学位論文要旨



No 125633
著者(漢字) 佐藤,塁
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ルイ
標題(和) 蛋白質構造変換酵素FKBPによる遺伝子発現制御機構
標題(洋) Mechanism of gene regulation by FK506-binding protein
報告番号 125633
報告番号 甲25633
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5541号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 濡木,理
 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 准教授 堀越,正美
 産業技術総合研究所 主任研究員 千田,俊哉
内容要旨 要旨を表示する

真核細胞においてDNA は蛋白質と複合体を形成することで折りたたまれた状態(クロマチン構造)をとっている。クロマチン構造は染色体のように高度に寄り集まった状態から、DNA を露出させるほどに開いた状態まで動的に変化し、このことが遺伝子発現やDNA の複製・修復などDNA 上で起こる様々な現象の制御に関わっている。特にDNA が直接巻きつく蛋白質であるヒストンとその巻きついた構造(ヌクレオソーム)がその中心的な役割を果たしていることが、これまでの研究により明らかにされている。ヒストンはDNA の端から端まで結合し、その凝集状態がクロマチンの構造を変えるだけでなく、自身がDNA 上に起こる様々な反応の場を提供するという重要な働きを担っている。そのため、ヒストン上でおこる様々な反応がヌクレオソーム、クロマチンの構造変換を介した遺伝子発現制御の根幹を担い、その分子メカニズムの解明が生命現象の開始点となる物質の生産制御の仕組みを知るための鍵になると考えている(図1 上)。

クロマチンが関与する遺伝子発現制御の機構を解明するために、1990 年代後半から、世界中で様々なクロマチン因子が単離・解析されてきた。ヒストンのテイル領域やコア領域における可逆的な化学修飾(アセチル化、メチル化、リン酸化、ユビキチン化、SUMO 化など)を行う一連の酵素群、ATP の加水分解エネルギーを利用してヌクレオソームの移動を行うヌクレオソームリモデリング酵素群、DNA 上に新しいヌクレオソームを構築するヒストンシャペロン群などである(図1 下)。そして今もなお、これら酵素・因子群を用いて、ヌクレオソームレベルでの遺伝子発現制御から生命反応にいたる仕組みを解明することを目的として、多くの研究者が研究競争を繰り広げている。このような状況下で、独自性のある新しい遺伝子発現制御機構を見出すには、これまでにない活性を持つドメイン・因子・酵素あるいは複合体の登場が必要不可欠であると考える。そこで私は、これまでに注目されなかった「蛋白質構造変換」を行う因子がクロマチン上で遺伝子発現制御に関わる可能性を考え、研究対象としてPPIase(ペプチジル・プロリル・シス・トランス異性化酵素)を選んだ。

PPIase は蛋白質中のプロリン残基のcis/trans 異性化反応を触媒する活性を持ち、この反応により基質蛋白質の主鎖の方向を変えることで、蛋白質の高次構造を変える能力をもつ。我々のグループでは、TFIID のCCG1 サブユニットの最保存領域に結合する因子をYeast two-hybrid システムを用いてスクリーニングし、PPIase ファミリーの1つであるFK506 結合蛋白質(FKBP)を得た。この結果を受けて遺伝学的・生化学的な解析が容易である出芽酵母における核局在型FKBP であるFpr4(FK506-binding proline rotamase 4)について解析を行った。Fpr4 のPPIase ドメイン以外のドメインに注目したところ、N 末端側に高酸性ドメイン、高塩基性ドメインなどが見出された。高酸性ドメインおよび高塩基性ドメインのそれぞれの相互作用の相手としては、塩基性物質であるヒストンや酸性物質であるDNAなどが考えられる。このことから、Fpr4 はDNA やヒストンからなるヌクレオソームに相互作用して働くのではないかと考えた(図2)。この考えに基づいて、ヌクレオソームの形成を行う活性を検討したところ、予想通りFpr4 がヌクレオソーム形成を行うヒストンシャペロンであるという結果を得た。これは、PPIase が直接クロマチンの上で機能することを示す最初の知見となった(Nature Struct. Mol. Biol., 11, 275-83(2004))。しかしながら、本論文で示されたヒストンシャペロン活性はPPIase ドメイン以外の部分の活性であり、PPIase 活性のクロマチン機能制御および遺伝子発現制御における役割は分からなかった。そこで私は、Fpr4 のPPIase ドメインが未知のクロマチン因子のプロリン残基を異性化し、標的蛋白質の高次構造を変えることで遺伝子発現制御に関与することを予測し、そのプロリン残基の同定と、プロリン異性化反応の機能的意義を明らかにすることを目的として研究を行った。

