学位論文要旨



No 125632
著者(漢字) 倉林,伸博
著者(英字)
著者(カナ) クラバヤシ,ノブヒロ
標題(和) 時計タンパク質mCRY2の段階的リン酸化メカニズムとその概日リズム制御における役割
標題(洋) Mechanism of sequential phosphorylation of mouse CRY2 and its role in regulating the circadian clockwork
報告番号 125632
報告番号 甲25632
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5540号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,春雄
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 伊藤,隆司
 東京大学 教授 多羽田,哲也
 東京大学 教授 深田,吉孝
内容要旨 要旨を表示する

概日リズムとは地球上のほとんど全ての生物が示す約一日周期の変動現象であり、このリズムを支配する生体内の自律的振動システムを概日時計という。哺乳類の概日時計は、行動リズムを支配する視床下部の視交叉上核だけでなく、肝臓や心臓など様々な末梢組織にも存在し、それぞれを中枢時計・末梢時計と呼ぶ。これらの時計は互いに類似した機構によってリズムを形成しており、いずれも時計遺伝子の転写と翻訳を介した負のフィードバックループに基づいている。哺乳類においては、正の制御因子であるCLOCK およびBMAL が複合体を形成してE-box 配列(CACGTG)やその類似配列に結合することにより、Period(Per1, Per2, Per3)およびCryptochrome(Cry1, Cry2)遺伝子の転写を活性化する。翻訳されたPER およびCRY タンパク質は核へ移行し、CLOCK-BMAL 複合体の機能を負に制御することによって自らの転写を抑制する。このような概日時計の分子発振機構が約24 時間という非常に長い周期を正確に維持するには、転写と翻訳の制御に加えてタンパク質の翻訳後の機能制御が重要な役割を果たす。特に、時計遺伝子の転写活性が適切な時刻に正と負の制御を受けて正確なサーカディアン変動を形成するためには、時間制御された時計タンパク質の分解が極めて重要なステップとなる。

負の制御因子の一つである時計タンパク質 CRY2 は、E-box を介した時計遺伝子の転写活性化を強力に抑制する。マウス肝臓において、CRY2 のC 末端領域に位置する557 番目のSer 残基(Ser557)がリズミックにリン酸化されることを私は見出した。Ser557 がリン酸化されたCRY2 はさらにGSK-3βによってSer553 がリン酸化され、この2 段階リン酸化に依存してCRY2 はプロテアソームによって分解される。そのため、この一連のリン酸化反応は、CRY2 のタンパク質量を制御する重要なメカニズムであると考えられた。さらにCRY2 Ser557 のリン酸化レベルは、個体の行動リズムを支配する視交叉上核において日内変動を示すことを明らかにした。以上の知見から、CRY2 のSer557 リン酸化に依存した分解は、行動リズム周期の制御といった中枢時計の機能にも寄与する重要な調節機構である可能性が示唆された。ここで、CRY2 Ser557 はERK によってin vitro でリン酸化されるが、培養細胞においてERK を強制発現したり不活性化してもCRY2 Ser557 のリン酸化レベルは変化しない。そのため、生体内ではERK 以外のタンパク質キナーゼがSer557 をリン酸化してCRY2を分解に導くと考えられた。

そこで、CRY2 Ser557 をリン酸化するキナーゼ(以下、Ser557 キナーゼと記す)を探索するために、Ser557 リン酸化活性を定量的に解析できるin vitro キナーゼアッセイ系を構築した。次に、マウス肝臓の懸濁液を核と細胞質の二画分に分けてSer557 キナーゼ活性を測定した結果、細胞質に多くの活性(約81%)が存在することがわかった。そこで、細胞質画分のタンパク質をDEAE カラムクロマトグラフィーによって分画し、各画分のSer557 キナーゼ活性を測定した。その結果、Ser557 リン酸化活性が複数のピークに分離すること、および活性化型ERK を含まない活性ピークが存在することがわかった(C-3 ピーク;図1)。この活性ピークに注目し、様々なキナーゼ阻害剤の存在下でSer557 キナーゼ活性を測定した結果、多くの阻害剤はほとんど阻害効果を示さなかったが、CK2 およびDYRK1A の阻害剤であるTBBt がSer557 キナーゼ活性を減弱することを突き止めた。そこでGST-CRY2 を基質としたin vitro の実験によって、CK2 とDYRK1A の組み換えタンパク質がCRY2 Ser557をリン酸化する可能性を検討した。その結果、DYRK1A がCRY2 Ser557 をリン酸化することを見出し、さらにDYRK1A がC-3 ピークに含まれる事から(図1)、Ser557 キナーゼの候補としてDYRK1A が考えられた。

