学位論文要旨



No 125586
著者(漢字) 林,将央
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,マサオ
標題(和) 銀河進化の全盛期における銀河の性質の質量及び環境依存性
標題(洋) Properties of Galaxies in the Era of Strong Evolution : The Dependence on Mass and Environment
報告番号 125586
報告番号 甲25586
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5494号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土居,守
 東京大学 教授 河野,孝太郎
 東京大学 教授 安藤,裕康
 東京大学 教授 海老沢,研
 国立天文台 教授 有本,信雄
内容要旨 要旨を表示する

現在の宇宙には、渦巻銀河や楕円銀河など多種多様な姿をした銀河が無数に存在している。これらの銀河がどのような状況で生まれ、どのような過程をたどって今日の姿へと進化してきたのか。銀河の形成と進化については依然よく解っていないことが多く、その解明は現代の天文学における重要な研究テーマの1つである。

現在の銀河の姿は、スローンデジタルスカイサーベイ(SDSS)に代表される広視野の大規模な撮像分光サーベイによって、くまなく探査されてきている。その結果、銀河の形態や銀河の星形成活動の活発さ、銀河内の星間ガスの金属量といった銀河の基本的な性質は、その恒星質量や銀河の存在する環境に強く依存していることが明らかになった。恒星質量の大きな銀河ほど、星形成活動が弱く、年齢の古い星で構成された楕円銀河である傾向が強い。銀河の恒星質量と星間ガスの金属量にも、正の相関関係がある。また、同じ恒星質量の銀河では、銀河団のような高密度領域に存在する銀河のほうが、金属量が大きいこともわかってきた。さらに、高密度領域に存在する銀河の多くは楕円銀河である。その一方、フィールドのような低密度領域に存在する銀河は円盤銀河であることが多い。

これらの近傍宇宙における観測結果は、銀河の形成と進化の理解には、銀河の性質を決定づけている質量と環境の効果の解明が不可欠であることを示している。そのためには、銀河の形成と進化が活発な時代において、その時代の銀河の性質の解明が必要である。近傍の宇宙の姿はかなり詳細に明らかにされてきているが、遠方の宇宙の姿の解明は、遠方銀河の観測の難しさから近傍の宇宙ほど進んでいない。最近になってようやく、遠方の宇宙の広視野撮像サーベイや分光サーベイが行われ、大規模な遠方銀河サンプルが得られるようになってきた。そこで、本学位論文では、銀河進化の全盛期である赤方偏移(z)が1.4~2.5の時代(約90-110億年前)に注目する。宇宙の星形成活動はz~2の時代に最も活発であったことが判ってきている。また、現在の宇宙に存在する恒星質量の半分以上は、z>1の時代に形成されている。不規則な形態をしていた高赤方偏移銀河が、楕円や渦巻のような美しい形態へと変化し始めたのもz~2の時代である。さらに、この時代は銀河との共進化が示唆されている活動銀河核(AGN)の活動が最も活発な時代であったことも興味深い。つまり、宇宙において銀河が最も活発に形成され、環境や質量に強く依存した銀河の性質の基礎が形づくられようとしている時代に着目し、この時代における銀河の性質の質量依存性と環境依存性を明らかにする。

本学位論文では、すばるディープフィールド(SDF)とz=1.46のXMMXCS J2215.9-1738銀河団の深い広視野データを用いる。これらのデータから、z~2の典型的な銀河について、その銀河の属するダークマターハロー(DH)の性質や銀河の星形成率や金属量の恒星質量依存性、また、星形成活動の環境依存性を明らかにすることができる。コールドダークマターに基づく銀河形成モデルでは、銀河はDHの中に形成され、銀河の進化はDHの質量に強く依存すると考えられている。そのため、DH質量と銀河の性質の関係を明らかにすることは銀河の進化を考える上で非常に重要である。また、星形成率や銀河の星間ガスの金属量も、銀河の進化段階を知ることのできる重要な指標である。星形成率から、その時代の星形成活動を知ることができ、金属量は、その時代までの銀河の星形成史を反映している。さらに、遠方宇宙の高密度領域における星形成活動はこれまでほとんど明らかになっておらず、z=1.46の遠方銀河団の詳細な星形成活動の探査は我々の研究が初めてである。本学位論文において、我々は、(1)SDFのz~2の銀河の属するDHの性質と恒星質量の関係、(2)SDFのz~2の銀河の星形成率とガスの金属量の恒星質量依存性、(3)z=1.46の銀河団の高密度領域における星形成活動について明らかにした。

z~2の銀河を選び出すために、 可視光と近赤外線の撮像データを用いてB-zとz-Kのカラーを基に銀河選択を行うBzK法を用いる。この方法は、1.4<z<2.5の時代に存在する銀河を効率よく選び出すことができる。近赤外線の明るさを基に銀河を選出するので、恒星質量リミットのサンプルに近く、恒星質量との関係を正しく評価することができる。銀河のカラーから、星形成銀河(星形成BzK銀河)と星形成をせず受動的に進化している赤い銀河(赤いBzK銀河)を区別できることが利点の1つである。また、この方法はダストによる吸収の影響に左右されにくく、z~2の銀河をほぼ無バイアスに選出でき、この時代の典型的な銀河サンプルの構築が可能である。この方法で得られるサンプルを用いて、我々が得た結果は次の通りである。

