No | 125598 | |
著者(漢字) | 田中,祐希 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タナカ,ユウキ | |
標題(和) | クリル海峡における潮汐混合の定量的見積もりとその北太平洋中層水形成に果たす役割の評価 | |
標題(洋) | Evaluation of tidal mixing in the Kuril Straits and its impact on the formation of North Pacific Intermediate Water | |
報告番号 | 125598 | |
報告番号 | 甲25598 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5506号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1 本研究の背景と目的 オホーツク海と北太平洋とを隔てるクリル海峡には、日周潮を主体とする強い潮汐流が存在する[Katsumataet al., 2001, 2004; Rabinovich and Thomson, 2001; Ohshima et al. 2002]。このような強い潮汐流が急峻な海底地形と相互作用することでクリル海峡では活発な鉛直乱流混合が誘起されている。例えばNakamura et al.[2000] およびNakamura and Awaji [2004] は鉛直2次元モデルおよび3次元モデルを用いた数値実験を行い、1; 000 cm2 s-1 に達する大きな鉛直乱流拡散係数が海底地形直上に存在することを示した。さらに彼らは、この強い鉛直乱流混合が、海底地形を越える日周潮汐流により励起される風下波の砕波に伴って発生していると考えた。クリル海峡内における局所的に強い鉛直混合の存在は、乱流の直接観測によっても示されている[八木, 2008]。 この鉛直乱流混合は、北太平洋亜熱帯循環域の広範囲にわたって見られる塩分極小で特徴づけられた北太平洋中層水の形成を強くコントロールしていると考えられている。すなわちクリル海峡での鉛直混合は、北太平洋中層水の起源となるオホーツク海中層水をさらに低塩分化・低渦位化するとともに[Nakamura andAwaji, 2004; Yasuda, 2003; 2004]、深層からの湧昇とそれに伴う熱塩循環を強化することで、親潮による亜熱帯域への低塩分・低渦位水の輸送を促進することが指摘されている[Tatebe and Yasuda, 2004]。これらの結果を踏まえて、Nakamura et al. [2006] は、海洋大循環モデル内のクリル海峡全域にわたり一様に200 cm2 s-1という大きな鉛直乱流拡散係数を仮定した場合にのみ現実的な北太平洋中層水の空間分布が再現され得ることを示した。 しかしながら、この200 cm2 s-1 という大きな鉛直乱流拡散係数は、あくまで北太平洋中層水を再現するためのチューニングパラメータとして与えられたものに過ぎない。観測や数値実験で得られている強い鉛直混合がクリル海峡内に普遍的に存在するものなのか、そして海洋大循環モデルで仮定されている200 cm2 s-1という大きな鉛直拡散係数が海峡全域を代表する値として妥当なものなのかどうかについては明らかにされていない。 本研究では、まず、クリル海峡内における鉛直乱流拡散係数の正確な空間分布を明らかにした。さらに、得られた鉛直拡散係数を海洋大循環モデルへと組み込むことで、クリル海峡内の鉛直混合が北太平洋中層水の形成に果たす役割の再評価を行った。 2 衛星海面高度データを用いたクリル海峡内の潮汐エネルギー散逸量の見積もり まず、水平2次元モデルで計算されるオホーツク海の潮位を人工衛星TOPEX/POSEIDON によって得られる海面高度データと比較することで、内部波へのエネルギー変換という形でクリル海峡内で失われる潮汐エネルギー量を見積もった。 