DYRK1A は、ヒトやマウスにおける脳の発生や機能形成に重要な役割を果たすSer/Thrキナーゼであり、幅広い生体組織に発現している。実際、末梢時計の研究モデルとして広く用いられているNIH3T3 細胞やRat-1 細胞においてもDYRK1A の発現が認められた。そこで次に、NIH3T3 細胞内においてDYRK1A がCRY2 Ser557 をリン酸化するか否かを検証するため、細胞に内在するDyrk1a をノックダウンし、共発現させたmyc-CRY2 のSer557リン酸化レベルを解析した。この時CRY2 タンパク質の分解を防ぐため、プロテアソーム阻害剤であるMG132 を培地に投与した条件で実験を行った。独立した2 つのDyrk1a shRNAをそれぞれ細胞に発現させると、いずれの場合においてもmyc-CRY2 のSer557 リン酸化レベルが減弱した(図2)。一方、DYRK1A をNIH3T3 細胞に過剰発現させると、共発現させたmyc-CRY2 のSer557 リン酸化レベルが亢進した。以上の結果から、NIH3T3 細胞においてもDYRK1A がCRY2 Ser557 をリン酸化すると考えられた。この時、DYRK1A がCRY2のタンパク質量を負に制御することを見出した。すなわち、MG132 非存在下では、NIH3T3細胞においてDyrk1a をノックダウンするとmyc-CRY2 のタンパク質量が著しく増加した。一方、NIH3T3 細胞にDYRK1A を過剰発現させるとmyc-CRY2 のタンパク質量が減少した。myc-CRY2 とは異なりmyc-CRY1 のタンパク質量はDYRK1A の過剰発現によって低下しないことから、DYRK1A によるタンパク質の分解制御は、CRY2 に特有のメカニズムである可能性が示唆された。

興味深いことに、マウス肝臓においてDYRK1A のタンパク質量は、暗期の中頃をピークとする日周変動を示した。そこで、マウス肝臓から免疫沈降したDYRK1A のCRY2 Ser557リン酸化活性を、GST-CRY2 を基質としたin vitro キナーゼアッセイによって解析した。一日の様々な時刻に調製したマウス肝臓の抽出液を用いて解析した結果、DYRK1A のSer557リン酸化活性も日周変動を示すことが判明した。その日周変動のプロファイルはDYRK1Aタンパク質量の日周変動パターンとよく似ており、CRY2 のSer557 リン酸化レベルの日周変動の位相より約4 時間先行していた。この結果から、DYRK1A はCRY2 タンパク質量が増加する時間帯においてCRY2 のSer557 リン酸化に強く寄与すると考えられた。

