学位論文要旨



No 125577
著者(漢字) 渡部,昌平
著者(英字)
著者(カナ) ワタベ,ショウヘイ
標題(和) 障壁により隔てられたボース-アインシュタイン凝縮体及び超流動体における低エネルギー励起の研究
標題(洋) Study of Low-energy Excitations in Bose-Einstein Condensates and in Superfluids Separated by an Obstacle
報告番号 125577
報告番号 甲25577
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5485号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,正仁
 東京大学 教授 常次,宏一
 東京大学 准教授 鳥井,寿夫
 東京大学 准教授 川島,直輝
 東京大学 准教授 久保田,実
内容要旨 要旨を表示する

冷却原子気体におけるボース-アインシュタイン凝縮(BEC) の実現は、物性物理の分野に大きな衝撃を与えた。液体ヘリウムや冷却原子気体における実験、理論を通して、BEC や超流動の理解が深化しつつある現在において、BEC 及び超流動における基礎的な問題に現代的な視点から再度取り組むことは意義深い事である。そのような背景から、障壁が存在する非一様系におけるBEC および超流動体の励起について研究を行った。本論文は、その研究成果をまとめたものである。

本論文には、ボース-アインシュタイン凝縮体における励起のポテンシャル障壁に対する散乱、及び屈折と反射の性質の解明、また、超流動の安定性についての新たな研究成果がまとめられている。本研究では、Gross-Pitaevskii 方程式と、そこからの揺らぎを記述するBogoliubov 方程式といった、平均場理論を用いて解析を行った。

ポテンシャル障壁に対するBEC の励起のトンネル問題は、これまでにも研究がなされており、低エネルギー極限で励起はポテンシャルの影響を受けずに完全透過するということが分かっている。初等的な量子力学における一粒子のポテンシャル障壁に対するトンネル問題において、低エネルギー極限における完全反射が知られていたので、この現象は異常トンネリングと名付けられた。その後、対称な形を持つポテンシャルに対して様々な研究がなされている。

しかしながら、3次元の球状のポテンシャルに対するBEC の励起の散乱断面積は、古典波動におけるレイリー散乱と同じ波数依存性を持つことが示され、低エネルギー励起においてポテンシャル障壁の影響が無視される現象は、朝永-Luttinger 液体においても知られていた。したがって、これまで行われてきた非常にシンプルな系における結果からでは、何がBEC の系において本質的なことで、何が他の系と共通なものであるかが分からないままであった。

そこで、我々はより一般的な系を対象とすることで、BEC の励起におけるトンネル問題の研究を行った。具体的には、密度の異なるBEC をポテンシャル障壁の両側に接合した系と、内部自由度を持つBEC について、その特性を解明した。

密度の異なるBEC を接合した場合の結果は第3章にまとめられている。低エネルギー極限における反射係数、透過係数の特色は、流体における古典波動論の帰結とは異なり、Brewster の法則を満たす点であることをまず解明した。Brewster の法則は、入射角と屈折角の和が90 度を満たすとき、完全透過を示すという法則で、電磁波の一つの偏光が異なる媒質を屈折するときに見られる。さらに、垂直入射における透過係数は、弱く相互作用する一次元Bose 系(Luttinger パラメータが1 以上の異なる二つの朝永-Luttinger 液体) を接合した時の結果と一致することが分かった。本研究を通して、BEC の低エネルギー励起におけるBrewster の法則、平均場理論が適用できない一次元系との関連性を見いだした。

一方、内部自由度を持つBECとして、シンプルな系の一つであるspin-1のBEC を対象に、励起のトンネル問題の研究を行った。この系は、強磁性相とポーラー相といった二つの相を持ち、また各相は内部自由度に伴い、スカラーBEC と対応するBogoliubov 励起や、spin-1 BEC に特徴的なスピン波といった3 つの励起を持っている。spin-1 BEC の励起に対する散乱問題はこれまでに手が付けられておらず、それぞれの励起がどのように散乱を受けるかは、未知であった。本論文の第4章にはこの研究の成果がまとめられている。

本研究を通し、強磁性相の四重極的スピン揺らぎのモードのみが長波長極限で完全反射を示し、その他のモードは完全透過することを解明した。この強磁性相における四重極的スピン揺らぎのモードの異常は波動関数に顕著にみられ、ポテンシャル障壁の存在により長波長極限における波動関数がゼロとなり、完全反射に至ることを解明した。また、強磁性相のスピン波はBogoliubov 励起と同様長波長極限で完全透過を示すが、密度の異なる凝縮体を接合することで、その振る舞いが異なることがわかった。強磁性相のスピン波はBogoliubov 励起と異なり屈折せず、その透過係数は励起の位相速度によらず障壁の両側に広がっている磁化の密度で決定されることを解明した。また、結合定数や磁場の依存性、可積分条件における透過の性質等の議論をまとめた。

