学位論文要旨



No 125642
著者(漢字) 中根,亮
著者(英字)
著者(カナ) ナカネ,リョウ
標題(和) 神経修飾系GnRHペプチドニューロンへの神経入力に関する生理学的研究
標題(洋) Physiological Studies on the Neural Inputs to Neuromodulatory GnRH Peptidergic Neurons
報告番号 125642
報告番号 甲25642
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5550号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡,良隆
 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 教授 竹井,祥郎
 東京大学 准教授 朴,民根
 東京大学 准教授 吉田,学
内容要旨 要旨を表示する

生殖の中枢制御において中心的な役割を果たす視床下部GnRHニューロンは、正中隆起(多くの脊椎動物)または脳下垂体(硬骨魚)に投射して生殖腺刺激ホルモン(ゴナドトロピン)の放出を促す。これに対して、終神経GnRHニューロンはペースメーカー活動と呼ばれる規則的な発火活動を示し、脳内に広く神経線維を投射する。こうした特徴により、1)終神経GnRHニューロンは広い範囲の脳の興奮性を一斉に調節して、動物行動の動機付けや覚醒状態を修飾するいわゆる神経修飾作用を示すニューロンである、2)ペースメーカー活動は脳全体に投射する軸索を伝導してGnRHペプチドや共発現物質の放出により神経修飾作用を発揮する、と考えられている。神経修飾系としてはたらくニューロンにはペプチド作動性ニューロンの他にカテコールアミン作動性ニューロンが知られるが、いずれもGnRHニューロンと共通の作用機構をもつことが示唆されている。それゆえ、ペースメーカー活動の頻度がどのような調節を受けるかを知ることは、終神経GnRHニューロンの機能を知る大きな手がかりになると考えられる。この調節機構に着目し、本研究では第1章でシナプス入力について、第2章で自己分泌・傍分泌について生理学的な研究を行った。形態学的研究により、終神経GnRHニューロンは嗅覚・視覚・体性感覚からの感覚入力を受けることが知られている。これに対応してキンギョ・サメにおいて体性感覚刺激(侵害刺激)によりペースメーカーの頻度が減少した。嗅覚・視覚等の感覚刺激に関しては、ペースメーカー頻度を変える刺激は見つからなかったが、コイにおいて嗅神経や嗅索を電気刺激した時に抑制性シナプス電位IPSPが生じてペースメーカー活動を抑制した。一方、感覚情報を主に伝達する物質の候補としてグルタミン酸の作用が調べられ、ペースメーカー活動に対して主に興奮性の作用を示すことが明らかになっている。そこでまず第1章では、嗅神経や嗅索を電気刺激した時にIPSPが生じることを踏まえて、ペースメーカー活動を抑制する物質の候補としてGABAに着目して、その生理作用を調べる実験を行った。一方、電子顕微鏡を用いた形態学的研究により、終神経GnRHニューロンの細胞体にはGnRHペプチドを含有する有芯小胞が存在し、ペプチドが細胞体から開口放出されることが示唆されている。終神経GnRHニューロンのペースメーカー活動はGnRHペプチドの投与により短時間抑制された後、長時間の興奮性作用を示すこと等から、GnRHペプチドは細胞体等から放出され、自己分泌・傍分泌的に作用するという仮説が提唱されている。さらに、魚から哺乳類に至る様々な動物において、終神経GnRHニューロンはGnRHの他にFMRFamide免疫陽性な何らかのペプチド(内在性FMRFamide様ペプチド)を共発現することも知られている。そこで第2章では、このペプチドの自己分泌・傍分泌作用について明らかにする目的で、FMRFamideの生理作用を調べる実験を行った。

実験動物:

ドワーフグーラミー Colisa lalia。終神経GnRHニューロンの神経生理学的実験が容易に行え、神経入力に関する形態学的な知見が豊富である。

実験手法:

脳から終脳-嗅球を切り出した全脳in vitro標本を用いパッチクランプ法でGnRHニューロンから記録を行った。薬理実験においてはホールセルパッチ法を行い、GABAA応答の生理的な応答性を見る実験においては、細胞内Cl-組成を維持するCell-attachedパッチ法、グラミシジン穿孔パッチ法を行った。

第1章の結果:

TTX(電位依存性Na+チャネル阻害剤)でシナプス入力を遮断した条件でホールセルパッチ記録を行った所、終神経GnRHニューロン上にはGABAA受容体アゴニストmuscimolによって活性化されるイオンチャネル型GABAA受容体の存在が示された。代謝型GABAB受容体による応答は見られなかった。グラミシジン穿孔パッチ記録を行いmuscimolにより生じる電流の反転電位を測定した所、静止膜電位より脱分極側であった。また、特殊な方法を用いてCell-attachedパッチ法により細胞膜電位を測定した所、終神経GnRHニューロンはmuscimol投与により脱分極した。CNQX, AP-5でグルタミン酸作動性シナプス入力を遮断した条件で、Cell-attachedパッチ法により活動電流の測定を行った所、低濃度(5 ・M)のmuscimol投与によりペースメーカーの頻度が上昇した。また、高濃度(50 ・M)のmuscimol投与により頻度が急激に上昇後、発火が停止した。さらにCell-attachedパッチ法において、muscimolによる興奮性作用がCl-蓄積型トランスポーターNKCCのブロッカー(bumetanide 50 ・M)の灌流投与により部分的に阻害された。これにより、興奮性GABAA応答を生じる因子の一つはNKCCであることを明らかにした。以上より、終神経GnRHニューロンのGABAA受容体応答はNKCCトランスポーターによる細胞内へのCl-蓄積機構により脱分極性となり、ペースメーカー活動に対して興奮性作用を示すことが分かった。ただし、GABAの濃度によっては部分的に抑制性にもなりうる。

GABAA応答が当初の予想に反して脱分極性であったことから、嗅神経・嗅索を電気刺激した時に生じるIPSPは別の伝達物質によるものと考えられるが、現在の所、その実体は不明である。興奮性GABAA応答は発生期の脳によく見られるが成熟個体の脳においては少数のニューロンにおいてのみ見られる。ほ乳類視床下部GnRHニューロンのGABAA応答も興奮性であるとされ、GnRHサージとの関連が示唆されている。また終神経・視床下部GnRHニューロンと発生の由来が同じ嗅受容ニューロンにおいてもCl-の細胞内蓄積が起きている。一方、同じく神経修飾系のドーパミン作動性ニューロンではGABAA応答は抑制性である。したがって、興奮性GABAA応答はGnRHニューロンに共通する性質である、発生起源に由来する性質である、等の可能性が考えられる。脳内のもう一つのGnRHニューロンである中脳GnRHニューロンのGABAA応答を調べることで示唆が得られると期待される。

第2章の結果:

FMRFamideは終神経GnRHニューロンのペースメーカー活動を抑制した。すなわち、ホールセルパッチクランプ法において、FMRFamideの灌流投与により終神経GnRHニューロンのペースメーカー活動が濃度依存的に減少した(EC50 = 2.85 μM)。また、頻度の減少はGDP-・-SによりGタンパク質共役型受容体の経路を遮断することで抑えられた。TTX存在下で、FMRFamideの灌流投与により終神経GnRHニューロンの膜電位は過分極した。さらに、FMRFamide投与により膜コンダクタンスが増大し、FMRFamideにより生じる電流の反転電位は細胞外K+濃度依存的に変化し、その変化はNernstの式から導き出されるK+平衡電位の理論値とほぼ一致していた。以上のことからFMRFamideは何らかのGタンパク質共役型受容体を介してK+コンダクタンスを増大させることで過分極応答を引き起こし、終神経図2.グラミシジン穿孔パッチ、反転電位の測定 図3.Cell-attached, 膜電位測定図4.Cell-attached, 活動電流の測定 図5.Cell-attached, NKCCブロッカーの効果GnRHニューロンのペースメーカー活動を抑制することが明らかとなった。

FMRFamideの有効濃度がペプチドとしては高いので、内在性のペプチドを決定してその作用を調べることが今後の課題である。

考察:

本研究により、終神経GnRHニューロンにおいて、当初の予想に反してGABAがペースメーカー活動に対して興奮性に作用することが明らかとなった。また、これまで終神経GnRHニューロンのペースメーカー活動に対して抑制性作用を示す神経伝達物質・神経修飾物質が見つかっていなかったので、今回のFMRFamideが最初の報告ということになる。終神経GnRHニューロンは各種の感覚入力を受けており、グルタミン酸、GABAがこれを仲介すると考えられる。これらの興奮性入力により終神経GnRHニューロンは脱分極して、ペースメーカー頻度が上昇する。入力強度によっては細胞体からGnRHペプチドや内在性FMRFamide様ペプチドが放出される可能性が考えられ、近傍の終神経GnRHニューロンに対して、GnRHペプチドの場合は主にpositive feedback的な調節を、FMRFamide様ペプチドの場合は過興奮を防ぐ抑制的調節を行うというモデルを考えることが出来る。これらの自己分泌・傍分泌的なペースメーカー活動の調節により、感覚系からのシナプス入力と出力としてのGnRHペプチドや共発現物質の放出動態との関係が修飾を受けるものと考えられる。今後の課題としては、グルタミン酸およびGABAによる興奮性入力の生体内での意義付けと、内在性FMRFamide様ペプチドの決定およびその作用の検証、GnRHペプチドと内在性FMRFamide様ペプチドがどのような時に放出されるかを調べることが挙げられる。それらにより、終神経GnRHニューロンペースメーカー活動のより正確な調節機構を知ることが出来るものと期待される。

図1.ドワーフグーラミーとその終神経GnRHニューロン(赤矢印)

