学位論文要旨



No 125574
著者(漢字) 山本,啓介
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ケイスケ
標題(和) 格子ボース系における対角・非対角長距離秩序の共存についての研究
標題(洋) Study on the Coexistence of Diagonal and Off-Diagonal Long Range Orders in Lattice Bose Systems
報告番号 125574
報告番号 甲25574
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5482号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 川島,直輝
 東京大学 教授 福山,寛
 東京大学 准教授 羽田野,直道
 東京大学 教授 上田,正仁
 東京大学 教授 小形,正男
内容要旨 要旨を表示する

対角長距離秩序(DLRO) 秩序と非対角長距離秩序(ODLRO) の共存状態は超固体状態と呼ばれる。DLROとは粒子の位置や磁化などの物理量の観測量自身が秩序化するもので、たとえば粒子の配置が長距離にわたって整列する固体状態を表している。一方ODLRO は超流動や超伝導などにおいて、波動関数の位相が長距離の相関を持つことを表している。従って超固体とは固体性と超流動性を同時に持つという新奇な特徴を持っている。E. Kim ら(2004) によって固体4He におけるNCRI が観測されて以来、超固体に対する精力的な研究が行われるようになった。格子ガスモデルを用いた研究では、粒子数密度が整合な場合(_ = 1=2) からずれており、かつ粒子同士の重なりが許されるとき(ソフトコア性) に超固体が実現されることが明らかにされている。特に1,2次元における研究では_ > 1=2 でのみ超固体が実現されることが示されており、このことから超固体は固体を組んでいる粒子の上を超流動化した余剰粒子が動いているという描像で理解することができる。しかしながら_ < 1=2 の場合については、上記の描像では理解できない。この領域においては、平均場では超固体は実現するものの、1,2次元では実現が確認されなかった。従って、3次元の場合ではこのような超固体の実現するか、実現するとしたらそのメカニズムは何かという問題が生ずる。一方でこれら一連の研究は主に秩序パラメータを用いた基底状態の研究であり、超固体自身の持つ性質についてはまだ十分に理解されているとは言いがたい。

本研究の目的はボース・ハバードモデルにおける超固体の実現条件とその性質を調べることである。我々の扱うボース・ハバードモデルは次のようなハミルトニアンで表される。

〓ここでt は最近接間のホッピングを、U とV はそれぞれオンサイト相互作用、最近接相互作用を、_ は化学ポテンシャルを表す。このモデルでは、超固体は固体の秩序パラメータS_ と超流動の秩序パラメータ_s が同時に有限値を持つ状態として定義される。

第3章では確率級数展開法によるシミュレーションを行うことにより、3次元立方格子系において、基底状態で超固体が実現することを示した。まず秩序パラメータの_ 依存性を調べた結果、1,2次元のときと同様に粒子数密度_ > 1=2 の広いパラメータ領域で超固体が実現することがわかった。一方_ < 1=2 の領域については、平均場では超固体が実現するのに対し1,2次元では実現されておらず、3次元の場合にこのような超固体が実現するかは興味深い問題である。そこでパラメータ空間上を探索した結果、_ < 1=2 で超固体が実現することを確認した(図1 左)。実際サイズ依存性を調べたところ、熱力学極限で_ < 1=2 を保ちつつ2つの秩序パラメータが有限な値をとることがわかった(図1 右)。この結果から、3次元の基底状態の相図が平均場の相図と定性的に一致することが判明した。

