学位論文要旨



No 125597
著者(漢字) 賞雅,朝子
著者(英字)
著者(カナ) タカマサ,アサコ
標題(和) 地球岩石のタングステン同位体比 : コア-マントル相互作用と地球集積への制約
標題(洋) Tungsten isotope composition of terrestrial rocks : its constraints on core-mantle interaction and the accretion of the Earth
報告番号 125597
報告番号 甲25597
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5505号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野津,憲治
 東京大学 教授 杉浦,直治
 東京大学 准教授 安田,敦
 物質・材料研究機構 主幹研究員 坂口,勲
 東京大学 准教授 中井,俊一
内容要旨 要旨を表示する

消滅核種の182Hf-182W 壊変系は、親核種Hf が親石性、娘核種W が親鉄性であることから、惑星のコア形成時期などの決定(Yin et al., 2002 など)や、マントルとコアの相互作用の検証について利用される(Schersten et al., 2004)

地球のコア形成時期については、Two stage model では最後のコア形成が太陽系形成から3000 万年後であるとされている(Yin et al., 2002 など)。一方で、地球集積時にコアとマントル(Hf-W系)が完全に平衡に達したかどうかについて議論がされており(Kleine et al.,2004 など)、マントル内のW 同位体比の不均質を作る一因となる可能性がある。

タングステン同位体比の不均質性を作り出すもう一つの要因はコア-マントル相互作用である。Collerson et al. (2002) によって南アフリカのキンバライト試料のW 同位体比からコア物質の寄与を示唆する同位体比の異常が検出された。しかしSchersten et al.(2004)によるキンバライトとハワイの試料のW 同位体比測定の結果からはW 同位体比の異常は検出されていない。

また、先行研究ではW 同位体比測定の難しさなどから、地球岩石のW 同位体比が十分測定されていなかった。本研究では、地球集積時にタングステン同位体比の不均質がマントルに残っているか、コア-マントル相互作用が検出できるかを検証するために、多数の試料のタングステンの濃度・同位体比の分析を行った。

本研究では、地球のマントルの深度、化学的端成分をカバーする7 地域全65 サンプルの岩石試料のタングステン同位体比を分析し、160 のデータを測定した。W 同位体比の測定はMC-ICP-MS(IsoProbe(地震研設置)、Neptune(高知コアセンター設置))を用いて、高精度の同位体比測定を行った。

またマントル内でのW の挙動に制約をあたえるため、マントル鉱物(フォルステライト-エンスタタイト)多結晶体中のW の拡散実験を試み、多結晶体中のW 拡散のinsitu 分析に成功した。W の拡散係数はSIMS(物質・材料研究機構設置)を用いて測定を行った。

65試料のW同位体比測定の結果、測定誤差範囲を超えてW同位体比の不均質は観察できなかった。マントル化学的端成分のW同位体比(平均値)は、Indian MORB: 0.07 ± 0.13e , Kimberlite (South Africa): -0.04 ± 0.08e , Ontong Java Plateau: -0.07 ± 0.33 e, RarotongaIsland (EM1) 0.01 ± 0.17 e , Rurutu, Mangaia and Tubuai Island (HIMU): 0.05 ± 0.30 e , St.Helena (HIMU): 0.03± 0. 17 e, Samoa Island(EM2): -0.02 ± 0.23 e であった。

地震波トモグラフィーの結果からプリュームがコア-マントル境界から上昇していることが明らかで、また、地球表層からの大陸地殻物質の影響が少ないと考えられる南ポリネシアのHIMU 海洋島玄武岩については、W濃度と主要元素濃度、W同位体比を分析し、コアマントル相互作用の影響を詳しく見積もった。南ポリネシアのHIMU マントルソースのW 濃度は2~15ppb と推定でき、コアとマントルの混合計算からHIMU マントルソースに含まれるコア物質の上限は、0.6%と見積もることができた。また、地球集積時のHf-W 系列の平衡については、現在のマントル中には非平衡の痕跡は観察できなかったことから(0.0±0.3e(全試料平均値))、集積時にすでに平衡になっていた可能性とマントル対流などによる作用で平衡になった可能性がある。

