学位論文要旨



No 125582
著者(漢字) 島尻,芳人
著者(英字)
著者(カナ) シマジリ,ヨシト
標題(和) オリオン座A分子雲における星形成
標題(洋) Star Formation in the Orion A Molecular Cloud
報告番号 125582
報告番号 甲25582
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5490号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 関本,裕太郎
 東京大学 教授 柴橋,博資
 東京大学 教授 小林,秀行
 東京大学 教授 山下,卓也
 国立天文台 教授 富阪,幸治
内容要旨 要旨を表示する

この論文はオリオン座A 分子雲における星形成に関する研究について述べたものである。特に、私は次世代の星形成を誘発(誘発的星形成)する可能性のある外的要因とその誘発の物理メカニズムについて調査した。

星形成は現代天文学の重要課題の1つである。星の形成モードの1つとして、周辺の影響(外的要因)により星形成が誘発されるという誘発的星形成がある。超新星爆発、水素電離領域、双極分子流などが誘発的星形成を引き起こす外的要因であると考えられている。また、誘発的星形成は初期星質量関数と密接に関連しているコア質量関数、大質量星形成、星団形成など様々な星形成の形態と関係していると考えられている。そのため、誘発的星形成の研究は星形成の全貌を理解するためには重要である。しかしながら、誘発的星形成の詳細な物理メカニズムや誘発的星形成の普遍性などは未だに解決されていない。これらに答えるためには、様々な外的要因の影響が混在していると考えられる巨大分子雲全域を個々の分子雲コアを十分分解できる空間分解能で連続波や分子輝線の観測をする必要がある。近年の受信機の多素子化により、数十秒角の空間分解能で数平方度といった広域を観測することが可能となった。

そこで、巨大分子雲における外的要因とその物理的影響を調査するため、私は最も近傍(距離= 400pc)の巨大分子雲として知られるオリオン座A 分子雲に着目をした。オリオン座A 分子雲の北部に対して、1.1 mmダスト連続波及び12CO (J=1{0) 分子輝線の広域、高感度観測を行った。1.1 mmダスト連続波の観測では南米チリのアタカマ砂漠にあるサブミリ波電波望遠鏡ASTE に搭載された144 素子ボロメータカメラAzTEC を用いた。12CO (J=1{0) 分子輝線の観測では野辺山45m 電波望遠鏡に搭載された25 ビーム受信機BEARS を用いて、効率的に広域観測を行うことが出来るOn-The-Fly (OTF) という観測手法により行った。結果、1.1mm ダスト連続波では空間分解能40 秒角で広域(1.7 度角_2.3 度角_ 12 pc _ 17 pc)、高感度(_ 9 mJy beam1)、12CO 分子輝線では広域(1.2 度角_ 1.2 度角_ 9 pc _ 9 pc)の観測を達成した。これらのデータとMSX 8 _m、Spizter 24 _m、2MASS データを用いて我々はオリオン座A 分子雲に付随したガスの構造と運動を調べることで、星形成を誘発する可能性がある外的要因が混在していることを発見した。この研究では、4つのタイプの外的要因を発見した。

1. 分子雲の表面と希薄なガス成分との衝突。

2. OB 型星から放出された紫外線が周辺にシェル構造やフィラメント構造を形成。

3. OB 型星から放出された紫外線がOri-KL の東側にあった高密度コアを圧縮。

4. OMC-2/3 とOMC-4 領域において双極分子流と高密度ガスが相互作用

次に、これら外的要因がどのように次世代の星形成を引き起こすかを明らかにするため、私は外的要因の1つとして双極分子流に着目をし、オリオン座A 分子雲の北部に位置するオリオン座分子雲2領域(OMC-2) にあるFIR 4 をターゲットに選んだ。この領域では原始星FIR 3 から放出された双極分子流と原始星候補天体FIR 4 とが形態学的に相互作用をしている。野辺山ミリ波干渉計NMA とサブミリ波電波望遠鏡ASTE のそれぞれの特徴を活かし、高密度領域を調べるの適したH13CO+ (J=1{0) 分子輝線と3.3 mm ダスト連続波、双極分子流の検出に適した12CO (J=3{2, 1{0) 分子輝線、相互作用という物理過程を通じて生成されるCH3OH (JK=7K{6K) 分子とSiO (v=0, J=2{1) 分子の輝線を用いて、FIR 4 の周辺環境を調べた。結果、原始星から放出された双極分子流が高密度ガスに衝突(相互作用)していることをガスの分布(形態学的証拠)、ガスの速度構造(運動学的証拠)、相互作用という物理過程を通じて生成される分子の検出(化学的証拠)という3 つの観点から示すことが出来た。さらに、双極分子流と衝突した高密度ガスは11 個ものコアから成ることを初めて明らかにした。これらのコアへの分裂が双極分子流との相互作用によって誘発されたか否か、そして、これらのコアから星が生まれるかを明らかにするため、重力不安定性(コア間の離隔とジーンズ長との比較)、関連する物理過程の時間(相互作用時間と分裂にかかる時間との比較)、星形成の有無(ビリアル解析)の観点から検証した。その結果、原始星から放出されたガスと高密度ガスとの衝突が、高密度ガス内に重力不安定性を引き起こし星形成を誘発している可能性があることがわかった。私はこれらの結果から以下のような双極分子流による誘発的星形成シナリオを提唱した(図2 参照)。

