学位論文要旨



No 125580
著者(漢字) 井原,隆
著者(英字)
著者(カナ) イハラ,ユタカ
標題(和) すばる望遠鏡・XMM-Newton望遠鏡深宇宙探査における超新星発生率の研究
標題(洋) Supernova Rate Studies with the Subaru/XMM-Newton Deep Survey
報告番号 125580
報告番号 甲25580
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5488号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 家,正則
 東京大学 特任教授 野本,憲一
 東京大学 教授 藤本,眞克
 東京大学 准教授 梅田,秀之
 東京工業大学 教授 河合,誠之
内容要旨 要旨を表示する

1. 超新星とその分類

超新星とは、星の一生の最後に起こる爆発現象であり、観測的には、数週間から数ヶ月程度の変光を示す天体として検出される。超新星は、そのスペクトルや光度曲線の様子から、いくつかの型に分類される。スペクトルに水素が見られない超新星は、I型と分類され、その中でSiが見られるものがIa型と呼ばれ、Siが見られないものはIb型(Heあり)またはIc型(Heなし)と分類される。超新星のスペクトルに水素が見られるものは、II型と分類され、光度曲線の形やスペクトルの特徴によって、II-P, II-L, II-nなどの種族に分類される。超新星の爆発メカニズムも、超新星の種族によって異なる。Ia型超新星は、連星系から生じると考えられており、白色矮星の主星と主系列星または赤色巨星の伴星からなる連星系中で、伴星から主星に質量が降り積もっていき1.4太陽質量に近づくと爆発するという"SD model"、または、ふたつの白色矮星からなる連星系中で、ふたつの白色矮星が合体し、爆発するという"DD model"が考えられているが、まだ観測による確証は得られてなく、今もなお議論が続いている。一方、Ib/c型およびII型超新星は、単独の高質量星(約8太陽質量以上)が、元素合成反応を続け、自重を支えきれずに崩壊し、爆発するというメカニズムが考えられており、これらをまとめて、重力崩壊型超新星と呼ぶ。

2. 超新星発生率の研究の現状

近年の、宇宙論パラメータの決定を目的としたIa型超新星の大規模探査によって得られた超新星を用いて、超新星の発生率を調べる研究が注目され始めた。超新星発生率と星生成率を比べることで、星生成から超新星爆発までの間の時間差 "deley time" を測定することが出来、これは超新星起源の解明において重要な観測量のひとつである。母銀河の種族ごとに超新星発生率を調べたり、超新星の発生率の進化と星生成史を比較したりすることによって、Ia型超新星のdelay timeは単一ではなく、~0.1-10Gyr程度の幅広い分布があることがわかってきた。特に、高赤方偏移(z > 1)の超新星発生率を求めていくことで、delay timeが短い超新星の存在について調べられる。先行研究では、Dahlen+2008やPoznanski+2007が、高赤方偏移の超新星発生率を求めているが、超新星が画一的な測光観測から得られたものではなかったり、超新星の観測情報が乏しかったりするので、誤差の大きな結果となっている。一方で、重力崩壊型超新星は、星生成から短い時間差で爆発すると考えられているので、超新星発生率が星生成史を追うと予想される。しかし、大規模サーベイで画一的に観測されている重力崩壊型超新星は少ないので、超新星発生率を赤方偏移ごとに追った結果は、未だに得られていない。

3. 本研究の超新星探査と特色

本研究では、すばる望遠鏡・XMM-Newton望遠鏡深宇宙探査(SXDS)によって得られた観測結果を用いて、Ia型超新星およびII型超新星(重力崩壊型)の発生率を、近傍から高赤方偏移まで測定する研究を行った。2002年に、SXDSにおいて、すばる望遠鏡の広視野撮像装置・Suprime-Camを用いて、約1平方度の領域を、複数回に渡って深撮像を繰り返し、各測光点の限界等級が、約25.5mag (i'-band)に達する観測を行った。近傍から高赤方偏移にわたり、約1000個の変光天体を検出し、またそれらの密な光度曲線を得ることができた。光度曲線の情報を生かし、今回は、50個のIa型超新星を、17個のII型超新星を分類することができ、画一的な測光観測の中から、近傍から高赤方偏移までの超新星のデータセットを得た。

