学位論文要旨



No 125585
著者(漢字) 廿日出,文洋
著者(英字)
著者(カナ) ハツカデ,ブンヨウ
標題(和) サブミリ波広視野探査に基づく大質量星形成銀河の進化の研究
標題(洋) A Study of the Evolution of Massive Galaxies Based on Deep Wide-field Submillimeter Surveys
報告番号 125585
報告番号 甲25585
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5493号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 嶋作,一大
 東京大学 特任准教授 吉田,直紀
 東京大学 准教授 奥村,幸子
 東京大学 教授 村上,浩
 国立天文台 准教授 兒玉,忠恭
内容要旨 要旨を表示する

この論文は、1.1 ミリ帯広視野深探査で検出された銀河サンプルの統計的性質を探り、宇宙における大質量星形成銀河の形成、進化過程について考察したものである。

ミリ波・サブミリ波で明るい銀河(サブミリ波銀河)は、ダストに厚く覆われ、大規模な星形成活動(星形成率数十~数千M_ yr-1)を行う大質量銀河である。過去に見つかったサブミリ波銀河の多くは赤方偏移z - 1.5-3 に分布しているが、近年z > 3 やz > 4 でも見つかってきている。近傍宇宙に存在する巨大楕円銀河の祖先ではないかと考えられているが、その出現時期や形成・進化過程についてはよくわかっていない。サブミリ波銀河は、宇宙における星形成史、銀河の形成・進化、赤外線背景放射の起源など重要な問題に密接に関係していると考えられており、これまでに複数のミリ波・サブミリ波サーベイが行われてきた。しかし、既存のサーベイ面積の合計は未だ1平方度程度にとどまっており、宇宙の大規模構造を捉えるのに十分な広さには至っていない。個々のサーベイ間でもナンバーカウントに違いが見られる。また、既存のサーベイは感度が低く、ナンバーカウントの低フラックス側は十分な制限が得られていない。さらに、サブミリ波銀河の検出数も各領域で数十個と少なく、統計的な議論には不十分であった。

我々は、ASTE 望遠鏡に搭載されたAzTEC カメラを用い、1.1 ミリ帯における広視野深探査を行った。ASTE は、南米チリ共和国のアタカマ高地4800 メートルに設置された口径10 メートルのサブミリ波望遠鏡である。AzTEC は144 素子のボロメータカメラであり、既存のミリ波帯カメラと比較してマッピングスピードの速さと高い感度を実現する。南黄極付近の領域AKARI Deep FieldSouth (ADF-S) の約909 平方分を、非常に深い感度(1σ = 0.34-0.78 mJy) で観測した。その結果、175 個(≧3.5σ) のサブミリ波銀河を新たに検出した。これは、面積・感度・検出銀河数において既存のミリ波・サブミリ波帯サーベイを上回る。

赤外線衛星「あかり」およびスピッツァー宇宙望遠鏡の24 μm, 70 μm, 90 μm データと比較すると、AzTEC ソースの90%以上は70 μm, 90 μmでは検出されていない。高光度赤外線銀河Arp 220および平均的なサブミリ波銀河のSED モデルを考えると、AzTEC ソースの大部分はz -> 1.5 の高赤方偏移にある可能性が高い。推定される赤外線光度は-(3-14)×1012 L_、星形成率は-500-2400 M_ yr-1 であり、AzTEC ソースが大規模な星形成活動を行う高赤方偏移銀河であることを示す。

サブミリ波銀河の数密度のサーベイ領域ごとの違いや、光度進化の歴史、赤外線背景放射への寄与を探るため、ナンバーカウントを作成した。ADF-S 領域に加え、SXDF 領域、SSA22 領域におけるAzTEC/ASTE 広視野・高感度観測データを用い、過去の結果と比べて低フラックス側においても信頼性の高いナンバーカウントを導出した(図1)。既存の1mm 帯サーベイとの比較では、AzTEC/ASTE サーベイ領域でのナンバーカウントは過去のサーベイ結果の範囲内であった。今回の結果を合せると、これまでに行われた1 ミリ帯サーベイの面積は1.5 平方度を超えている。これは、z - 2-3 における宇宙の大規模構造を捉える広さであり、我々は宇宙の平均的なナンバーカウントに到達しつつあると考えられる。光度進化モデルと比較した結果、このナンバーカウントを説明するためには、遠赤外・サブミリ波で明るい銀河種族はz- 1-3 において30 倍を超える光度進化が必要であることがわかった。また、このような銀河種族はz - 4 において出現し始めるという示唆を得た。