計算領域としてオホーツク海の全域と北太平洋の一部を含む領域を設定し、全球潮汐モデルで得られる主要4分潮それぞれの潮位を開境界で与えてモデルを駆動し、オホーツク海の潮汐場を再現することを試みた。数値実験で得られる潮位は、北太平洋においてはほぼ正確に観測結果を再現できるのに対し、オホーツク海内部では観測結果との差異が大きくなってしまうことがわかった。解析の結果、この差異を解消するには、北太平洋から流入する順圧潮汐がクリル海峡内で内部波を励起することでエネルギーを失う過程を考慮する必要性のあることが明らかになった。 この効果を考慮するため、モデル内の運動方程式中に、順圧潮汐流速と海底地形の勾配に依存する形の応力項を付け加えた。応力項中の内部波の波長に相当する値をチューニングパラメータとみなして様々に変化させ、オホーツク海内部の計算潮位が観測結果と最も合致するように内部波エネルギーへの変換率を決定した。この応力項を加えることによって、オホーツク海内部における計算潮位と衛星海面高度データとの2乗平均誤差は各分潮に対して半分程度にまで減少させることができた。この場合の計算結果に対するエネルギー解析から、最も主要なK1 潮汐については、北太平洋からオホーツク海へと流入する潮汐エネルギーのうち20.4 GW がクリル海峡内で失われ、そのうち16.4 GW が内部波エネルギーへ変換すると見積もられた。主要4分潮の合計では、順圧潮汐から内部波へのエネルギー変換量は36.6 GW と見積もられた。 3 3次元数値モデルを用いたクリル海峡内のK1 内部潮汐に関する研究 前節で見積もられたエネルギー変換量をもとに鉛直拡散係数を見積もるには、励起された内部波エネルギーのうち局所的に散逸する割合(局所散逸係数)q、その鉛直方向の減衰スケール_ なども明らかにする必要がある。そこで次に、前節で得られた日周潮K1 潮汐の順圧流速を3次元数値モデルの開境界で与え、内部波の励起・伝播・散逸を直接的に再現することによりこれらの値を見積もった。 エネルギー解析の結果、クリル海峡内でK1 順圧潮汐から失われるエネルギーは前節の結果と整合的な値となった。得られたエネルギー散逸率の空間分布も前節の結果と酷似したものであった。さらに、海峡外へはK1 周波数の2倍の周波数を持つ鉛直低次モードの内部重力波の形でエネルギーが伝播していくが、その割合はごくわずかであり、大部分の内部波エネルギーが海峡内で散逸してしまうため局所散逸係数はq = 0:8-1:0 となることが明らかとなった。この値は、一部の海域での観測結果に基づいて一般的に使用されている値q = 0:3 の約3倍である。このように局所散逸係数が大きくなるのは、K1 潮汐の周波数がこの海域での慣性周波数以下であるために、励起された内部波エネルギーが島の周りに捕捉されながら散逸するためである。実際、各島の周りを時計回りに伝播するK1 周波数の内部波が明瞭に認められ、その流速構造は低次モードの沿岸捕捉波で説明できることが示された(図1)。この沿岸捕捉波により海底近傍に形成された強い流速シアーに伴って、鉛直方向の減衰スケール_ _200 m の強い混合域が形成される。沿岸捕捉波の重要性は、慣性周波数を仮想的に0 にすると海峡内のエネルギー散逸率が著しく小さくなってしまうという実験結果からも確認することができた。クリル海峡での鉛直混合はこれまで風下波の砕波によって説明されてきたが、本研究により沿岸捕捉波の存在の重要性が明らかにされた。 前節で見積もられた潮汐エネルギー変換量と本節で明らかにされた局所散逸係数q およびエネルギー散逸率の鉛直方向の減衰スケール_ に基づいて、クリル海峡内での鉛直拡散係数を見積もった。クリル諸島に沿った方向の鉛直断面図および鉛直平均した水平分布図を、それぞれ図2 および図3 に示す。海底近傍で局所的には1; 000 cm2 s-1 に達する鉛直拡散係数も見出されるものの、クリル海峡全域(図3 の黒線内)で平均した鉛直拡散係数は約25 cm2 s-1 となった。