4. 超新星発生率を求める手順

図1にIa型超新星発生率を求めるための手順を示した。まず最初に、全変光天体の中から超新星候補を絞る。超新星は短期変動の変光天体なので、2002年以降に変光が確認された天体は、超新星ではないとみなす。また、突発的な変光現象や、変光成分の誤検出を除くため、2002年に3点以上有意な検出が見られた変光天体のみをこの段階で選ぶ。次に、光度曲線を用いて、I型超新星とII型超新星を、分類する。ただし、II型超新星の光度曲線は、直線的であるために、同じく直線的な(長期的な)変光を示す活動銀河核(AGN)の混在も見込まれる。AGNでは急激な変化は稀なので、II型超新星の分類には、観測開始日では検出限界以下であり、以降の観測で、急激な変光を検出という条件を加える。超新星の赤方偏移に関しては、超新星母銀河の赤方偏移が分光観測から得られていた場合には、その情報を用いる。ない場合には、測光観測から得られた赤方偏移情報(Photo-z)と光度曲線判定を組み合わせて求める。この時点でI型超新星が選び出されるが、Ia型とIb/c型は光度曲線が似ているので、光度曲線から判定することは出来ない。そこで、色情報をもつ超新星からIa型とIb/c型の存在率を仮定して、Ia型超新星の数を見積もる。このIa型超新星の判定法は、スペクトルを調べての判定法と異なり、判定誤差が生じるので、この誤差をシミュレーションによって見積もり、Ia型超新星の検出数に補正をかける必要がある。

また、超新星の検出可能時間(Control Time)を求めるために、仮想的な超新星の光度曲線を、モンテカルロシミュレーションによって作成する。仮想超新星の構築に当たって、他の近傍の大規模超新星探査(SDSS-II SN survey)によって得られた超新星の分布を用いる。またIa型超新星に関しては、近傍から高赤方偏移に向けて、超新星の分布は変化していると予測されるので、この効果も加える。一方、II型超新星においては、単一の超新星探査による大量のII型超新星の観測結果が得られていないので、Ia型超新星に比べて系統誤差が多くなる。このようにして得られた光度曲線から、各赤方偏移ごとに観測可能時間を計算し、Control Timeを計算する。一方で、光度曲線を用いた超新星の型決定の信頼性も、このシミュレーションによって作成された光度曲線を使って行い、光度曲線判定で求められた超新星数に補正をかける。これらのControl Timeの計算および超新星判定の信頼性のシミュレーションの際には、超新星の分布の仮定など、様々な不定性が含まれるので、これらは系統誤差として評価する必要がある。

5. 結果と考察

このような手順のもとに、Ia型超新星の発生率およびII型超新星の発生率が得られる。それぞれ、先行研究と比較しながら、図示すると、図2のようになる。まずは、Ia型超新星の発生率に関しての考察を述べる。我々の結果と、Dilday+2008とNeill+2006によって得られた近傍の結果を比べると、よく合っている。一方、Dahlen+2008によって得られた遠方の超新星発生率の結果と比較すると、Dahlen+2008では、z~0.8-1.2の間で平行な値を示しているが、我々の結果では、z~1.2まで上昇する結果を示した。しかし、統計誤差を考えると、両者に違いがあるとはいえない。II型超新星の発生率に関しては、先行研究の結果と近傍から遠方までよく合った結果が得られている。しかし、近傍から遠方まで、同一の観測結果から重力崩壊型超新星の発生率を求めた結果は、本研究が始めて示した。指数関数とフィットすると、α~3.6と求まり、これはHopkins & Beacon 2006などに示されている星生成史の結果とよく合い、II型超新星は星生成から超新星爆発までのタイムスケールが十分短いことを示した。

一方で、Ia型超新星の指数関数フィットでは、α~2.6と求まり、星生成史とは差が生じている。これは、II型超新星とは異なり、Ia型超新星は、星生成から超新星爆発の間に、"delay time"があることを示している。ここで、先行研究によって求められたIa型超新星の"delay time"の分布(DTD)(図3)と、本研究の結果を比較する。DTDと星生成史を比較することで以下の式のようにIa型超新星の発生率が求められる。

〓rIa(t) は時間tでの超新星発生率を、fIa(τ) はDTDを、ψ(t-τ) は星生成史を示している。星生成史は、z > 1において不定性が大きいので、その不定性の中で、上限・中間・下限をとった3つのモデルと、先行研究のDTDのモデルから、Ia型超新星の発生率を求めて、本研究の結果と比較する(図5)。

この結果、delay timeの短い成分 (t < 0.1 Gyr) と長い成分(t ~ 1-10 Gyr)を考えた2成分モデルであるMannucci+2006 (Ma06)のモデルと、DTDがt-1に比例して、減衰していくTotani+2008 (To08)のモデルは、本研究のIa型超新星発生率の進化と合う結果が得られた。一方、DTDがt-0.5に比例して減衰していくPritchet+2009 (Pr09)のモデルとは、よく合わなかった。これは、delay timeの短いIa型超新星が多く存在するDTDが考えられることを示している。しかし、Ma06の2成分モデルと、To08の幅広いDTDモデルのどちらが合うかは、本研究では得られなかった。星生成史の測定誤差にもよるけれども、さらに高赤方偏移(z > 1.4)において、統計量の多い観測結果から超新星の発生率を求めることができれば、これらのモデルの差にも制限がつけられるだろうと、本研究から予期できる。