1. Fpr4 はヒストンH2B のプロリン106 を異性化する

Fpr4 は全長蛋白質よりも、C 末端側のPPIase ドメインを失ったヒストンシャペロンドメインのみの蛋白質の方が高いヒストンシャペロン活性を有する。このときPPIase 活性の阻害剤であるラパマイシンを加えると、全長蛋白質のヒストンシャペロン活性が、ヒストンシャペロンドメインのみの蛋白質と同程度まで回復することを見出した。これはFpr4 のもつヒストンシャペロン活性(ヌクレオソーム形成活性)に、自身のPPIase 活性が影響を及ぼすことを示している。

このことから、Fpr4 のPPIase 活性の標的はヌクレオソームであり、Fpr4 がヒストン蛋白質上のプロリン残基を異性化することを予想した。ヒストン上のプロリン残基の中からFpr4 の基質となるプロリン残基を同定するにあたり、まずヒストン包括的点変異株ライブラリー(ヒストンのアミノ酸一つ一つをアラニンに置換した出芽酵母439 株からなるライブラリー)の中からラパマイシンに対して感受性を示す株をスクリーニングした。感受性を示した株の点変異残基をヌクレオソーム上にマップするといくつかのクラスターが形成されていた(図3 上)。

それらラパマイシン感受性残基クラスターの近傍に位置するプロリン残基それぞれに対して、プロリン周辺5 アミノ酸からなるペプチドを作成し、Fpr4 が高いPPIase 酵素活性を発揮する基質ペプチドを探した。結果、ヒストンH2B のプロリン106(H2B-P106)を含む基質ペプチドに対し、Fpr4 はほぼ最大限度のPPIase 活性を発揮した(図3 下)。このことから、細胞内でもFpr4 がH2B-P106 を異性化することで、ヒストンの構造変換反応を担っていることが強く示唆された。

2. H2B-P106 のC 末端側αヘリックスはヒストンバリアントHtz1 と遺伝学的に相互作用する

次にFpr4 によるヒストンH2B-P106 の異性化がどのようにして遺伝子発現制御に関与しているかについて考えた。Fpr4 がヒストンH2A のバリアントHtz1 と相互作用するという過去の知見から、Htz1 が関係する反応系にヒストン構造変換が寄与することを予想した。H2B-P106 のすぐC 末端側にはヒストンH2B だけが有するαヘリックス(H2BαC)が存在する。ラパマイシン感受性残基がH2BαC の一側面に規則的に位置していることから、このαヘリックスとHtz1 に機能的な関連性があると予測した(図3 中央)。そこで、H2BαC 上の点変異とhtz1 遺伝子破壊変異の二重変異による合成致死性を検定したところ、驚くべきことに合成致死性(または合成生育阻害性)を示す残基が、H2BαC 上のラパマイシン感受性残基と完全に一致することがわかった。これは、H2BαC、ラパマイシンの効果、ヒストンバリアントHtz1、の三者が遺伝学的に強く関係していることを意味する。

2. H2B-P106 はrDNA 領域上のヒストンバリアントHtz1 とH2A の交換反応に関与する

Htz1 が組み込まれたヌクレオソームはゲノム上に10 個に1 個の割合で存在する。そして、その多くは遺伝子のプロモーター領域に存在し、転写制御に関わることが示唆されている。このことと、Fpr4 のPPIase 活性がrDNA サイレンシング反応に関わるという当研究室の過去の知見から、Fpr4 によるH2B-P106 の異性化反応とヒストンバリアントHtz1 の両方が関与する分子機構として、rDNA 領域上のHtz1 局在制御が考えられた。

そこで、Chromatin IP によりrDNA 領域上のHtz1 とH2A の局在を観察した。H2B-P106A変異株では、野生株と比べて顕著なHtz1 の局在低下が見られ(図4 上)、また逆にH2A の局在上昇が見られた(図4 下)。この結果を踏まえ、Fpr4 によるH2B-P106 の異性化がヌクレオソーム中のHtz1 とH2A の交換反応を促進するというモデルを立てた(図5)。

本研究により、ヒストンのコア領域のプロリン残基がPPIase によって異性化されること、そしてその異性化反応が今まで不明であったヒストンバリアントHtz1 交換反応の素過程の一端を担うことを初めて見出した。そして、これらの発見はPPIase によるヒストンの蛋白質構造変換活性を介した遺伝子発現制御研究の端緒となる成果となった。

