学位論文要旨



No 125588
著者(漢字) 藤原,英明
著者(英字)
著者(カナ) フジワラ,ヒデアキ
標題(和) 中間赤外線観測で探る温かいデブリ円盤
標題(洋) Warm Debris Disks Probed by Mid-Infrared Observations
報告番号 125588
報告番号 甲25588
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5496号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 小林,尚人
 東京大学 教授 牧野,淳一郎
 東京大学 教授 川邊,良平
 東京大学 教授 宮本,正道
 国立天文台 准教授 田村,元秀
内容要旨 要旨を表示する

主系列星に見られるデブリ円盤は、太陽系外の黄道光に相当する星周ダスト円盤である。デブリ円盤を構成するダストは、原始惑星系円盤の時代から存在していた始原的なダストの生き残りではなく、主系列の時期になって新たに供給された第二世代のダストであり、具体的には、微惑星同士の衝突破壊や彗星状天体の蒸発や崩壊によって生成されたと考えられる。従って、恒星周囲における惑星形成過程と関連があると考えられている。特に、温度が200K程度以上の温かいデブリ円盤は、中心星近傍のいわゆる惑星形成領域に存在し、惑星形成過程とより密接な関連があると期待されている。しかしながら、そのサンプル数が少ないために、温かいデブリ円盤の性質はこれまであまり解明されてこなかった。

本論文では、主に2 種類の手法を用いて、温かいデブリ円盤の性質を調べた。まず、日本の赤外線天文衛星「あかり」に搭載された赤外線カメラ(IRC)による中間赤外線全天サーベイ観測に基づき、温かいデブリ円盤候補天体の探査を行い、温かいデブリ円盤の諸性質について統計的な議論を行った。具体的には、「あかり」IRC 中間赤外線全天サーベイ点源カタログと、Tycho-2 スペクトル型カタログおよび2MASS 近赤外線点源カタログとのマッチングを行うことで、中間赤外線(波長18 ミクロン)で恒星の光球成分に対して大きな超過放射を示す主系列星の探査を行った。その結果、スペクトル型がA-K 型の主系列星の中に、24 のデブリ円盤候補天体を同定した。うち8 天体は、本研究で新たに発見されたものである。また、この探査から、波長18 ミクロンでのデブリ円盤出現頻度は2.8%であると見積もられ、スペクトル型が早期型な恒星ほど、このデブリ円盤出現頻度は高いという傾向が見られた(表1)。さらに我々は、中間赤外線における超過成分の放射スペクトルから、「あかり」で同定した温かいデブリ円盤におけるダストの温度、中心星からの距離、ダスト量の指標となる中心星に対するデブリ円盤の光度比を導出した。その結果、これらデブリ円盤の諸性質が、A 型星と太陽に類似するFGK 型星とで異なることが分かった。この温かいデブリ円盤の諸性質の違いは、小さなダスト粒子にかかる中心星による放射圧の強さの違いで説明できると考えられる。また、「あかり」で同定した温かいデブリ円盤候補天体のうち、年齢の情報がある天体については、中心星に対するデブリ円盤の光度比の観測値を、微惑星同士の衝突によるデブリ円盤の定常状態進化モデルにより導出される理論上限値と比較した。その結果、FGK型星に付随する温かいデブリ円盤の多くは、このモデルでは説明できないほど大きいデブリ円盤光度を示すことが分かった。そのような恒星の周囲では、太陽系で過去に起こった激しい天体衝突現象である後期重爆撃期に類する一時的・突発的なダスト生成現象が生じ、デブリ円盤の形成に大きな役割を果たしていると考えられる。