宇宙赤外線背景放射(CIB) は、点源に分解できない系外からの赤外放射の総和であり、ミリ波帯における起源の大半は高赤方偏移銀河からの放射であると予想されている。我々は、ADF-S 領域で検出されたソースとナンバーカウントを用い、AzTEC ソースのCIB への寄与を求めた。検出されたソースのフラックスの総和から、今回のサーベイによって1.1 ミリ帯でのCIB の7-10%が点源に分解されたことがわかった。また、微分ナンバーカウントを積分することにより、1 mJy 以上のソースのCIB への寄与は12-16%であることがわかった。AzTEC ソースの寄与が1.1 ミリ帯CIB の1割程度にとどまっていることから、CIB の大部分は、まだ検出できていない暗いソース(-<1 mJy)に起因することが示唆される。

さらに、AzTEC ソースが宇宙の星形成活動にどの程度寄与しているかを推定した。高赤方偏移における宇宙の星形成史の研究は、これまで主に紫外線・可視光で行われてきた。しかし、紫外線・可視光はダストによる吸収を受けやすい。ダストに埋もれた星形成が見過ごされている可能性があり、真の星形成を探るにはミリ波・サブミリ波での観測が不可欠であった。我々は、ADF-S 領域で得たナンバーカウントとSED モデルから星形成率を見積もり、AzTEC ソースの赤方偏移分布を仮定することで、星形成率密度を求めた。ガウス関数型の赤方偏移分布(中心z = 2.4)を仮定し、その1σ を0.5 とした場合、z - 2-3 における星形成活動に対するAzTEC ソースの寄与はおよそ40%-60%であった。1σ = 1.0 の赤方偏移分布では、その寄与はおよそ20%-40%であった。

AzTEC ソースのような大質量星形成銀河が、宇宙の構造形成や他の銀河種族とどのような進化上のつながりがあるのかを推定するために、クラスタリング解析を行った。我々は、ADF-S 領域とSXDF 領域で検出されたAzTEC ソースを用いて、角度二体相関関数を求めた。全ソースを用いた結果では有意な相関は得られなかったが、3 mJy 以上の明るいソースでは強いクラスタリングの兆候が得られた。この理由としては、明るいソースの赤方偏移分布がより狭い範囲に集中していることや、より重いダークハローに付随していることが考えられる。明るいソースで得られた振幅から相関長を求め、ダークマター分布の理論予測とを比較したところ、AzTEC ソースは-1013-14 M_の大質量のダークハローに付随するという結果を得た。図2 は、AzTEC ソースの相関長を他の高赤方偏移の銀河種族、および近傍の銀河、銀河団と比較したものである。高赤方偏移の銀河種族との比較では、Ditant Red Galaxy やsBzK 銀河、Extremely Red Object といった大質量銀河の値と重なっており、これらの銀河種族と進化上の関連があると推測される。また、近傍宇宙では銀河団スケールに相当する。このことは、サブミリ波銀河が、銀河団中心に付随するような巨大楕円銀河の祖先であることを示唆する。

図1: 1 ミリ帯サーベイで得られた微分ナンバーカウント(左)、および積分ナンバーカウント(右)。赤、青、緑が今回得られたADF-S、SXDF、SSA22 領域における値。

図2: 様々な銀河種族および銀河団の相関長を赤方偏移ごとにプロットしたもの。赤印が今回の解析得られたAzTEC ソースの相関長。二通りの赤方偏移分布を仮定している。実線は赤方偏移ごとのダークハロー質量の理論曲線。点線は相関長の進化の理論曲線。

