。

スペクトルから求まる物理量を正しく評価するには、広帯域を正しく説明できるスペクトルモデルが必要である。10keV以下へのハード成分の寄与を考慮しても、ソフト成分は単一の黒体放射では表せないことがわかった。そこで広く用いられてきたモデルとして、2温度黒体放射や、黒体放射+べき関数を用いたが、前者では5-10keVでの超過分を説明できず、後者では2keV以下で不自然に高い星間吸収を要求することが確かめられた。これらを解消し、広帯域スペクトルを正確にモデル化するため、欧米で開発されてきたシミュレーションに基づくモデルとともに、現象論的な式でスペクトルを記述できるモデルを新たに導入し、広帯域スペクトルを無理なく説明することに成功した。図2の色線は、これらのモデルを表している。

図2では、パルサーの年齢指標として広く用いられている特性年齢丁。=P/2Pの若い順に、左上から右下に向けてマグネターを並べている。Tcが小さい若いマグネターほどハード成分が卓越する傾向が見受けられる。特定のモデルに強く依存しないで広帯域スペクトルの特徴を定量化するため、星間吸収を除去した上で、ハード成分の1-60keVのX線光度Lhとソフト成分の1-20keVの光度Lsの比ξ=Lh/L、(HardnessRatio;HR)を用いる手法を開発した。図3は特性年齢Tc=P/Pに対してξをプロットしたもので、強い負の相関が見られる。これは、マグネターの広帯域放射の中に発見された、新しい経験法則であり、これらの天体の進化を表すものと考えられる。

マグネターのスペクトル進化と磁気圏での粒子加速

我々の「すざく」データの解析から、以下のことが明らかになった。

(a)マグネターの1-100keVに及ぶ広帯域スペクトルは、星表面からと考えられる温度kT~O.5keVの熱的なソフト成分に加え、光子指数rh~1という異常に硬い「べき」で表される、~100keV以上まで伸びたハード成分からなる。すなわちLhはLsと同程度か、若いマグネターでは数倍に達する(図3)。

(b)図3が明瞭に示すように、ξ=Lh/LsはTcに負に相関する。これはおもにLhがTcとともに減少することに由来し、LsはTcにはよらず~1035ergs-1であることがわかった。また、バード成分のThはTcに従って1.8からO.4へ硬くなっていくのに対し、ソフト成分の温度は~0.5keV程度で,Tcに対する依存性はあまり見られなかった。

(c)活動期のマグネター2天体でも他の静穏期の天体で得られるξとTcの相関に一致するスペクトル形状を示した。したがって、活動期においても両成分の光度は、ほぼ同程度に増大していると考えられる。

(d)ハード成分の低エネルギー側への寄与を考慮しても、ソフト成分は単一の黒体放射では表せず、高エネルギー側に裾を引く構造をもつ。さらにSGR1806-20の観測から、ハード成分の低エネルギー側は、少なくとも2keVまで「べき」的な形で伸びていることもわかった。

(e)パルス波形のピーク強度はエネルギーに依存して変わるものがあり、ソフト成分で見られる2山の一方がハード成分では消失する例があるが、パルス波形の形はソフト成分とハード成分で大きくは異ならなかった。

これらの観測結果と先攻研究を合わせて、マグネターのX線放射について以下の解釈を導ける。

(1)ハード成分はほとんどのマグネターに普遍的に見られ、(a)より、マグネターのエネルギー放出のかなりの割合を占める。

(2)~100keVを超えて伸びるハード成分は、加速された高エネルギー粒子が存在することを意味する。星表面では加速距離を稼げないため、無衝突なマグネター磁気圏での加速を考えるのが自然である。さらに(d)のソフト成分の裾構造は、こうした磁気圏での高エネルギー粒子により、表面からの熱的光子が叩き上げられた結果として説明でき、その定量モデルによれば、(陽)電子は典型的にγ~1程度のローレンツ因子をもつと見積もられる。

