学位論文要旨



No 125625
著者(漢字) 鳥居,雅樹
著者(英字)
著者(カナ) トリイ,マサキ
標題(和) 神経組織に発現する非視覚性オプシン型光受容分子の性状とG蛋白質シグナリング
標題(洋) Molecular properties and G-protein coupling of non-visual opsins expressed in neural tissues
報告番号 125625
報告番号 甲25625
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5533号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飯野,雄一
 東京大学 教授 濡木,理
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 准教授 榎森,康文
 東京大学 教授 深田,吉孝
内容要旨 要旨を表示する

動物のもつ光受容分子には,ロドプシン類とクリプトクローム類の2種類のファミリーが知られているが,脊椎動物においてはロドプシン類のみが光受容能をもつ分子として同定されている。ロドプシン類は,アポ蛋白質であるオプシンが発色団としてレチナール(ビタミンAアルデヒド)と結合することにより光受容能を獲得し,光依存的にG蛋白質シグナリングを活性化することにより光受容分子としての機能を発揮する。ロドプシンを代表とする視物質は,桿体と錐体の2種類の視細胞に存在する視覚機能の光センサーであり,これまで精力的に分子機能の解明が進められてきた。一方,このような視物質とは発現場所や分子の相同性を異にするオプシン類がここ15年ほどで多数発見されている。このようなオプシンは「非視覚性」オプシンと総称されるが,それらの生理的役割については未知の部分が多く残されている。また,G蛋白質シグナリングをはじめとする分子機能についても,分子系統関係から類推されるにとどまっており,これら非視覚性オプシンが本当に光受容分子として機能するのか否かも含めて検討するべき課題は多い。そこで本研究では,非視覚性オプシンの分子機能を明らかにするため,組換え蛋白質の強制発現系を構築し,これらの問題にアプローチした。

非視覚性オプシンのうち,今日までのところ生理機能に関する研究が最も進められているのはメラノプシン(OPN4)である。メラノプシンは硬骨魚類から哺乳類まで脊椎動物に広く保存されたオプシンであり,特に哺乳類においてノックアウトマウスをはじめとした発生工学的な手法による研究が精力的に進められた。その結果,哺乳類のメラノプシンは,視細胞における光受容と共同して概日時計の光リセットに寄与していることが明らかとなっている。本研究では,概日時計の光リセットに関わるG蛋白質サブタイプについての知見が得られているニワトリ松果体に着目してOPN4遺伝子の発現を探索したところ,2種類のOPN4の発現を見出し,それぞれをcOPN4-1とcOPN4-2と命名した。分子系統学的な解析の結果,cOPNV4-2は哺乳類型であるのに対し,cOPN4-1は哺乳類のOpn4とは別のクラスターを形成する重複遺伝子であり,この遺伝子重複は脊椎動物の共通祖先で起こったと推定された。これら2種類のメラノプシンの分子機能を明らかにするため,培養細胞HEK293T細胞に強制発現させた。これまで視物質の解析に用いられてきた方法では充分量の組換えOPN4を得ることができなかったが,発色団と推定される11シス型レチナールを培養液に添加して再構成を試みたところ発現量が大幅に増加し,生化学的解析が可能なレベルにまで達した。

このような方法により強制発現・再構成した2種類のOPN4を含む細胞から,密度勾配遠心法により膜画分を精製した。この膜画分から界面活性剤dodecylmaltosideによりOPN4を抽出し,分光学的解析に供した。橙色光の照射により槌色する成分を差吸収スペクトル法により分析したところ,cOPN4-1とcOPN4-2いずれの試料についても光照射にともなって青色の領域において色素の槌色がみられた(図1)。このことから,2種類のOPN4はいずれも11シス型レチナールと結合して青色感受性の色素を生成すると結論された。得られた差吸収スペクトルの吸収極大波長は,cOPN4-1の場合は476nm であり,cOPN4-2の場合は484nmであった。この吸収極大波長は,哺乳類のOPN4陽性の網膜神経節細における光応答から推定される極大波長とよく一致していた。組換えOPN4の光感受性については,これまで複数の研究例が報告されているものの,その多くは細胞からの光応答の検出にとどまり,またその色感受性が天然のOPN4陽性細胞と異なるなどの問題があった。そのような中,本研究では蛋白質の光感受性を分光学的に直接測定することにより,OPN4の青色感受性をはじめて蛋白質レベルで明らかした点で意義深い。また,天然のOPN4陽性細胞と同様の波長感受性を示すOPN4の組換え蛋白質の調製が可能になったことで,OPN4の生化学的解析に道が拓けた点も重要である。

