学位論文要旨



No 125562
著者(漢字) 諏訪,雄大
著者(英字)
著者(カナ) スワ,ユウダイ
標題(和) ニュートリノと重力波を用いて探るガンマ線バースト及び重力崩壊型超新星の中心エンジン
標題(洋) The Central Engine of Gamma-Ray Bursts and Core-Collapse Supernovae Probed with Neutrino and Gravitational Wave Emissions
報告番号 125562
報告番号 甲25562
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5470号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 吉田,直紀
 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 教授 中畑,雅行
 東京大学 教授 黒田,和明
 東京大学 教授 高橋,忠幸
内容要旨 要旨を表示する

ガンマ線バーストと超新星爆発は宇宙で最も激しい爆発現象の一つである。これらの天体現象が宇宙空間に及ぼす影響は非常に大きい。近年、この二つの爆発現象が同一の天体から起こっていることが観測によって明らかになった。これはすなわち、超新星爆発を起こすような大質量星の重力崩壊にガンマ線バーストを起こす超相対論的ジェットが付随する天体が存在していることを意味している。本論文では、ガンマ線バーストと超新星の中心エンジンをニュートリノ、重力波のシグナルを用いて探求する手法の確立を目指した。

ガンマ線バーストの中心エンジンの最も有力な候補はコラプサーモデルと呼ばれるものである。このモデルでは、_ 40M_ 以上の質量を持つ星の鉄コアが重力崩壊の結果ブラックホールとなり、その周りに高い降着率をもつ降着円盤が形成される。このモデルにおける最大の問題は、ガンマ線バーストを起こすのに必要な超相対論的ジェットの生成機構である。その候補は大きく分けて二つある。一つは降着円盤から放射されるニュートリノの対消滅によって回転軸付近にエネルギーを注入するモデル、もう一つは磁場によってブラックホールの回転エネルギーもしくは降着円盤の重力エネルギーをポインティングフラックスとして放射するモデルである。どちらが現実のガンマ線バーストの中心で働いているのかは現在のところ全く明らかになっていない。また、その観測手法も確立されていない。

本論文の第一部ではこの問題に取り組んだ。ニュートリノ対消滅モデルでは、ガンマ線バーストを起こすのに十分なエネルギーをジェットへ供給するために膨大な量のニュートリノが円盤から放射されていなくてはならない。このニュートリノが重力波を生成することに着目し、その強度を見積もった。その結果、観測可能な強度が生成されうることを明らかにした。また、降着円盤からのニュートリノ光度がある時間の間一定であるという仮定のもと、重力波のスペクトルを計算した。このスペクトルをDECIGO やBBO といった将来計画されている重力波干渉計の感度と比較するすることで、100 Mpc 以内で起こるガンマ線バーストは観測可能であることを示した。一方、磁場によって生成されるジェットではこのような強度の重力波は放出されない。つまりこれは、近傍でガンマ線バーストが起こった際に重力波が観測されたか否かによって、中心のジェット生成機構に制限を加えることができることを意味している。しかし、重力波単体では生成源が同定できないため、それ以外のシグナルによってガンマ線バースト源を定めなくてはいけない。そこで、同時に放出される熱的ニュートリノとガンマ線の強度を計算したところ、こちらも将来計画されている検出器で観測できることが分かった。これらのシグナルを利用することで、ガンマ線バーストの中心エンジンについての知見を得られる可能性を示した。

重力崩壊型超新星爆発は大質量星が最期の瞬間に起こす大爆発である。その瞬間的な明るさは母銀河に匹敵するため、古来から多くの観測がなされてきた。しかし、爆発メカニズムは未だ完全には明らかになっていない。標準的なシナリオとして、遅延爆発モデルがある。これは鉄の光分解などによってエネルギーを失ってしまった衝撃波に、中心部から放射されたニュートリノがエネルギーを注入することで爆発を起こすモデルである。しかし、詳細な微視的物理を組み込んだ計算でも球対称の仮定のもとでは爆発を再現することが出来ていなかった。

