学位論文要旨



No 125636
著者(漢字) 塚原,達也
著者(英字)
著者(カナ) ツカハラ,タツヤ
標題(和) サイクリン依存性キナーゼ(CDK)はChromosome Passenger Complex (CPC)のリン酸化を介して染色体の二方向性結合を制御する
標題(洋) Cyclin-Dependent Kinase (CDK) regulates the bipolar attachment of sister chromatids through the phosphorylation of Chromosome Passenger Complex (CPC)
報告番号 125636
報告番号 甲25636
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5544号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 飯野,l雄一
 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 准教授 大杉,美穂
内容要旨 要旨を表示する

<序>

真核細胞は、複製した姉妹染色分体のペアを分裂の際に均等に分配することでゲノムの恒常性を維持している。染色体分配のミスは癌化や細胞死の原因となるため、その過程は精巧に制御されている。中でも、姉妹染色分体の動原体ペアが両極から伸びたスピンドル微小管によって捉えられる機構(二方向性結合の確立)は、正確な染色体分配のために必須である。細胞は分裂期において、動原体とスピンドル微小管との間に生じる間違った結合を修正しながら、二方向性結合を確立していく。全ての染色体で二方向性結合が確立すると、細胞は分裂後期へと移行し、姉妹染色分体が娘細胞へと均等に分配される。

二方向性結合を確立する機構において重要な役割を果たす因子として、Aurora B, INCENP, Survivin, Borealinの4者から成るChromosome Passenger Complex(CPC)が知られている。CPCは進化的に保存されたタンパク質複合体であり、分裂前中期にセントロメアに局在して、動原体とスピンドル微小管との間に生じる間違った結合を一時的に解除することで、二方向性結合を促進する機能がある。CPCがその機能を発揮するためにはセントロメアに局在することが非常に重要であるが、CPCがどのようにセントロメアに局在するかについては、多くが謎に包まれていた。近年の我々の分裂酵母を用いた解析から、進化的に保存されたセントロメアタンパク質であるシュゴシンファミリーに属する因子Sgo2が、CPCのセントロメア局在を促進していることが示された。しかしながら、Sgo2がCPCをセントロメアへと局在化させる分子機構は未解明であり、分裂期特異的なCPCの局在制御機構も不明であった。

染色体分配の過程は細胞周期の進行と密接に結びついている。細胞周期の進行はサイクリン依存性キナーゼ(Cyclin-Dependent Kinase, CDK)の活性によって制御されている。CDKは、その制御サブユニットであるサイクリンによって活性が調節されており、活性の上昇がDNA合成期及び分裂期への進行に、活性の低下が分裂期の終了に必要である。サイクリンにはG1/S・S・Mサイクリンの三種類が存在し、それぞれが特異的な因子と結合することで細胞周期の時期依存的なCDKの基質特異性を生み出している。DNA合成期におけるCDKの基質としては染色体の複製開始因子などが知られており、分裂期における基質としては、染色体凝縮因子や、スピンドルの形成やダイナミクスに重要なモータータンパク質などが知られ、様々な現象を制御していると考えられている。さらに、出芽酵母及びヒト培養細胞を用いた解析から、CPCのサブユニットであるINCENP及びSurvivinがCDKによりリン酸化されることが示唆されているがその生理的意義はほとんど明らかになっていない。

<結果>

私は、CPCのセントロメア局在を制御する分子機構を明らかにするため、Sgo2と相互作用するCPCのサブユニットを検討した。分裂期の細胞からSgo2を免疫沈降したところBir1/Survivinが特異的に共沈したことに加え、酵母ツーハイブリッド解析の結果CPCのサブユニットの中でBir1のみがSgo2と直接相互作用することが明らかになった。また、Bir1とSgo2との相互作用は、Bir1のN末端側300アミノ酸とSgo2の保存されたcoiled coil領域を介していることを示した。これらの結果から、Bir1がSgo2とCPCのインターフェースになることが示唆されたが、CPCとSgo2は分裂前中期から中期にかけてのみ共局在するため、分裂期特異的な制御が存在する可能性が考えられた。そこで、Bir1タンパク質の細胞周期における挙動を解析したところ、Bir1は分裂期特異的にリン酸化修飾を受けることが明らかになった。Bir1はin vitroにおけるCDKのよい基質となることに加え、アミノ酸1次配列中にCDKによるリン酸化の標的コンセンサス配列を8ヶ所持つ。これら8ヶ所すべてをアラニンに置換したタンパク質Bir1-8Aは、in vitroにおけるCDKによるリン酸化をほとんど受けず、分裂期におけるBir1のバンドシフトもほとんど消失することが判明した。これらの結果からBir1は分裂期にCDKによるリン酸化修飾を受けることが明らかになった。