また我々は、「あかり」で同定した温かいデブリ円盤候補天体について、スピッツァー宇宙望遠鏡に搭載された赤外線分光器IRS、すばる望遠鏡に搭載された中間赤外線カメラCOMICS、ジェミニ南天文台に搭載された中間赤外線カメラT-ReCS を用いた追観測を行い、高い波長分解能での中間赤外線スペクトルを取得することで、温かいデブリ円盤に存在するダストの組成やサイズ、量などについて調査した。その結果、スピッツァー宇宙望遠鏡IRSによる分光観測から、年齢20 億年程度のF3 型星HD 15407 において、シリカ(一酸化ケイ素)ダストに起因する強いダストフィーチャーを9 ミクロンおよび20-21 ミクロンに検出した(図1)。スペクトルから見積もられたダスト温度は500-700K であり、中心星からの距離0.6-0.8 天文単位に相当する。フィーチャー強度から見積もられたダスト質量は10-7 地球質量程度で、非晶質シリカダストとシリケイト(ケイ酸塩鉱物)ダストとがほぼ同量ずつ担っていると考えられる。非晶質シリケイトは星間空間で検出されており、宇宙空間で普遍的に見られるダスト種である。一方で、シリカは星間空間では検出されていないことから、惑星形成過程の中で生成されたと考えられる。ただし、原始惑星系円盤における平衡凝縮過程ではシリカは生成されないと考えられるため、HD 15407 に検出された多量なシリカダストの存在を説明するためには、シリカを効率的に生成できる特殊な環境を考える必要がある。太陽系においては、シリカが豊富に存在する環境として地球地殻が挙げられる。したがって太陽系との類似性を考えれば、HD 15407 における多量なシリカダストの存在は、中心星の周囲に地球に類似した岩石質惑星が存在し、その惑星に他の小天体が衝突することでシリカを豊富に含んだ物質が惑星表面から放出された、というデブリ円盤形成シナリオを示唆する。

また、F2 型星HD 165014 では、スピッツァー宇宙望遠鏡IRS による10-20 ミクロン帯のスペクトルに、微細構造を伴うダストフィーチャーを検出した。実験室で測定された鉱物スペクトルとの比較の結果、観測された微細構造ダストフィーチャーは、結晶化したエンスタタイト(輝石)ダストに合致することが分かった。一方で、様々な星周環境においてエンスタタイトよりも普遍的に観測される結晶質シリケイトであるフォルステライト(カンラン石)ダストに由来するフィーチャーは、HD 165014 のスペクトルにはほとんど見られなかった。すなわち、HD 165014 は、フォルステライトに比べてエンスタタイトダストの存在が支配的なデブリ円盤の最初のサンプルである。結晶質エンスタタイトは平衡凝縮過程でも生成されることが知られており、また実際にいくつかの原始惑星系円盤でも観測されている。従って、原始惑星系円盤内で生成されたエンスタタイトが彗星などの小天体に一旦取り込まれた後に、主系列の時代になって再放出された、というデブリダストの生成シナリオは否定できない。しかしながら、平衡凝縮理論でも、これまでに観測されている原始惑星系円盤でも、エンスタタイトと同程度以上のフォルステライトが同時に存在することが知られている。従って、HD 165014 の周囲でどうしてフォルステライトダストだけが枯渇しているのかについては、別の説明が必要となる。一方で太陽系には、オーブライトと呼ばれる主にエンスタタイトで構成されている隕石や、その母天体であると考えられているE 型小惑星の存在が知られている。E 型小惑星は、内部が分化したより大きな天体が分裂して出来た破片であると考えられている。HD 165014 ではフォルステライトに比べてエンスタタイトダストの存在が支配的であることを考慮すると、太陽系におけるE 型小惑星に類似した天体から放出されたダストが、HD 165014 に見られるデブリ円盤を形成している可能性があると考えられる。これは、デブリ円盤が微惑星同士の衝突破壊によって形成されるというシナリオとも調和的である。

さらに、年齢1000-2000 万年程度のA0 型星HD 106797 では、ジェミニ南天文台T-ReCSによる多色測光観測により 11-12 ミクロン付近に幅の狭いダストフィーチャーが検出された。このフィーチャーは、(サブ)ミクロンサイズの鉄を含む結晶質シリケイトダストに由来すると考えられる。A0 型星の周囲では中心星からの放射圧が強く働くために、サイズがミクロン程度以下の小さなダストはすぐに星周から飛ばされてしまうと考えられる。しかしながらHD 106797 で小さな結晶質シリケイトダストが見られるということは、HD106797 に付随するデブリ円盤は、何らかの突発的なダスト生成現象によって形成されたことを示唆する。

以上に述べた追観測の結果から、温かいデブリ円盤では、多様なダストの生成や進化、変成が多様な形で生じているということが明らかになった。また、シリカ、結晶質エンスタタイト、鉄を含む結晶質シリケイトを温かいデブリ円盤において検出した本研究は、大きな岩石質天体がデブリダストの源として存在することを強く示唆する。

