学位論文要旨



No 125587
著者(漢字) 藤井,通子
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,ミチコ
標題(和) 銀河系中心部における星団の進化
標題(洋) Evolution of Star Clusters near the Galactic Center
報告番号 125587
報告番号 甲25587
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5495号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 蜂巣,泉
 東京大学 准教授 茂山,俊和
 東京大学 教授 山下,卓也
 東京大学 教授 川邊,良平
 東京大学 准教授 梶野,敏貴
内容要旨 要旨を表示する

近年、補償光学の技術の発展により、銀河系の中心部1pc以内という非常に銀河中心に近いところにある非常に若くて重い星が、100個以上見つかってきている。しかし、通常このように銀河中心ブラックホールに近く潮汐力の強い場所では、星形成は起こらないと考えられていたため、これらの星がどのようにしてできたかが大きな問題となっている。

銀河中心から0.1―1pcで見つかっている星は、主にO型かWolf-Rayet型であるので、年齢は数Myrである。また、これらの星は一つまたは二つの円盤上分布していると考えられている。これらの星の軌道運動の離心率は観測から、最低で0.0―0.8、平均で0.36などと言われており、高い離心率を持つ。一方、0.1pcより内側の星はB型星で、等方的な分布をしており、これらの星はS-starsと呼ばれている。最も内側の星S2は軌道長半径が100 AUで、軌道周期が約15年である。S2の軌道は1992年からの観測されており、すでに1周期以上軌道が観測されている。その他にも数十個の星の軌道がわかっており、これらの星の軌道から銀河中心ブラックホールの質量が精度良くわかっている。また、銀河中心から0.15pcのところでは、IRS13Eと呼ばれる若い星の集まりが見つかっており、これらは重力的に束縛されているのではないかと考えられている。束縛されているとすると、必要な質量は104太陽質量程度であるが、そのような星は見えていないため、IRS13Eは中間質量ブラックホールを持つと推測されている。

これらの星の起源について、主に二つの説が提案されている。一つ目は、銀河中心の大質量ブラックホールの周りにできた重い円盤が重力不安定を起こして分裂し、自己収縮して星形成が起こったという説である。しかし、年齢がほぼ同じ二つの円盤を同時に作れない、離心率の高い星を作れない、IRS13Eのような、非常に密度の高い星の集まりを作るのも難しい、といった問題がある。円盤説に基づいた数値シミュレーションがいくつか行われているが、全てを同時に説明できるようなまだ計算はない。また、これらのシミュレーションでは降着円盤を作るガスの材料である分子雲が直線的な軌道で銀河中心に落ちてきたと仮定しているが、それが可能かという問題もある。また、S-starsを作るには別のメカニズムが必要となる。0.1―1pcの星の円盤から軌道を進化させて作る方法がいくつか提案されているが、まだ有力な説はない。

もう一つの説は、銀河中心から少し離れたところでできた星団が力学的摩擦を受けて銀河中心に沈み、銀河からの潮汐力によって破壊されて残された星が観測されている星であるという説である。実際、銀河中心から30pcのところでは、Arches星団、Quintuplet星団のような年齢2―3 Myrの非常に若い高密度な星団が見つかっている。星が星団によって運ばれた場合、離心率の高い星は星団が高い軌道離心率を持っていれば問題なく説明できる。また、星団内で星の合体が起こり、中間質量ブラックホールが形成されたと考えれば、IRS13Eも同時に説明できる。さらに、二つの星団を考えれば、二つの円盤上に分布する星を作ることができる。これまでにいくつかのN体シミュレーションが行われてきたが、それらは非常に重い星団でないと数Myrで銀河中心1pc以内に星を運べないという結果になっていた。しかし、これまでのシミュレーションは、星団のみをN体で表現し、星団の軌道進化は銀河からの力学的摩擦をチャンドラセカールの公式から計算し、軌道を準解析的に計算していたため、軌道進化を過小評価している可能性がある。

銀河内での星団の進化を、星団・銀河共にN体で表現し、かつ星団の内部進化も正しく追った計算がこれまで行われなかったのは、それらを同時に正しく計算できる方法がなかったからである。星団と銀河では適切な計算方法が全く異なる。星団は粒子数が銀河と比べて少ない一方、星団内での星どうしの近接遭遇、連星形成を分解しなければならないため、重力を精度よく計算し、かつ、粒子によって大きく異なる非常に短いタイムステップで積分しなければならない。そのため、直接計算法と4次、または6次精度のエルミート法、独立時間刻み法の組み合わせがよく使われる。それに対し、銀河は最低でも数十万から数百万粒子を必要とする一方で、重力計算の精度はそれほど高くなくて良い。また、必要なタイムステップの幅も狭い。そのため、近似的に重力を計算するツリー法と、2次精度のリープフロッグ法がよく使われる。しかし、星団と銀河を同時に計算しようとする場合、直接計算法では銀河の粒子数が多すぎるため現実的な計算時間で計算を行うことは難しく、逆にツリー法とリープフロッグ法では独立時間刻み法と組み合わせるのが難しいため星団の内部進化を正しく計算できない。このような理由により、これまでのシミュレーションでは、星団のみをN体で評価し星団の軌道進化は準解析的に計算するか、星団の内部進化を解かないで全てN体で表現するかのどちらかしかできなかった。しかし、これらの方法では、星団の軌道進化のタイムスケールや星団がどこまで星を運べるかを正しく評価できない。