1. FIR 3 が双極分子流を放出

2. FIR 3 から放出された双極分子流とFIR 4 に付随した高密度ガスとが相互作用をする

3. 双極分子流と高密度ガスとの相互作用が高密度ガス内で重力不安定性を引き起こし、高密度ガスが複数のコアに分裂

4. 分裂して形成されたコアから星が生まれる。

OMC-2/FIR 4 領域に対する観測から、私は双極分子流と高密度ガスとの相互作用が高密度ガス内に重力不安定性を引き起こし次世代の星形成を誘発するというシナリオを提唱したが、このシナリオが普遍的に起きている現象なのか、又は、FIR 4 特有の現象なのかは明らかになっていない。そこで、私は双極分子流による誘発的星形成が起きている領域を探すため、OMC-2/FIR 6 領域に着目をした。FIR6 領域はFIR 4 領域と同様に原始星FIR 6c から放出された双極分子流が原始星候補天体FIR 6a と形態学的に相互作用をしている領域である。NMA を用いてFIR 4 領域と同様の観測を行った。結果、FIR6c から放出された双極分子流の先端にFIR 6a に付随した3 つのコアが並んでいることが明らかになった。さらに、FIR 6c の双極分子流とFIR 6a に付随したコアとが相互作用をしていることを形態学的証拠、運動学的証拠、化学的証拠という3 つの観点から示すことが出来た。これらのコアへの分裂が双極分子流との相互作用によって誘発されたか否かを明らかにするため、重力不安定性、関連する物理過程の時間の観点から検証した。その結果、原始星から放出されたガスが高密度ガスとの衝突が、高密度ガス内に重力不安定性を引き起こし星形成を誘発している可能性があることがわかった。FIR 6 領域における観測により、FIR 6 領域において双極分子流による誘発的星形成が起きている可能性を示唆するだけでなく、私が提唱した双極分子流による誘発的星形成シナリオが特定の領域で起きている現象ではないことを示唆することが出来た。

これらの研究により、次世代の星形成を誘発する可能性のある様々な外的要因を分子雲スケールで初めて明らかにし、巨大分子雲内の星形成活動は図3 に示すように様々な要因が複雑に絡み合っていることを初めて明らかにした。さらに、外的要因の1つとして双極分子流に着目をしたOMC-2/FIR 4 領域に対する高空間分解能観測では、双極分子流による誘発的星形成シナリオを提唱し、OMC-2/FIR 6 領域への高空間分解能観測では、この双極分子流による誘発的星形成シナリオがFIR 4 領域特有の現象ではないことを示すことが出来た。

図1 左図:AzTEC 1.1 mm ダスト連続波マップ。右図:NRO 45m 12CO(J=1{0) 分子輝線のピーク強度図

図2 双極分子流による誘発的星形成シナリオの模式図。

図3 オリオン座A 分子雲における誘発的星形成の模式図。グレースケールはNRO 45m 電波望遠鏡を用いて取得した12CO(J=1{0) 分子輝線のピーク強度図である。星印はOB 型星を示す。青印は双極分子流によって星形成が誘発されている可能性がある領域を示す。赤印はオリオン座A 分子雲中に埋もれているOB 型星により圧縮されている領域を示す。緑印はオリオン座A 分子雲の外側にあるOB 型星の集団(Ori OB 1b) によって履き寄せ集められたと考えられるガスを示す。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は巨大分子雲における星形成の外的要因とその物理的影響を調べるため、最も近傍(距離=400 pc)の巨大分子雲であるオリオン座A分子雲を個々の分子雲コアまで分解できる空間分解能にて連続波や分子輝線を使って観測することにより、同分子雲における星形成の研究を行ったものである。