次に、このリン酸化の意義を検討するため、非リン酸化型bir1-8A変異株の表現型を解析したところ、lagging chromosomeと呼ばれる染色体が多くの細胞で観察された。Lagging chromosomeとは、分裂後期にスピンドルの中央部に取り残された染色体のことで、一本の染色体が両極から引っ張られることで生じる。すなわち、分裂前中期における間違った結合の修正の異常を反映していると考えられている。さらに、分裂前中期におけるCPCの局在を観察したところ、bir1-8A変異株ではCPCのセントロメア局在が顕著に減少していることが明らかになった。これに対し、8ヶ所のリン酸化サイトをすべてアスパラギン酸に置換したリン酸化模倣型bir1-8D変異株ではlagging chromosomeがほとんど観察されず、CPCのセントロメア局在もほとんど正常だった。このことから、Bir1のリン酸化がCPCのセントロメア局在に必要であることが明らかになった。さらに、bir1-8A変異株では、Bir1とSgo2の相互作用が失われており、ツーハイブリッド法による相互作用もBir1のリン酸化に依存していたことから、Bir1のリン酸化はSgo2との相互作用を安定化することでCPCのセントロメア局在を促進していることが示唆された。また、Bir1-8Aを強制的にセントロメアへと局在化させると正常に機能したことから、Bir1のリン酸化はセントロメア局在に特異的に寄与していると考えられる。減数分裂期の細胞の解析から、このリン酸化の制御は減数分裂の染色体分配にも同様に重要な働きを持つことが示唆された。

次に、CDKの基質認識に関わるcdc13(Mサイクリン)の変異株で、染色体分配に欠損を示しその表現型がbir1-8D変異により抑圧されるようなものをスクリーニングした。その結果同定されたcdc13-1変異株は、高頻度でlagging chromosomeが観察され、CPCのセントロメア局在も有意に減少していた。これらの表現型がbir1-8D変異により部分的に抑圧されたことから、CDKによるBir1のリン酸化が、CPCのセントロメア局在に重要な意義を持つことが強く示唆された。

シュゴシン及びCPC、CDKはいずれも進化的に保存されていることから、ヒト培養細胞においても上述の制御機構が存在するかを検討した。まず、ヒト培養細胞におけるCPCのセントロメア局在がシュゴシンに依存するかを検討した。その結果、hSgo1及びhSgo2の両者を同時にRNAiでノックダウンするとCPCのセントロメア局在がほぼ消失した。また、酵母ツーハイブリッド解析の結果、CPCのサブユニットの中でhBorealinがhSgo1及びhSgo2と特異的に相互作用することが明らかとなった。hBorealinはCDKの標的コンセンサス配列を7ヶ所持つため(うち6ヶ所は弱いコンセンサスのクラスター)、それら全てをアラニンに置換すると、CDKによるin vitroのリン酸化及びin vivoでのhBorealinのバンドシフトが消失した。さらに、シュゴシンとの相互作用がリン酸化に依存することも示した。内在性のhBorealinをRNAiでノックダウンし非リン酸化型hBorealinを発現させた細胞ではCPCのセントロメア局在が減少し、染色体の整列にも異常をきたした。これらの解析から、CDKによるリン酸化に依存したCPCとシュゴシンの相互作用は、CPCのセントロメア局在における進化的に保存された中心的制御であることが明らかになった。

<展望>

本研究で、CDKによるリン酸化に依存したCPCとシュゴシンの相互作用がCPCのセントロメア局在に重要であることを示したが、bir1の非リン酸化型変異株においてCPCのセントロメア局在はsgo2破壊株に比べ顕著に減少していた。この観察結果は、Bir1のリン酸化がシュゴシンとの相互作用以外にも機能を持つことを示唆している。bir1の非リン酸化型変異株における分裂前中期のCPCの局在を詳細に検討すると、核小体にシグナルが観察された。分裂酵母及びヒト培養細胞においてCPCは間期に核小体に局在することが知られていることから、Bir1のリン酸化はCPCの核小体からの放出に寄与している可能性が示唆される。また、bir1の非リン酸化型変異株においてもCPCのセントロメア局在は非常に弱いながらも観察されることから、CPCのセントロメア局在にはCDKによるBir1のリン酸化とは独立な経路が存在すると考えられる。実際に、当研究室の山岸により、ヘテロクロマチンタンパク質Swi6が、H3 Thr3 をリン酸化するキナーゼであるHaspinをセントロメアを含むヘテロクロマチン領域に局在化すること、H3 Thr3のリン酸化に依存してCPCのセントロメア局在が促進されることが明らかになった。また、当研究室の川島と作野により、減数分裂期においてI型カゼインキナーゼHhp1及びHhp2がCPCのセントロメア局在を促進することが示された。これらの経路はシュゴシンを介した経路とは独立であることが示唆されている。今後CDKによるBir1のリン酸化とこれらの経路との関係性を解析することで、リン酸化反応によるCPCのセントロメア局在の制御ネットワークの全体像が明らかになると考えられる。

