学位論文要旨



No 125641
著者(漢字) 塚本,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) ツカモト,ケンタロウ
標題(和) メダカMHCクラスI領域遺伝子の多型と進化
標題(洋) The polymorphism and evolution of the MHC class I region genes of a teleost medaka, Oryzias latipes
報告番号 125641
報告番号 甲25641
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5549号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野中,勝
 東京大学 教授 田嶋,文生
 東京大学 准教授 上島,励
 東京大学 准教授 高野,敏行
 東京大学 准教授 野崎,久義
内容要旨 要旨を表示する

獲得免疫は高度な特異性を特徴とする生体防御システムであり、抗原認識に関与する主要な遺伝子は有顎脊椎動物にのみ存在する。主要組織適合性抗原複合体(MHC)は獲得免疫において中心的な役割を果たす多くの遺伝子が集積した領域であり、軟骨魚類から哺乳類に至るまで有顎脊椎動物の進化過程を通してその基本構造は保存されている。しかしながら硬骨魚は例外で、MHC 遺伝子は複数の染色体上に分散している。にもかかわらずMHC クラスIA 遺伝子とそのクラスI 抗原提示系に直接関与する遺伝子(ABCB, PSMB, TAPBP)は密接に連鎖しMHC クラスI 領域を形成している。免疫機能に関連した遺伝子が集積するMHC 領域がいかに形成されたかは進化上興味深い問題であり、硬骨魚MHC の構造解析はその解明の手がかりを与えることが期待される。

メダカOryzias latipes は、遺伝的な大きな隔たりを有する北日本集団、南日本集団、東韓集団及び中国-西韓集団から構成されている。修士課程においては、メダカ近交系HNI 系統(北日本集団由来)のMHC クラスI 領域の塩基配列(約540 kb)を決定し、Hd-rR 系統(南日本集団由来)の既知配列との比較を行ない、MHC クラスIA 遺伝子(UAA とUBA)とこの抗原提示系に直接関与する免疫プロテアソームサブユニット遺伝子(PSMB8 とPSMB10)を含む約100 kb の亜領域が、他の脊椎動物MHC では知られていない驚異的な塩基配列の違いを系統間で示すことを明らかにした。

本研究ではメダカMHC クラスI 領域の進化過程を明らかにする目的で、メダカ野生集団を用いて近交系間で著しい塩基配列の違いを示した亜領域に存在するPSMB8、PSMB10、MHC クラスIA 遺伝子について多型解析を行い、更にメダカ近縁種を用いてメダカに認められたPSMB8 とPSMB10 の二型性の起源を探った。また、メダカPSMB8 分子の二型間での機能的な差異を検証するため、プロテアソームのプロテアーゼ活性測定を行った。最後に、有顎脊椎動物におけるPSMB8 の二型性の起源と進化を明らかにするため、既存のESTデータも用いたPSMB8 のblast 検索及び分子系統解析を行った。

第一部 メダカ野生集団を用いたPSMB8、PSMB10 及びMHC クラスIA 遺伝子の多型解析

PSMB8 は第1エクソンと第6 エクソン上に、PSMB10 は第1エクソンと隣接するPSMB8 の第2エクソン上に設計したプライマーを用いて、ゲノムDNA を鋳型として増幅した。メダカ野生集団は北日本集団から3地点、南日本集団から6 地点、中国-西韓国集団から1 地点を選び、合計1245 個体についてPCR を行い、各集団内で得られたPCR 産物をバンドサイズでタイピングし、各サイズのバンドの全塩基配列を決定した。コード領域より推定されたアミノ酸配列を用いNJ 法により分子系統樹を作成した結果、PSMB8 とPSMB10 はN 型(HNI 系統に固定)かd 型(Hd-rR 系統に固定)のいずれかに明確に分類され、この二型は北日本、南日本、中国-西韓国集団全てに確認された(図1)。また、解析した全ての個体において同型のPSMB8 とPSMB10が常に連鎖しハプロタイプとして二型(N 型とd 型ハプロタイプ)を示し、各野生集団においてd 型ハプロタイプが高頻度(73-100%)で存在していた。以上の結果からメダカPSMB8 とPSMB10 は二型性を示し、この起源はメダカの各集団の分岐以前に遡ることが示された。