(3)ハード成分の光度Lhが加速粒子のエネルギー解放に由来すると考えると、Lhの減少(b)は加速粒子の生成率が年齢とともに低下することを意味する。(2)のγ~1を仮定すると、ハード成分の光度を供給するには磁気圏の密度が古典的なGoldreich-Julian密度より2-3桁高い必要があり、星内部のトロイダル磁場に起因する「ねじれ」の寄与があると考えれば説明できる。一方で、%によらずほぼ一定のソフト成分の光度(b)は、ハード成分を形成する加速粒子の熱化ではなく、おもに星内部の磁気エネルギーの直接解放によると考えられる。

(4)本来、星の回転軸に対して我々が見る角度はランダムであるにもかかわらず、(b)の相関が強いことは、両成分の放射パターンが見る角度に大きくは依存しないことを意味する。(e)と合わせると、ハード成分もソフト成分と同様、星の表面近くから放射されるとするのが自然である。その場合、放射効率が高いことが要求される。これらの条件は、シンクロトロン放射、制動放射、コンプトン過程では説明が難しい。

(5)磁気圏にγ~1程度の電子・陽電子プラズマが存在し、磁力線に沿って磁極に突入すると、陽電子の対消滅線が生じる。この511keV光子が強磁場中での光子分裂を受けてハード成分を形成すると考えると、観測事実の全体を大きな矛盾なしに説明できる。

本研究により、「すざく」による広帯域のデータ解析から、マグネターの広帯域スペクトルを統一的に定量化し、それらの放射領域や生成機構に物理的な考察を与えた。さらに強磁場における物理過程への考察と合わせ、観測結果に合う放射機構を指摘した。これらはいずれもB~1015Gを必要とし、マグネター仮説はより強固なものとなったと言える。

図1可視光画像と合わせて銀河座標上に示したマグネター分布。「すざく」が観測した天体を燈色で、それ以外を白で示した。1ElO48-59は、2009年11月の段階でデータ未公開。

図2「すざく」が観測したマグネター9天体のエネルギースペクトル。縦軸はvFvで示し、星間吸収は含まれている。赤、緑、水色はそれぞれハード成分、ソフト成分、超新星残骸からの混入成分を表している。個々の図中に、天体名と観測時期を記した。

図3ソフト成分に対するハード成分の光度比ξを、特性年齢Tcに対して示した、HR図。

審査要旨 要旨を表示する

活動期には1秒以下の時間尺度のスパイク状のフレアーを繰り返す軟ガンマ線リピーター(Soft Gamma-ray Repeaters, SGR)と呼ばれる一群の天体が、 異常X線パルサー( Anomalous X-ray pulsars, AXP) と呼ばれる別の一群の天体と同じクラスに属することが認識され始めたは、1990年代前半である。SRGも静穏期には、X線パルサーとして観測され、かつ、AXPと同様に2-10秒程度の中程度の速さの周期と、-10-11秒/秒程度の異常に大きなパルス周期変化率を持つ事がわかったのである。このパルス周期とパルス変化率を標準的な電波パルサーモデルに適応すると、X線パルサーは1015Gの異常に強い磁場を持ち、かつ、生まれてから数10k年の若い中性子星であることが示唆される。このことから、SRGとAXPは、マグネター(Magnetar) と呼ばれるようになった。定常的に輝いているX線光度は ~1035 erg s-1 であるのに対して、 中性子星の回転エネギーの減少率は ~1033 erg s-1 であるので、通常の電波パルサーのように、回転エネルギーがX線放射のエネルギー源ではありえない。一方、X線パルスには、中性子星の運動によるドップラー偏移はみられず、また、可視光で中性子星と連星系を作っている星も観測されない。このことから、質量降着がエネルギー源である可能性もほぼ否定される。マグネターが強磁場を持っているとすると、数10k年にわたって、磁場のエネルギーを放射エネルギーに転換している可能性が示唆される。マグネターが 1015 G もの強磁場をもてば、電子対生成、光子の分裂、電子のエネルギー準位の離散化などの強磁場中の極限的な物理現象が生じているはずである。したがって、宇宙物理のみならず、地上で成し得ない基礎物理の視点からも興味深い観測対象である。巨大フレアや、散発的に生じるバースト現象など、強磁場を間接的に支持する観測もあるが、この不思議な天体が「異常に強い磁場をもつのか」「磁場エネルギーをどのように解放してX線を放射するのか」などはよくわかっておらず、またそれらの性質や進化を系統的に記述する試みも、まだきわめて不十分である。ヨーロッパのINTEGRAL衛星の最近 (2006年) の観測によって、マグネターがさらに特殊な性質を持っていることが示唆された。すなわち、すべてのマグネターの静穏期のX線放射はkT~0.5keVの黒体放射で近似できることが知られていたが、その中の一つから、100keVまで延びる硬X線放射を発見したのである。

