学位論文要旨



No 125627
著者(漢字) 遠藤,慧
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,ケイ
標題(和) RNAアプタマーを基盤とするRNA機能解明システムの開発
標題(洋) Development of RNA aptamer-based novel systems for analyzing functionality of RNA
報告番号 125627
報告番号 甲25627
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5535号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 准教授 程,久美子
 東京大学 准教授 石谷,隆一郎
 東京大学 教授 中村,義一
内容要旨 要旨を表示する

背景

RNA アプタマーは、標的分子に対して結合親和性を持つ人工的な RNA 分子である。SELEX 法と呼ばれる人工進化的な手法を用いて試験管内で取得されるため、任意の結合条件を設定することができ、これまでに低分子から高分子まで様々な標的分子に対するアプタマーが取得されている。核酸から成るアプタマーは、化学合成が可能など、同じく標的分子に結合する抗体とは異なる特徴を持つ。その特徴を活かして、チップや担体に固相化し、検出や精製のために標的分子を捕捉するリガンドとして、あるいは標的分子を検出するプローブとして応用研究がなされている。また標的分子の阻害剤としての利用も進められ、RNAi に先駆けて医薬品として上市された。このように様々な目的を実現する方法の1 つとしてアプタマーが期待されている。

目的

近年タンパク質をコードしない RNA が注目されており、従来考えられていた以上に RNA 分子は細胞内で多様な機能を担うと推測されている。タンパク質研究において、タグペプチドやレポータータンパク質といったペプチド性研究ツールがこれまで数多く開発され、タンパク質の機能や動態解明に大きく貢献した。同様に、担体への結合機能や可視化・定量といった検出機能、あるいは活性の制御機能など、任意の RNA 分子に新たな機能を付加する RNA 性研究ツールの開発は、機能性 RNA の研究に大きく貢献すると推察される。そこで本研究は、RNA アプタマーを組み込み、標的分子を係留することによって、機能性 RNA の動態にせまるシステムの構築を試みた(図 1)。

細胞内動態のよく調べられている RNA 分子のひとつにmRNA がある。mRNA は転写から翻訳に至るまで様々なプロセシングを受ける。その過程の多種多様な細胞内因子との相互作用が、各過程の効率や mRNA の安定性や局在などの mRNA 動態を大きく支配している。また、mRNA の一部の領域が、細胞内因子との相互作用を通じて、cis 因子として遺伝子発現の転写後制御機能を担うことも知られている。RNA アプタマーのmRNA 上への組み込みは、mRNA 動態の解明だけでなく、cis 因子として遺伝子発現の人工的な制御にもに大きく寄与すると期待される。

実験と結果

1. 抗色素アプタマーによる RNA の可視化・検出

GFP をはじめとする蛍光タンパク質は、標的とするタンパク質と融合させることによって、生細胞内におけるタンパク質の時空間的挙動の研究を飛躍的に加速させた。さらに、生体分子を認識するタンパク質と融合させて細胞内で発現可能なプローブとしたり、2つに分割された一組のタグペプチドとして用いてタンパク質間相互作用の検出タグとするなどの応用もなされている。そこで、任意のRNA に蛍光色素分子を係留し、検出・可視化するRNA アプタマーの取得とその応用システムの構築を行った。

1-1. 抗 Cy3 アプタマーの取得

細胞毒性が低く検出感度の高い蛍光色素Cy3を標的分子とするRNA アプタマーを取得した。得られた抗Cy3アプタマーの存在下では、アプタマー濃度依存的に Cy3の蛍光強度の増強が観察された。二次構造を破壊・復帰させる変異を導入し、Cy3に対する結合活性を評価した結果、抗Cy3アプタマーは2つのステムループドメインから構成されることが示唆された(図 2A)。このことは既存の低分子に対するアプタマーと比較して特徴的であり、アプタマーを2つの断片に分割して他の RNA 分子に組み込む場合でも機能性が損なわれにくいと期待される。アプタマーを短小化し、さらに構造安定化のため複数の塩基置換を導入することにより、Cy3に対する結合活性の向上に成功した。このアプタマーについて、Cy3との相互作用をSPR法にて解析したところ、解離定数は60μMと測定された。