MHC クラスIA 遺伝子でも同様に二型性を示し、PSMB8/PSMB10 と特定の組合わせでハプロタイプを形成しているか否か検証した。UAA とUBA のα1 とα2 ドメインをコードする第2、第3のエクソンの多型を新潟集団(北日本集団)と前沢集団(南日本集団)について解析した。アミノ酸配列(150 残基)を用いNJ 法により分子系統樹を作成した結果、UAA とUBA は多型性を示し、明確な二型性は認められなかった(図2)

また、PSMB8 とPSMB10 を含む領域の二型の維持機構として組換え抑制の可能性を検証した。共に北日本集団由来の近交系HNI(N 型ハプロタイプが固定)とKaga(d 型ハプロタイプが固定)のF1 とHNI との戻し交配個体1088 個体での組換えを観察した。この結果、隣接する約100 kb の領域では組換えが確認されたにもかかわらず、PSMB8 とPSMB10 を含む約100 kb の領域では組換えが一例も観察されなかった。

第二部 メダカ属PSMB8/PSMB10 領域の二型の起源

メダカ属内でのPSMB8/PSMB10 領域の二型性の進化過程を明らかにするためメダカ近縁種O. celebensis(190 個体)、O. marmoratus(106 個体)、O. matanensis(106 個体)、O. javanicus(60 個体)及びO. dancena(150 個体)の野生個体についてメダカと同様な方法によりPSMB8 の多型解析を行った。メダカ属はlatipes, celebensis, javanicus グループの3つの種群からなりcelebensis とjavanicus グループが姉妹群であることが示唆されており、上記5 種はcelebensis/javanicus グループに、メダカはlatipes グループに属す。O. dancena を除く解析した全ての種でメダカ同様にPSMB8 の二型が確認され(図3A)、野生集団ではd 型が高頻度 (60-100%)で存在した。また、O. celebensis、O. marmoratus、O. matanensis ではPSMB10 の二型も確認され(図3B)、PSMB8とPSMB10 がハプロタイプとして二型性を示した。以上のことから、PSMB8 とPSMB10 の二型はメダカ属内での種分化に先行して生じ、平衡選択により種を越えて受け継がれてきたことが示された。また、PSMB8 の二型間では切断特異性を規定するS1 ポケットを形成する31 と53 番目の残基に置換が見られ、PSMB10 の二型間ではS1 ポケットを形成する残基は一致していた。

第三部 メダカPSMB8 分子の二型間におけるプロテアーゼ活性

哺乳類PSMB8 はキモトリプシン様のプロテアーゼ活性を有し、MHC クラスI 分子によって細胞傷害性T細胞へ提示される抗原ペプチドのC 末端残基を決定している。またIFN-g により発現誘導され、構成的に発現しているPSMB5 と置換しプロテアソームに取り込まれ、免疫プロテアソームを形成する。まず、PSMB8の発現を誘導するため、メダカ組換えIFN-g(rIFN-g)を作製した。2種のメダカ培養細胞、HNI lot2(N 型が固定)とHd-rRe3(d 型が固定)、ではPSMB5 とPSMB8 のRNA 発現量の割合はそれぞれ2:1、1:0 であったがrIFN-g 添加後48 時間で、1:4、1:1 とそれぞれPSMB8 の発現量が上昇した。また、クラスI 抗原提示系に関与する他の遺伝子もrIFN-g により発現誘導されることが硬骨魚で初めて確認された。そこで、rIFN-g 添加120 時間後のプロテアソームのプロテアーゼ活性を添加前と比較することで、PSMB8 分子によるプロテアーゼ活性の変化を検証した。培養細胞の可溶化液をグリセロール密度勾配遠心により32 画分にわけ、それぞれの画分の合成基質に対するプロテアーゼ活性を測定した。その結果、キモトリプシン様活性基質であるSuc-Leu-Leu-Val-Tyr-MCA に対する活性がIFN-g 添加後のHd-rRe3 細胞では上昇したが、HNI lot2 細胞では減少した。一方、Z-Val-Lys-Met-MCA に対する活性は、IFN-g 添加後の両細胞では上昇した。以上のことから、基質のC 末端側残基の側鎖の大きさによって、PSMB8 の二型間でキモトリプシン様活性に差異があることが示唆された。