表1:「あかり」IRC 中間赤外線全天サーベイ点源カタログに基づく、18 ミクロンで超過成分を示す温かいデブリ円盤探査の結果のまとめ。

図1:スピッツァー宇宙望遠鏡IRS で取得したHD 15407 に付随するデブリ円盤の中間赤外線スペクトル。9 ミクロンおよび20-21 ミクロンに見られるフィーチャーは主にシリカダストに由来する。

審査要旨 要旨を表示する

主系列星に見られるデブリ円盤は、太陽系外の黄道光に相当する星周ダスト円盤であり、微惑星同士の衝突破壊や彗星状天体の蒸発や崩壊によって生成されたと考えられている。そのため、惑星形成過程の理解に欠かせない重要な天体として、近年活発に研究がすすめられている。

本論文は、主系列星に見られるデブリ円盤の中でも特に"温かい"デブリ円盤について、中間赤外の全天サーベイデータと分光追観測をもとに包括的に研究し、新たな知見をもたらしたものである。

本論文は7章からなる。第1章はイントロダクションであり、本研究の背景と研究対象であるデブリ円盤、およびその鉱物学的研究の意義が簡潔にまとめられている。第2章では、今回の研究で用いられた「あかり」および「スピッツァー」衛星と地上望遠鏡の観測装置が紹介されている。第3章には、あかり衛星の全天サーベイを活用した温かいデブリ円盤の探査とその結果、および議論がまとめられている。4章から6章には、そのサーベイで見つかった特に興味深い3つの温かいデブリ円盤についての分光フォローアップ観測と、その結果得られたデブリ円盤の起源についての示唆がまとめられている。第7章では、本研究全体と将来の観測の見通しがまとめられている。

温度が200K以上の"温かい"デブリ円盤は、中心星近傍の惑星が形成される領域に存在するため、惑星形成過程と密接に関係していると考えられる点で注目される天体である。しかし、従来のデブリ円盤の研究はより長い波長での研究が主であり、中間赤外波長域による温かいデブリ円盤の研究はあまりすすめられていなかった。

本論文では、まず「あかり」衛星による中間赤外線全天サーベイ点源カタログとTycho2恒星カタログを対照させ、波長18μmで恒星の光球成分から大きな超過を示す主系列星を探査した。その結果、24個のデブリ円盤候補天体を同定したが、うち8個は本研究で新たに発見されたものである。これら候補天体について、超過成分の放射スペクトルからダストの温度や中心星からの距離等の諸量を導出した結果、A型星とFGK型星でデブリ円盤の諸性質が異なることを見い出し、それを中心星による放射圧の違いで説明できることを示した。また、これら温かいデブリ円盤の光度が、微惑星同士の衝突による定常進化モデルで予想される光度よりも非常に高いことから、突発的なダスト生成現象によるデブリ円盤の生成が普遍的な現象である可能性を示した。

また引き続き、あかりで検出したデブリ円盤候補の幾つかについて「スピッツァー」衛星や地上望遠鏡による中間赤外分光追観測をすすめ、HD15407に対してシリカダストを、また、HD165014には結晶質の輝石ダスト(エンスタタイト)を、最後にHD106797には結晶質シリケイトダストを見出した。これらの鉱物は円盤中における平衡凝縮過程では生成しにくいと考えられることから、本論文では、大きな岩石質天体がデブリダストの源として存在することを示唆した。これは、デブリ円盤が原始惑星系円盤の時代から存在していた始源的なダストの生き残りではなく、微惑星同士の衝突破壊などにより生成されたという現在主流の見方と合致する。

本論文は、「あかり」衛星の全天サーベイという特徴を活かし、温かいデブリ円盤の初めての中間赤外線サーベイをすすめ、その性質を系統的に明らかにした点でとくに優れている。また、その後の積極的な分光追観測により、温かいデブリ円盤では多様なダストの生成、進化、変成が生じていることを明らかにしたが、検出された鉱物は総て、デブリ円盤が微惑星など一度生成された大きな岩石質天体の破壊によって作られたという統一的な見方で解釈できることを示した点でもユニークといえる。

なお、本論文の第3章、第4章および第6章の主要部分は、尾中敬、石原大助、山下卓也の各氏ほか多数との共同研究であるが、「あかり」衛星のデータ解析や追観測の提案、観測、データ解析等、論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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