この値は従来の海洋大循環モデルにおいてクリル海峡内で仮定されてきた鉛直拡散係数200 cm2 s-1 と比べて1オーダーも小さい。 4 クリル海峡内の潮汐混合が北太平洋中層水形成に果たす役割の再評価 最後に、前節までに見積もられたクリル海峡内の鉛直乱流拡散係数を渦許容海洋大循環モデルへ組み込むことで、その北太平洋中層水形成への役割の再評価を行った。計算の結果、従来の低解像度モデルではクリル海峡全域で一様に200 cm2 s-1 という非現実的に大きな鉛直拡散係数を仮定しない限り再現できなかった北太平洋中層水が、渦許容海洋大循環モデルを用いた場合には本研究で得られた鉛直拡散係数を与えることで十分正確に再現できることが示された。そこでこのときの結果に基づいてクリル海峡での潮汐混合の効果を調べたところ、熱塩循環の強化、北太平洋中層水の低塩分化に対してそれぞれ約0.5 Sv, 約0.03 psuの寄与をもたらしていると見積もられた。これらの値は、いずれも従来クリル海峡での潮汐混合の効果へと帰着されてきた値と比べて1オーダー近く小さい。 これらの結果は、北太平洋中層水形成に対するクリル海峡内の潮汐混合の効果が実際にはわずかなものであり、渦許容モデルによって再現可能となる黒潮-親潮混合水域での中規模渦による等密度面混合などの効果の方がはるかに重要であることを強く示唆するものと考えられる。ただし、本研究では、オホーツク海陸棚域での海氷生成に伴って形成されて、北太平洋中層水の起源となる水塊の温度・塩分を気候値に緩和している。このため、クリル海峡内の潮汐混合が、北太平洋からオホーツク海へと流入する水塊を変質させ、このことによってオホーツク海陸棚域での水塊形成過程が変化して、最終的に北太平洋中層水の形成に影響を及ぼしている可能性は排除できない。この点を明らかにしていくには、海氷生成をはじめ、オホーツク海内部での物理過程を正確に再現できる海洋大循環モデルを用いた、より詳細な研究が必要不可欠である。 図1: ブッソル海峡(クリル海峡内の最深海峡)の横断面内における岸に平行なK1 潮流の振幅(カラー)と位相(コンター)。(a) 数値実験から得られた分布。(b) (a) を再現するように各低次モードの沿岸捕捉波の振幅・位相を決定し、それらを重ね合わせて得られた分布。 図2: 本研究で見積もられた鉛直拡散係数の、クリル諸島に沿った方向の鉛直断面図。 図3: 本研究で見積もられた鉛直拡散係数を鉛直平均して得られた水平分布。 | |
審査要旨 | オホーツク海と北太平洋とを隔てる千島列島海峡域では、日周潮を主体とする強い潮汐流が急峻な海底地形と相互作用することで、活発な鉛直乱流混合が誘起されている。この鉛直乱流混合は、北太平洋亜熱帯循環域に広がる塩分極小で特徴づけられた北太平洋中層水の起源となる水塊の形成、および、その輸送に重要な役割を担っている可能性が指摘されているが、千島列島海峡域における鉛直拡散強度の分布は明らかではない。本論文は、数値モデルを用いて千島海峡内における鉛直乱流拡散係数の空間分布を見積もるとともに、得られた鉛直拡散係数分布を海洋大循環モデルに組み込むことで、千島海峡域の鉛直混合が北太平洋中層水の形成に果たす役割を再評価しようとするものである。 本論文は、5つの章から成る。 まず、第1章は導入部であり、北太平洋中層水の形成に対する千島海峡域での鉛直混合の役割、さらに、本論文の目的と構成が述べられている。 第2章では、水平2次元数値モデルで計算されたオホーツク海の潮位と衛星海面高度観測との比較を通じて、千島海峡内で内部波へエネルギー変換され失われる潮汐エネルギー量を評価した。数値モデルで計算された潮位は、北太平洋においてほぼ正確に観測結果を再現できるのに対し、オホーツク海内部では観測結果との差が大きい。申請者は、この差を解消するために必要な千島海峡域での潮汐エネルギー散逸量を見積もった。