第四部 有顎脊椎動物におけるPSMB8 遺伝子の二型性の起源と進化

メダカ属で認められたPSMB8 の二型の起源を明らかにするため、メダカ属と同じダツ目に属すサヨリ、Dermogenys montanai、の野生個体(67 個体)についてPSMB8 の多型解析を行った。第2 から第3 エクソンに渡る領域をゲノムPCR により増幅し、第3 エクソンにコードされる31 番目の残基を指標としタイピングを行った結果、全ての配列がAla またはVal を有し、メダカで認められたTyr は確認されなかった。また、硬骨魚各種のEST データを用いPSMB8 のblast 検索を行った。この結果、コイ目のゼブラフィッシュとドジョウ、サケ目のニジマスとサケから既知配列(31 番目残基がAla)に加え、新たな配列(31 番目残基がPhe)が確認された(図4)。またPSMB8 の二型性は、硬骨魚メダカ以外にも両生類Xenopus と軟骨魚サメでもその存在が報告されており、31 番目残基がAla またはPhe である(図4)。有顎脊椎動物のPSMB8 のコード領域(591 bp)を用いて最尤法により分子系統樹を作製した結果、サメとコイ目/サケ目の31 番目残基がPheである配列を含むクレード(F 型)と、それらの31 番目残基がAla である配列、メダカとXenopus の二型配列及び哺乳類配列を含むクレード(A 型)が形成された(図5)。この系統樹から有顎脊椎動物の共通祖先で二型(F 型とA 型)が確立され、サメと一部の硬骨魚で両型が維持されており、メダカやXenopus の二型はF 型を一度失ったあとA 型からそれぞれの系統で再び二型性を確立したことが示唆された(図5)。また、ゲノムPCR と交配実験によりゼブラフィッシュではF 型とA 型が対立遺伝子であることが明らかとなった。一方、ドチザメとネコザメではゲノムPCR とRT-PCR によりF 型とA 型のそれぞれの遺伝子座が存在し、二型がパラローガスであることが確認された。

まとめと考察

今回、メダカとその近縁種の野生集団を用いた解析及びプロテアソームのプロテアーゼ活性測定により初めて以下のことを明らかにした。(1)PSMB8 とPSMB10 がハプロタイプを形成して二型性(N 型とd 型)を示すこと、(2)メダカ属内でその二型が平衡選択により種を越えて数千万年に渡り維持されてきたこと、(3)野生集団内ではd 型がN 型に比べ高頻度で存在すること、(4)二型間では、基質のC 末端残基の側鎖の大きさによってキモトリプシン様活性に差異が見られることを含めて二型性の詳細を明らかにすることができた。また分子系統解析により、有顎脊椎動物の共通祖先でPSMB8 の二型(F 型とA 型)が確立され、サメとコイ目/サケ目で両型が維持されており、メダカやXenopus の二型はF 型を一度失ったあとA 型から再びそれぞれの系統で二型性を確立したことが示唆された。PSMB8 遺伝子の二型性が、哺乳類を除く解析の行われた有顎脊椎動物に存在することから、この二型に基づいた抗原認識が有顎脊椎動物におけるクラスI 抗原提示系の基本であると思われる。

図1. メダカ野生集団の PSMB8 (A)とPSMB10 (B)の分子系統樹

図2. メダカ野生集団におけるUAA とUBA の分子系統樹PSMB8/PSMB10 がd 型またはN 型のホモ接合個体、ヘテロ接合個体由来の配列をそれぞれ青、赤、黄色で示した。

図3. メダカ属における PSMB8 (A)とPSMB10 (B)の分子系統樹

図4. PSMB8 のアミノ酸配列のアライメントの一部。S1 ポケットを形成する残基を灰色で、その位置を数字で示した。31 番目残基についてd 型/A 型は青でN 型/F 型は赤で示してある。

図5. 有顎脊椎動物における PSMB8 の分子系統樹

審査要旨 要旨を表示する

本論文は四部からなる。第一部では、メダカ野生個体を用いた免疫プロテアソームサブユニット遺伝子(PSMB8とPSMB10)とMHCクラスIA遺伝子の多型解析が、第二部ではメダカ近縁種におけるPSMB8とPSMB10の多型解析が述べられている。第三部では、メダカ属PSMB8二型間の機能的差異が、第四部では、有顎脊椎動物におけるPSMB8の二型の起源と進化が述べられている。