DYRK1A が概日時計の発振制御において果たす役割を調べるため、細胞時計のリズム可視化実験を行った。具体的には、時計遺伝子Bmal1 のプロモーター領域にluciferase 遺伝子を連結したレポーターを培養細胞に導入し、その生物発光を連続観察して細胞時計を可視化した。その結果、DYRK1A の過剰発現によってNIH3T3 細胞の時計の周期が約0.8 時間延長した。一方、Dyrk1a のノックダウンが細胞時計の周期に与える影響を解析するために、Rat-1 細胞においてDyrk1a shRNA を安定に発現する複数の細胞株を樹立した。これらの細胞に内在する時計の周期を解析した結果、いずれの場合も約0.5 時間の時計周期の短縮が認められた。さらに、時計周期の短縮が引き起こされた分子基盤に迫るため、Dyrk1a ノックダウン細胞の核と細胞質におけるCRY2 タンパク質量の経時変化を調べた。その結果、細胞質においては一日の全ての時刻においてCRY2 タンパク質量の著しい増加が認められた。一方、核内のCRY2 タンパク質量に大きな変化は認められなかったが、Dyrk1a ノックダウン細胞においてCRY2 がコントロール細胞よりも早く蓄積することが判明した(図3)。以上の結果から、DYRK1A は主に細胞質においてCRY2 の分解を促進し、CRY2 の核移行タイミングを遅延させる重要な因子であると考えられた。つまりCRY2 のSer557 リン酸化による分解制御は、時計遺伝子の転写抑制時刻の遅延メカニズムとして時計の周期を調節すると考えられた。

以上の研究から、CRY2タンパク質を分解へと導く二段階のリン酸化メカニズムを明らかにした。最近、CRY1 とCRY2 は共にAMPK によってリン酸化される事、さらにこのリン酸化依存的にFbxl3 を介してCRY タンパク質が分解されることが明らかにされた(Lamia et al., Science,2009)。この分解系は主に核においてCRY2の分解を促進し、時計遺伝子の転写活性化のタイミングを調節する機構であると考えられている。一方、主に細胞質において起こるCRY2の二段階リン酸化依存的な分解は、CRY2 が蓄積する時間帯に重要な役割を果たすと考えられた。つまりこの分解系は、核移行に充分な量のCRY2 が細胞質に蓄積するまでの時間を延長させ、CRY2 の核移行を遅延する。その結果、E-box を介した時計遺伝子の転写活性化が適切なタイミングで負に制御される。したがって本研究で明らかにしたCRY2 タンパク質の分解制御系は、AMPK・Fbxl3 依存的な分解系とは異なる生理的役割をもつと考えられる。すなわち、時空間的に異なる2 つの分解制御を受けることによってCRY2 のタンパク質レベルが巧みに調節され、これらが概日時計発振に重要な役割を果たすと考えられた(図4)。

図1マウス肝臓の細胞質画分のDEAEカラムクロマトグラムマウス肝臓の細胞質画分(CT6と18の等タンパク質量混合物)をDEAEカラムにロードし、NaClグラジエントによって溶出した。各画分をlmMArP存在下でGST-CRY2と30分間インキュベートした。この反応産物に対してanti-pS557-CRY2抗体(パネル1段目)、anti-pT202/pY204-ERK抗体(パネル2段目)およびanti-DYRK1A抗体(パネル3・4段目)を用いてウエスタンブロット解析を行った。陽性バンドのシグナル強度を定量し、最大値を1としたときの各シグナルの相対値をプロットした。

図2DyrklaノックダウンはCRY2Ser557リン酸化レベルを減弱させるNIH3T3細胞に種々のshRNAと共にmyc-mCRY2を共発現させ、その40時間後にMGI32を投与して8時間培養した。細胞懸濁液に対してanti-pS557-CRY2抗体、anti-myc抗体およびanti-GFP抗体を用いてウエスタンブロット解析を行った。

図3Dyrklaノックダウン細胞におけるCRY2タンパク質の日周変動プロファイルcontrolshRNAもしくはDyrkla shRNAshlを安定発現するRat-1細胞の時計をdexamethasoneによって同調させた。細胞を4時間おき、もしくは2時間おき(インセット)に回収し、核と細胞質の画分を調製した。各画分に対してanti-CRY2抗体を用いてウエスタンブロット解析を行った。陽性バンドのシグナル強度を定量し、control細胞の回収を開始した時刻の値を1としたときの各シグナルの相対値をプロットした。*はP<0.05を表す(t検定)。

図4時空間的に異なった2つの分解系によるCRY2タンパク質レベルの制御モデル

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、時計タンパク質CRY2の段階的リン酸化とそれに依存した分解制御が、哺乳類の概日時計発振において果たす役割について論じられている。

