学位論文要旨



No 125596
著者(漢字) 風間,卓仁
著者(英字)
著者(カナ) カザマ,タカヒト
標題(和) 重力観測データに含まれる地下水擾乱の水文学的モデリング : 火山体マグマ移動の高精度なモニタリングを目指して
標題(洋) Hydrological modeling of groundwater disturbances to observed gravity data toward high-accuracy monitoring of magma transfer in volcanoes
報告番号 125596
報告番号 甲25596
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5504号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,秀文
 東京大学 准教授 永,朋祥
 東京大学 教授 大久保,修平
 東京大学 教授 加藤,照之
 東京大学 教授 山下,輝夫
内容要旨 要旨を表示する

火山内部のマグマ移動を検出する方法の1 つとして、火山近傍における重力連続観測がある。というのも、重力値は観測点周辺の質量分布の積分によって表現できるので、マグマ質量の移動が重力値の変化として観測されるのである。しかしながら、重力値はマグマ以外の質量移動にも敏感であるため、重力観測からマグマ移動プロセスを正確に理解するには、マグマ以外の質量移動の寄与を効果的に補正しなければならない。潮汐や気圧変動に伴う重力変化については高精度に補正することが可能であるものの、地下水流動起源の重力擾乱(地下水擾乱)についはその補正方法が十分には確立しておらず、解決すべき長年の課題となっている。

現在行われている地下水擾乱補正には主に2 つの方法がある。まず1 つは、観測データに適当な関数を回帰させ、地下水擾乱を経験的に補正する方法である。この方法では地下水擾乱を容易に補正できるものの、火山活動起源の重力変化をも差し引いてしまう危険性がある。もう1 つの方法は、既知の地下水分布(地下水観測データや陸水モデル)を積分して地下水擾乱を再現する方法である。この方法では数値的積分によって地下水擾乱を容易に計算できるものの、用いた地下水分布の対象スケールが現実の地下水流動スケールと一致しない場合、地下水擾乱を完全には再現できない。これら2 つの方法の最も重大な問題点は、地下水流動の理論的・定量的モデリングに欠けていることである。地下水擾乱の根本原因である地下水流動を地下水物理学に基づいて計算することが、地下水擾乱問題を解決する最も基礎的でかつ最も重要なアプローチである。

そこで本研究は、地下水物理学に基づく地下水流動数値モデリングによって地下水時空間分布を計算し、地下水分布の数値的積分によって地下水擾乱を求めた。具体的には以下のような方法で地下水擾乱を計算した。(1) 地下水流動の非線形拡散方程式を差分化し、数値モデリングのためのプログラムを作成した。(2) 計算対象領域の土壌に対して土質試験を行うことで、数値モデリングに必要な土壌パラメーターを得た。(3) 土質試験で得た土壌パラメーターや、電磁気学的構造から推定される不透水層構造をもとに、均質な地下水構造モデルを計算機上に作成した。(4) 実際に観測された降水量を地下水モデルの地表面に入力し、各時刻の地下水分布を差分プログラムによって数値的に求めた。(5) 各時刻の地下水分布を重力観測点からの距離で重み付けしながら数値的に積分することで、地下水擾乱の時間変化を計算した。

本手法の地下水擾乱モデリングの再現性を確認するために、本研究では胆沢扇状地と浅間火山に対して本手法を適用した。まず胆沢扇状地に対する適用の結果、計算で得られた地下水分布は地表土壌で実測した土壌水分変化と誤差範囲内で一致し、地下水擾乱も超伝導重力計による重力観測データを1 μgal の精度で再現していることが分かった。地下水擾乱を精度良く再現することができたのは、土壌パラメーター実測値を地下水モデリングに採用したことで、現実に近い地下水時空間分布を再現できたためと考えられる。次に浅間火山に対して本手法を適用したところ、地下水分布の定常解と地表面付近の土壌水分変化については、実際の地下水分布とよく一致していることが分かった。その一方で、計算された重力擾乱は、大雨後に観測された重力値の減少を十分には再現してないことが分かった。この原因は、重力観測点周辺の地下浅部に南向きに傾斜した不透水層が存在するにもかかわらず、本研究の地下水モデルで水平不透水層を仮定したためである。そこで本研究では、南傾斜の不透水層に伴って生じる地下水擾乱の補正項を新たに見積もった。その結果、地下水モデリングで計算された地下水擾乱にこの補正項を加えることで、絶対重力計による重力観測データを約3 μgal の精度で再現することができた。

