学位論文要旨



No 125571
著者(漢字) 本,雄治
著者(英字)
著者(カナ) ハマモト,ユウジ
標題(和) メゾスコピック系における輸送現象と量子相転移
標題(洋) Transport Phenomena and Quantum Phase Transitions in Mesoscopic Systems
報告番号 125571
報告番号 甲25571
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5479号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,和夫
 東京大学 教授 吉岡,大二郎
 東京大学 教授 樽茶,清悟
 東京大学 教授 勝本,信吾
 東京大学 教授 押川,正毅
内容要旨 要旨を表示する

微小な低次元構造中に閉じ込められた電子の様々な現象を扱う研究分野はメゾスコピック系の物理と呼ばれ、1980年代から実験・理論の両面で盛んに研究が行われてきた。微細加工技術の進歩によって実現可能な系のサイズが小さくなるにつれ、電子間相互作用が電子の輸送現象に及ぼす影響は無視できなくなる。従来、メゾスコピック系における電子相関効果を解析的に扱う場合、摂動的な近似手法が用いられてきたが、例えば量子相転移が起こる場合などは非摂動領域での系の振る舞いが自明でなくなる。本論文では、ボソン化法による定式化および経路積分モンテカルロ法による数値シミュレーションを用いることにより、以下に示す3 つの系について非摂動的な解析を行った。

(1)スピンを考慮したTomonaga-Luttinger 液体の不純物問題

量子細線や量子Hall 端、カーボンナノチューブのような系で理想的な一次元電子系の作成が可能となり、Tomonaga-Luttinger 液体(TLL)の観測を試みる実験が盛んに行われている。TLL の特異性が顕著になる例として、1 つの局所的な散乱体が伝導特性に及ぼす影響を扱う不純物問題が挙げられる。Kane とFisher は不純物による後方散乱の弱い場合と強い場合の両極限で摂動繰り込み群による解析を行い、この系の基底状態が絶縁体と完全導体のいずれかであることを示した。しかし電子スピンを考慮した場合、両極限で相境界の形状が異なるため、これまで非摂動領域で相境界がどのように振る舞うかよく分かっていなかった。我々は経路積分モンテカルロ法を用いて相転移の解析を行い、非摂動領域における数値的に厳密な相図を求めた(図1)。我々の結果によると、相境界の形状は(K1, Kl)の異方性が弱い領域では散乱の弱い場合の極限形に近いのに対し、異方性が強い領域では散乱の強い場合の極限形に近い、というように(K1, Kl)平面で非一様な振る舞いを見せることが分かる。異方性の強い領域における相図の振る舞いは、電荷またはスピンの自由度をピン留めした有効模型で理解することができる。

(2)量子ドット系における擬スピンの2 チャンネル近藤効果

量子ドットはKondo 効果が起きる系として実験・理論両面からよく調べられているが、ドット内の準位間隔が温度に比べて小さい場合、縮退した2 つの電荷状態を擬スピンとみなすことで別のKondo 効果が現れる。Matveev によると、このとき電子スピンは軌道自由度としてとみなせるため2 チャンネル近藤効果が現れ、低温でキャパシタンスが対数発散する。ただしMatveev の予言は、電極・ドット間の結合が弱い極限と強い極限における解析計算の結果からの類推であり、任意の結合強度で2 チャンネル近藤効果が現れるか確証は得られていなかった。我々は経路積分モンテカルロ法で強結合側から解析を行い、結合強度の広い範囲でキャパシタンスが対数発散することを示した(図2)。さらに対数発散の係数は強結合と弱結合の両極限で得られた解析計算の振る舞いとよく一致し、結合強度の全領域で2 チャンネル近藤効果が現れることがわかった。

(3)ユニバーサルな緩和抵抗に対する相互作用の影響

量子ドット系はRC 回路の量子版と見なすことができ、ドット内で電荷が緩和する時間スケールはRC 時間で表される。Buttiker らによると、低周波領域<<1/RC における交流抵抗(緩和抵抗)はT=0K で整数量子Hall 端状態1チャンネル当りh/2e2 に量子化され、ポイントコンタクトの反射強度V に依らない。我々はTomonaga-Luttinger 模型を用いて相互作用が電荷緩和抵抗に及ぼす影響を調べた。以下は電荷状態の縮退点Q=(n+1/2)e (n は整数)における結果である。摂動繰り込み群の解析から、バルクの相互作用パラメータがK>1/2 の場合、擬スピンによる近藤効果のため低温で系はユニタリー極限に到達し、緩和抵抗はh/2e2K に量子化されることが分かった。これはButtiker らの結果(K=1)と矛盾しない。一方K<1/2 ではKosterlitz-Thouless 転移によりRC 時間が発散し、ドット内での伝導は電荷が緩和する前にコヒーレンスが失われるため、ドットは有効的に電子溜めとして振る舞う。後者の場合、反射強度V の大きな領域ではユニバーサルな緩和抵抗の代わりにV に強く依存したLandauer 的な直流抵抗が現れる。図3に経路積分モンテカルロ法で求めた交流抵抗の低周波極限のV 依存性を示す。我々の結果はK=1/(奇数)を分数量子Hall 系の充填率と読み替えることで、実験的に確認することができる。図3は充填率K が小さいほどユニバーサルな緩和抵抗からずれる領域が広がることを示している。

図1 絶縁体-完全導体転移の相図。Kp=Koに関して対称なのでKp<Koの領域のみを示した。青の実線は非摂動領域での相境界であり、赤の破線と緑の点線はそれぞれ不純物による後方散乱の弱い極限と強い極限に対応する。相境界はKp~Koのときほぼ赤線と重なるのに対し、Kp<<Koではずれが顕著になる。