生物の重要な測時機構の一つである概日時計の分子発振は、時計遺伝子の転写活性化が適切な時刻にオンとオフの制御を受けることによって24時間の周期を正確に維持している。この分子発振において、時計タンパク質CRY2は時計遺伝子の転写活性化を強力に抑制する。そのため、CRY2が適切な時刻に発現して時計遺伝子の転写を抑制し、適切な時刻に分解して転写の抑制が解除されるプロセスは、概日時計の周期決定に極めて重要である。論文提出者は、CRY2の分解の時空間制御メカニズムを解析することにより、概日時計の周期決定機構の一端を明らかにした。

マウスCRY2のSer557とSer553が段階的にリン酸化されると、CRY2はプロテアソームにより分解される。そこで論文提出者はまず、この分解の引き金を引くCRY2 Ser557のリン酸化が、個体の行動リズムを支配する視交叉上核において認められるか否かを検証した。その結果、マウス視交叉上核においてCRY2 Ser557リン酸化レベルが日内変動を示すことを見出した。そのため、CRY2のSer557リン酸化に依存した分解は、行動リズム周期の制御に寄与する重要な機構であると考えられた。そこで次に、この分解制御機構を理解すべく、CRY2 Ser557をリン酸化するタンパク質キナーゼの同定に着手した。キナーゼの探索のため、マウス肝臓におけるSer557リン酸化活性を定量的に解析できるin vitroキナーゼアッセイ系を構築した。次に、マウス肝臓の懸濁液をDEAEカラムによって分画し、各画分のSer557リン酸化活性を測定した。こうして得られた一つの活性ピークに着目し、その画分に対する多くのキナーゼ阻害剤の効果を精査した。その結果、DYRK1AがCRY2 Ser557をリン酸化するキナーゼの候補として浮上した。NIH3T3細胞に内在するDyrk1aをノックダウンすると、CRY2のSer557リン酸化レベルが減弱すると共にCRY2の安定性が上昇した。この結果は、DYRK1AがSer557をリン酸化し、CRY2の分解を促進するキナーゼであることを強く示唆している。さらにDYRK1AのCRY2 Ser557リン酸化活性が、マウス肝臓において日周変動を示すことを明らかにした。DYRK1A活性の変動プロファイルはCRY2タンパク質量の日周変動の位相より約4時間先行していた。そのためDYRK1Aは、CRY2タンパク質量が増加する時間帯においてCRY2のSer557リン酸化に強く寄与すると考えられた。重要なことに、Dyrk1aを培養細胞においてノックダウンすると、約0.5時間の時計周期の短縮が認められた。Dyrk1aノックダウン細胞におけるCRY2タンパク質量の日周変動を核と細胞質にわけて調べたところ、細胞質においてはCRY2タンパク質量の増加が認められた。一方、核内のCRY2レベルは殆ど変化しなかったが、CRY2の早い蓄積が観察された。以上の結果から、DYRK1Aは主に細胞質においてCRY2の分解を促進し、CRY2の核移行タイミングを遅延させる重要な因子であると考えられた。つまりCRY2のSer557リン酸化による分解制御は、時計遺伝子の転写抑制時刻の遅延メカニズムとして時計の周期を調節すると考えられた。本論文は、概日時計発振における中枢因子CRY2の分解機構を時空間的制御という観点から明らかにしており、当該研究分野に新しい視点をもたらしたと言える。

なお、本論文は、広田毅氏、坂井美穂子氏、眞田(旧姓:原田)裕子氏、眞田佳門氏、深田吉孝氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究計画を考案し、分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分と判断する。

審査時点での本論文は、論文の構成が部分的に不適切であったため、審査委員会では論文の改変を要求した。これを受けて論文申請者は、Discussionの一部の内容をResultで論じる構成に修正した。改変後の論文の構成は適切なものであり、審査委員は全員一致で合格と判断した。

したがって審査委員会は、論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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