DHの質量とクラスタリング強度には正の相関関係があるため、DHのクラスタリングを反映する銀河のクラスタリング強度から、その銀河が属するDHの質量を推定できる。我々はSDFの可視B, zバンドと近赤外Kバンドの深い広視野撮像データを用いて z~2の銀河を選び出し、そのクラスタリング強度の測定から、z~2の銀河の属するDHの性質を調べた。我々の結果と他のグループの研究結果を合わせて、BzK銀河のクラスタリンク強度の光度依存性を明らかにした。(i) 恒星質量の大きな銀河ほどクラスタリングが強く、恒星質量と共に、属するDHの質量は急激に増加する。(ii) しかし、5x1010太陽質量より小さな恒星質量の銀河は、ほぼ一定の質量のDHに存在する。(iii) 小質量の星形成BzK銀河は天の川銀河クラスの近傍銀河に進化し、大質量の星形成BzK銀河は銀河団の中にある非常に重い近傍銀河に進化する。

SDFにある星形成BzK銀河の近赤外分光観測を行ない、0.9から2.3ミクロンまでのスペクトルを取得した。28個の銀河でHαや[OII]などの輝線を検出した。そして、2個のAGNを除く26個の星形成銀河について、Hαや[OII]輝線の光度から銀河の星形成率を、Hαと[NII]輝線の光度比から銀河の星間ガスの金属量を求めた。また、SDFの可視光から赤外線までの多波長撮像データから、銀河スペクトルを推定し、正確な恒星質量を見積もった。そして、z~2の星形成銀河の星形成率と金属量の恒星質量依存性を調べた。(i)星形成率は恒星質量の大きな銀河ほど大きい。一方、単位恒星質量あたりの星形成率(SSFR)は恒星質量の大きな銀河ほど逆に小さい。また、小質量の銀河は様々なSSFRを持つことが明らかになった。この相関関係は、恒星質量の小さな銀河ほど質量成長率が大きく、小質量の銀河は様々な星形成効率を持つことを示唆する。(ii)恒星質量が大きくなるほど、銀河の星間ガスの金属量が大きくなるという関係が得られた。この相関関係の傾向は、静止系紫外線の明るさを基に検出されたz~2の星形成銀河を用いた先行研究と一致する。しかし、同じ恒星質量の銀河を比較したとき、先行研究と比べて我々の調べた銀河のほうが、平均して0.2dexほど金属量が大きい。また、我々の銀河の方が赤いカラーを持つ。このz~2の銀河の金属量の違いは、年齢の古い銀河が大きな金属量を持つ可能性を示唆する。

XMMXCS J2215.9-1738銀河団はX線で検出されているz>1の数少ない遠方銀河団の1つである。NB912狭帯域フィルターを用いて、この銀河団の撮像観測を行った。そして、中心領域(約7.5x7.5平方Mpc(共動座標))において、2.6Msun /yrより大きな星形成率をもつ銀河団メンバーからの[OII]輝線を全て捕らえた。狭帯域フィルターを用いた輝線探査の利点は、観測される銀河の選択バイアスのない、無バイアスな探査を行うことができる点にある。(i)銀河団中心にも[OII]輝線銀河は多く存在していることがわかった。銀河団メンバーに対する輝線銀河の割合は、銀河団中心でも高い割合を維持している。(ii)[OII]輝線銀河の星形成率や輝線等価幅は銀河団中の位置に依らず、ほぼ一定である。一方、単位星質量あたりの星形成率は銀河団中心に近い銀河ほど小さい傾向が見られた。これは恒星質量の大きな銀河ほど銀河団中心付近に存在していることによる。これらの結果は、z=1.46の銀河団中心部では、低赤方偏移の銀河団中心部とは異なり、星形成活動が活発であることを示唆する。また、質量の大きな銀河は、より高密度領域で形成されているようである。つまり、これは高密度領域の天体ほどより宇宙初期に形成されたという銀河形成バイアスが効いていることを示唆する。(iii)近傍の銀河団と比べて、恒星質量の小さな赤い銀河が不足していることが確認された。つまり、近傍へ進化するにつれて、星形成活動が活発な銀河は、より小質量な銀河へと遷移していくと考えられる。