第一部では10地点から採取されたメダカ野生集団、合計1245個体を用いPSMB8、PSMB10及びMHCクラスIA遺伝子の多型解析が行われた。アミノ酸配列を用いた近隣接合法により分子系統樹を作成した結果、野生集団のPSMB8とPSMB10はN型かd型のいずれかに明確に分類され、この二型は解析された集団全てに確認された。また、解析した全ての個体において同型のPSMB8とPSMB10が常に連鎖しハプロタイプとして二型(N型とd型ハプロタイプ)を示し、各野生集団においてd型ハプロタイプが高頻度(73-100%)で存在していた。以上の結果からメダカPSMB8とPSMB10は二型性を示し、この起源はメダカの各集団の分岐以前に遡ることが示された。一方、2つのMHCクラスIA遺伝子(UAAとUBA)は多型性を示し、PSMB8/PSMB10のように明確な二型性は認められなかった。

以上のメダカ野生個体を用いた大規模な多型解析の結果は、硬骨魚類のPSMB8とPSMB10が二型性を示すことを初めて明らかにしたものとして高く評価できる。

第二部ではメダカ属内でのPSMB8/PSMB10領域の二型性の進化過程を明らかにするため、5種のメダカ近縁種の野生個体を用いPSMB8の多型解析が行われた。その結果、1種を除く解析した全ての種でメダカ同様にPSMB8の二型が確認され、野生集団ではd型が高頻度 (60-100%)で存在した。PSMB10の二型も解析された3種全てで確認され、PSMB8とPSMB10がハプロタイプとして二型性を示した。また、PSMB8の二型間では切断特異性を規定するS1ポケットを形成する31と53番目の残基に置換が見られ、PSMB10の二型間では一致していた。以上の解析結果は、PSMB8とPSMB10の二型はメダカ属内での種分化に先行して生じ、種を越えて数千万年に渡って受け継がれてきたことを明らかにしたものとして評価できる。

第三部では、二型性を示すメダカPSMB8の機能解析が行われた。まず、PSMB8の発現を誘導するためメダカ組換えIFN-g(rIFN-g)を作製し、メダカ培養細胞であるHNI細胞(N型が固定)とHd-rR細胞(d型が固定)のPSMB8の発現を誘導することを確認した。そこで、rIFN-g添加後のプロテアソームのプロテアーゼ活性を添加前と比較することで、PSMB8によるプロテアーゼ活性の変化を検証した。その結果、キモトリプシン様活性基質であるSuc-Leu-Leu-Val-Tyr-MCAに対する活性がIFN-g添加後のHd-rR細胞では上昇したが、HNI細胞では減少した。以上のことから、基質のC末端側残基の側鎖の大きさによって、PSMB8の二型間でキモトリプシン様活性に差異があることが示され、PSMB8の二型間での機能的な差異を初めて明らかにした点が高く評価される。

第四部では、各種硬骨魚のESTデータを用いPSMB8のblast検索を行い、コイ目のゼブラフィッシュとドジョウ、サケ目のニジマスとサケから既知配列(31番目残基がAla)に加え、新たな配列(31番目残基がPhe)が確認された。メダカ、両生類Xenopusと軟骨魚サメの既知の二型配列に加え、有顎脊椎動物のPSMB8のコード領域(591 bp)を用いて最尤法により分子系統樹を作製した結果、サメとコイ目/サケ目の31番目残基がPheである配列を含むクレード(F型)と、それらの31番目残基がAlaである配列、メダカとXenopusの二型配列及び哺乳類配列を含むクレード(A型)が形成された。この系統樹から有顎脊椎動物の共通祖先で二型(F型とA型)が確立され、サメと一部の硬骨魚で両型が維持されており、メダカやXenopusの二型はF型を一度失ったあとA型からそれぞれの系統で再び二型性を確立したことが示唆された。以上の解析結果は、PSMB8の二型の起源と進化過程を明らかにし、その二型の一般性を示した点が高く評価できる。

なお、本論文第一部は、酒泉満ら6名との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク