学位論文要旨



No 125595
著者(漢字) 伊藤,純至
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ジュンシ
標題(和) 塵旋風に関する数値的研究
標題(洋) A Numerical Study on Dust Devils
報告番号 125595
報告番号 甲25595
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5503号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 伊賀,啓太
 東京大学 教授 高橋,正明
 東京大学 教授 日比谷,紀之
 気象研究所 室長 三上,正男
 東京大学 教授 新野,宏
内容要旨 要旨を表示する

晴天時の日中、砂漠などの裸地で、地表面が強い日射により熱せられ、対流混合層が形成される場合、Dust Devil(以下、DD)とよばれる鉛直軸周りの小スケールの渦が頻繁に発生することが知られている。渦のもつ強い接線風速と上昇気流によって、ダスト粒子を地表面から巻き上げると渦自身が可視化される(図1)。

DDに関しては観測的研究が行なわれると共に、近年はLarge Eddy Simulation(LES)により数値的研究も行われるようになり、一般風のないほぼ定常な対流混合層の中でDDに対応すると思われる鉛直渦が再現されることもわかってきた。しかし、1)日変化や一般風が存在する現実的な対流混合層でのDDの発生や、DDが対流混合層の熱輸送に果たす役割、2)DDの生成機構、3)DDの渦度を決める物理量、4)一般風の弱い対流混合層においてDDなどの効果により舞い上げられるダスト粒子の量、5)DDのような強い渦の中でのLESのサブグリッド乱流モデルの妥当性などは現在も解明されていない。本研究ではこれらの点について、乱流状態の大気境界層を最も信頼できる形で再現するLESを用いた数値的研究によって明らかにすることを試みた。

LESの設定としては、日中の高さhが1.5km程度に達する対流混合層を再現可能な数km×数km×3km程度の領域で、半径数m~100mのDDを解像できる水平、鉛直ともに一様な間隔の格子を用いた。領域サイズと格子間隔は各章の目的に応じて変えている。サブグリッド乱流モデルにはSmagorinskyモデルを用いた。側面の境界条件は2重周期とし、地表面での熱フラックスQは日中に最大値をとるsin型の関数で与えた。大気は計算開始時(日の出;7:00)には水平一様な安定成層をしており、日没(18:00)まで計算を行った。

初めに一般風があり日変化する対流混合層で、DDが発生しやすい環境を50m間隔格子のLESで調べた。結論として、地表面熱フラックスが大きく、一般風が弱い場合、かつ午後早い時間帯に最もDDが発生しやすいことがわかった。これは観測によるいくつかの先行研究とも整合的である。このときDDの鉛直渦度は対流速度w*の単調増加関数となっていた。

次に20m間隔格子のLESでDDの構造をみた。渦のコアで上昇流をもつone-cell型と下降流をもつtwo-cell型の2種類の構造がみられ、対流混合層とDDを同時に再現するLESとしては初めて、観測で見られるtwo-cell型の渦の再現に成功した(図2)。

個々のDDは対流混合層における平均的な鉛直熱輸送の約10倍の熱を運ぶが、発生頻度が低いため、DD全体が対流混合層の鉛直熱輸送に寄与する割合は1%に過ぎないことがわかった。

一方、DDの生成機構、特にDDのもつ鉛直渦度の源に関しては、いくつかの先行研究で提案されているが、現在も解決しておらず、定量的に調べた例はない。

本研究では5m間隔のLESでDDを再現し(図3)、そのデータを解析することで、DDの強い鉛直渦度の生成機構を定量的に考察した。ここでは一般によく使われる渦度は保存量でないことに鑑み、保存量である「循環」を解析に利用した。DD内の高度7.5mに配置した水平な物質面上の多数の点を逆トラジェクトリーによって追跡し(図4)、物質面の変形とこれに伴う循環の変化を調べた。

追跡の結果、DDからある程度離れたところでは、循環はほぼ保存しながらDDのコアに向かって流れ込んでいることがわかった。流入に伴い、物質面の面積は小さくなることから、DDの渦度はstretchingによって大きくなっていることがわかる。水平渦度の立ち上げは直接DDの生成と関連していなかった。DDの元となる循環は、対流混合層の組織的な構造に内在するものであり、h×w*でスケールされることもわかった。この循環の源は対流の作る水平渦度を対流の鉛直流で立ち上げたものと考えられる。

対流混合層については前述のw*、h、Qに基づくスケーリングが可能であることが知られている。そこでDDの鉛直渦度についても同様のスケーリングを試みた。

鉛直渦度のスケールは一般に(速度スケールU)/(長さスケールL)で表される。速度スケールとしてはw*が有力だが、一方、長さのスケールは不明である。そこで鉛直渦度の様々なパラメーター(h、Q、w*、格子間隔Δ)に対する依存性を調べることで、UとLを与えるパラメータを突き止めることを試みた。

図5はΔ=50mで、Qを変化させたときの、鉛直渦度の高さ75mでの水平面の最大値のζmaxとw*の関係である。ζmaxはw*の単調増加関数であり、さらに点線で示すようにQに関わらず、ζmax∝w*/Lという関係があるようにみえる。

これから、速度スケールはU~w*であり、長さスケールLは時間に依存しない量と考えられる。解析の結果、Lは格子間隔Δが粗い場合はΔで与えられ、細かい場合は、地表面近くの対流セルに伴う上昇流域の幅で与えられることがわかった。観測されるDDの鉛直渦度の長さスケールは後者が担っていると考えられる。ただし上昇流域の幅がどのように決まるのか理解を深めることは今後の課題である。

ここまで述べたように、対流混合層では一般風が無い場合でも、対流やDDが強い水平風速を地表面付近で生成する。このためDDによって粒径数μmの小さいダスト粒子は舞い上がり、滞留する可能性がある。しかしその実態はこれまでほとんど調べられていない。そこで、本研究で行った日変化する対流混合層のLES(20m間隔格子)に、ダスト粒子の地表面フラックス(本研究ではresuspensionの定式化を利用)と粒径毎の重力落下などを導入し、一般風がない環境下でのダスト粒子の分布の日変化をみた(図6)。その結果、日没時に地表面付近では10μg/m3のオーダーのダスト濃度が生ずることがわかった。これは、タクラマカン砂漠での観測と整合的である。さらに夜間は終端速度で落下すると仮定して、2日目のダスト粒子の舞い上がりも計算すると、2日目の日没時は1日目の日没時の1.8倍のダスト濃度になっていて、滞留によって高いダスト濃度が出現しうることがわかった。

強い渦が存在するときのLESのサブグリッドモデルや境界条件はまだまだ多くの検討課題を抱えている。特に水平一様に熱フラックスを与える場合と比較して、熱フラックスの地表面付近の水平風速への依存性を比較的容易に導入する「擬バルク法」を利用すると、渦が強化され、渦コアでの圧力降下や最大風速は、観測でみられる強い渦での値に近づいた。強い渦の出現においては、水平風速に依存する地表面熱フラックスによるフィードバックが重要な役割を果たしていることが示唆される。またサブグリッドモデルにおいて渦の中心で回転の効果によって渦粘性が抑制される効果を便宜的に導入すると、やはり強い渦の出現がみられた。

以上のように、DDに関して未解決であったいくつかの課題について、LESを用いた数値的研究により明らかにした。まず、現実的な対流混合層においてDDの発生しやすい環境やその詳細な構造、DDが対流混合層の熱輸送に果たす役割を明らかにした。また、DDの生成機構を初めて定量的に明らかにした。またDDの鉛直渦度のスケーリングを提案した。更に、一般風の弱い対流混合層における微小粒径のダスト粒子の舞い上がりを調べ、観測と整合的な結果を得た。ただしDDのLESによる再現において、数々の課題があることも明らかになった。高解像度化を図る必要があるだけでなく、バルク法が有効でない時間および空間スケールでの地表面熱フラックスの与え方や、サブグリッドモデルの検討も今後に残された重要な課題である。

図1 可視化されたDD

図2 two-cell型の渦の周りの流線。赤色の等値面は下降流が0.2m/s以上の領域を表す。

図3 再現されたDD(赤色の等値面は鉛直渦度>0.25s-1、緑色は鉛直渦度<-0.25s-1)と地表面近くの鉛直速度(カラーシェード)。水平1.8km×1.8km、鉛直0.2mの領域を表示。

