学位論文要旨



No 125612
著者(漢字) 小竹,翔子
著者(英字)
著者(カナ) オダケ,ショウコ
標題(和) 分光測定による天然ダイヤモンド生成環境の推定及び人工ナノ多結晶ダイヤモンドのレーザ加工特性評価
標題(洋) Spectroscopic estimations of natural diamond formation conditions and microscopic characterization of laser machining of artificial nano-polycrystalline diamond
報告番号 125612
報告番号 甲25612
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5520号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野津,憲治
 東京大学 教授 斉木幸,一郎
 東京大学 教授 蒲生,俊敬
 東京大学 教授 長谷川,哲也
 東京大学 准教授 加納,英明
内容要旨 要旨を表示する

ダイヤモンドは炭素の高圧相であり,その特異的な性質から地球科学的にも材料科学的にも興味深い物質である.本論文では天然ダイヤモンドと合成ダイヤモンドを対象とし,その生成環境の推定と加工特性に関する研究を行った.

I.顕微ラマン分光法を用いたダイヤモンドの生成温度圧力条件推定

天然ダイヤモンドの多くは,地球深部で結晶成長する際に,周囲に存在していた岩石や流体を包有物として取り込むことが知られている.地球内部の鉱物分布やダイヤモンドが生成する環境を考察する上で,ダイヤモンド中に包有物が取り込まれた環境(温度・圧力条件)の情報は重要である.

ダイヤモンドの生成温度・圧力条件は,包有物周辺の残留圧力を用いることで非破壊で推定可能である.ダイヤモンドが地球深部から地表へと上昇する過程では,温度及び圧力が減少するため包有物とダイヤモンドの体積が変化し,包有物は圧縮化におかれ,差応力を受けることが知られている.ダイヤモンドのラマンスペクトルの圧力依存性を利用し,ダイヤモンド中の残留圧力の空間分布を顕微ラマン分光法によって測定した.残留圧力によるわずかな波数の差を検出するためには,高波数分解能が必要となる.そこで,Fig.1に示すようなネオン標準光を用いた波数校正機構を備えた3次元ラマンマッピング測定システムを製作し,包有物周辺のわずかな残留圧力の測定を可能にした.

本研究で用いたロシア産天然ダイヤモンド試料は,2種の異なる鉱物(オリビンとクロマイト)を包有物として取り込んでいる(Fig.2).紫外励起の蛍光像によって観察されたダイヤモンド結晶の成長縞から,それら二つの包有物は同じ成長過程で取り込まれたことが明らかとなった.

顕微ラマンマッピング測定から得られた包有物周辺の残留圧力値を,温度圧力変化に伴う弾性変形と等体積線に基づいたモデルを用いて検討した.このモデルでは,包有物とホストのダイヤモンドの空隙の体積が地球深部のダイヤモンドが包有物を取り込んだ環境(温度Ts,圧力Ps)と,噴出後の地表での環境で一致すること次の式で仮定している.

Pr={Ts(Ah-Ai)-Ps(Bh-Bi)}/Bi (1)

Prは残留圧力,Ah,Bh,Ai,Biはそれぞれホストのダイヤモンドと包有物の熱膨張係数と圧縮率である.ダイヤモンド中の残留圧力は,ラマンスペクトルによって決定した.式(1)は二つの変数,PsとTsを含んでいるため数学的に解くことができない.先行研究では,Tsをダイヤモンド中の窒素の集結状態や鉱物温度計を用いて推定することで,Psを求めていた(例えばIzraeli et a1.,1999).

本研究では,他の岩石学的な情報を用いること無く,TsとPsを同時に求める新しい手法を提案した.唯一の制約は,ダイヤモンドが同じ温度圧力環境で二つの異なった種類の包有物を取り込んでいることである.先述した通り,今回測定したダイヤモンドはこの条件を満たしている.ダイヤモンドと二つの包有物オリビン,クロマイトの等体積の関係を,(1)にあてはめることで,それぞれの包有物について式をつくり,得られた式を連立方程式として解くことで,PsとTsの値を得ることができる.今回の測定から,オリビン周辺で0.69GPa,クロマイト周辺で0.75GPaという最大残留圧力値が得られ(Fig.3),ダイヤモンドが包有物を取り込んだ圧力約3GPaと,温度約450℃という値が求められた.得られた値はダイヤモンドの安定領域に入るが,ダイヤモンドが生成される典型的な上部マントルの温度圧力条件と比較するとかなり低いことが分かった.

