No | 125594 | |
著者(漢字) | 横山,千恵 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヨコヤマ,チエ | |
標題(和) | 東部熱帯太平洋域の浅い対流を伴う大気擾乱に関するデータ解析研究 | |
標題(洋) | A data analysis study on the atmospheric disturbances associated with shallow convection over the eastern tropical Pacific | |
報告番号 | 125594 | |
報告番号 | 甲25594 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5502号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文では、東太平洋熱帯収束帯(ITCZ)域における降雨システムの特性を、西太平洋の特性と定量的に比較しながら調べ、さらにその違いが大規模環境場および総観規模擾乱のいかなる違いに帰着するかをデータ解析から調べ考察した。まず、降雨システムの特性の解析から、西太平洋暖水域では、孤立した積乱雲と雲クラスターなどの組織化したシステムとに伴う深い雨が卓越するのに対し、東太平洋ITCZ域では、雄大積雲に伴う浅い雨と組織化したシステムに伴う深い雨とが共に卓越していることが示された。次に、総観規模擾乱について解析した結果、東太平洋に特徴的な擾乱として、渦と混合ロスビー重力(MRG)波的擾乱とを伴う2重構造の擾乱が存在することが示された。東太平洋ITCZ域で深い雨が降るためには、2重構造の擾乱と積雲対流とが結びついて良く組織化することが効果的であることが明らかになった。 降雨の解析には、熱帯降雨観測計画(TRMM)衛星の降雨レーダー(PR)によるPR2A25 ver.6プロダクトや非断熱加熱データを使用した。また、降雨システム特性の解析には、PR2A25の単連結(隣り合う降雨ピクセルをつなぎ合わせた)データ("降雨feature"と呼ぶ)を使用した。さらに、JRA25/JCDASおよびERA-Interimの再解析データや、NOAA最適内挿海面水温(SST)v2、SSM/I可降水量、QuickSCAT海上風、NOAA内挿外向き長波放射(OLR)、Global IR赤外輝度温度を使用した。 本論文の主な結果は第3章と第4章に記す。第5章では全体のまとめを行う。 第3章では、1998-2007年の北半球秋季(9-11月)における降雨featureを解析から、東太平洋ITCZ域と西太平洋暖水域とにおけるメソスケール降雨システムの特性を比較し、降雨特性の相違と大規模環境場との関係を調べた。 まず、非断熱加熱の鉛直分布を調べた結果、西太平洋暖水域では高度約7.5 kmにのみ加熱のピークが見られたのに対して、東太平洋ITCZ域では高度約7.5 kmのピークに加え高度約2.5 kmでもピークが見られた。そこで、このような非断熱加熱の鉛直分布の相違がいかなる特性を持つ降雨システムで構成されているかを調べるため、降雨featureを、面積と最高降雨頂高度とによって、4タイプ(雄大積雲システム、孤立した深いシステム、組織化した中程度に深いシステム、組織化した非常に深いシステム)に分類し解析した。なお、組織化したシステムの特徴の1つはO (100 km) 規模の広い層状雲を伴うことであるため、面積の観点から、孤立したシステムと組織化したシステムとの分類を行なった。その結果、西太平洋暖水域では、孤立した深いシステムおよび組織化した非常に深いシステムに伴う雨が卓越するのに対し、東太平洋ITCZ域では、主に雄大積雲で構成されると考えられるシステムの他に、組織化した中程度に深いシステムに伴う雨が卓越することが示された。 一方、西太平洋暖水域と東太平洋ITCZ域とにおける大規模環境場を比較すると、収束場の深さに顕著な相違が見られた。つまり、西太平洋暖水域では、地表から約400 hPaまでの深い収束場が観察されるのに対し、東太平洋ITCZ域では、強いSST勾配に伴って約900hPaより下の浅い層に強い境界層収束場が見られるが、その上の自由対流圏下部(850 hPa)は発散場となっている。以上の結果から、西太平洋暖水域の深い収束場では深いシステムに伴う深い雨が卓越し、東太平洋ITCZ域の浅い境界層収束場では雄大積雲に伴う浅い雨が卓越することが示され、収束場の深さと降雨の深さとが対応することが確認された。しかしながら、東太平洋ITCZ域では、同時に、組織化したシステムに伴う深い雨も卓越することが示されており、この深い雨がいかにして生じているのかについてさらに第4章で議論した。 