論文は全六章から構成されている。第一章は研究の意義について述べている。超新星爆発、水素電離領域、双極分子流などが誘発的星形成を引き起こす外的要因であると考えられ、それらは分子雲コアの質量関数、大質量星の形成、星団の形成など様々な星形成の形態と関連している。第二章は観測対象であるオリオン座A分子雲について記述されている。

第三章はオリオン座A分子雲の北部領域における1.1 mmダスト連続波及び12CO (J=1-0)分子輝線の広域、高感度観測について述べられている。ダスト連続波は、南米チリのアタカマ砂漠にあるサブミリ波電波望遠鏡ASTEに搭載された144素子ボロメータカメラを用いてかつてない高感度にて、空間分解能40秒角での広域観測をおこなった。また、野辺山45m電波望遠鏡に搭載された25ビーム受信機BEARSを用いて、12CO分子輝線の広域の観測を行った。これらのデータとSpizter 24 μmなどの赤外線アーカイブデータを組み合わせて、分子雲に付随したガスの構造と運動を調べた結果、1) 分子雲の表面と希薄なガス成分との衝突、 2) OB型星から放出された紫外線が周辺にシェル構造やフィラメント構造を形成、3) OB型星から放出された紫外線がOri-KLの東側にあった高密度コアを圧縮、 4) OMC-2/3とOMC-4領域において双極分子流と高密度ガスの相互作用、の外的要因があることを明らかにした。

第四章では、これら外的要因がどのように次世代の星形成を引き起こすかを明らかにするためにおこなったOMC-2にある原始星候補天体FIR 4の観測について述べられている。この領域では原始星から放出された双極分子流とFIR 4とが相互作用している。 ASTEに加え野辺山ミリ波干渉計NMAも活用し、高密度領域をトレースするH13CO+(J=1-0)分子輝線と3.3 mm ダスト連続波、双極分子流の検出に適した12CO2(J=3-2, J=1-0)分子輝線、相互作用によって生成されるCH3OH (JK=7K-6K)分子とSiO (v=0, J=2-1)分子の輝線を用いて、FIR 4の周辺環境をガスの分布、ガスの速度構造、相互作用を通じて生成される分子の検出という3 つの観点から調べた。その結果、原始星から放出された双極分子流が高密度ガスに衝突していることを明確に示した。さらに、双極分子流と衝突した高密度ガスは11 個ものコアを内包することを明らかにした。これらのコアの形成が双極分子流との相互作用によって誘発された可能性や、これらのコアから星が生まれる可能性を明らかにするため、重力不安定性、関連する物理過程の時間、星形成の有無の観点から検討した。その結果、原始星から放出されたガスと高密度ガスとの衝突が高密度ガス内に重力不安定性を引き起こし、星形成を誘発していると解釈できた。 これらの現象を統一的に理解するために、1) 原始星が双極分子流を放出、 2)双極分子流とFIR 4に付随した高密度ガスとが相互作用をする、 3)相互作用が高密度ガス内で重力不安定性を引き起こし、コアを形成する、4)そこから星が生まれるというシナリオを提唱した。

第五章では、このシナリオの普遍性を検討するため、別の領域であるFIR 6の解析を行った。この領域も、原始星から放出された双極分子流が原始星候補天体と相互作用をしている領域である。その結果、原始星から放出された双極分子流の先端に原始星候補天体FIR 6aに付随した3つのコアが並んでいることが明らかになった。さらに、原始星の双極分子流とFIR 6aに付随したコアとが相互作用をしていることを形態学的証拠、運動学的証拠、化学的証拠から示した。重力不安定性、及び、関連する物理過程の時間の観点から検討し、この領域でも、原始星から放出されたガスと高密度ガスとの衝突が、高密度ガス内に重力不安定性を引き起こし、星形成を誘発していると解釈できた。

第六章はまとめである。

以上の様に、本論文はミリ波・サブミリ波の観測手段を駆使して、複雑な外的要因が絡み合う巨大分子雲内の誘発的星形成領域を観測し、双極分子流が誘発する星形成という一つのシナリオを形態学的、運動学的、化学的な証拠と共に初めて明らかにしたものであり、学術的な価値は高い。本論文は、川辺良平ほかとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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