千島海峡域で最も振幅が大きいK1潮汐は、太平洋からオホーツク海へと流入する潮汐エネルギーのうち20.4 GWが千島海峡域で失われ、そのうち16.4 GWが内部波エネルギーへ変換されること、主要4分潮を合計した順圧潮汐から内部波へのエネルギー変換量が36.6 GWに達することを示した。 第2章で見積もられたエネルギー変換量をもとに鉛直拡散係数を見積もるには、励起された内部波エネルギーのうち局所的に散逸する割合(局所散逸係数)、および、その鉛直方向の減衰スケールを明らかにする必要がある。第3章では、K1潮汐による内部波の励起・伝播・散逸過程を再現しうる3次元数値モデルで得られた計算結果のエネルギー解析から、大部分の内部波エネルギーが千島海峡内で散逸すること、すなわち、局所散逸係数がほぼ1となることを示した。局所散逸係数が大きくなるのは、K1潮汐の周波数が局所的な慣性周波数以下となるために、励起された内部波エネルギーが島の周りに捕捉されながら散逸することに起因していた。沿岸捕捉波により海底近傍に形成された強い流速シアーに伴って、鉛直方向の減衰スケールが約200 m の強い混合域が形成された。第2章で見積もられた潮汐エネルギー変換量と、第3章で得られた局所散逸係数、および、エネルギー散逸率の鉛直方向の減衰スケールに基づいて鉛直拡散係数を評価した結果、海底近傍で局所的には1000 cm2 s-1に達するが、千島海峡域で平均した鉛直拡散係数は約25 cm2 s-1となった。この値は、これまで数例の海洋大循環モデルにおいて千島海峡域で仮定された鉛直拡散係数200 cm2 s-1 と比べて1オーダー小さい。 第4章では、第3章までに評価した千島海峡域の鉛直乱流拡散係数を渦許容海洋大循環モデルへ組み込み、千島列島域の潮汐混合が北太平洋中層水形成に果たす役割を再評価した。従来の低解像度の海洋大循環モデルでは、千島海峡域で一様に200 cm2 s-1という大きな鉛直拡散係数を与えた場合に、北太平洋中層水の再現性が高くなることが指摘されていた。一方、渦許容海洋大循環モデルを用いた数値実験によれば、オホーツク海北西部での海氷形成に伴う水塊特性を規定し、本研究で見積もられた鉛直拡散係数を千島海峡域に与えることで、北太平洋中層の塩分分布の再現が可能となることが示された。また、千島海峡域での局所的な潮汐混合が直接駆動する熱塩循環や北太平洋中層水の低塩分化は、200 cm2 s-1という大きな鉛直拡散係数を仮定した既存研究に比べて1オーダー近く小さかった。これらの結果は、北太平洋中層水形成に対する千島海峡内の鉛直乱流混合の効果が、いくつかの既存研究で仮定されたよりも小さく、渦許容モデルによって再現可能となる黒潮-親潮混合水域での中規模渦による等密度面混合などの重要性を示唆するものと考えられる。 第5章では、論文全体のまとめと今後の課題について述べられている。 以上のように、本論文は、数値モデルを用いて千島海峡域での潮汐起源の鉛直混合強度を初めて定量的に見積もるとともにその背後の物理過程を示し、さらにその大規模な循環場への影響を評価することで、北太平洋の中層循環の研究に大きく貢献した。この成果は、従来の研究で仮定された鉛直乱流拡散係数を、物理過程を踏まえてより正確に評価し、海洋大循環モデルの高度化への道を切り拓いた研究として、高く評価できる。 なお、本論文の第2章、および、第4章は、指導教員である日比谷 紀之 教授、丹羽 淑博 博士、第3章は、日比谷 紀之 教授、丹羽 淑博 博士、岩前 伸幸 博士との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって研究を行ったもので、その寄与が十分であると判断できる。 従って、審査員一同は、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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