第4章では超固体が有限温度においてどのように実現されるか、また超固体における固体秩序と超流動秩序の競合について調べた。熱揺らぎが共存に及ぼす影響を調べるため、各秩序パラメータの温度依存性を確率級数展開法を使って調べたところ、一方の秩序の発生が他方の秩序を阻害することがわかった。また複数のサイズでシミュレーションした結果から有限温度での相図を得た(図2)。この相図上で我々は、固相、常流動相、超流動相、超固体相の4つの相が接する4重臨界点が存在することを発見した。またこの相図上でも固体、超流動の競合を確認することができた。すなわち、超流動が存在するときの固体秩序の転移温度は、超流動がないときのものより低くなる。固体と超流動の順序が逆の場合にもこれは成り立っている。また我々はギンツブルグ-ランダウ理論によってもこの相図の性質を説明できることを示した。一方、我々は相図上における超固体領域が、オンサイト斥力U を変えることによってどのような影響を受けるかを平均場近似を使って調べた。その結果、U を大きくするに従って超固体領域が小さくなり、U → ∞ で完全に消えてしまうことがわかった。この結果は粒子の重なりの効果が固体と超流動の共存に重要な役割を果たしていることを意味している。

第5章では1次元格子における超固体のエネルギー構造、及び振動するホッピング項に対する応答関数について調べた。格子系では、固体の分散関係は基底状態の二重縮退と、基底状態と第一励起状態の間のエネルギーギャップで特徴づけられる。一方超流動の分散関係は基底状態からの連続励起によって特徴付けられ、またこれは波数k = 0 上でも連続励起を持つ。それらに対し超固体の分散関係では、基底状態の二重縮退と、基底状態からの連続励起が存在することがわかった。これらはそれぞれ固体性、超流動性に対応していると思われる。さらにホッピング項の振動に対する応答関数_(!) を調べたところ、超流動では振動数! = 0 からの連続スペクトルが存在するのに対し、超固体では離散的なスペクトルが存在することがわかった。超固体の応答関数は3つの特徴的なピーク群を持ち、そのうち一番小さな振動数を持つものが超固体を特徴付けている。それはこのピークが固体上の余剰粒子の運動に対応するものだからである。

第6章では第3章で発見されたp< 1/2 の超固体がどのような描像で表されるかを議論した。p> 1/2 の超固体における超流動性が余剰粒子の動きで説明されたのに対し、p < 1/2 の超固体について我々は、固体を構成していた粒子が平衡位置から飛び出しもとの固体構造を壊さないまま動き続ける、という描像を提案した。ただしこの描像の妥当性を検証するためにはさらなる研究が必要である。

この研究により、3次元系ではp> 1/2 とp< 1/2 のどちらの領域でも、超固体が実現することがわかった。またオンサイト斥力U を大きくするとこれらの超固体の実現領域が小さくなり、U → ∞で消えてしまうことから、どちらの場合でも超固体の実現には粒子の重なりの効果が重要な役割を果たしていることがわかった。これらの結果は超固体の描像を理解する上で重要な手がかりとなる。さらに超固体に対する熱揺らぎの効果を調べた結果、4重臨界点を含む相図を得た。またこの研究により超固体を、秩序パラメータだけでなく、エネルギー構造や応答関数で特徴づけることができた。

図1: 3次元ボース・ハバードモデルにおけるp < 1=2 での超固体。左図:V/U =1/6,t/U = 0:055 における物理量のμ依存性。μ/U ~ 0.25 付近で密度p= 1/2 以下で固体と超流動の秩序パラメータが共存している。右図:V/U = 1/6, t/U = 0.055, μ/U =0.2495 での物理量のシステムサイズ依存性。L → ∞でp< 1/2 の超固体が実現されている。

図2: 3次元ボース・ハバードモデルにおける有限温度相図。パラメータをV/U = 1/6、μ/U = 0.7 に固定し、t-T 平面上で相図を描いている。固体転移温度TS は黒丸で、超流動転移温度Tps は白丸で表されている。NL は常流動相、NS は固体相、SF は超流動相、SS は超固体相を表している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は周期ポテンシャル中のボーズ原子系が示す超流動固体状態に関するものであり,特に,粒子間斥力が有限であるソフトコアの場合を,従来よく議論されてきた粒子間斥力が無限大であるハードコアの場合と比較して,その定性的な差異について検討している.具体的には,著者は,ソフトコアのモデルに関して数値シミュレーションを行って,超流動性と自発的な空間並進対称性の破れとが共存する場合があること,すなわち,超流動固体状態が存在することを示した.更に,平均専有数が0.5よりもわずかに少ない場合にも,この固体超流動状態が存在することを示す結果を得た.また,この状態が,単純な空孔の凝縮によるものとは解釈できないことを論じている.