第4章では、東太平洋ITCZ域と西太平洋暖水域とにおける降雨システムの特性の相違をもたらす原因を探るため、両領域における総観規模擾乱の構造について、スペクトル解析、コンポジット解析およびエネルギー収支解析を用いて比較した。 まず、東太平洋では、可降水量や850 hPaでの鉛直p-速度(ω850)に約3-7日周期のスペクトルピークが検出され、可降水量の顕著な変動を伴い下層で上昇流の変動が大きい西進擾乱が存在することが示された。また、同時に、OLRや300 hPaでの鉛直p-速度(ω300)にも約3-7日周期のスペクトルパワーが存在し、東太平洋の擾乱は、深い積雲対流を伴い上層にも上昇流の大きな変動を伴っていることを示していた。これに対し、西太平洋では、OLRやω300の変動は顕著だったが、可降水量やω850など下層の変数のスペクトルピークは見られなかった。 コンポジット解析の結果から、東太平洋の850 hPaにおける総観規模擾乱は、約9°Nを中心として南西-北東方向に傾いた渦と、赤道を中心として顕著な南北風を持つ大規模循環とを伴うことが示された。渦は、東西波長約4000 km、位相速度約9 m s-1で西進し、高度とともにわずかに東に傾いていた。一方、赤道中心の循環は、東西波長約8000 km、位相速度約20 m s-1で西進し、高度とともに大きく東に傾いていた。また、赤道中心の循環に伴う波束は、群速度約5 m s-1で東進伝播していた。これらの特徴から、赤道中心の循環はMRG波的擾乱と同定された。以上から、東太平洋には、渦とMRG波的擾乱とを伴う"2重構造"の擾乱が比較的頻繁に存在することが示された。東太平洋の擾乱は、同時に、7.5°N付近において、対流圏上層と中下層とに発散を示し、上層と下層とに上昇流のピークを示す"2階建て構造"を持っていた。これに対し、西太平洋の擾乱は、深い下層収束と上層の発散とを伴い、上層にのみ上昇流のピークを持つ深い構造を持っていた。 次に、擾乱の運動エネルギー収支の観点から、西太平洋と東太平洋との相違が示された。両領域の共通点として、250 hPaにおいて、深い積雲対流による擾乱の有効位置エネルギーから運動エネルギーへの変換が、擾乱のエネルギー生成に最も寄与していた。しかしながら、東太平洋では、850 hPaにおいて、雄大積雲によると考えられる擾乱の有効位置エネルギーから運動エネルギーへの変換が存在し、擾乱の下部のエネルギーを生成していた。さらに、東太平洋の浅い境界層収束場は、順圧変換項を通して、925 hPaでの擾乱の運動エネルギーを増幅していることが示された。 東太平洋における2重構造の擾乱の持つ役割について考察するため、擾乱に伴う非断熱加熱分布を調べた。その結果、対流圏下層にピークを持つ浅い加熱は、渦の全域で存在するのに対し、上層にピークを持つ深い加熱は、MRG波的擾乱に伴う赤道越えの南風が流入する渦の北東域において大きいことが分かった。この南風の流入は渦の東側ほど厚く、それに伴って収束も深まっていた。以上の結果を総合的に考察すると、東太平洋での深い降雨システムを維持する仕組みとして、2重構造の擾乱に伴って深い収束が作り出されることが効果的に働いていると考えられる。 一方、春季(3-5月)には、東太平洋におけるSST勾配は秋季に比べて弱くなり、中西部太平洋にも弱いSST勾配が存在する。それに伴って、浅い境界層収束場は、秋季より弱くより西方まで広く分布している。そのような環境場のもとでは、雄大積雲および組織化した中程度に深いシステムに伴う雨もまた、より弱くより西方まで分布していた。また、春季においても2重構造を持つ擾乱が示されたが、渦とMRG波的擾乱はともに弱く、特に渦は非常に弱かった。春季には、浅い境界層収束場が弱いため、境界層収束場による擾乱の下部の運動エネルギー生成が小さく、2重構造を構成する渦が弱くなると示唆される。 第5章では、秋季の東太平洋ITCZ域で卓越したメソスケール降雨特性、総観規模擾乱および大規模環境場の関係を考察し、次のようにまとめられた。東太平洋ITCZ域では、やや低いSSTや浅い収束場から、平均的に深い雨は西太平洋暖水域より生じにくい場であった。しかしながら、2重構造のMRG波的擾乱に伴う赤道越えの南風が渦へ流入し、部分的に深い収束が作り出されることによって、深い雨が生じていると考えられた。これに対し、西太平洋暖水域では、高いSSTとともに深い収束場が存在しており、このような総観規模の2重構造にならなくとも、深い総観規模擾乱と直接結びついて深い雨が比較的生じやすい場になっていると考えられた。また、2重構造が顕著でない春季においては、東太平洋ITCZ域上の擾乱が深い積雲対流の西進伝播を伴っていなかったことは、擾乱の2重構造が深い積雲対流を維持するのに重要であるという考察を支持していた。 | |