この問題を解決するため、本研究ではツリー法と直接計算法のハイブリッド法である「Bridge」法を開発した。Bridge法では、星団粒子間の相互作用のみを直接計算法とエルミート法で計算し、その他の相互作用(銀河粒子間、星団粒子と銀河粒子間の相互作用)は一定時間刻みでツリー法とリープフロッグ法を用いて計算する。そして、この二つを混合変数シンプレクティック法の応用で組み合わせている。計算はGRAPE6またはPCクラスタで行った。PCクラスタ用には数百コアまでスケールする並列コードを開発した。

この新しい計算方法であるBridge法を用いて、銀河系中心部における星団の進化のN体シミュレーションを行った(図1)。計算には、星団内部での星の合体、大質量星からの質量損失、中間質量ブラックホールの形成も取り入れてある。これは、星団も銀河も同時に正しく解いた計算としては世界で初めての結果である。その結果、以下のことがわかった。

1.銀河も星団もN体で表現し、軌道進化を正しく計算した場合、星団はこれまで見積もられていたよりも速く銀河中心に沈むことがわかった。これまでの星団の軌道進化を力学的摩擦から準解析的に計算していた結果は、星団の軌道進化のタイムスケールを過大評価していた。

2.星団内部の進化を正しく計算した結果、星団内部でコア崩壊が起こり、星団中心部の密度が上がり、星の暴走的合体が起こった。それは最終的に中間質量ブラックホールに成長した。星団内でできた中間質量ブラックホールは星団を潮汐破壊されにくくし、星団の内部進化を正しく計算できていなかったこれまでの計算結果と比べ、より銀河中心近くまで星を運べることがわかった。

3.星団が完全に潮汐破された後も、中間質量ブラックホールは力学的摩擦を受けて銀河中心に沈み続ける。この時、星団には束縛されなくなった若い星が、中間質量ブラックホールと銀河中心の巨大ブラックホールの1:1平均運動共鳴に入り、中間質量ブラックホールと共に銀河中心に運ばれることがわかった(図3)。共鳴に入り運ばれる星は、星団約6万粒子のうち数百個あった。これまで、星団によって星が運ばれる場合、星団に束縛されて運ばれるであろうと考えられていたが、これは全く異なるメカニズムである。

4.星団の中心には重い星が選択的に運ばれる(図2)。星団の内部では、重い星がエネルギー等分配の結果、星団の中心に沈みこむ。一方、潮汐破壊によって星団から星がはぎ取られる時、外側の星から先にはがされていく。これらが星団の軌道進化と同時に起こることで、重い星が選択的に銀河中心に運ばれる。最終的に星団は潮汐破壊を受け、円盤上の構造を作るが、この時、銀河中心付近では重い星が多くなっている。この中から中間質量ブラックホールとの共鳴によって、さらに中心へと重い星が運ばれていく。その結果、シミュレーションは、観測結果と同様の重い星が非常に多い質量関数を再現することがわかった。また、運ばれた若くて重い星の面密度を調べた結果、観測されている-1.5の傾きと一致することがわかった。

5.星団は、0.1―1pcの円盤とS-starsの等方的な分布を同時に再現できる。共鳴によって銀河中心に運ばれた星の軌道を調べた結果、離心率の分布が等温分布になっていることがわかった。また、軌道傾斜角の分布も、外側では元の星団の軌道面と一致しているが、中心に近付くにつれてランダムになっていた。二体緩和のタイムスケールは109年と長いため、これは中間質量ブラックホールによってランダムにされたと考えられる。

このように、星団によって銀河系中心部で見つかっている若い星の様々な構造は説明できると考えられる。また、新規開発したBridgeコードは、星団と銀河以外にも、銀河と銀河内の構造、惑星形成などのシミュレーションへの応用が可能である。さらに、N体シミュレーションだけでなく、N体/SPH法への拡張も今後期待できる。