図4 追跡した物質面の変形の様子。左が初期時刻(DDのコアを横切るように水平に配置)、右が100秒間追跡を行ったときの物質面。シェードは高度を表す。

図5 Qを変化させたときのζmaxとw*の関係

図6 ダスト粒子の空間分布(15:00)。領域は5.1km×5.1km×2.6km。シェードはダスト濃度で単位はμg/m3。

審査要旨 要旨を表示する

塵旋風は、晴天時の日中に砂漠などの裸地で地表面が強い日射により熱せられて対流混合層が形成される時に大気中に発生する強い鉛直渦で、ダスト粒子を地表面から巻き上げると渦が可視化される。このような塵旋風に関して、観測的研究が行われてきたが、近年になってようやく Large EddySimulation (LES)を用いて数値的研究も行われるようになり、一般風のないほぼ定常な対流混合層の中で塵旋風に対応すると思われる鉛直渦が再現されることがわかってきた。しかし、日変化や一般風が存在するような現実的な対流混合層での再現はなされておらず、塵旋風の構造や回転源、対流混合層の熱輸送に果たす役割などの基本的性質は数値実験によってほとんど調べられていない。

本論文は全8章から成る。第1章は導入部で、塵旋風の説明および上で述べたこの現象の研究に関する現状と問題点が具体的に述べられている。続く第2章では、この現象を再現する数値モデルとその設定について述べられている。

第3章では、50m間隔の格子でのLESを用いて、一般風がある環境下で日変化する対流混合層のシミュレーションを行い、塵旋風が発生しやすい環境を調べている。その結果、塵旋風が生じやすいのは地表面熱フラックスが大きくて一般風が弱い場合であり、そのような場合の午後の早い時間帯に多く発生する傾向にあるという、観測による研究と整合的な傾向が示された。また、対流速度が大きくなるほど塵旋風の鉛直渦度も大きくなるという関係があることも示された。さらに、格子間隔を20mと細かくして旋風の内部構造までの再現を試み、対流混合層と塵旋風を同時に扱うLESシミュレーションとしてははじめて、渦のコアが上昇流となる1セル型の構造の塵旋風だけでなく、渦のコアで下降流となる2セル型の構造の再現にも成功した。この章の最後には、塵旋風が対流混合層の鉛直熱輸送において果たす役割の大きさを見積もっている。個々の塵旋風が輸送する熱量は大きいものの、塵旋風の占める面積割合が小さいため、平均的には1%程度の寄与しかしないことが明らかになった。

第4章では、5m間隔の非常に細かな格子を用いて塵旋風を再現し、物質面を追跡するという手法により、塵旋風に伴う大きな鉛直渦度の起源の詳しい調査を行っている。このような強い渦の形成過程を調べるには、従来、渦度収支をもとに議論が行われることが多かったが、ストレッチやティルティングなど、渦の変形の過程を経ても保存する物質面に沿った循環を追うことにより根源的な起源を探っている。その結果、この強い渦の元となる循環は、対流混合層の組織的な構造に内在するものであることを明らかにした。

第5章では、塵旋風の鉛直渦度の大きさのスケーリングの議論を行っている。渦度のスケールは現象の渦の速度スケールをその長さスケールで割ることによって与えられるが、様々なパラメータに対する依存性を調べることによってそれぞれのスケールが何で決まっているのかの特定を試みた。速度スケールは対流速度で与えられ、長さスケールは地表面付近の対流セルに伴う上昇流域の幅で与えられこと、しかし、シミュレーションの格子が粗い場合には格子間隔が長さスケールを規定してしまうことを示した。

第6章では、塵旋風によるダスト粒子の巻き上げ効果の大きさの見積もりを行っている。塵旋風は、一般風が弱い場合であっても地表面付近に局所的に強い風を起こすことによって粒径の小さなダスト粒子を巻き上げ、大気中に長時間滞留させる可能性がある。日変化する対流混合層のもとで塵旋風が生じる中をダストが舞い上げられる状況のシミュレーションを実行し、一旦舞い上げられたダストの多くが翌日にも大気中に留まってダストが累積していく可能性のあることを示した。

第7章では、さらに現実的な塵旋風をシミュレートするためには、どのような要素を考慮するべきかの考察を行い、第8章ではこれら全体の成果の意義がまとめられている。

以上のように、本研究は、日変化する対流混合層において塵旋風が形成される過程を初めてLESを用いた数値シミュレーションによって再現したという点だけをとっても非常に先駆的な研究である。のみならず、その計算結果を用いて、塵旋風の発生しやすい環境や渦の生成機構を明らかにし、鉛直熱輸送やダスト粒子舞い上がりに対する効果を見積もるなど、塵旋風に関して未解決であった数々の課題を明らかにしており、境界層の現象の研究に対して大きな貢献をする成果であると言える。

なお、本論文の第3章は新野宏氏(指導教員)、中西幹郎氏および田中亮氏との、第4~6章は新野宏氏および中西幹郎氏との共同研究に基づくが、論文提出者が主体となって数値実験および結果の解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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