図1. クロマチンの構造変換とヌクレオソーム上の反応

図2. 酵母核型FKBP のドメイン構造

図3. Fpr4 の基質プロリン(H2B-P106)の発見

図4. rDNA 領域上のHtz1、H2A 局在がH2B-P106 により制御される

図5. Fpr4 によるヒストンバリアント交換モデル

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる。第1章は研究の目的、第2章は研究の背景、第3章は結果、第4章は考察、第5章は方法である。

真核生物のゲノムDNAは原核生物と比べて複雑な構造をとっており、裸のDNAとDNAに対する相互作用因子の関係だけでは遺伝子発現制御機構を論じることができない。これは、真核細胞中ではDNAがヒストンと複合体を作りヌクレオソームという基本単位へと折りたたまれ、さらにそれが集合したクロマチン構造をとっているからである。ヌクレオソーム中のDNAに対して酵素が反応しようとしても立体障害が生じて反応が難しい。そのため、DNA上の反応を進行させるためには、ヌクレオソームの構造変換が必須となる。その反応に寄与する因子あるいは酵素として、これまでに、ヌクレオソームの形成と破壊を行うヒストンシャペロン、ヌクレオソームを移動させるリモデリング酵素複合体、またそれらが反応するクロマチン領域に目印をつけるヒストン化学修飾酵素群の存在が明らかにされてきた。現在はこれら3種類の因子あるいは酵素群が協調的に働くことで、クロマチン上の遺伝子発現が制御されていると考えられている。

本論文は、蛋白質構造変換というこれまでにない視点で真核生物の遺伝子発現制御を論じることを目的としている。蛋白質構造変換酵素の一種であるPPIase(Peptidyl-Prolyl cis-trans Isomerase)は蛋白質中のプロリン残基のcis/trans異性化反応を触媒する活性を持ち、この反応により基質蛋白質の主鎖の方向を変えることで、蛋白質の高次構造を変換する。著者らは独自に単離したPPIaseの一種であるFpr4(FK506-binding proline rotamase 4)の解析を行った。Fpr4は独立した2つの機能ドメインとしてヒストンシャペロンドメインとPPIaseドメインを有する蛋白質である。

Fpr4のドメイン毎のヒストンシャペロン活性(ヌクレオソーム形成活性)を生化学的手法により解析したところ、Fpr4はPPIaseドメインを失うことで高い活性を有すること、また、PPIase阻害剤であるRapamycinの添加量依存的に活性が上昇することを見出した。この結果はFpr4がヌクレオソーム形成を行う際に自身のPPIase活性が阻害的に影響することを示している。加えてFpr4がヒストンと直接相互作用することから、Fpr4のPPIaseドメインがヒストン蛋白質上のプロリン残基を異性化することを予想した。

次に、Fpr4のPPIase活性に関与するヒストン上のアミノ酸残基を見出すため、出芽酵母のヒストン包括的点変異体ライブラリーを用い、Rapamycinに対する薬剤感受性スクリーニングを行った。結果としてヒストン上の3つのプロリン残基の周辺にRapamycin感受性残基が集中することが見出された。これらプロリン残基に対するFpr4の酵素活性を調べたところ、ヒストンH2B-P106に対して高い基質特異性が得られた。H2B-P106はヒストンH2Bの2つのαヘリックス(α3とαC)の間に位置するプロリンであることから、このプロリンの異性化により、末端側に近いαCへリックスが移動することが想定された。ヒストンH2Bの構造変換は、H2BとH2Aの相互作用に影響を及ぼし得る。その結果として特にFpr4の相互作用因子として同定されていたH2Aのバリアントである H2A.Z(出芽酵母Htz1)とH2Aが交換されることを予測した。

Htz1が組み込まれたヌクレオソームは遺伝子のプロモーター領域に存在し、転写制御に関わる。また、Fpr4のPPIase活性がrDNAサイレンシング反応に関わるという知見から、H2B-P106の異性化を介したrDNA領域上のHtz1の局在制御が考えられた。Chromatin IPによりrDNA領域上のHtz1とH2Aの局在を観察したところH2B-P106A変異株では、野生株と比べて顕著なHtz1の局在低下が見られ、また逆にH2Aの局在上昇が見られた。この結果を踏まえ、Fpr4によるヒストンH2B-P106の異性化がヌクレオソーム中のHtz1とH2Aの交換反応を促進するというモデルを立てた。

本論文の結果はPPIaseによるヒストンコア領域の構造変換を初めて示唆するものであり、かつその反応を介したヒストンバリアント交換反応の分子機構を説明していることから新規性が高く、クロマチン構造変換を介した真核生物の遺伝子発現制御機構の解明に大きな寄与をしているといえる。

なお、本論文は、東北大学、東京工業大学のグループとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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