今回の手法で推定したダイヤモンドの生成温度圧力条件が低い値となった理由として,(1)今回用いたモデルでは,弾性変形のみを仮定していたが,実際には塑性変形も生じていた,(2)測定の空間分解能が十分でなかったという二つの可能性が考えられる.

本研究によって,ダイヤモンドの生成環境を推定する際に,ダイヤモンドの塑性変形や,測定の空間分解能を考慮する重要性が示された.

II.下部マントルの酸化還元状態の推定

地球内部の酸化還元状態の指標として,マントル由来鉱物中の鉄の価数が用いられてきた.しかし,下部マントル鉱物中の鉄の価数は,酸化還元状態ではなく鉱物の結晶化学的な制約によって決まることが報告された.そこで鉄に代わる元素として,クロムに着目した.クロムは地球上の鉱物中ではCr(3+)とCr(6+)としてのみ存在している.しかしながら,月の玄武岩中など非常に還元的な環境に存在する鉱物中からはcP+が報告されている.そのため,鉱物中にCr(2+)が存在することは還元的な環境の指標と成りうる.下部マントル鉱物を包有物として取り込んだダイヤモンドは,我々が手に入れられる最も地球深部の物質であり,下部マントルの情報を直接的にもたらす唯一の試料である.本研究では,天然下部マントル鉱物であるフェロペリクレース中のクロムの酸化状態を,X線吸収端近傍構造(XANES)を用いて調査した.

3つのフェロペリクレースについて,クロムK端XANESスペクトルを測定した.それらの包有物は下部マントル由来のダイヤモンドから取り出されたものである.XANESスペクトルは,高エネルギー加速器研究機構,フォトンファクトリーのビームライン4Aで測定した.Cr(2+)の相対含有量はEeckhoutら(2007)の手法を用いて算出した.

得られたXANESスペクトル(Fig.4)から,天然フェロペリクレース中には2価のクロムが存在することが明らかとなり,下部マントルは還元的な環境であることが示唆された.また,試料中の2価クロム濃度は試料間で3から10%の間で異なっていた.そのため,フェロペリクレース中のクロムの価数は,下部マントル環境の酸化還元の指標と成りうる.

III.ナノ多結晶ダイヤモンドのレーザ加工特性

高温高圧の条件でグラファイトの直接変換によって合成されたナノ多結晶ダイヤモンド(NPD)は,透光性が良く,壁開が無い,また単結晶ダイヤモンドよりも硬度が高いなどの特徴を持つことから,高圧発生装置のアンビルや耐摩耗工具としての応用が期待されている.しかし,従来用いられてきた機械的な手法での加工が困難であった,そこでNPDの有望な加工方法としてレーザ加工に着目し,単結晶ダイヤモンドとNPDのレーザ加工特性を比較した.

ナノ秒パルスの近紫外レーザを用いて,NPDと単結晶ダイヤモンド(Type Ib)にレーザ微細加工を施し,加工溝の微細構造を走査電子顕微鏡,透過電子顕微鏡を用いて調べ,加工表面をラマン分光法を用いて同定した.加工溝の深さや,表面粗さの比較から,単結晶ダイヤモンドよりもNPDにおいてレーザ加工法はより効果的であることが示され,ダイヤモンドのレーザ加工に伴う光と物性の相互作用に新たな見識を得た.

Fig. 1 Schematic illustration of the three-dimensionalRaman mapping system equipped with a sequentialwavenumber calibration system.

Fig. 2 Photomicrograph of the diamond sample. Thedotted square area was scanned with thethree-dimensional Raman mapping technique.

Fig. 3 Three-dimensional Raman mapstacking from sample surface to thedeeper part of the samples.