ニワトリの松果体には,光により作動すると推定されるG蛋白質経路がGt経路とG11経路の2種類存在する。Gt経路はメラトニンの合成を急性に抑制する一方,G11経路は松果体に内在する概日時計の位相シフト(リセット)を引き起こす。Gt経路は,松果体に存在するもう1つの光受容分子ピノプシンにより活性化されることが知られており,一方,分子系統学的な推察から,OPN4がG11経路を活性化することが示唆される。しかし,これまでのところ脊椎動物に存在する2種類のOPN4のG蛋白質特異性が実験的に検討された例はない。そこで,2種類のOPN4の組換え蛋白質を用いて,GtとG11のいずれのG蛋白質を活性化するかを検討した。

各オプシンを発現させたHEK293T細胞の膜画分と,G11の重複遺伝子であるGqの精製標品,もしくはウシ網膜より精製したG、を用いてGTPγS結合アッセイを行った。分子系統樹からの予想通りピノプシンはG,を活性化せず,OPN4-1はG,を活性化した。したがって,松果体のG11、経路はOPN4-1により光依存的に活性化されると考えられる。一方,OPN4-2はG,を活性化せず,G、を活性化した。OPN4-2によるGtの活性化は,ピノプシンに比べてはるかに弱い。OPN4はピノプシンとは異なり光により槌色しにくい性質をもつことを考えると,OPN4-2はピノプシンに比べてより明るい光の識別に寄与していると推測される。また,OPN4-2は293T細胞に内在するG蛋白質を活性化した。この活性化は,OPN4-2を発現させた細胞をあらかじめ百日咳毒素で処理すると消失することから,OPN4-2はG、を含むGi/GoサブタイプのG蛋白質を活性化すると結論される。脊椎動物と最も近縁な動物のうちの1つであるナメクジウオにおいて,メラノプシンがGq活性化能を有することが示されている。したがって,OPN4サブファミリーの共通祖先はGqを活性化するが,脊椎動物のOpn4の遺伝子重複によって生じたOPN4-2は,新たなG蛋白質特異性を獲得したと推定され,分子系統樹からは予測されなかった新たな分子機能を本研究により実証することができた。

図1 2種類のOPN4の差吸収スペクトル

HEK293T細胞に強制発現・再構成したOPN4を界面活性剤で抽出し,橙色の光を照射した。照射前の吸収スペクトルから照射後を差し引いた差吸収スペクトルを示す(図中cOPN4-1SとcOPN4-2L)。空ベクターを用いて同様の実験から得られた差スペクトル(mock)を差し引くことにより,HEK293T細胞に内在する成分の寄与を差し引いた。このようにしてOPN4由来の正確な差スペクトルを計算し,吸収極大を求めた(内挿)。

表 G蛋白質の光依存的な活性化のまとめ

審査要旨 要旨を表示する

脊椎動物の光受容システムにおいては,ロドプシンファミリーの蛋白質が光受容分子として重要な役割を果たす。視覚機能の光センサーとして働く視物質は,ロドプシンに代表されるように網膜における存在量が多く,生体試料からの調達が比較的容易であることから,これまでに分子機能の解明が進んでいる。一方,視物質とは発現場所や分子の相同性を異にする「非視覚性」のオプシン類がここ15年ほどで多数発見されているが,それらの生理的役割や分子機能は,ほとんどのオプシンで未解明である。非視覚性オプシンの多くは,視物質に比べて発現している細胞が少なく,発現レベルが低いため,生体試料からの調製は困難であると予測される。この問題を解決するため,論文提出者は,非視覚性オプシンの組換え蛋白質の強制発現系を構築し,2種類のオプシンの性状を明らかにした。