図1:シミュレーションのスナップショット。星団の星のみをプロット。赤い十字は中間質量ブラックホールの位置、白い十字は銀河中心ブラックホールの位置を表す。

図2:共鳴に入っている星の軌道。中間質量ブラックホールの回転系でプロット。

図3:近点で見た累積個数。赤線はすべての星、緑線は20太陽質量以上の星。青線は重い星の割合が一定だと考えた場合。

審査要旨 要旨を表示する

近年、銀河系の中心部1 pc 以内の非常に狭い領域に、非常に若く重い星が100 個以上も見つかっている。これらの星がどのようにしてできたかが大きな問題になっており、現在、その起源を説明する仮説が二つ提案されている。ひとつは、銀河中心にある巨大ブラックホールの周りの降着円盤において星ができたとするものであり、ふたつめは、銀河中心から10 pc から数10 pc 離れた場所でできた星団が、銀河系の星からの力学的摩擦をうけて、銀河中心に沈み、巨大ブックホールの潮汐力により破壊されたものを見ているという説である。論文提出者は、高密度恒星系の数値シミュレーションを大幅に加速する、新しい手法の開発し、実際に後者の説に基づいて観測結果を説明することに成功した。

本論文は6 章からなる。第1 章は序論であり、研究の背景や従来の研究の問題点をまとめ、本研究の目的と意義、およびその概観を述べている。

第2 章では、恒星どうしの2 体衝突の緩和時間が非常に長い無衝突系と考えられる銀河系中心領域の星の運動と、緩和時間が短い衝突系である高密度な星団に属する星の運動の両方を同時に効率良く扱うための新しい計算手法(Bridge法と命名) について述べられている。この計算法の特徴は、星団を構成する星どうしの重力を直接計算し、時間積分はエルミート法で計算する。その他の相互作用(銀河の星どうし、銀河の星と星団内の星の相互作用) については、重力はツリー法で近似的に計算し、時間積分はリープフロッグ法を用いて計算するものである。混合変数シンプレクテック法を応用して、この2つの時間積分を融合している。論文提出者が開発したこの新しい方法により、世界ではじめて、星団と銀河の星の相互作用を実用的な時間内に計算できるようになった。この手法は衝突系と無衝突系を含んだ系の進化計算を可能にしたという点で、その成果は高く評価される。

第3 章では、星団を衝突系、銀河を無衝突系として、Bridge 法を用いてN 体計算を行い、星団はこれまでの簡便な見積りより速く銀河中心に沈み込むことを示した。また、簡便な方法による、銀河の星の力学的摩擦の見積りが、なぜ誤った時間スケールを出したのかの、物理的な理由を明らかにした。

第4 章では、星団内部の進化をより詳しく計算した。その結果、星団中心部では、コアの重力熱力学的崩壊が起こり、恒星の数密度が上がり、恒星どうしの暴走的合体によって、中間質量ブラックホールが形成された。その重力のため、星団の中心部は以前の計算結果より銀河中心に近いところでそこにある巨大ブラックホールの潮汐破壊を受けるようになった。その後でも、中間質量ブラックホールは力学的摩擦を受けて、銀河中心に向けて沈み込む。このとき、束縛されなくなった若い星の一部は、中間質量ブラックホールと巨大ブラックホールの1:1平均運動共鳴に入り、中間質量ブラックホールとともに銀河中心にさらに沈み込む。これは、今まで気づかれていなかった新しいメカニズムであり、その発見は高く評価できる。

第5 章では、銀河中心部の計算の精度を上げて、長時間のシミュレーションを行い、銀河中心ブラックホール近傍0.1-1 pc の若い星の統計的な分布を詳しく調べ、観測との比較を行っている。星団の内部では重い星が選択的に沈むため、銀河中心ブラックホールの潮汐力によって星団が壊される時も、重い星がより銀河中心近くまで運ばれる。このため、最終的に星団が潮汐破壊をうけ、銀河中心ブラックホールの周りに円盤状の構造をつくるが、より内側に重い星が存在する。これから、さらに中間質量ブラックホールとの1:1共鳴により、さらに中心へと重い星が運ばれていく。その結果、運ばれた重い星の面密度分布の傾きは、観測されているものと一致することがわかった。

最後の章は、論文全体のまとめと、新しく開発した計算手法(Bridge 法) の他の分野への応用可能性を述べたものである。

論文提出者は銀河および星団などの高密度恒星系の進化を同時に解くための計算手法を新しく開発し、銀河中心ブラックホールのごく近傍に存在する若い星々の起源を説明するためのシミュレーションを行い、その仮説を実証した。また、新しく開発した計算手法はすでに他の分野でも使われ、その分野の発展に貢献している。これらの結果は高密度恒星系を含む系の進化シミュレーションを大きく進展させる画期的なものである。

本論文は高密度恒星系天文学の分野において、新しい知見をもたらすとともに、新しい発展の可能性を開くものである。本論文は共著者との連名ですでに出版あるいは出版予定であるが、そのすべてが、論文提出者が筆頭著者であるだけでなく、論文提出者の主導で研究が進められたものである。よって本論文は博士(理学)の学位論文としてふさわしいものであると、審査委員会は認める。

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