学位論文要旨



No 125590
著者(漢字) 安井,千香子
著者(英字)
著者(カナ) ヤスイ,チカコ
標題(和) 低金属量下における原始惑星系円盤の寿命
標題(洋) The Lifetime of Protoplanetary Disks in Low-metallicity Environments
報告番号 125590
報告番号 甲25590
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5498号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 宮田,隆志
 東京大学 教授 村上,浩
 東京大学 教授 山下,卓也
 東京大学 教授 柴橋,博資
 東京大学 教授 尾中,敬
内容要旨 要旨を表示する

古代からの長い天文学の歴史の中で、太陽系外の惑星(系外惑星)の形成についての研究の歴史は非常に短い。約40 年前に惑星は非常に若い星を取り巻く原始惑星系円盤の中で生まれると初めて考えられるようになり、15 年前の1995 年にようやく初めて系外惑星が発見された。その後、発見される惑星の数は急激に増加し、たった10 数年の間に約400 個もの惑星が発見され続けた。発見された惑星は我々の予想に反して極めて多様な性質を持つことが分ったが、現時点で知られている唯一の極めて明確な関係は、重元素の量、すなわち金属量が多い星ほど惑星が見つかる確率が急激に高くなる「惑星-金属量関係」である。これは、金属量こそが惑星形成を理解するためのキーパラメータである可能性を示唆している。

一方、赤外線天文学の発展に伴い、約20 年前から原始惑星系円盤の研究が急速に進んできた。原始惑星系円盤とは、非常に若い星を取り巻くガスとダストから成る円盤で、その中で惑星が生成されるため、原始惑星系円盤の寿命は惑星形成率に直結する非常に重要なパラメータであると考えられている。その寿命を導出するために、ほとんどの星は集団(クラスター) 中で同時に生まれるという性質を生かし、星生成クラスターの中での原始惑星系円盤による色超過を持つ星の割合(disk fraction) の減少のタイムスケールを寿命とみなす、単純でありながら極めて有効な方法が広く使われている。このdisk fraction が太陽近傍の年齢の異なる多数のクラスターに対して調べられた結果、原始惑星系円盤の寿命は約500{1000 万年であることが明らかになった。しかし「惑星-金属量関係」というキーを解くためには、太陽と同程度の狭い金属量範囲だけではなく、大きく異なる金属量下でのdisk fraction を調べ、原始惑星系円盤の寿命の金属量依存性を明らかにすることが重要となる。

そこで我々は、「銀河系の外縁部」に着目した。銀河系は、中心からの距離が大きくなるにつれて金属量が低くなることが知られている。私達が住む地球は銀河中心から約8 kpc に位置するが、銀河系はそれよりも2倍以上の半径約20 kpc にわたって広がっており、銀河系外縁部(Rg, 15 kpc)では太陽近傍と比較して金属量が約1/10 に小さくなることが知られている。そのような遠方の領域の星生成クラスターであっても、8{10m 級望遠鏡の登場により、太陽近傍と同様に低質量星まで個々の星を分解した詳細な観測が可能になってきた。星生成クラスターは、星がまだ生まれた場所に留まっておりその物理・化学環境を直接反映している点、また、まだ集団を成しているため星の同定が容易であり、統計的な議論も可能であるという点で、原始惑星系円盤について金属量という環境依存性を調べる対象として非常に適している。

本研究では、現存する最大級の「すばる」望遠鏡に取り付けられた広視野近赤外線撮像分光器(MOIRCS) を用い、銀河中心から約15 kpc 以遠の銀河系外縁部における星生成領域のJHKS バンドにおける近赤外線撮像観測を行った。その結果、低金属量下の星生成領域としては初めて.0.1太陽質量以下の星の検出に成功し、太陽金属量下での星生成領域との直接比較を可能とした。観測した星生成領域は、これまでの研究により金属量が高い精度で求められているDigel Cloud 2,Sh 2-209, Sh 2-208, Sh 2-207 の4 つの星生成領域で、合計6 個の星生成クラスターについて年齢とdisk fraction を調べた。

