学位論文要旨



No 125645
著者(漢字) 市橋,泰範
著者(英字)
著者(カナ) イチハシ,ヤスノリ
標題(和) 葉の形態形成中心, 葉メリステムの発見と発生遺伝学的解析
標題(洋) Discovery and Developmental Genetic Analyses of the Morphogenetic Center of a Leaf, Leaf Meristem
報告番号 125645
報告番号 甲25645
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5553号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塚谷,裕一
 東京大学 教授 平野,博之
 東京大学 教授 米田,好文
 東京大学 教授 伊藤,元己
 東京大学 准教授 澤,進一郎
内容要旨 要旨を表示する

植物は主に葉,茎及び根から構成されている.その中で茎と根は茎頂分裂組織(shoot apical meristem, SAM)と根端分裂組織(root apical meristem, RAM)から細胞が供給されており,SAMとRAMは幹細胞を保持し,類似したメカニズムによりその形成/維持を制御している.一方で葉は,SAMの周辺領域から形成され,有限成長性を示す.モデル植物を用いた近年のSAMに関する一連の研究により,SAMの中央部に位置する幹細胞からtransit-amplifying細胞が生み出され,これらが増殖能を維持し,葉を含む側生器官を形成すると考えられている.しかし,葉原基がSAMからのtransit-amplifying細胞のみで構成されているのか,葉原基独自の幹細胞様の細胞を持っているのか明らかでない.一方で,古典的な形態・組織学の観察から,葉原基の分裂細胞は独自の分裂組織(例えば,plate meristemやmarginal meristem)を形成し,葉の成長において局所的な寄与をしていると想定されている.しかし,葉原基の分裂細胞がどのようにこれらの分裂領域に供給されているのか明らかでない.また近年の分子遺伝学により葉の細胞増殖に関する多くの因子や経路が明らかになってきているが,これらの因子群と葉の分裂領域との関係もよくわかっていない.このように,私たちは葉の細胞がどのように生じるのかについて,断片的にしか理解していない.

葉の形態形成において,もうひとつ見落とされている問題がある.一般的な葉は葉身と葉柄というコンパートメントから構成されているが,従来の研究は葉身のみに視点が集中しており,葉全体での理解はほとんどなされていない.すなわち,厳密な意味で,葉を構成するコンパートメントが葉の発生中にどのように形成されているのか,葉原基内で葉身及び葉柄細胞がどのように生じるのかわかっていない.

そこで本論文では,単葉を持つモデル植物シロイヌナズナを用いて,葉身と葉柄を含んだ葉全体はどのように形成されるのか,さらにそれに貢献する分裂組織は何かを明らかにすることを目的として研究を行なった.

第一章ではまず,葉の形態形成に関与する新規因子を同定するため,葉原基内で特異的にマーカー遺伝子を発現するエンハンサートラップラインのスクリーニングを行なった.その結果,葉の分裂が盛んな領域で特異的にマーカー遺伝子を発現する系統#576を単離することに成功した.#576発現パターンの原因遺伝子を明らかにするため,TAIL PCRによりT-DNAの挿入箇所を決定した.その結果,SPATULA(SPT)遺伝子の上流約150 bpにT-DNAの挿入が確認され,半定量的RT-PCRによりSPTは葉原基で発現していることを確認した.このことより,#576において観察されたマーカー遺伝子の発現パターンは,SPTの発現パターンを反映していると考えられる.そこで,sptの機能欠損型変異体を単離し調べたところ,spt変異体は野生株に比べ大きな葉を形成し,葉身及び葉柄ともに細胞数が増加していた.さらにspt変異体では,葉原基の分裂領域が野生株に比べて拡大していることが明らかになった.また遺伝学的解析により,葉における細胞増殖因子であるANGUSTIFOLIA3(AN3)-GROWTH REGULATING FACOTR5経路とSPTとは,独立に機能していることが明らかになった.従来報告されている因子群の解析から,葉の細胞増殖の制御ポイントは主にそのタイミングにあると考えられていたが,本研究により初めて,葉原基の分裂領域の大きさが葉のサイズ制御において重要であることが明らかとなった.

そこで第二章において,葉身と葉柄を含む葉全体での分裂領域に着目し,葉における分裂活性の時空間的パターンを,分子マーカー及びクローナル解析により詳細に調べた.現在までに葉身では,細胞増殖から細胞伸長への移行が求基的に進行すると知られていたが,葉柄ではそれが逆に求頂的に進行することがわかった.すなわち,葉における細胞増殖は,葉身と葉柄の境界領域で最も活発であることが,本研究により初めて明らかになった.この結果により,葉身と葉柄の境界領域から葉身と葉柄双方へ,細胞が供給されていると考えられる.そこでCRE/lox組換え系を利用し,葉の形成中の細胞系譜を調べた.その結果,発達中の葉の葉身/葉柄境界領域において同一細胞系譜集団が観察され,その先端側には葉身細胞が,基部側に葉柄細胞が分化しており,さらに中央部には未分化と考えられる小さい細胞群が存在していた.この結果は,葉身と葉柄の境界領域から葉身と葉柄両方の細胞が供給されていることを示している.以上の観察結果に基づき,葉における分裂組織を「葉メリステム(leaf meristem)」と定義した.葉メリステムとは,すなわち,葉身と葉柄の境界領域に存在し,葉身細胞と葉柄細胞を先端と基部へそれぞれ供給する領域である.さらに,この葉メリステムは,AN3プロモーターによりその全体が,DタイプサイクリンCYCD4;2のプロモーター及び第一章で単離したSPTエンハンサートラップによりその周縁の特定領域がマークされる.すなわち,複数の領域に区画されていることが明らかになった.この葉メリステムにおけるそれぞれの領域は,古典的な形態・組織学で想定されているplate meristem及びmarginal meristemにそれぞれ相当すると考えられる.

