No | 125565 | |
著者(漢字) | 中山,和則 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカヤマ,カズノリ | |
標題(和) | 暗黒物質の対消滅からの宇宙論的および天体物理的シグナル | |
標題(洋) | Cosmological and Astrophysical Signatures of Dark Matter Annihilation | |
報告番号 | 125565 | |
報告番号 | 甲25565 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5473号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 銀河のスケールから観測可能な宇宙全体に至るまで、暗黒物質と呼ばれる未知の物質が重力の大部分を担っていることが観測的に明らかになっている。特に近年の宇宙背景放射観測の進歩によって、暗黒物質の存在量が正確に測定されるようになり、宇宙の全エネルギーの20%以上は暗黒物質が占めており、通常の物質の寄与は僅か5%にも満たないということが分かった。素粒子標準模型において暗黒物質になり得るものは存在せず、標準模型を超えた物理の存在を示唆している可能性が高い。暗黒物質の正体を突き止めることは宇宙物理学および素粒子物理学における、最大の目標の一つといっても過言ではない。 未だ暗黒物質の正体は明らかになっていないが、超対称性理論において現れる超対称性粒子(ニュートラリーノ)を代表として、様々な候補が理論的に予測されている。一方で、暗黒物質を捕らえるべく世界中で様々な実験が進行している。光を発しない、即ち電磁相互作用を持たない暗黒物質を検出する方法としては、(1)高エネルギー粒子の衝突で暗黒物質を人工的に生成する加速器実験、(2)原子核が暗黒物質によって散乱される際の信号を捕らえる直接探索実験、そして(3)暗黒物質同士の対消滅によって生成された粒子を捕らえる間接探索実験、等がある。本論文では、最近特に進展の著しい(3)の間接探索に関する研究を行なった。 暗黒物質は銀河を取り囲むように分布しており、そこでは暗黒物質の対消滅の確率が増加する。暗黒物質が対消滅を起こすと、詳細は模型に依存するものの、典型的には暗黒物質の質量程度のエネルギーを持った粒子が生成される。途中過程で一般には様々なハドロンやレプトンが生成されるが、結局それらは安定な粒子(光子、ニュートリノ、電子、陽電子、陽子、反陽子)へと崩壊する。このようにして生成された高エネルギー粒子の一部は、宇宙線として地球に降り注ぐ。暗黒物質起源の宇宙線は、天体で加速された通常の宇宙線とは違った特徴的なスペクトルや性質を持つはずであり、宇宙線観測によって暗黒物質の正体に迫ることが可能である。興味深いことに、2008 年10月にPAMELA 衛星の陽電子観測において、暗黒物質起源と解釈される超過成分が報告された。ガンマ線やニュートリノ観測も近年目覚ましい進歩を見せており、暗黒物質検出は本格的に現実味を帯びてきている。 このような状況に鑑み、本論文では、暗黒物質の対消滅によって生成された宇宙線の性質に関して系統的な研究を行なった。まず最近のPAMELA 衛星やFermi 衛星における宇宙線陽電子および電子フラックスの観測結果が、ある種の暗黒物質対消滅模型において再現されることを示した。このとき、同時に反陽子も生成される可能性があるが、反陽子観測は逆に暗黒物質模型を強く制限する。暗黒物質対消滅は同時にガンマ線を生成する。宇宙全体に薄く広がった暗黒物質の対消滅率は小さく、観測的には無視できる程度の宇宙線しか生成しない。しかし、暗黒物質は大小様々な構造を形成しながら進化し、密度の濃い領域では対消滅が増大する。このような効果に加え、高エネルギー電子によって散乱された背景放射光子のガンマ線への寄与を取り入れることで、大きなガンマ線フラックスが予言されることが分かった。さらに、暗黒物質対消滅によって生じたニュートリノの観測可能性を調べた。銀河中心方向からのニュートリノは地球中の物質との相互作用によってミューオンに変化し、検出にかかる可能性がある。スーパーカミオカンデの観測によれば、このようなミューオンフラックスは強く制限されており、暗黒物質模型を制限する結果となった。 一方、暗黒物質は宇宙初期において非常に高密度になっており、初期宇宙においても対消滅が頻繁に起こっている。従って、対消滅によって生成された高エネルギー粒子が、ビッグバン元素合成により生成された軽元素を破壊してしまう可能性がある。ビッグバン元素合成の成功は宇宙論を支える柱の一つであり、その予言を変えることは観測的に厳しく制限されている。暗黒物質対消滅模型に対する元素合成からの制限を調べ、模型によっては強い制限が得られることを明らかにした。 以上のように、宇宙線観測と宇宙論的な考察から暗黒物質対消滅模型に対して、一般的に厳しい制限が付くことを示した。近い将来、陽電子やガンマ線、ニュートリノ観測の感度向上が見込まれており、暗黒物質模型に対して新たな示唆が得られるか、あるいはさらに厳しい制限が付くことが予想される。 | |
審査要旨 | 本論文は7章からなる本文と3章の付録からなる。第1章は、イントロダクションであり、宇宙の暗黒物質の歴史的背景および本論文の主題となっている暗黒物質の対消滅による間接的なシグナルを研究する動機について書かれている。第2章は、暗黒物質の性質やそれの測定方法について解説されている。第3章は、暗黒物質の対消滅により生じた宇宙線の電子や陽電子のフラックスやエネルギースペクトラムの計算を解説している。さらに、その計算結果に基づき、最近PAMELAやFermiで発見された宇宙線の電子や陽電子の異常なフラックスを暗黒物質の対消滅で説明できることを示している。本論文では、暗黒物質の対消滅により上記の宇宙線の電子や陽電子の異常なフラックスを説明するものとしている。 第4章は、暗黒物質の対消滅で生成されるガンマー線のフラックスおよびスペクトラムの計算を説明している。さらに、第3章で求めた、PAMELAやFermiで発見された電子や陽電子の異常なフラックスを説明する暗黒物質の対消滅仮説に対して、宇宙線ガンマー線の観測から来る制限を導いている。第5章は、暗黒物質の対消滅で生成される宇宙線ニュートリノが現在のスーパー神岡実験の結果からかなり強い制限を受けることを示している。このニュートリノからの制限は世界でも初めての指摘であり、極めて独創的なものである。 特に、暗黒物質が左巻きのレプトン対に消滅する場合はスーパー神岡実験結果と矛盾してしまうことが示されている。一方、宇宙線の反陽子のフラックスからの制限は暗黒物質の対消滅がクォークを含んではならないことを示している。この結果と本論文の結果を総合すると極めて限られた暗黒物質の対消滅しか許されないことになる。これは極めて重要な研究成果であり、素粒子の模型構築にきわめて重要な制約を与える。この第5章は本論文の主要部分である。第6章は、暗黒物質の対消滅に対する宇宙の元素合成シナリオからの制限を求めている。第7章では、暗黒物質の対消滅仮説についての上記で求めた全ての制限がまとめられ、その結果が議論されている。 なお、本論文の第3章―第6章は川崎雅裕、久野純冶、諸井武夫、郡和範、梁正樹との共同研究であるが、論文提出者が主体となって計算を完成したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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