本論文は7章からなる.第1章では,この論文で示される物理的内容が,固体ヘリウム4や最近実験的に実現されるようになった人工的な光格子系の実験と密接な関係をもっていること,さらに,この論文で直接的に解析の対象となっているボーズハバード模型がこれらの物理系を統一的に説明するモデルであることが論じられている.とくに,ハードコアを扱った先行研究の事例が紹介され,ハードコア模型では幾何学的フラストレーションがあるときにのみ超流動固体状態の実現例が報告されており,そうでない場合には超流動固体状態の実現例がないことが述べられている.第2章では,超流動固体状態の特徴づけについて述べたあと,ソフトコアボーズハバード模型に対する2006年のLuとYuによる平均場近似の計算結果など先行研究の結果が紹介されている.このなかで,本論文に特に関係する内容として,平均専有数が0.5以上の超流動固体相から0.5以下の超流動固体相の間に転移はなく,連続的につながっていることが紹介されている.

第3章からが著者らによるオリジナルな部分である.第3章の主な内容は,確率的級数展開法に基づく量子モンテカルロ法による3次元系の数値計算結果である.具体的には,絶対零度における,密度,静的構造因子,凝縮体密度,などの物理量が化学ポテンシャルおよびホッピング定数の関数として計算されている.これらの計算結果によって,静的構造因子と凝縮体密度がともに0でない値を持つような条件が存在すること,つまり超流動固体状態が存在することが示されている.更にその条件が絶対零度相図の形で提示されている.特に,超流動固体相は平均専有数が0.5以下の領域にまで広がっていることが特徴である.これは先行研究である平均場理論からは予想されていたが,実際に有限次元系の近似を用いない計算によって確認されたのは,本研究が最初である.第4章では,第3章と同じく量子モンテカルロ法による計算結果が主な内容であるが,第3章とは異なり,ここでは有限温度における特性,とくに温度-ホッピング定数相図が中心である.高温の無秩序相から温度を下げていったときに,最初に凝縮体密度が有限になる超流動転移温度と,最初に静的構造因子が有限になる結晶化転移温度がホッピング定数の関数として,互いに1点で交わる2本の曲線になる様子が平均場近似とシミュレーションの両方の仕方で示されている.第5章は第3,4章とは異なり,1次元系の数値的厳密対角化の手法で得られる準粒子の分散関係に基づくダイナミクスに関する議論が中心である.ここでは常流動状態,超流動状態,および超流動固体状態の3つが動的応答関数の周波数依存性にどのように反映されるかを論じている.第6章は第3,4章で得られた平均専有数が0.5以下の超流動固体相の物理的解釈に関するものである.第4章では平均場理論を用いた解析結果の紹介もしているが,この中で粒子間斥力相互作用を大きくしていくと,相図中の超流動固体相の領域が縮小していき,相互作用無限大のハードコア極限で超流動固体相が消失することが平均場近似の範囲内で示されている.第6章では,この第4章で紹介された先行研究の結果に基づいて,0.5以下の平均専有数で実現されている超流動固体が,単純に空孔が凝縮したものとは解釈できないことを論じている.

本論文の成果中,特に重要な部分は光格子系などのボーズ原子系を記述するソフトコアボーズハバード模型について,相図などの基本的な物性を明らかにし,特に専有数0.5以下のunder-doped領域での超流動固体相の存在を立証したところである.この成果は,超流動固体相の物理的描像の理解にとって有用な知見であり,今後の極低温ボーズ原子系の研究に影響を持つものと評価できる.また,数学的に同様の構造をもつ,低温領域でのS=1以上のスピンをもった磁性体などにおいて,本論文で得られた結果が再現される可能性なども期待できる.

本論文は宮下精二氏,藤堂眞治氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって数値的解析を行い,さらにその結果を考察したものであり,論文提出者の寄与が十分なものであると判断する.

以上によって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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