1-2. 抗 Cy3 アプタマーを応用した検出システムの構築

抗Cy3アプタマーを利用して核酸分子を検出する分割型プローブを作製した(図 2B)。標的核酸分子上で分割した抗 Cy3アプタマーの各断片が会合し、Cy3に対する親和性が復帰するよう、標的核酸分子と相補的な標的認識配列を抗Cy3アプタマーの各断片に付加した。この分割型プローブを用いて、核酸分子を 1 塩基の特異性をもって検出できることが示された。また、RNA間相互作用の検出タグ(図 2C)として利用できることも示された。

2. mRNA 動態制御を誘導する cis シグナルへの RNA アプタマーの応用

mRNA上に形成されるタンパク質複合体はプロセシング過程で動的にその組成が変化する。そのため、mRNAの品質管理機構など、多段階のプロセシング過程に依存する転写後制御機構の解明が難航している。そこで、アプタマーをci 制御因子としてmRNA上に組み込むことにより、複雑なプロセシング過程依存的に形成される複合体を再現し、mRNA動態を人為的に制御するシステムの構築を目指した。

2-1. eIF4AIII 特異的 RNA アプタマーの取得

EJCはスプライシング反応後にイントロンのつなぎ目に形成される複合体であり、その構成因子のうちeIF4AIIIがmRNAに直接結合していると考えられている。3' UTR上に EJCを持つmRNAは、NMDと呼ばれるmRNA品質管理機構によって異常と認識され、速やかに分解される。そこで、アプタマーによりeIF4AIIIをmRNA上に係留することで、スプライシング反応非依存的にEJCをmRNA上に再構築し、NMDを誘導することを試みた。

eIF4AIIIと高い相同性を持つ翻訳開始因子 eIF4AI の係留が遺伝子発現に及ぼす影響を排除するため、eIF4AIとeIF4AIIIの双方に結合するアプタマーに変異導入後、再選別を行いeIF4AI への結合活性を保持しない5種類のeIF4AIII特異的アプタマーを取得した。eIF4AIとeIF4AIII のキメラタンパク質や eIF4AIII のドメイン断片を作製し、これらに対するアプタマーの結合活性を評価した結果、得られた5種類のアプタマーはeIF4AIIIに対して異なる結合特異性を持つことが示唆された。また、これらのアプタマーとeIF4AIIIの相互作用における解離定数を測定したところ、101 - 102 nMのオーダーにあった。

2-2. 抗 eIF4AIII アプタマーによる転写後制御

mRNA上でEJCを再構築するためには、アプタマーがeIF4AIIIをその機能を阻害することなくmRNA 上に係留する必要があると考えられる。eIF4AIII はATPase活性を持つこと、他のEJC構成因子や翻訳開始因子 eIF4G と相互作用することが知られている。今回得られたアプタマーはいずれも、これらeIF4AIIIの機能に対する明らかな阻害効果を示さなかった。これらのアプタマーをレポーター遺伝子の3' UTR上に組み込んだ(図 3)ところ、アプタマーはイントロンと同程度にレポーター遺伝子の発現を抑制した。しかし、阻害剤に対する感受性の違いから、3' UTR に存在するイントロンとアプタマーとでは異なる機構で遺伝子発現が抑制されることも示唆された。

結論と展望

本研究では、抗Cy3アプタマーを、相補的な相互作用により標的を認識するRNAに組み込むことによって、核酸分子や核酸間相互作用を検出するシステムを構築した。今後、細胞内環境で効果的に機能させるために、抗Cy3アプタマーの親和性改善のほか、アプタマーがCy3の蛍光特性に影響を与えたことから、アプタマーとの複合体のみが蛍光性を示すようなCy3誘導体の開発が考えられる。

eIF4AIIIに特異的に結合するRNAアプタマーをmRNA上のcis 因子として用いることにより、細胞内で遺伝子発現を抑制することができた。mRNA の安定性や翻訳効率といった発現抑制効果の原因や、NMDに必須な因子への依存性を解析することにより、アプタマーがEJC の誘導するNMDを完全あるいは部分的に再現しているのか、さらに検証する必要がある。

人工的に得られた機能物質を細胞内に導入して機能させる場合、細胞内における挙動や想定外の相互作用など数多くの問題に直面する。RNAアプタマーを、細胞内動態に関する知見や発現・解析方法の充実したmRNAへ組み込むことによって、アプタマーの細胞内動態だけでなく、標的とする転写後制御因子との相互作用への保証も期待できる。このことはRNAアプタマーが外来遺伝子の解析や発現制御ツールとしても高い有用性を持つことを示唆する。また、RNAアプタマーの他のRNA分子への組み込みは、他の方法では代替できない独自の応用展開としてRNAアプタマーの利用価値を高めるものと確信している。