審査要旨 要旨を表示する

ミリ波・サブミリ波で明るい銀河(以下ではサブミリ波銀河とよぶ)は、遠方宇宙にあるダストに覆われた星形成の活発な銀河である。サブミリ波銀河は楕円銀河などの大質量銀河の進化過程に密接に関係していると考えられているが、可視光や赤外線で見つかる銀河に比べて観測が困難であるため、その性質はまだよくわかっていない。本論文は、波長1.1mmの広視野深探査で検出された多数のサブミリ波銀河の統計的性質を調べて大質量星形成銀河の進化を考察したものであり、サブミリ波銀河の理解を進める上で重要な結果が数多く提示されている。

本論文は7章と付録からなる。第一章では研究の背景と目的が記されている。銀河進化および宇宙論におけるサブミリ波銀河の役割が、宇宙赤外背景放射、宇宙全体の星形成史、および構造形成論の観点から述べられている。そして、過去に行われたサブミリ波銀河の探査が天域の広さと検出感度の点で極めて不十分であることを指摘している。

第二章では、論文提出者が行ったASTE望遠鏡とAzTEC多素子ボロメータアレイによる波長1.1mmのサブミリ波銀河探査の詳細が述べられている。この探査が行われた「南天あかり深探査領域(ADF-S)」は、赤外線衛星望遠鏡「あかり」などによる多波長の観測があり、サブミリ波銀河の研究に適する。得られたデータは注意深く整約されており、175個という、既存のどの探査をも上回る数のサブミリ波銀河が検出されている。

第三章では、前章で検出されたサブミリ波銀河と、同領域で「あかり」とSpitzer赤外線衛星望遠鏡で検出された遠赤外線天体との対応を調べている。遠赤外線とサブミリ波での明るさの比較からサブミリ波銀河の赤方偏移(z)を推定し、大部分はz~1.5以上の遠方にあると結論している。

第四章ではサブミリ波銀河の銀河計数(単位立体角当たりの個数を明るさの関数として求めたもの)を調べている。まず、論文提出者自身が観測したADF-S領域での銀河計数を求め、さらに、AzTEC/ASTEによる別の2天域(SXDSとSSA22)の深探査データも同様に解析して銀河計数を導出している。銀河の空間分布の大規模な非一様性による影響を避けるために、銀河計数はできるだけ広い天域から求めるのが望ましい。論文提出者は、上記の3天域の銀河計数データに、精度のやや劣る既存の1mm帯での銀河計数データを融合して、合計1.5平方度超の天域に基づく、現時点で最も信頼性の高いサブミリ波の銀河計数を求めている。そして、この銀河計数を検出限界まで足し合わせても宇宙赤外背景放射の7-10%程度しか説明できないことを見出し、残りの約90%は検出限界以下の暗い天体によるものであると推定している。

第五章ではサブミリ波銀河の空間分布を調べている。銀河は暗黒物質の自己重力系であるダークハローの中にある。重いダークハローほど強く群れる傾向があるため、銀河の群れの度合いを測ることで、銀河の基本的な物理量であるダークハロー質量を推定できる。この章では、ADF-SとSXDS領域のサンプルについて、角度二体相関関数を高い精度で求めている。

第六章では、前章までで得られた結果に対して、宇宙の星形成史と大質量銀河の形成史の観点から考察がなされている。まず、サブミリ波銀河はz~2における宇宙全体の星形成活動の40%前後を担っており、宇宙の星形成史において重要な役割を果たしていることを指摘している。続いて、明るいサブミリ波銀河が1013-1014太陽質量という非常に重いダークハローに属していることを見出し、これらが現在の銀河団に見られる巨大楕円銀河の祖先であると推定している。また、遠方宇宙に見つかっているさまざまな銀河種族とサブミリ波銀河との関連を、ダークハロー質量の観点から考察している。第七章には論文全体のまとめと将来の展望が述べられている。

本論文で作成されたサブミリ波銀河のサンプルは、銀河の数においても検出感度においても既存のサンプルを上回っている。そして、それを用いて、最も信頼性の高い銀河計数をはじめとした多くの重要な結果を得ている。本論文は、サブミリ波銀河の統計的研究において現在の最高水準にある。なお、本論文は河野孝太郎氏らとの共同研究であるが、観測、データ解析、考察、論文執筆のすべてにおいて論文提出者が主体的に行っており、その寄与は十分高いと判断できる。よって博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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