審査要旨 | 熱帯の降水は、地球大気の大循環を駆動する役割を果たし、その実態の解明は、気象学の大きな課題である。しかし、降水は、さまざまな時空間スケールの気象擾乱からもたらされ、雲に伴う水蒸気や風の鉛直分布も重要な役割を果たすため、海洋が多くを占める熱帯での降水の地域特性等については、未だよく知られていない。 申請者は、近年気候学的な解析ができるまでに蓄積されてきた熱帯降雨観測計画(TRMM)等の衛星データや、最新のデータ同化システムによって過去に遡って解析された再解析気象データなどを駆使して、東太平洋熱帯収束帯(ITCZ)域における降雨システムの特性を、西太平洋と対比させて調べた。 第1章において、熱帯域における降雨特性に関するこれまでの研究がレビューされた。雲頂高度に着目して、対流圏界面(15-16km)に達する深い積雲対流、融解層(地上約5-8km)に雲頂を持つ雄大積雲、および、貿易風逆転層レベル(約2km)に雲頂を持つ積雲の3モードの雲が存在することが近年明らかになってきた。また、水平スケールに着目すると数10km程度で激しい対流性降雨を伴う孤立した積乱雲と、数100kmの広い範囲で組織化され、対流雨に加えて層状性降雨の割合も大きい雲クラスターやスコールラインなどのシステムが知られており、対流性、層状性降雨の比率に応じて雨滴凝結に伴う加熱の鉛直分布が異なっている。これらの降雨特性は、それをもたらす気象擾乱や、擾乱を生じさせる大規模環境場に大きく影響を受けると考えられるが、その実態はまだ明らかでない。ことに、同じ熱帯でも、東太平洋では、西太平洋に比して、背の低い雨が多く、かつ層状雨が多いことが知られているが、このような相違がどのような要因で生じるかについては理解されていない。 第2章においては、本研究で用いた衛星や大気循環データ解説された後、第3章において、東太平洋域、ことに降雨の集中する熱帯収束帯(ITCZ)域での降雨特性と大規模環境場の関係が、西太平洋暖水域と対比しながら解析された。TRMM衛星搭載の降雨レーダデータをもとに、降雨システムの面積とそれに伴う最高降雨頂高度とによって、降水を分類し解析した結果、西太平洋暖水域では、孤立した積乱雲と雲クラスターなどの組織化したシステムとに伴う深い雨が卓越し、それに伴う大規模環境場も地表から約7kmにも達する深い収束場で特徴付けられる一方、東太平洋ITCZ 域では、約1km以下の浅い境界層収束場と雄大積雲で構成される浅い雨と組織化した中程度に深いシステムに伴う雨が卓越することが明らかになった。1998年以降に利用可能になった宇宙からの降雨レーダ観測に基づいて、降雨システムの面積、高度を、それに伴う大規模収束場や加熱高度等と関連付けて、はじめて明瞭に分類することができた。 第4章においては、東太平洋での浅い降雨と組織化した深い降雨がどのような総観規模気象擾乱によってもたらされているかが解析された。まず、東太平洋では、西太平洋に比して、下層での鉛直速度に総観規模擾乱の特徴がよく現れ、周期約3-7 日の西進擾乱が卓越することが示された。合成解析により、擾乱の構造を調べると、約9°N を中心として南西-北東方向に傾いた渦と、赤道を中心として顕著な南北風を持つ大規模循環とを伴う2重構造で特徴付けられることが明らかとなった。波動解析の結果、後者は混合ロスビー重力波(MRG)と同定された。擾乱の鉛直構造においても、上層と下層とに上昇流のピークを示す"2階建て構造" を持つことが見出された。上層のピークはMRG成分によってもたらされる下層の深い赤道越え南風流入に伴っており、これが東太平洋での組織化された深い対流の存在をもたらす一要因である。擾乱の運動エネルギー生成においても、西太平洋では深い対流に伴う加熱が主要因であるが、東太平洋では、雄大積雲に伴う浅い加熱に加え、浅い境界層収束場からの順圧エネルギー変換も寄与していることが示された。 第5章では、本研究の結果が総合的に考察され、東太平洋ITCZ 域では、強い海面水温勾配に基づく浅い収束場のもとで、平均的に深い雨は西太平洋暖水域より生じにくい場であるが、2重構造の擾乱、すなわち、渦-MRGの相互作用によって深い収束が作り出され、深い雨が生じているという新しい仮説が提唱された。 本研究によって、実態のよく把握されていなかった熱帯東太平洋域の降雨特性が明らかになった意義は大きく、今後の熱帯気象・気候研究の進展に貴重な貢献を為したと考えられる。 なお、本論文第3、4章は、高薮 縁氏との共著論文の結果を含んでいるが、論文提出者が主体となって計算及び解析をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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