胆沢扇状地と浅間火山の事例から、地下水起源の重力擾乱を数値モデリングによって再現する本手法の有効性が確認された。そこで本研究では、火山活動活発期に浅間火山および桜島火山で観測した絶対重力データから、地下水モデリングで得られる地下水擾乱を差し引くことで、地下水擾乱補正を実施した。地下水擾乱補正後の重力変化は、浅間火山の場合約5 μgal、桜島火山の場合は約10 μgal の振幅をもち、噴火活発期に増加し、火山活動静穏期に減少していることが分かった。また、この重力変化を火道内マグマの頭位変化に変換すると、マグマ頭位は噴火活発期に上昇、火山静穏期に下降しており、地震・火山ガス・降灰・傾斜など他の観測データの変化パターンを統一的に解釈できることが分かった。

以上のように、本研究は、地下水流動モデリングによって重力観測データに含まれる地下水擾乱を精度良く補正し、地下水擾乱が卓越する大雨後の時期についてもマグマ移動プロセスの把握を可能にした。本研究の地下水補正手法を重力観測データにリアルタイムで適用すれば、火山内部のマグマ移動を直接監視することができ、将来の火山活動予測に有益であると考えられる。そのためには、降水―積雪―地下水の相互作用や地下水構造不均質などの効果を本研究の地下水モデリングにさらに組み込むことによって、より現実に近い地下水分布を計算することが不可欠である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章からなる.第1章では,まず,火山内部のマグマ移動プロセスを詳細に理解するためには,高精度な重力連続観測によってマグマの時空間分布を「直接」捉える必要があることを述べ,そのためには,降水に伴う地下水流動起源のノイズ(地下水擾乱)を除去する必要があるが,これまでの経験的な補正方法や既知の地下水分布モデルに基づいて補正する方法は不十分であり,一般性のある地下水物理学に基づく地下水流動数値モデリングによって「地下水擾乱」を求めることの必要性を強調している.

第2章では,不飽和領域と水平な不透水層を下面にもつ飽和領域からなる均質地下水構造モデルを設定し,地表からの蒸発散,地下水流動とそれに伴う重力擾乱を定式化し,数値モデリングのためのプログラム作成,必要となる様々な土壌パラメータの整理,計算領域・境界条件・初期条件の設定を行っている.

次に,構築した手法の有効性を検証するために,地下水構造の複雑さの異なる3地域における重力擾乱モデリングを行っている.第3章では,重力観測点周辺に起伏が少ない平野地域である胆沢扇状地に適用し,土壌パラメータ実測値を用いることにより,計算された地下水分布は実測した土壌水分変化とほぼ一致し,超伝導重力計による重力観測データを1μgal の精度で再現できた.

第4章では,起伏に富んでいる火山地域である浅間火山に適用し,地下水分布の定常解と地表付近の土壌水分変化については,実際の地下水分布と良く一致した.一方,大雨後の水位変化と重力値の長期的な減少を十分には再現できなかったが,飽和領域下面不透水層の傾斜に伴う補正項を加えることで,実測された水位変化を説明し,絶対重力計による観測データを3μgal の精度で再現できることを示した.今後の課題として,不透水層上面の形状を適切に設定すること,冬期から春期にかけての含水率変化を精度よく再現するために,降水-積雪-地下水の相互作用を考慮することを挙げている.

第5章では,淡水-海水相互作用を考慮する必要のある島嶼火山地域への適用例として,桜島火山における地下水重力擾乱をモデリングした.第4章までの事例に加えて,周囲を海に囲まれた桜島火山地下の「淡水レンズ」構造と地下水位の潮汐応答を評価した.得られた地下水分布の定常解と土壌水分変化は観測データとほぼ一致した.また,絶対重力観測の精度や地下水擾乱モデリングの精度よりも有意に大きい,10μgal に及ぶ重力変化を捉えることができた.

第6章では,浅間火山と桜島火山で観測した絶対重力データに地下水擾乱補正を施し,火山活動に伴う微小な重力変化を推定している.さらに,この重力変化から火道内のマグマ頭位変化を推定し,マグマ頭位が噴火活発期に上昇,静穏期に下降しており,地震,地殻変動,火山ガスや火山灰の放出など他の観測データの変化を統一的に解釈できることを明らかにしている.

以上に見られるように,本論文は,高精度重力観測によってマグマ移動を捉える上で長年の課題であった地下水起源の重力擾乱を補正するために,地下水物理学に基づき地下水流動理論を定式化し,観測点近傍で実測した土壌パラメータを用いることにより,これまでより一般性の高い定量的な数値モデリング手法を初めて提出したものである.本論文の地下水重力擾乱補正は,降水の有無にかかわらず火山活動起源の重力変化を捉え,火山内部のマグマ移動を把握することを可能にしたと言える.本論文の地下水擾乱補正手法を重力観測データにリアルタイムで適用すれば,火山内部のマグマ移動を直接監視することができ,火山活動予測にとっても大変有益である.

なお,本論文第2章と第4 章の一部は,大久保修平との共同研究であるが,論文提出者が主体となってモデリングおよび解析を行なったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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