Fig. 4 Cr K-edge XANES spectra of naturalferropericlase samples. The dotted linerepresents the shoulder peak attributable tothe Cr2+ component.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなる。第1章はイントロダクションに相当する章であり、ダイヤモンドの地球科学的及び物質科学的な重要性についてまとめた。それらの背景に対応して、天然ダイヤモンドを用いて生成の温度圧力、酸化還元環境を推定し、人工ダイヤモンドを用いてレーザー加工特性を比較する本研究の目的を述べている。

顕微ラマン分光法の鉱物学への応用の中でも、ラマンシフトの圧力依存性を用いると、鉱物中の包有物周辺の残留圧力を3次元ラマンマッピングから求めることができ、鉱物生成の温度圧力条件の推定が行える。第2章では、そのための装置の制作と、測定精度向上について述べている。まず、XY自動ステージとZ軸制御装置を既存の装置に付設し、3次元測定を可能にした。さらに室温変動をNeの発光線波長で校正する方法を開発したことにより、+0.05 cm-1精度でのラマンスペクトル測定を可能にし、ダイヤモンドでは0.02GPa精度の圧力測定ができるようになった。第3章では、本研究で作成した装置を用いて、ロシア産ダイヤモンド中に包有されている大きさ数10~100μm程度のオリビンとクロマイト結晶の周囲の3次元顕微ラマンマッピングの結果が示されている。論文提出者は、ダイヤモンド中の2種類の包有鉱物結晶が同じ温度圧力条件下で取り込まれた場合、鉱物ごとに圧縮率と熱膨張率が異なることを利用すると2種類の包有鉱物周辺の残留圧力から、包有物捕獲時の温度圧力が求まることに気づき、新たな定式化を行ってこのダイヤモンド試料に適用した。得られた温度圧力は約450℃と約3Gpaであり、従来から推定されていたダイヤモンドの生成温度圧力より低く求められた原因ついての考察を行い、自ら提案した方法の問題点を指摘した。

第4章では、下部マントルの酸化還元状態を推定するパラメータとしてCrの2価含有量が使えることを世界で最初に提案している。従来地球深部の酸化還元状態は鉱物中のFe2+/Fe3+から推定されたが、問題点が多く、本研究ではCr2+/Cr3+に着目した。天然鉱物中でCr2+は極めて還元的環境下で生成した月物質のオリビン中にしか見つかっておらず、地球物質ではこれまで報告がなかった。本研究では下部マントル起源のダイヤモンド中に包有物として存在するフェロペリクレースのクロムK端XANES測定を高エネルギー加速器研究機構のフォトンファクトリー、BL4Aビームを用いて行い、得られたスペクトルからCr2+の存在を発見した。地球試料では最初の発見である。測定した3試料ともCr2+は存在するが、全Cr中のCr2+量は3~10%とばらついており、今後の定量的な検討が必要ではあるが、発見そのものの意義は極めて大きく、地球深部の酸化還元状態を知る指標として使われ得ることを指摘した。

単結晶ダイヤモンドより硬度の人工の高いナノ多結晶ダイヤモンド(NPD)は、工作材料や高圧装置材料としての用途が広がり、研究用の高温高圧発生装置でも欠かせない材料である。第5章では研究装置に使うために研究者自らが加工技術の開発を行う背景が述べられ、レーザー加工特性を調べ、その評価を行った。パルス幅100 nsでNd:YAGレーザーの3倍波(355 nm)を使って人工NPDに作った加工溝をFE-SEM、TEM、顕微ラマン法で観察したところ、単結晶ダイヤモンドに作った加工溝に比べ、より深くまで100nm以下の表面粗さで、ダメージもなく加工できることが示され、人工NPDの加工にレーザーを用いることは有効で、高圧発生装置の性能改善に大きく寄与することが示された。

第6章では本研究全体をまとめており、逐次波数校正3次元ラマンマッピング装置を作成してダイヤモンド生成の温度圧力推定を行ったこと、ダイヤモンドに包有する鉱物にCr2+を発見しダイヤモンドが生成する場の酸化還元状態を明らかしたこと、さらに高圧実験装置に使うNPDのレーザー加工技術を確立したことは、ダイヤモンドの鉱物学のみならず地球化学全般に大きな貢献をすることができた。

なお、本論文の第2章の主要部分は福良哲史、鍵裕之と、その一部は水上知行と、第3章の主要部分は鍵裕之、福良哲史、D.Zedgenizovと、その一部はN.J.Cayzer、B.Harteと、第4章の主要部分は福良哲史、荒川雅、太田充恒、B.Harte、鍵裕之と、第5章の主要部分は大藤弘明、奥地拓生、鍵裕之、角谷均、入舩徹男の共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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