学位論文要旨



No 125599
著者(漢字) 直井,誠
著者(英字)
著者(カナ) ナオイ,マコト
標題(和) 南アフリカ大深度金鉱山で発生したM2地震震源近傍でのアコースティック・エミッション観測
標題(洋) Acoustic Emission Measurements in the Vicinity of a M2 Earthquake Rupture in a Deep Gold Mine in South Africa
報告番号 125599
報告番号 甲25599
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5507号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武尾,実
 東京大学 准教授 加藤,尚之
 東京大学 准教授 亀,伸樹
 東京大学 准教授 中谷,正生
 東京大学 准教授 井手,哲
内容要旨 要旨を表示する

巨視的な地震に関連して起こる小さな破壊を研究するために,採掘による応力集中で最大M3級の地震が多発する南アフリカ金鉱山地下3600 m 深に,8台のAEセンサ(< 200kHZ),1台の加速度計(<25kHz),2台の歪計を用いたAE 観測網を構築した.観測網周辺では,ほぼ南北走向の厚み30 mほどのダイクがほぼ鉛直に貫入しており,数km にわたって大規模な地質境界を形成している.この西側境界面をとり囲むように差し渡し50 m 程度の広がりを持つAE 観測網を展開した.

2007 年12 月27 日,観測網の中心から30m上方でM2 の地震(以下,クリスマスイベント)が発生した.同AE 観測網では,150 時間以内に25000 個以上の大量の余震データが得られた.一方,鉱山会社が展開している定常観測網(検知限界Mw ~ -1)では,同時間内に37 個の余震しか観測されなかった.M2 級の地震に伴う余震を観測した先行研究ではせいぜい数十個の余震しか観測されなかったが,それは単に観測限界の問題であり,M2の地震でも非常に多くの余震を伴うことがわかった.

この余震データに対して震源決定・Mw 推定を行ったところ,観測網中心から100 m 以内の領域では,本震より6小さいMw -4 までの地震がほぼ漏れなく観測できていたことがわかった.AE センサでしか記録されていない地震が多かったので,AE センサの記録からMw を決定する方法を新たに開発し,加速度計の記録のあるイベントを用いて,手法の較正をおこなった.観測できた最も小さい地震の規模はMw -5.3 で,ストレスドロップ1 MPa を仮定すると,これは約20 cm の破壊に対応する.また,観測網近傍40 m 以内の震源決定精度は1 m 以下であった.本震断層サイズは約100m と推定され,観測点近傍では本震断層サイズの1%の精度で震源が求まっていることになる.本震に対する相対的分解能という点で今回のデータは自然地震で最も詳細に調べられている例に匹敵する.

クリスマスイベントの余震空間分布では,余震が発生した場所としなかった場所を明瞭に区別することができ,5つの余震クラスタを定義することができた.これらのクラスタでの余震活動はそれぞれがp = 1.3 の改良大森公式に従う時間減衰を示した.この5つのクラスタのうちの1つは,クリスマスイベントのCMT 解と同じDip,Strike を持つ,80 x 100 m の広がりの二次元的な分布を示した(以下,メインクラスタ).このクラスタの余震群は本震破壊面を描き出したと考えられる.震源決定誤差を考慮したシミュレーションにより,この分布の真の厚みは1 m 以下だと推定された.これは断層サイズの1%以下にあたる.また,それ以外の4つのクラスタはクリスマスイベントの発生前から地震が集中して起こっていた場所にあり,そのうち3つのクラスタは人工的な空洞の端に位置していた.

各クラスタの規模別頻度分布からは以下のことがわかった.4つのクラスタはおおむね1前後のb値を示したが,メインクラスタはb=1.4 と非常に大きなb値を示した.また,各クラスタに含まれる最大イベントサイズが大きく異なっており,とくに観測網から約200 m 遠方にあったクラスタに,大きな余震(Mw > -1)が集中していた.この傾向は,鉱山地震観測網(検知限界Mw ~ -1)で観測された余震のほとんどが,このクラスタに含まれていることからも確認できた.これは観測網の検知限界に依存して,余震の見え方が全く違うケースであったことを意味する.

メインクラスタの主要部分はダイク内部にDip 60 度の面構造を描き出していた.これは,クリスマスイベントは物質境界ではなくダイク内部を壊した地震であったことを示す.鉱山会社は地震が誘発されやすい地質断層や物質境界の位置を把握するために,多くのボアホールを掘って地質調査を行っている.クリスマスイベントの断層面に対応するような既存弱面は確認されておらず,この付近で発生したM2 級以上の地震もクリスマスイベントの前には確認されていないことから,今回のM2 地震は特に巨視的弱面をもたない岩盤を100 m 一気に破壊したものだと考えられる.

本震発生後にクリスマスイベントの主断層面を貫通するように掘ったボアホールの破損状況の観察からは,鉛直圧縮の絶対応力場を示唆するボアホールブレイクアウトが観察された.鉛直圧縮応力場でDip60 度の面が形成されたことは,室内三軸圧縮試験で見られるような古典的クーロン破壊によってクリスマスイベントが説明できることを意味する.また,メインクラスタの発生した場所と重なるような前震活動が,少なくともクリスマスイベント発生の6ヶ月前から確認されている.室内岩石破壊実験では,このような前震活動が巨視的破壊の準備過程として発生することがよく知られており,この点でもクリスマスイベントと室内岩石破壊実験との類似性が認められる.