図1:Ia型超新星の発生率を求めるための手順

図2 : (左) 本研究で得られたIa型超新星発生率(赤点)と、先行研究で得られた結果との比較。青の点線は、f(z) = ro*(1+z)α でフィットした曲線を、紫の破線は、統計誤差と系統誤差の和の曲線を表す。 (右) 同様に、本研究で得られたII型超新星発生率と、先行研究で得られた結果との比較を表す。

図3 : 先行研究による超新星のdelay time分布

図4 : 星生成史の上限・中間・下限のモデル

図5 : 本研究のIa型超新星発生率と、Mannucci+2006、Totani+2008、Pritchet+2008のdelay time分布から求めた超新星の発生率の進化を比較した図。短いdelay timeの超新星が多いと、我々の結果とよく合う。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、すばる望遠鏡の主焦点カメラによる観測から遠方の超新星を多数発見し、その発生率の赤方偏移依存性を明らかにし、星生成率の赤方偏移依存性と比較して、Ia型およびII型超新星の爆発までの期間を観測的に明らかにすることを狙った研究である。その研究背景、観測手法、Ia型超新星の観測結果、II型超新星の観測結果、これら観測結果の解釈の検討、結論を述べた全6章からなる。

第一章のイントロダクションでは超新星の分類と、Ia型超新星を標準光源として宇宙膨張史にせまるプロジェクトの紹介、およびIa型超新星とII型超新星の発生率の先行研究について紹介したあと、本研究の流れを簡潔に記述している。

第二章では超新星探査のため、すばる望遠鏡の主焦点カメラを用いて、遠方宇宙を見るのに適したブランクフィールドとされているSXDF探査の観測概要について述べ、SXDF領域を複数回同じ状況で撮像することにより、変光天体を探す手法を詳述している。光度変化からIa 型超新星とII型超新星を判定する方法、およびそれらの超新星が出現した母銀河の赤方偏移を分光観測や多色測光観測から推定する方法について述べている。

第三章では、前章の手法を適用した結果、総計50個におよぶIa型超新星(候補)を同定し、それらが赤方偏移1.3までの遠方銀河で起こったものであることを述べている。観測時期がまばらなため、超新星が十分観測できる明るさにある期間を逃すと見落とすことになる。この効果の見積もり方について独自の手法を提案し、具体的にシミュレーションを行って、その見落とし効果を定量的に見積もった。 第四章では、同様の手法をII型超新星に適用した結果17個のII型超新星を発見したことについて述べている。

第五章では、赤方偏移1まででは、本研究で求めたII型超新星の発生率の赤方偏移依存性が、先行研究により求められている星生成率の赤方偏移依存性とほぼ一致することを確認している。このことは寿命の短い大質量星の爆縮によりII型超新星が発生すると考えられることから、合理的な結果である。 一方Ia型超新星の発生率の赤方偏移依存性は星生成率の赤方偏移依存性とは異なる振る舞いをしているように見える。この違いを説明するには、星形成後にIa型超新星として爆発するまでの時間が一定で無いことが必要である。他の観測結果に基づいて作られた3通りの遅延時間の分布モデルに対して、観測されるIa型超新星の赤方偏移依存性を星生成率と合わせて説明することを検討した結果、遅延時間の短い Ia型超新星が少ないモデルは矛盾が大きいことが示された。

この結果は、超新星数がまだ少なく統計誤差が大きいこと、および赤方偏移の測定にも誤差が伴うこと、数え落とし効果の見積もりにも不定性が伴うことなどを、考慮して受け止めねばならないが、Ia型超新星が均一の爆発機構では説明できない可能性を示唆したものとして、興味深い結果となっている。Ia型超新星に関する二つの理論的モデルである、(1)白色矮星に連星をなす主系列星あるいは赤色巨星から降着する質量がチャンドラセカール限界を越えたときに起こるとする単一縮退系モデルと、(2)白色矮星どうしの連星系が合体して爆発するとする二重縮退系モデルについて、本研究は観測的な立場から制限を将来加える可能性を開いたものとみなすことができる。

最終の第六章はこれらの知見をまとめて要約している。

以上のように、本研究は超新星発生率の赤方偏移依存性をこれまでにない均質なサーベイで求め、その結果を星生成率の赤方偏移依存性と比べることにより、超新星爆発に至るまでの遅延時間分布を統計的に求める手法を具体的に適用して結果を導いたものとして、先行例のない研究成果を挙げたものである。

本研究は、国際プロジェクト「超新星宇宙論プロジェクト」の一環と位置付けて行われたものであり、土居守、諸隈智貴、高梨直紘、戸谷友則、安田直樹、Reynold Pain, Saul Perlmutter, Anthony Spadafora, 他との共同研究であるが、具体的な研究の実施は本論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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