図 1 アプタマーの組み込みによるRNA 分子への機能付加

図 2 抗 Cy3 アプタマーとその応用 (A)抗 Cy3 アプタマーの予測二次構造 (B) 分割型プローブの設計(C) RNA 間相互作用検出タグの設計

図 3 抗 eIF4AIII アプタマー組み込み mRNA の発現システム

審査要旨 要旨を表示する

本学位論文は、RNA アプタマーを用いた RNA の機能解析システムの開発について述べられており、5 章から構成される。第 1 章は序論であり、細胞内の RNA が持つ機能性と、人工的な機能分子であるアプタマーについて述べられている。標的分子に高い親和性と特異性をもって結合するアプタマーが幅広い分野で応用されているなか、論文提出者は、RNA アプタマーを他の機能的な RNA 分子に組み込んで利用することに着目している。本論文では、タンパク質研究で用いられているペプチドタグと比較しつつ、RNA アプタマーをタグとして用いた RNA 機能解析方法の開発を試みている。RNA 分子の細胞内機能は従来考えられてきたよりも多様であると推測されており、その機能を検証する方法論の開発が急がれている。このことからも本論文の取り組みの重要性は評価できる。

第 2 章、第 3 章は本論文でおこなわれた実験の結果について述べられている。第 2 章では、色素分子を係留することにより RNA 分子を検出・可視化する RNA タグの開発を目指し、汎用の蛍光色素 Cy3 に対する RNA アプタマーを取得している。本論文で取得された抗 Cy3 アプタマーは Cy3 と相互作用することにより Cy3 の蛍光強度を高めることが示された。また、このアプタマーは 2 つのドメインから構成されており、色素に対するアプタマーとして新規の特徴を持つことが明らかにされた。論文提出者は後者の特徴を活かし、アプタマーの 2 つのドメインを分割して応用研究を展開している。まず、生理条件下で特異的に核酸分子を検出する分割型プローブとして応用ができることを示した。次いで、分割型アプタマーを RNA タグとして用い、RNA 間相互作用を検出するシステムを開発した。このうち特に後者は本論文により提唱された重要な知見といえる。

第 3 章では、細胞内タンパク質を係留しRNA 上にて機能させる RNA 因子の開発を目指し、そのテストケースとして、mRNA 上で cis 因子として遺伝子発現を制御する RNA アプタマーを開発、検証している。本論文では、スプライシング反応依存的に mRNA 上に形成される複合体の構成因子 eIF4AIII に対するアプタマーを取得している。その際に、高い相同性を持つ 2 つのタンパク質因子 eIF4AI と eIF4AIII の双方と結合する RNA アプタマーから、eIF4AIII 特異的に結合する RNA アプタマーへ改変を行っている。まず、取得された eIF4AIII 特異的アプタマーによる eIF4AI と eIF4AIII との識別機構について解析している。さらに、アプタマーが eIF4AIII の既知の機能を阻害しないことをあらかじめ検証したうえで、アプタマーを mRNA へ組み込み、遺伝子発現へ及ぼす影響を検証している。細胞内の転写後制御因子を mRNA へ係留するアプタマーを用いた mRNA 動態制御はこれまでに例のない挑戦である。mRNA 上の cis 因子として RNA アプタマーの応用性を示唆した本論文は、外来遺伝子の発現をより詳細に制御する方法としても、基礎から応用に至る幅広い分野で意義深い。

第 4 章には第 2 章、第 3 章でおこなわれた実験結果について詳細な考察が述べられている。まず、アプタマーの改変や標的分子の改変を通じて、本論文で取得された各アプタマーとその標的因子との相互作用について、アプタマーの結合が標的因子に及ぼす影響とともに、議論が深められている。さらに、その結合特性を活かしたアプタマーの応用展望や、より高機能を持つアプタマーの取得方法についても十分な議論がなされており、今後のアプタマーの応用研究に示唆を与えているといえるだろう。

最後の第 5 章には本論文でおこなわれた実験の材料と方法について十分に述べられている。

論文提出者は、RNA アプタマーをその標的分子の係留因子として捉え、新規アプタマーを取得するだけでなく、それぞれのアプタマーについて新規応用方法を開発している。RNA アプタマーを他の RNA分子に組み込んで用いることを検証した本論文の成果は、今後、生体内における様々な RNA 分子の機能解明に寄与すると考えられる。

本論文は指導教官である中村義一教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および検証をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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