BEC における励起のポテンシャル障壁に対する散乱問題は、超流動が流れている状態においてもなされてきた。この系の特徴は、定常的に安定な超流動体の臨界速度において、励起の完全透過性が失われ、部分透過になることである。これらは、密度揺らぎを表す波動関数の低エネルギー領域における出現によって理解されている。これらの先行研究の知見を用いて、一様系と非一様系における超流動の安定条件について研究を行った。その結果が第5章にまとめられている。

一様系の超流動の安定条件は、ランダウの判定条件が知られている。これは、系の励起スペクトルに着目するものである。しかしながら、この判定条件は並進対称性のない非一様系には適用できないことが分かっている。本論文では、動的構造因子を拡張し、空間依存性をあらわに取り入れた局所密度スペクトル関数によって、超流動の安定性を判定することを提案した。提案する判定法は、以下のようになる。「安定な超流動では、低エネルギー領域における局所密度スペクトル関数のエネルギーを底としたときの指数が、系の次元に一致する。臨界速度ではこの指数が次元よりも低いものになる。」この判定法は、エネルギースペクトルの異常であるランダウの判定条件を含んでいるので、一様系、非一様系にも適用可能なものである。また局所密度スペクトル関数と自己相関関数の関係から、自己相関関数の動的な性質をみることでも超流動の安定性を議論することができる。このように、一様系、非一様系に対して、局所密度スペクトル関数をもちいて、超流動の安定性を議論した研究はこれまでになく、超流動に対する新たな知見を与えるものである。

本論文の研究成果は、いずれも新たな研究成果を含んでおり、ボース系における励起に新たな視点を与えるものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「障壁により隔てられたボース-アインシュタイン凝縮体及び超流動体における低エネルギー励起の研究」(Study of Low-energy Excitations in Bose-Einstein Condensates and in Superfluids Separated by an Obstacle)と題し、7章からなる。第1章はイントロダクションであり、研究の背景および本論文の主目的について述べている。第2章では後の議論に必要な理論的な枠組みを概観している。3章以下がオリジナルな研究である。第3章は、密度が異なるボース凝縮体接合の透過および反射の問題を議論している。密度の異なるボース凝縮体をポテンシャル障壁に対して接合した系を考え、励起の反射と屈折の性質を解明した。得られた低エネルギー極限における透過係数の表式は、電磁気学におけるBrewsterの法則と類似の法則が成立することを明らかにした。また、一次元系を記述する朝永ラッティンジャー液体の超伝導相では、ポテンシャル障壁に対する完全透過性が知られていた。異なるラッティンジャーパラメータを接合した結果と本研究の結果を比較し、同一の表式で記述されることを示した。また、その背後に位相の励起があることを指摘した。第4章では、スピン1のBECにおける励起のトンネル問題を議論している。励起のトンネル問題を多角的に調べるため、スピン1ボース系の性質を調べた。まず、各固有モードが散乱を通じて混ざらない事を示し、各固有モードの透過係数を求めた。結果として、強磁性相における四重極モード以外は長波長極限で完全透過することを明らかにした。また、この研究を通して、次のような一般的な性質が解明された。まず、励起として、外場によらない本質的なエネルギーギャップをもつものは完全反射し、そうでなければ分散関係によらず完全透過する。完全透過する励起の波動関数は、凝縮体波動関数と同じ形を長波長極限で持つ。一方、完全反射の原因は、その振幅がポテンシャル障壁の影響でゼロになることである。また、Bogoliubov励起とスピン波は、オーダーパラメータの振幅がインピーダンスとなって透過係数に現れることを明らかにした。第5節では、超流動の安定性を議論している。超流動カレントが流れている状態での励起のトンネル問題をもとに、超流動体の臨界速度における励起の振る舞いを研究し、非一様な超流動体における密度の動的応答を調べている。動的応答は、動的構造因子を用いて通常調べられるが、これは一様系に特化したものである。ポテンシャル障壁に対して流れる超流動体の性質を調べるには、動的構造因子を実空間に拡張した局所密度スペクトル関数を用いるのが都合がよい。これを用いて、超流動の安定条件を議論している。安定な超流動状態では、スペクトル関数の低エネルギーにおける指数が系の次元に一致し、臨界速度においてその指数が次元よりも小さくなる。この指数の減少は、臨界速度で密度揺らぎの質が定性的に変化し、増大することを意味する。第6章では、今後の展望につぃて議論している。まず、ポテンシャル障壁に対する励起のトンネル問題について、冷却原子気体を用いた実験の可能性について議論している。また、スピン1でのトンネル問題と超流動の安定性における課題を考察し、また、超流動性の判定条件に関しては、渦を放出する場合、また非線形物理における分岐理論との関係、平均場理論を超えた強相関ボース系へ適用する可能性、超固体ではどうなるかという問題を提起した。第7章では、本研究で得られた結果を要約している。

なお、第3章から第7章までの研究は、加藤雄介氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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