本論文の第二部では数値計算を用いてこの問題に取り組んだ。重力崩壊から爆発までをシミュレーションするために、ニュートリノ輻射輸送を流体力学とともに解く2次元軸対称計算コードを作成した。このコードを用いて計算したところ、球対称の計算ではやはり爆発は再現できなかったものの、2次元軸対称の計算では衝撃波がニュートリノ加熱によりエネルギーを受け取り、鉄コアの外へ伝搬するまでを計算することが出来た。これは流体要素の多次元の動きが可能になったことで起こった変化である。具体的には、対流によりニュートリノ加熱が強く働く領域に物質が長い時間滞在することができるようになり、ニュートリノ加熱の効率が著しく大きくなったことが重要な役割を果たしている。また、回転の有無によって衝撃波の時間発展にどのような影響があるのかを調べた。その結果、回転しているモデルは南北対称な爆発を起こすのに対し、無回転モデルでは片方の極方向のみ爆発する傾向が強いことを示した。この現象は、停在降着衝撃波不安定性の南北非対称なモードが回転によって抑制されることに起因していることが分かった。また、回転しているモデルでは爆発エネルギーが大きくなることを明らかにした。さらに、これらの多次元的な特徴がニュートリノにどのように現れるかを調べた。その結果、無回転軸対称モデルでは、球対称モデルにはない、ニュートリノ光度の大きな時間変動が現れることが分かった。これは原始中性子星近傍の対流運動によって駆動されているものである。さらに、回転は軸付近の対流運動を抑制する働きがあるので、回転モデルではこのような時間変動が抑えられることを示した。また、回転モデルでは遠心力によって降着率が下がるため、時間が経過していくとニュートリノ光度が下がる様子を示した。このようなニュートリノシグナルによって、重力崩壊型超新星の内部の流体の動きを探ることが出来る可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる。第1章はイントロダクションとして、ガンマ線バーストと呼ばれる天体現象と超新星爆発について本論文の目的に照らし合わせながら解説している。ガンマ線バーストとは、星などのコンパクトな天体から何らかの爆発機構によって大量のガンマ線がきわめて短い時間の間に放出される現象である。これまでに、ガンマ線から可視光、電波にいたるまでの広い波長域で観測が行われてきたが、その爆発機構の詳細は不明であり、宇宙物理学の大きな謎の一つとなっている。本論文の目的は、ガンマ線バーストおよび超新星爆発についての理論的研究を行い、将来の重力波検出実験およびニュートリノ観測によって爆発機構の謎を解明する方法を提案することである。

第2章ではガンマ線バーストの爆発機構に関する理論モデルが紹介される。また、最近の観測によって明らかになった超新星爆発および中心ブラックホール形成との関連について議論されている。特にガンマ線バーストの中心近傍での相対論的ジェット生成機構や、重力崩壊型超新星内部の衝撃波伝播に関する不明な点がまとめられており、本研究の目的につながっている。ここでは数値シミュレーションの最近の発展についても紹介され、シミュレーションの多次元化や必要な物理過程など、残された課題が明らかにされている。

第3章ではガンマ線バースト発生時に形成されるブラックホール周りの降着円盤に着目し、ニュートリノ放出の非等方性により発生する重力波を検出することを提案している。ガンマ線バーストの駆動機構として、ニュ-トリノの圧力を利用する考えと、ねじられた磁場の電磁圧を利用する考えがあり、前者のモデルでは重力波の発生が期待される。降着円盤の形状やバースト発生パターンを変えた複数のモデルについて、発生する重力波の波形と振幅を計算し、日本や米国が計画する次世代重力波検出装置によって検出が可能であると結論している。さらに観測者が降着円盤を見込む角を変えた場合の計算を行い、重力波検出とニュートリノ観測と組み合わせることで理論モデルの検証が可能であると結論している。2つの観測を組み合わせるというアイデアは新しく、将来の観測への適用が期待される。

第4章では、論文提出者が最近行った、重力崩壊型超新星爆発の大規模数値シミュレーションの成果がまとめられている。はじめに、新たに考案されたニュートリノ輸送の解法を解説し、いかにして多次元シミュレーションに取り入れたかが記述されている。補遺に示されたテスト計算では、ボルツマン方程式を直接に解いた場合との詳細な比較を行い、直接法に比べて遜色のない精度の解を短時間で得ることができると示している。この新たな手法でニュートリノ輸送を取り入れた2次元の数値シミュレーションを行い、従来の数値計算にみられるような内部衝撃波の著しい減衰がおこらないことを示した。特に、ニュートリノ加熱と衝撃波の力学的不安定性の効果が相乗的に働くことで正味の爆発エネルギーを増加させることを明らかにした。さらに、星の回転がある場合にはこの爆発エネルギーがさらに増加し、双極的な爆発を引き起こすことを示した。

なお、本論文第3章は村瀬孔大氏との共同研究をもとにしているが、重力波の検出という着想は論文提出者本人が提案したものであり、重力波スペクトルなど主要な結果は全て論文提出者が計算し、考察を与えたものである。

また、第4章はM. Liebendorfer氏、固武慶氏、滝脇知也氏、S.C.Whitehouse氏、佐藤勝彦氏との共同研究をもとにしている。ここでニュートリノ輸送に用いられた解法は、最近Liebendorfer氏らが空間1次元の計算のために開発した手法を採用しているものの、その多次元化や精度のテスト、数値計算コードの並列化、また実際の計算遂行から結果の解析まで論文提出者がおこなったものであり、論文提出者の寄与が十分であり、オリジナルな成果と判断する。

宇宙最大の爆発現象であるガンマ線バーストの爆発機構解明は宇宙物理学に残る大きな謎の一つである。本論文はその中心問題に重力波とニュートリノの観測によって迫る方法を提案した。また、重力崩壊型超新星爆発については、数値シミュレーションによって爆発を再現できないという問題が数十年にわたって残っている。論文提出者は、空間2次元の設定でニュートリノ輸送を取り入れた大規模数値シミュレーションを遂行し、双極流を伴う爆発を引き起こす可能性を提示した。3次元シミュレーションへ向けた重要な第一歩であり、世界最先端の研究であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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