本研究で論文提出者は、マグネターの硬X線放射の性質を明らかにし、マグネターのX線・硬X線放射機構に迫るために、日本の 5 番目の宇宙 X 線観測衛星「すざく」の X線 CCD カメラ (XIS; 0.2-12 keV) と硬X線検出器 (HXD; 10-60 keV) を駆使した0.2-600 keV にわたる広帯域での網羅的なマグネター観測を行った。 その結果、観測した9天体中、視野内の他のX線源のために検討を行えなかった1天体を除くすべての天体から、硬X線放射を検出した。その1-60keVの光度は、黒体放射で近似される軟X線放射光度の1/10から10倍であった。この光度の比とパルス周期とパルス周期の時間変化率との相関を調べたところ、光度の比は、パルサーの特性年齢(パルス周期とパルス周期の時間変化率の比の2分の1)とよく相関している事がわかった。さらに、パルス周期でX線強度の時間変化を重ね合わせた平均パルス波形から、硬X線もパルス的な時間変動を示しているが、パルス波形がX線エネルギーに依存しないこと、パルスの相対振幅がX線エネルギーとともに小さくなる事がわかった。これらの解析において、硬X線検出器の荷電粒子に由来するバックグランドカウントの不確定性が大きなシステマティック誤差となるが、論文提出者はこれを含むシステマティック誤差の影響を十分に検討し、上記の結果に影響を与えない事を示した。

以上から、硬X線成分はほとんどのマグネターに普遍的に見られ、マグネターのエネルギー放出のかなりの割合を占めることを明らかにした。さらに、観測された硬X線放射の性質から、 強磁場中性星の磁気圏に電子・陽電子プラズマが存在し、これが磁力線に沿って中性子星の磁極に突入し、陽電子の対消滅線が生じ、その511 keV 光子が強磁場中での光子分裂を受けてハード成分を形成する、というモデルを考え、これにより、観測事実の全体を大きな矛盾なしに説明できることを示した。

本論文は7章からなる。第1章ではイントロダクションとして論文全体の流れを記述し,2章でこれまでの電波パルサーとマグネターの観測、さらに電波パルサーとしての中性子の理解についてのレビューしている。3章では、本論文で用いた観測装置であるすざく衛星について、特にHXDの性能較正に重点をおいて記述している。第4章では すざく衛星による9つのマグネターの観測について記述し、第5章に、データ解析とその結果が記述されている。第6章では、観測結果に基づいて、硬X線放射の性質とその他のマグネターパラメータの相関を議論し、マグネター仮説に立脚して観測結果を矛盾なしに説明する放射機構のモデルを議論した。最後の第7章では、論文の結果をまとめている。

以上、本論文はマグネターの硬X線放射放射を系統的に研究し、それが普遍的に存在すること、その強度がマグネターの基本的な性質と強く相関している事を明らかにした。本研究は、マグネターのこれまでに知られていなかった新しい性質を明らかにし、その本質に迫る手掛かりを与えた。したがって、本論文は今後のマグネター研究に大きく貢献する、新規かつ意義の大きな研究であり、博士(理学)の学位に相応しいものである。

また、本論文の研究は、牧島教授をはじめとする「すざく」マグネター研究チームとの共同研究であるが、観測計画の立案、すざく衛星のデータ処理、得られた結果の解釈にいたるまで、論文提出者が主体となって行ったことを確認している。このため、論文提出者の主体性と寄与は博士論文として認めるのに十分であると判断する。

したがって、本論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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