大きく環境や距離が異なる領域の比較には、観測的なバイアスが無いように十分気をつける必要がある。そこでまず、太陽近傍の星生成領域については各クラスターで同じフィルターシステムで得られたデータを用い、低金属量下の星生成クラスターと同じ方法でJHK のdisk fractionを求め直した。その結果、中間赤外などの長い波長バンドを用いなくとも、JHK だけで十分diskfraction の進化が捉えられることを示した。次に、disk fraction を求めるために最も重要なツールである2 色図が低金属量下でどう変化しうるかを検討し、また、最近の高感度赤外線観測で使われるようになったMKO フィルターシステムでの2色図を、過去に用いられてきた主なフィルターシステムでの2色図と比較して、その違いを明確にした。最後に、各クラスターのK バンドでの光度関数を用いて星生成クラスターの年齢を求める方法が、遠方のクラスターの年齢を求めるのに有効であることを示した。

その結果、低金属量下の星生成クラスターのdisk fraction が、同年齢の太陽近傍の領域と比較して極端に低いことが分かった。今回観測に用いた近赤外線2.5 1m での色超過は、原始惑星系円盤の内側.0.1AU からの放射で生じるものであるが、低金属量であるということから通常考えうるメカニズムでは、円盤内側だけが空洞になることを説明することができない。よって、低金属量下では円盤全体" が太陽近傍(>5 Myr) と比べて非常に速いタイムスケール(>1 Myr) で消失することが示唆された。低金属量下において円盤消失が速くなる原因としては、円盤の質量降着率が増加する、または減光が少ないために光蒸発(photoevaporation) が効率的に起こる可能性が第一に考えられる。その場合、まだ決着していない原始惑星系円盤の消失のメカニズムとして、通常考えられているガスが関係する極紫外線(EUV) ではなく、ダストすなわち金属が関係するX線もしくは遠紫外線(FUV) が主に効くことを観測的に示唆したことになる。「惑星-金属量関係」の原因の探求には、主にコア・アクリーション理論に基づく様々な理論的試みがあるものの、まだ決定的なものはない。低金属量下で原始惑星系円盤が消失するタイムスケールが短いことは、そのような環境下では惑星形成が困難になることを意味し、「惑星-金属量関係」を少なくとも部分的に説明する可能性がある。これは、理論的考察のみで進んできたこの関係の原因の探求において、原因の1つとなりうる事実を観測的に初めて提示したことになる。

図1: 星生成クラスターのJHK バンドでのdisk fraction と年齢の関係。低金属量下におけるの星生成クラスターのJHK でのdiskfraction を赤色の丸で、太陽金属量下におけるクラスターのJHK でのdisk fraction を黒色の丸で示す。黒線は太陽金属量下でのdisk fraction の進化を、赤線は本研究で低金属量下でのdisk fraction の進化を示した。これらの進化の線はともに、おおよそのフィットを行って導いた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文はすばる望遠鏡で銀河系外縁部の星形成星団6つを近赤外線JHK3バンドで撮像観測し、低金属環境下における原始惑星系円盤の存在率と年齢との関係を調べたものである。

本論文は9章からなる。第一章は序章であり、系外惑星や原始惑星系円盤に関するこれまでの研究結果がまとめられている。銀河系外縁部が低金属環境(太陽近傍での値の1/10程度)にありながら距離が近く、低金属による影響を調べるのに適した領域であることが説明される。また、系外惑星の存在確率が金属量によって異なることから、関係して原始惑星系円盤の寿命も金属量によって変化するのではという予想を持ったことなどが研究の動機であることも述べられている。

第二章では本研究で行った観測やその解析方法がまとめられている。

第三章は近赤外線の色-色図についての考察である。まず測光システムの違いが色-色図に与える影響について検討が行われている。また低金属環境下での色-色図上の星の位置も検討されている。結果、色-色図上の位置によって円盤の有無を知るという従来手法が本研究でも適用できることが示される。