図2.グラミシジン穿孔パッチ、反転電位の測定

図3.Cell-attached, 膜電位測定

図4.Cell-attached, 活動電流の測定

図5.Cell-attached, NKCCブロッカーの効果

図6.FMRFamideの灌流投与

図7.TTX存在下でのFMRFamide投与

図8.GDP-β-Sの抑制効果

図9.FMRFamideにより生じる電流の反転電位

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなる。本論文では、脳内で他のニューロンの興奮性などを調節する神経修飾作用をもつことが知られる終神経GnRHペプチドニューロンに着目して、それらに対する神経入力を生理学的に解析しているが、第1章では、脳内の主要な神経伝達物質であるγアミノ酪酸(GABA)に、第2章ではペプチドであるFMRFアミドに、それぞれ焦点を当てて研究を行っている。GnRHペプチドは、脳底部の正中隆起に投射して生殖腺刺激ホルモン(ゴナドトロピン)の放出を促すことにより生殖の中枢制御を行う視床下部神経分泌ホルモン(生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン、GnRH)として発見された。しかし、この発見の後、これと分子種は相同だが機能が異なるGnRHペプチドを産生するニューロンが視床下部外に見出された。今回研究の対象とする終神経GnRHニューロンは、視床下部外に細胞体が存在し、ペースメーカー活動と呼ばれる規則的な電気活動を示し、脳内に広く神経線維を投射することが報告されている。こうした特徴により、1)終神経GnRHニューロンは広い範囲の脳の興奮性を一斉に調節して、動物行動の動機付けや覚醒状態を修飾する、2)ペースメーカー活動が脳全体に投射する軸索を伝導してGnRHペプチドや共発現物質を放

出することにより神経修飾作用を発揮する、と考えられている。それゆえ、ペースメーカー活動がどのような調節を受けるかを知ることは、終神経GnRHニューロンの機能を知る大きな手がかりになると考えられる。形態学的研究および生理学的研究により、終神経GnRHニューロンは各種の感覚入力を受けることが知られており、体性感覚刺激や感覚神経電気刺激により抑制性シナプス電位IPSPが生じてペースメーカー活動を抑制する現象が報告されている。一方、感覚情報を主に伝達する物質の候補としてグルタミン酸の作用が調べられ、ペースメーカー活動に対して主に興奮性の作用を示すことが明らかになっている。そこでまず第1章では、嗅神経や嗅索を電気刺激した時にIPSPが生じることをふまえて、ペースメーカー活動を抑制する物質の候補としてGABAに着目して、その生理作用を調べる実験を行った。一方、電子顕微鏡を用いた形態学的研究により、終神経GnRHニューロンの細胞体にはGnRHペプチドを含有する有芯小胞が存在し、ペプチドが細胞体から開口放出されることが示唆されている。終神経GnRHニューロンのペースメーカー活動はGnRHペプチドの投与により短時間抑制された後、長時間の興奮性作用を示すこと等から、GnRHペプチドは細胞体等から放出され、自己分泌・傍分泌的に作用するという仮説が提唱されている。さらに、魚から哺乳類に至る様々な動物において、終神経GnRHニューロンはGnRHの他にFMRFアミド免疫陽性な内在性FMRFアミド様ペプチドを共発現することも知られている。そこで第2章では、このペプチドの自己分泌・傍分泌作用について明らかにする目的で、FMRFアミドの生理作用を調べる実験を行った。

本研究により、終神経GnRHニューロンにおいて、当初の予想に反してGABAがペースメーカー活動に対して興奮性に作用することが初めて明らかとなった。また、これまで終神経GnRHニューロンのペースメーカー活動に対して抑制性作用を示す神経伝達物質・神経修飾物質が見つかっていなかったので、第2章で明らかにしたFMRFアミドが最初の報告である。従来知られているグルタミン酸に加えて今回新たにわかったGABAを介する興奮性入力により終神経GnRHニューロンは脱分極して、ペースメーカー頻度が上昇する。入力強度によって細胞体からGnRHペプチドや内在性FMRFアミド様ペプチドが放出され、近傍の終神経GnRHニューロンに対して、GnRHペプチドの場合は主に正のフィードバック的な調節を、FMRFアミド様ペプチドの場合は過興奮を防ぐ抑制的調節を行うというモデルが示唆される。これらの自己分泌・傍分泌的なペースメーカー活動の調節により、感覚系からのシナプス入力と出力としてのGnRHペプチドや共発現物質の放出動態との関係が修飾を受けるものと考えられる。

これらの論文の各章で示された研究成果は脊椎動物脳内のペプチドニューロンにおける神経修飾の一般的な機構を理解する上で大変重要な知見であり、論文提出者の研究成果は博士(理学)の学位を受けるにふさわしいと判定した。

なお、本論文第1章は岡良隆との、第2章は齊藤健、阿部秀樹、岡良隆との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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