Wの拡散実験は、SIMSによるDepth Profile 法から、拡散のin-situ 分析に成功し、1300℃(大気圧下)で格子拡散(~10-16m2/s)と粒界拡散(~10-10m2/s)という予察的な結果を得た。

将来的には地球集積時のHf-W の平衡やマントル内でのW の移動についての議論を進める基礎的なデータとなり得る。しかし多結晶体中の不適合元素については、研究が進んでいないため、今後、他の元素を含む詳細な拡散パス・拡散メカニズムなどの研究が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は3章からなる。第1章はイントロダクションであり、ハフニウム(Hf)-タングステン(W)年代測定法の原理、W同位体や他の同位体を使った地球コアの形成、コアとマントルとの相互作用の研究例についてまとめ、本研究の目的を述べた。本論文の内容は大きく2つの研究テーマから構成されており、一つ目のテーマである地球の岩石のW同位体比に関する研究を第2章で、もう一つのテーマである多結晶フォルステライト中のW拡散についての研究を第3章で述べている.それぞれの章はイントロダクション,実験方法,分析方法,試料、結果,考察,結論からなっており,独立して新しい知見を得ている.

第2章のイントロダクションではW同位体比を用いた研究がレビューされている.W同位体比は半減期8.9x106年の消滅放射性核種182Hfの壊変の影響が182Wに現れ、Hfは親石元素、Wは親鉄元素であるため、コア形成によりHf/Wの元素分別がおこりW同位体比が変動する.W同位体比測定の過去の研究では各種の隕石試料の分析例が多く、隕石母天体の金属コア形成時期の年代が求められている。地球でもコアとマントルとの間にはW同位体比の差があり、コア-マントル相互作用の指標となりうると期待されている.また、地球形成のさいのレートベニアの影響の検出にも有効である.しかし、地球試料では分析例が極めて少なく、地球のコア-マントル相互作用検出に耐えうるデータがないことが指摘されている.そこで本研究では、地球マントルを構成しているDMM、EM-1、EM-2、HIMUなどいろいろな同位体リザーバーに対応する岩石を選定し、W同位体比を測定した.その数は7地域65岩石試料で、分析数は160に上り、このような数多い系統的なW同位体比測定は世界で始めてである。その結果,すべての試料の182W/184Wが、0.0+0.3ε(εは、試料の182W/184Wを分析標準NIST-SRM3136の182W/184Wとの偏差の1万倍で表した値)の範囲で一致することが示された.最近の地震波3次元トモグラフィーの結果によれば、コア-マントル境界からプリュームが上昇していること示されており、コア物質がプリュームと一緒に上昇しマントルに供給されている可能性はハワイの火山岩のPt同位体組成などから提案されているが、本研究で得られたW同位体比からはコア-マントル相互作用を示す証拠は検出できなかった.得られたW同位体比変動の上限値をもとにコア物質の寄与の上限を計算した.地殻物質の寄与が最も少ないマントルソースである南ポリネシアのHIMUマントルソースに含まれているコア物質の上限は0.6%と計算され、コア-マントル間の物質的な相互作用を検討する上での重要な上限値を得ることに成功した.また地球集積のさいに、W同位体比が不均質になった可能性も否定された.

第2章のマントル起源物質のW同位体比が均一であるという結果は、マントル内でW同位体が平衡になっている可能性をも示しているが、そのことを定量的に確認するためのマントル物質中でのWの拡散定数がこれまでに測られていない.第3章では、マントル物質を想定したフォルステライト多結晶体中のW拡散実験が述べられている。SIMS(二次イオン質量分析)を用いてWの深さプロファイルを測定する方法で、拡散のその場観察に成功し、1300℃、大気圧下で、格子拡散係数(~10-16m2/s)と粒子拡散係数(~10-10m2/s)を測定するのに成功した.この結果は地球の年代の46億年間にWは2400℃と仮定したマントル内で40km以下しか拡散で移動しないことを示しており、マントル物質間のW同位体比の均一化に拡散過程は効かないことが示された.

以上述べてきたように、本研究では多種類のマントル起源物質のW同位体比の精密測定から、コア-マントル相互作用に定量的な制約を与えることが出来、地球惑星科学に大きな貢献をすることができた。

なお、本論文の第2章の主要部分は中井俊一,Y.V.Sahoo、羽生毅、巽好幸と、第2章の一部は中井俊一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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