第四章ではKバンド光度関数(KLF)を用いて星団の年齢を求める手法が詳述されている。この手法で1 Myr程度の精度で年齢が推定できることも示される。

第五章には本論文の観測領域のひとつDigel Cloud 2の2つの星団(Cloud-NおよびCloud-S)についての観測結果が詳細に説明されている。KLFフィットによってCloud-N,Sの年齢は共に0.5-1 Myrであることが示唆される。これは他の観測による推定年齢と一致する。また色-色図を用いて原始惑星系円盤の存在率も求めている。

第六章ではDigel Cloud 2と同じ手法を用いて他の4つの星団の年齢と円盤存在率を求めている。

第七章では得られた星団年齢と円盤の存在率との関係を太陽近傍の星団と比較している。本研究では円盤の有無はJHKの3波長から判断しているが、他の研究では中間赤外線やLバンドが用いられることが多い。正確な比較のためまず太陽近傍の星団について同じくJHKバンドの測定だけから円盤存在率を求めた。文献データを解析した結果、JHKバンドだけを用いると円盤存在率の絶対値は変化するものの、年齢による円盤存在率の減少傾向は変わらずに再現できることが明らかとなった。これは感度のよいJHKバンドの観測で円盤存在率の推定が可能な事を観測的に示したものであり、より遠方天体での円盤観測の可能性を広げる成果として重要である。章後半ではこの太陽近傍星団での結果と、低金属環境下にある星団の結果を比較している。太陽近傍では円盤存在率が10%以下に下がるまでの時間は5Myr程度であるのに対し、低金属環境では1Myr程度と有意に小さいことが示される。JHKバンドの測定だけから円盤存在率を求めた。文献データを解析した結果、JHKバンドだけを用いると円盤存在率の絶対値は変化するものの、年齢による円盤存在率の減少傾向は変わらずに再現できることが明らかとなった。これは感度のよいJHKバンドの観測で円盤存在率の推定が可能な事を観測的に示したものであり、より遠方天体での円盤観測の可能性を広げる成果として重要である。章後半ではこの太陽近傍星団での結果と、低金属環境下にある星団の結果を比較している。太陽近傍では円盤存在率が10%以下に下がるまでの時間は5Myr程度であるのに対し、低金属環境では1Myr程度と有意に小さいことが示される。

第八章では低金属環境下での円盤存在率の減少が太陽近傍より速いことについて考察がなされている。まず、ダスト総量の減少によって円盤内縁部の光学的厚みが減少し検出できない可能性が考えられるが、円盤モデルによる光学的厚みの推定から棄却される。また、現在考えられている円盤内縁部消失モデルでは消失機構が金属量によらないため、低金属環境で内縁部半径が大きくなることはありえない。以上より、観測された円盤存在率の時間による減少は、円盤全体の寿命を示しており、低金属環境下では円盤寿命が約1 Myrと短いことが示唆される。円盤の消失機構については円盤の星への落ち込みや光蒸発など様々な機構が提唱されているが、これらの中で金属量が少ないことによって効率が変わるのはFUVやX線による光蒸発だけである。本研究の結果は、円盤の消失がFUV/X線の光蒸発によることを示唆する。また、系外惑星の存在率が星の金属量に大きく依存することも、原始惑星系円盤が低金属環境下では寿命が短いという本研究の結果から定性的に説明が可能となる。

以上、本論文は近赤外線多色観測により銀河系外縁部の星形成星団の年齢と原始惑星系円盤の存在割合との相関を示し、低金属環境下では原始惑星系円盤の寿命が太陽系近傍の場合よりも有意に短いことを初めて明らかにした。本論文の結論は原始惑星系円盤消失機構についても重要な示唆を与え、系外惑星の形成進化の研究に対しても大きな影響を与える新たな知見である。本論文は小林尚人、Alan T.Tbkunaga、斎藤正雄、寺田宏、東谷千比呂との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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