図2 キャパシタンスの対数発散。V0 はポイントコンタクトの反射強度。対数の係数のV0依存性はV0 の小さい領域では~ V02、大きい領域では~exp(-const.×V0 )であり、これは両極限での解析計算と一致する。

図3 交流抵抗の低周波極限のV 依存性。充填率K=1 のとき常に電荷緩和抵抗がh/2e2Kに量子化されるが、K<1/2 ではV の大きな領域でKT 転移が起こり、V に依存しない緩和抵抗からV に依存する直流抵抗への転移が観測される。

審査要旨 要旨を表示する

二次元電子系に作られた微小な構造を舞台として展開される物理はメソスコピック系と呼ばれ、基礎物理学と量子デバイスの接点として活発な研究がなされている。微細加工技術の進展により近藤効果のような多体効果が本質的な役割をはたしている量子現象が盛んに議論されるようになってきた。量子ドットやポイントコンタクトを介した伝導現象については、それに最も強く関与する伝導チャンネルを一つとりだすと伝導電子系については一次元的自由度として扱える場合がしばしば考えられる。一次元的自由度として取り扱う事が近似ではなく、ほぼ理想的な一次元系と考えられる量子ホール効果のエッジ状態のような例もある。この論文では、一次元系として取り扱うことができる伝導系と量子ドットやポイントコンタクトが結合した問題をボゾン化法を用いて定式化し、摂動論、くりこみ群そして経路積分モンテカルロ法による数値シミュレーションを用いて研究をしている。

第1章では、導入部として研究の動機が述べられたのち、本論文で主たる研究対象とするメソスコッピックキャパシターの交流伝導特性の問題が紹介されている。それに続き、この論文の議論で基本的な役割を果たす、朝永ラッティンジャー液体、クーロンブロケード現象および近藤効果の基本概念が紹介されている。

第2章では、ボゾン化法の説明がなされた後、それにもとづくモンテカルロシミュレーションにおいて状態のグローバルな更新を行う手法が紹介されている。その具体的な応用としてスピン自由度のある朝永ラッティンジャー液体における不純物問題が議論されている。伝導特性に関する相図に関して、摂動計算と双対性を用いて強い散乱極限と弱い散乱極限では解析的な結果が得られているが、それらの中間領域における相図が議論されている。この問題を通してモンテカルロシミュレーションのスキームが完成し以下の章で議論される問題に対する準備が整ったのみでなく、これ自体内容のあるオリジナルな研究ということができる。

第3章では、二次元電子系につながれたドットにおけるクーロンブロケード現象を、一次元化されたモデルを用いて議論している。このさい、ドットは十分大きな自由度をもった系とし, 一次元化されたモデルでは半無限の系として扱われている。ドット内の電子数Ng が平均として1/2 で、Ng = 0 とNg = 1 の二つの電荷状態が縮退している場合を考える。今電子のスピン自由度を含めて考えると、局所的な電荷を遮蔽するチャンネルが二個あることになり、2チャンネル近藤効果になることが予想される。実際、Matveev は弱いトンネル極限と、強い極限でそのことを示し全領域で2チャンネル近藤効果が起きることを予想している。当研究では経路積分モンテカルロ法を用いて、任意のトンネル接合の強さに対して2チャンネル近藤効果が起きていることを、キャパシタンスの対数発散を計算することによって示している。同様の結論は数値くりこみ群の計算でも得られているが、経路積分モンテカルロ法は効率の良いスキームになっている。

二次元電子系につながれたドットを交流ゲート電圧で駆動すると、一種のRC 回路を形成する。Buettiker は相互作用のない場合を考察し、レジスタンスに相当する量がドットと電子だめとの結合の強さによらずRq = h=2e2 と量子化された値を取ることを示し、量子化レジスタンスと呼んだ。第3章では、この電荷緩和抵抗の問題を相互作用のある系に対して考察している。ここでは、分数量子ホール状態を念頭において、スピン自由度のない場合を考察している。まず摂動計算に基づき弱いポテンシャルバリアーの時にはRq = h=2e2に量子化されることを示している。つぎに、電荷状態が縮退した状態では異なる電荷状態に対する近藤効果を考慮する必要があるが、そのくりこみのフローは相互作用の強さによって変わることを示した。すなわち朝永ラッティンジャー液体の指数がK > 1=2 のときは、弱いポテンシャルバリアーの領域に漸近し、Rq = h=2e2 に量子化された緩和抵抗を示す。一方K < 1=2 ではKosterlitz-Thouless 転移を示し緩和抵抗は発散的に増大する。これらの解析は、経路積分モンテカルロ法によって数値的にも確認されている。また、縮退点から外れた場合のクロスオーバー現象についても議論がされている。

以上見てきたように、本論文では一次元伝導系と結合した量子ドットについて、電荷緩和抵抗の問題を中心にしてボゾン化法に基づいた研究を展開している。とくに相互作用が強い場合には電荷緩和抵抗の値がユニバーサルな値から外れ発散的に増大し得ることを示した。1/3 の分数量子ホール状態では、強い相互作用の条件を満たしており、当研究の成果は実験的な検証も可能であると考えられる。

本論文は指導教員である加藤岳生准教授その他との共同研究に基づいているが、本人の寄与は主体的で十分であると認められる。

よって論文審査委員会は全員一致で博士(理学) の学位を授与できると認めた。

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