上記の一連の解析により,葉メリステムから葉身及び葉柄細胞がつくられていることがわかった.それでは,葉の発生中どのように葉メリステムがふるまうことで,葉身と葉柄が形成されるのだろうか.分子マーカー及び本研究で改良したmPS-PI染色法を用いて,葉の発生を詳細に観察した.その結果,SAMの周辺領域から生じた初期の葉原基では,そのほぼ全体で細胞分裂しており,異なる細胞成長方向を示す先端/基部ドメインが形成されることがわかった.すなわち,葉原基の先端側には極性を持たない細胞群が,基部側には先端基部軸に沿った極性を持つ細胞群が形成されていた.このドメイン形成と同時に葉メリステムの細胞増殖が活発化し,異なる細胞成長方向を反映した細胞分裂方向が生じることで,先端側には平面上に展開した葉身が,基部側には先端基部軸に沿って伸長した葉柄が形作られることが明らかとなった.また,葉メリステムの分裂領域は,それが活発な時期を通して,一定の領域に維持されていることも明らかとなった.これら一連の観察から,葉メリステム内の上記したような先端/基部ドメインの確立が,葉身と葉柄の器官形成に重要と考えられる.

そこでこの可能性を確かめるために,葉柄に異所的な葉身を形成するとされるBLADE-ON-PETIOLEの機能欠損型変異体bop1bop2二重変異体に着目し,この変異体における葉メリステムの挙動を調べた.まずbop1bop2二重変異体の葉の初期発生を観察したところ,葉メリステムの基部ドメインが正常に形成されず,先端ドメイン様の極性を持たない細胞のみで構成されていた.またこの発生ステージにおいてすでに,AN3プロモーターの発現パターンに異常が確認された.続く発生ステージにおいても,bop1bop2の葉原基では葉柄の形態的特徴を示さず,本来葉身/葉柄境界で発現するAN3プロモーターは,bop1bop2の葉原基の最も基部で観察された.以上から,bop1bop2は葉メリステムの形成/維持の制御異常により葉身のみの葉を形成すると考えられる.実際,bop1bop2の成熟葉は,従来の解釈とは異なり,葉柄の形態的特徴はなく,葉身のそれのみを示していた.bop1bop2を用いたこれらの観察結果により,葉メリステムの適切な形成/維持の制御は,適切な葉身と葉柄の形成に重要であることが示唆された.

本研究により葉は独自の分裂領域として葉メリステムを形成/維持し,この領域において葉身及び葉柄細胞の供給と葉身と葉柄の器官形成が同時に制御されていることが明らかになった.本研究で示した葉の形態形成中心である葉メリステムの発見により,従来の研究においてブラックボックスであった,どのように葉の細胞が生じ,葉の基本コンパートメントを形作っているのかを明らかにすることができた.今後,シロイヌナズナで明らかとなった葉メリステムの知見を,様々な葉形を示す植物に応用することで,葉の形態形成の基本メカニズムひいては多様化メカニズムに新しい視点から貢献できると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は序論、全体の結論及び2章の本論からなる。本論の第1章では、葉の分裂組織を制御する因子を単離する試みが述べられており、葉の分裂が活発な領域周辺で特異的に発現するエンハンサートラップ系統のスクリーニングとその解析が、その中心である。この解析から申請者は、1) bHLH転写因子のSPATULA(SPT)が葉の細胞分裂領域の辺縁部で発現すること、2)SPTの機能欠損型変異体が大型の葉を持ち、それが細胞数の増大によること、3)SPTの新たな機能として、葉の細胞分裂の領域を制限するというものがあること、以上の従来知られていなかった新機能を明らかにして、葉の形態形成の新たな制御メカニズムの知見を提供した。さらに第2章では、その葉の細胞分裂の活発な領域の特性を詳細に解析している。まず組織発生学的解析から、葉身と葉柄の境界領域に、両領域の細胞を共に供給する分裂組織がある可能性を見いだした。つづいてその可能性を確かめるため、CRE/lox系を用いたキメラ解析を行ない、確かに境界領域から単一クローンとして葉身と葉柄の細胞が供給されるということを明らかにし、この分裂組織を葉メリステムとして定義した。さらにこの葉メリステムについて、葉における細胞分裂を制御することが知られている各種遺伝子のプロモータ領域及び第1章で同定したSPTエンハンサートラップ系統などを用いて、葉メリステムの中の空間的機能分化を明らかにした。加えて、葉身と葉柄の分化に異常があると考えられてきたbop1 bop2変異体の解析から、葉メリステムを制御する因子の候補としてBOP1 BOP2があることを見いだした。上記諸点は、いずれも当該研究領域に全く新たな視点を導入する画期的な研究成果である。

なお本論文第1章は、Stefan Gleissberg博士、堀口吾朗博士、塚谷 裕一博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認めるものである。

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