また,メインクラスタの余震空間分布からは本震破壊面のより詳細な構造が確認できた.ダイク境界近傍ではbending や主破壊とわかれてコンタクトそのものを壊したと思われる分岐が,破壊開始点付近では副次断層の存在を示唆する余震の並びがそれぞれ確認された.

本観測で見られたような,本震破壊面を描き出すような余震(以下FBA)は,M7 級の自然地震に対してもしばしば観測される.しかし単純に考えると,断層直近はCFF が減少する領域であり地震が誘発されることはない筈である.その矛盾を解決するために,断層破壊面近傍の統計的短波長応力擾乱によるFBA の発生というメカニズムが提唱されている [Helmstetter and Shaw, 2006].このような統計的短波長応力擾乱によってFBA が発生するならば, FBA には以下のような特徴があらわれる可能性があると予想した.1)off-fault 余震やバックグラウンド地震活動とは異なるb値を示す,2)断層面近傍応力擾乱の不均質性のアッパーフラクタルリミットを反映する特徴的サイズ(Mmax)が規模別頻度分布に現れる.3)破壊面近傍に非常に狭く集中した分布を示す,4)断層法線方向のFBA の個数分布は短波長応力擾乱の統計的性質を反映する.5)FBA のb値は断層面に近いほど大きくなる.これらの特徴をクリスマスイベントのFBA に対して調べたところ,1),2),3),5)の性質が確認でき,観測結果は統計的短波長応力擾乱によるFBA が発生するという仮説を支持することがわかった.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,巨視的な地震に関連して起こる小さな破壊を研究するために,採掘による応力集中で最大M3級の地震が多発する南アフリカ金鉱山地下にAE観測網を構築し,マグニチュード2の地震の発生前後の地震活動を震源近傍で捉え,その余震活動を調べることにより,本震破壊面の詳細な構造と本震断層面を描き出す余震の性質を明らかにした.本研究で行った観測は,室内岩石破壊実験と自然地震との間を埋める空間スケールでの観測であり,断層破壊過程とそのスケーリング則を解明する上でも重要な意義がある.本研究で明らかになった本震断層面を描き出す余震の性質は,断層破壊面近傍の統計的短波長擾乱による余震発生の仮説を支持するものであり,地震に伴う余震発生機構を解明する上で,新たな知見を加えるものである.

本論文の構成は,第2章でAE観測網の詳細について説明すると共に,得られた観測データからAEの震源と規模を決定する独自の手法について述べている.第3章では,マグニチュード2の地震に伴う余震(AE)の詳細な震源分布とその系列の特長について記述し,第4章でこの余震系列が描き出した本震(M2地震)断層破壊面の幾何学形状を明らかにしている.さらに,第5章でこれらの詳細な余震分布と規模分布をべースに,本震断層を描き出す余震の性質を明らかに,その発生メカニズムについて議論を進め,統計的短波長擾乱による余震発生の仮説が有力であることを論証している.

先ず,マグニチュウード2という小地震に伴う余震活動がどの様な性質を持つものであるかを解明するためには,本震破壊領域(高々,数百m)の極近傍で高周波まで観測できるAE観測網を展開する必要がある.この様な条件を満たすフィールドとしては,掘削が進みつつある大深度の鉱山が考えられる.しかし,高周波まで観測できるAEセンサーは,その振幅特性に強い指向性や共振帯域があるため,微小地震の震源や規模についてはあまり多くの知見が得られていなかった.本論文では,適切な観測網のデザインと独自の工夫によりこの様なAEセンサーの限界を克服して,小地震に伴う余震の震源分布と規模別頻度分布を決定することに成功した.その結果,マグニチュード2の地震でも非常に多くの余震を伴うことが明らかになると同時に,本震断層サイズは約100mで,その本震断層面を描き出すような余震の厚みは1m以下であることを明らかにした.さらに,この様な詳細な余震分布が得られたことにより,本震の断層破壊面の相対変位により直接的に引き起こされたと考えられる本震断層面を描き出すような余震活動と,それ以外の余震活動を識別することに成功し,それぞれの余震活動の特長を明らかにした.また,本震断層直近は,CFF(CoulombFailureFunction)の増減を論じるモデルではCFFが減少する領域であるため,そこで余震が発生する要因を説明できない.そのため,本震断層面とその近傍で発生する余震の成因を説明するためにいくつかの仮説が提唱されているが,本論文の解析結果により,それらの仮説の検証が可能となった.本論文では,その一つである統計的短波長擾乱による余震発生の仮説に焦点を当て,この仮説から期待される現象の検証を試みて,断層法線方向の余震の個数分布とb-値の変化が同仮説から期待される性質と一致することを見出した.具体的かつ緻密な観測・解析結果からこの様な仮説の検証が行われた例は,本研究がほとんど初めてであり,本論文の学術的価値は高いと言える.

なお,本論文の一部は,中谷正生,五十嵐俊博,矢部康男,渡辺貴善,小笠原宏,川方裕則,桂泰史,JoachimPhilipp,GrzegorzKwiatek,GilbertMorema,DresenGeorgとの共同研究であるが,論文提出者が中心となって独自の震源決定や規模決定の手法を開発し,詳細な震源分布,規模別頻度分布を得ることに成功しており,その寄与は十分であると判断する.

したがって,審査員全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認める.

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