また、CPCは分裂後期においてセントロメアから解離してセントラルスピンドルに移行し、スピンドルの伸長や細胞質分裂に重要な機能を持つ。分裂後期にはCDKの活性が低下し、Bir1のリン酸化レベルも低下していたことから、この脱リン酸化がCPCのセントロメアからの解離に関わっている可能性も考えられた。しかし、bir1-8D変異株において分裂後期のCPCのセントラルスピンドルへの局在は正常であったため、セントラルスピンドルへの移行はBir1の脱リン酸化のみでは制御されていないと考えられる。出芽酵母において、INCENPホモログSli15の微小管結合ドメインに対するCDKによるリン酸化がCPCのスピンドル局在に阻害的に働いており、分裂後期にCdc14ホスファターゼによりSli15が脱リン酸化されることがセントラルスピンドルへの移行に重要であることが示唆されている。分裂酵母においてもCPCのCDKによる複合的なリン酸化及び脱リン酸化により、CPCのセントロメア局在及びセントラルスピンドル局在が制御されている可能性が考えられる。今後はBir1以外のCPCサブユニットに対するCDKによるリン酸化とその意義を解析することにより、CPCの細胞周期依存的な局在制御機構のより深い理解が得られることが期待される。

図1.動原体とスピンドル微小管の間の二方向結合が確立していく流れ

審査要旨 要旨を表示する

本論文は要旨(和文および英文)、序、材料と方法、結果と考察(1~12章)、まとめと展望、参考文献および謝辞から構成される。

「序」では、細胞が分裂する際に姉妹染色分体を娘細胞へと均等に分配する上で重要な制御である染色体の二方向性結合の確立およびスピンドルチェックポイント機構について、これらの制御に重要な機能を持つChromosome PassengerComplex(CPC)の役割を中心に述べられている。また、本論文で染色体の二方向性結合を制御することが明らかになったサイクリン依存性キナーゼ(CDK)についてこれまでの知見が述べられている。さらに、本研究の目的が、CPCがその機能を果たすために必須である分裂期におけるセントロメア局在の制御機構の解明であることを記述している。

「材料と方法」では、本研究に使用した大腸菌および分裂酵母の遺伝子型と培地、および実験手法について詳細に記されている。

「結果と考察」は12章から構成される。第1章では、CPCのBir1サブユニットが、CPCのセントロメア局在に必要なシュゴシンSgo2と相互作用することを述べている。しかしながら、シュゴシンとCPCは分裂期においてのみ共局在することから、両者の関係には分裂期特異的な制御が存在すると考えられる。第2章では、Bir1が分裂期にCDKによりリン酸化されることを示している。非リン酸化型変異株(birl-8A)は、分裂後期において高頻度で1agging chrmosome(二方向性結合の確立に失敗した染色体)を生じており(第3章)、スピンドルチェックポイントの活性化にも欠損が観察された(第4章)。さらに、birl-8A変異株ではBir1とSgo2との相互作用が消失しており(第7章)、CPCのセントロメア局在も著しく低下していた(第5章)。これらの表現型はリン酸化模倣型変異株(birl-8D)ではほとんど見られなかったため、CDKによるBir1のリン酸化はCPCのセントロメア局在に必要なことが示唆された。一方で非リン酸化型Bir1はセントロメアに強制的に局在すると正常に機能したことから、Bir1のリン酸化はセントロメア局在に特異的に必要であることが示された(第6章)。さらに、第8章では分裂期CDKの制御サブユニットであるCdc13の染色体の二方向性結合に特異的な欠損を示すような変異を同定し(cdc13-M7)、cdc13-M7変異株ではBir1のリン酸化レベルが低下していることを示している。第9章では、Bir1の相互作用因子として同定した微小管結合タンパク質Alp14の解析が記されている。第10章から第12章では、ヒト培養細胞においてもシュゴシンがCPCのセントロメア局在に必要であること(第10章)、ヒトCPCのBorealinサブユニットがCDKによるリン酸化依存的にシュゴシンに結合すること(第11章)、Borealinに対するリン酸化がCPCのセントロメア局在に必要であること(第12章)、が述べられている。

「まとめと展望」では、シュゴシンとCPCの関係の進化的保存性や、CPCのリン酸化におけるシュゴシンとの相互作用の安定化以外の意義、分裂後期におけるCPCのセントラルスピンドルへの移行の制御機構におけるCPCの脱リン酸化の意義について論じられている。

本論文で示されたCDKによるリン酸化に依存したCPCとシュゴシンとの相互作用は、CPCのセントロメア局在における進化的に保存された中心的制御であると考えられる。この成果は、正確な染色体分配に必須であるにも関わらずこれまで謎に包まれていたCPCのセントロメア局在の制御メカニズムを分子レベルで示したもので、大変重要な成果と考えられる。また、細胞周期進行の制御因子として知られるCDKがCPCのリン酸化を介して染色体の二方向性結合の過程を直接制御していることを初めて示したという意味において意義深い。

本論文に示されたデータは第10章の一部を除きすべて論文提出者が主体となって行ったものである。したがって、審査委員会は全員一致で塚原達也に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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