本学位論文において、我々は、z~2の恒星質量の大きな銀河は重いDH(つまり、原始銀河団領域)に存在すること明らかにした。そして、そのような銀河は、赤いカラーを持ち、星形成活動は弱く、金属量の大きな銀河であることも明らかになった。この結果から、高密度領域に存在する銀河は低密度領域に存在する銀河に比べて宇宙初期段階で形成され進化してきたと考えられる。また、高密度領域においては、過去ほど星形成活動が活発であることも明らかになった。つまり、近傍宇宙に見られる銀河の性質の恒星質量依存性や環境依存性には、銀河形成バイアスやダウンサイジングな銀河形成が重量な役割を担っていると結論づけられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章よりなる。第1章では研究の背景と動機および目的と手法が記されている。遠方銀河の研究は観測の難しさから近傍ほど進んでいなかったが、近年望遠鏡・観測装置の発展により、その統計的研究が可能となってきた。本研究では、赤方偏移(z)が1.4~2.5の時代(約90-110億年前)に注目する。この時代は星形成が最も活発で、環境や質量に強く依存した銀河の性質の基礎が形づくられていると考えられるためである。本研究では銀河の静止系紫外域および400nm付近のスペクトル線の特徴に着目し、可視から近赤外線にかけてのB・z'・Kの3バンドの撮像観測のカラーを用いてz~2の銀河を大量に選び出して調べる。

第2章では観測、データおよび解析の詳細が記されている。本論文においては、すばるディープフィールド(SDF)とz=1.46のXMMXCS J2215.9-1738銀河団領域における深くて広い多色データを中心的に用いた。SDFでは可視光Bバンドから赤外線域24μmまで12バンドの撮像データを用いたが、このうち近赤外線の観測データは論文提出者自らが中心となって取得したものである。論文提出者はKバンドで23.2等級より明るい約7000個の銀河を前述の手法でBzK銀河として同定した。このサンプルは同種の研究において最も暗い銀河の統計サンプルの一つである。うち28個の天体については近赤外線波長域のスペクトルで赤方偏移を得て、カラーによる選択が妥当なことを確認した。銀河団領域では可視から近赤外線における4種の広帯域バンドと赤方偏移1.46での[OII]輝線に対応した中心波長912nmの狭帯域バンドを観測し、44個の天体で有意に[OII]輝線を検出した。

第3章ではSDFにおけるz~2のBzK銀河の性質と、ダークハロー(DH)の関係を調べている。標準的な銀河形成理論によれば、銀河は冷たい暗黒物質を主成分として形成されたDHの中で形成される。よって標準理論におけるDHの質量とクラスタリングの強度に相関があることを利用すれば、各銀河のクラスタリング強度から平均的なDHの質量を推定することができる。論文提出者は、BzK銀河のクラスタリング強度の光度依存性を調べ、過去の研究結果等と合わせ、多波長撮像データから見積もった銀河に含まれる恒星の総質量(以下、恒星質量と呼ぶ)が大きくなるにつれて属するDHの質量は急激に増加すること、ただし恒星質量が5x1010太陽質量より小さな銀河は、ほぼ一定の質量のDH中に存在することを示した。

第4章ではSDFにある星形成BzK銀河の輝線からBzK銀河の星形成率と金属量を求め、恒星質量と比較を行い、以下の結果を得た。(i)恒星質量で規格化した星形成率(SSFR)は質量の大きな銀河ほど小さい。 (ii)恒星質量の小さい銀河は様々なSSFRを持つ。 (iii)銀河の恒星質量が大きくなるほど、銀河の星間ガスの金属量が多い。また、同じ恒星質量の銀河でも、赤い銀河ほど星間ガスの金属量が多い。これらの結果は、遠方銀河における星形成は小質量銀河ほど活発であり、かつ多様性を有することを示す。

第5章ではz=1.46の銀河団の観測結果から以下の結論を得た。(i)輝線銀河の割合は銀河団中心でも高い割合を維持している。(ii)[OII]輝線銀河の星形成率や輝線等価幅は銀河団中の位置に依らず、ほぼ一定である。(iii)SSFRは銀河団中心に近い銀河ほど小さい傾向がある。銀河団中心部でも周辺同様に星形成活動が活発である例を示したのは本研究が世界で初めてであり、銀河進化が銀河団中心から外側へ、大質量から小質量へ進んでいったことを示唆するものである。第6章は論文全体のまとめである。

以上で述べたように、本論文はz~2の時代におけるBzK銀河の性質を定量的に調べ、銀河の性質の恒星質量に対する依存性や環境依存性を明らかにした。また比較的小質量の銀河は大質量銀河に比べ星形成時期が遅れており、より多様性が大きいことも示した。これらは銀河天文学の観測的研究として重要であり高く評価できる。なお、本論文は岡村定矩・嶋作一大・内一(勝野)由夏・小野寺仁人・柏川伸成・児玉忠恭・小山佑世・田中壱・本原顕太郎・吉田真希子・Ly Chun・Malkan Mattew A.との共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測・解析・結果のまとめを行ったもので、論文提出者の寄与は十分である。

したがって博士(理学)の学位を授与できると認める。

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