本論文の前半部分(第2章)において,論文提出者は非視覚性オプシンの一つであるメラノプシン(OPN4)の解析を行った。OPN4は,遺伝子改変マウスを用いた一連の解析から,哺乳類において概日時計の光リセットに寄与していることが示されている。非視覚性オプシンのうち生理機能が解明された数少ない例の一つとして,OPN4は当該分野において注目を集めているが,波長感受性やG蛋白質シグナリングといった生化学的性質の未解明であった。論文提出者は,概日光受容のシグナリングが単一細胞内で完結し,かつ関与するG蛋白質が同定されているニワトリの松果体にモデルとして研究を展開した。まず,松果体に発現するOPN4を探索した結果,2種類の遺伝子(OPN4-1とOPN4-2)に由来する4種類のスプライス・アイソフォームが同定された。この2種類の遺伝子は,脊椎動物の共通祖先における遺伝子重複に由来する。OPN4の4種類のアイソフォームの光感受性を検証するため,論文提出者は,OPN4を強制発現させたHEK293T細胞の培養液に発色団11シス型レチナールを添加することにより,細胞内において色素を再構成するという手法を開発し,この方法により調製した蛋白質を分光学的解析に供することにより,2種類のアイソフォームが青色感受性の色素を生成することを明らかにした。続いて,論文提出者は,組換えOPN4を用いたGTPγS結合アッセイによりOPN4のG蛋白質特異性を明らかにした。すなわち,OPN4-1は,分子の相同性から予測される通りGqを光活性化したのに対し,OPN4-2はGqを活性化せず,GtならびにGi/Goを光活性化することが明らかとされた。これらの解析から,OPN4-1とOPN4-2は,波長感受性が類似しているが,G蛋白質特異性が互いに異なると結論された。これらの成果は,従来の細胞レベルまたは個体レベルでの解析から予測された波長感受性を蛋白質レベルで直接示した点のみならず,G蛋白質特異性の相違をはじめて明らかにした点で意義深い。

本論文の後半部分(第3章)においては,ニューロプシン(OPN5)という別の非視覚性オプシンの光感受性が検証されている。OPN5は,哺乳類のゲノム配列から発見された非視覚性オプシンであるが,既知のオプシン類との相同性が低く,レチナールと結合して光感受性をもつのか否かといった基本的な点も含めて未知のオプシンであった。本論文の前半部分において確立した強制発現の技術を応用することにより,論文提出者は,OPN5が11シス型レチナールと結合して近紫外光に感受性を示す色素を生成すること,ならびに,生成した色素が双安定な光反応を示すことを明らかにしている。この結果は,哺乳類における近紫外光依存性の新しい光生理現象の発見につながると期待される知見であり,光生物学分野への貢献は大きいと評価できる。

なお,本論文は,和田昭盛氏,七田芳則氏,寺北明久氏,岡野俊行氏,小島大輔氏,仲村厚志氏,深田吉孝氏,との共同研究であるが,論文提出者が主体となって研究計画を考案し,分析および検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分と判断する。

審査時点での本論文は,専門的な実験手法への説明や充分ではなかった。また,組換え蛋白質の調製法の開発が論文内容の柱の一つをなすにも拘らず,手法の確立に至るまでの記述や,調製した蛋白質の検証への言及が乏しかった。そのため,審査委員会では論文の改変を要求した。これを受け,論文提出者は該当する箇所に説明と記述を加え,さらに,図を追加して調製した蛋白質に対する検証が丁寧に行われていることを示した。また,本論文には初歩的な英語のミスが散見したが,改変後の論文では正確な英語により表現されていた。以上から,審査委員会は全員一致で合格と判断した。

したがって,審査委員会は論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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