No | 125648 | |
著者(漢字) | 中山,北斗 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカヤマ,ホクト | |
標題(和) | アスパラガス属植物における擬葉に関する進化発生学的研究 | |
標題(洋) | Evolutionary developmental studies on morphogenesis of phylloclade in the genus Asparagus. | |
報告番号 | 125648 | |
報告番号 | 甲25648 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5556号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序論】 現在の地球上には、知られているだけでも30万種とも言われる程に多様な陸上植物が存在し、その形態の多様性はシュート構造の多様性と言い換えることができる。近年の発生学および分子遺伝学の進展により、シュートの形態形成機構は、特に精力的に研究が進められており、モデル植物で得られた知見をもとに、生物の多様性や進化の過程を遺伝子レベルで明らかにしようとする進化発生学(Evolutionary Developmental Biology:Evo-Devo)が、現在注目を集めつつある。 アスパラガス属植物は葉が鱗片状に退化し、本来は側枝が発生する葉腋の位置に、擬葉と呼ばれる葉状器官を形成する。擬葉は光合成器官としての役割を担っており、形態上だけでなく、生理学的にも葉との類似点を有する。擬葉は、その分子遺伝学的背景はおろか、詳細な発生過程も未だ明らかとなっていない。属内において、その形態は多様化しており、アスパラガス属の擬葉は、植物におけるシュート構造の多様化の過程を、発生学的および進化学的観点から明らかにすることが可能な良いモデルであると考えられる。 そこで本研究では、特異なシュート構造である擬葉の発生、およびその多様化機構の理解を目的として研究を行った。まず、擬葉の基本的な発生を理解するために、属内の系統関係で基部に位置するAsparagus asparagoidesを解析に選び、属内の擬葉形態の多様化を理解するために擬葉の形態が棒状のA.officinalisも用いた。これら2種を、解剖学的、発生学的、および分子遺伝学的手法を用いて比較解析することにより、上記の問題解決に挑んだ。 【結果および考察】 1.アスパラガス属の擬業は葉の形態形成遺伝子の具所的発現により葉状化し、属内の擬葉形態の多様化は背腹性関連因子の変化を伴った進化を含む アスパラガス属植物は葉が退化し、葉腋の位置に擬葉と呼ばれる葉状の器官を有する。A.asparagoidesの擬葉の外部形態は、葉と同様の背腹性を有するように見える。背腹性は葉を特徴づける形質のひとつであり、それは内部構造や維管束の配置により定義されるものである。擬葉の背腹性を含めた内部構造を理解するために、樹脂切片を用いて観察した。 その結果、A.asparagoidesの擬葉では、向軸側に柵状組織様の細胞層がみられ、背軸側には海綿状組織様の細胞層が観察された。また維管束に着目すると、木部が背軸側、師部が向軸側に存在し、一般的な葉の維管束形態とは異なっていた。一方、擬葉の形態が棒状のA.officinalisでは、背腹性は確認されなかった。 以上のことから、A.asparagoidesの擬葉は解剖学的に背腹性を有していることが明らかとなった。また、擬葉は独自の内部構造を有し、茎、あるいは葉の構造とは異なることも示唆された。 次に、葉状の形態を呈する擬葉の発生を理解するために、擬葉の形態形成に関連する可能性がある遺伝子のオーソログを単離し、発現解析を行った。解析に用いた遺伝子は、茎頂分裂組織(SAM)の形成・維持に関わるKN1およびSTM、これまでに知られている葉の形態形成ネットワーク中でも上位に位置するAS1、葉の向軸側の細胞運命を促進するPHBおよびREV、葉の背軸側の細胞運命を促進するARF3およびmiR166、単子葉類のイネにおいて葉の厚さ方向への細胞増殖を制御することが知られているDLである。これらのオーソログの全長を単離し、擬葉原基での発現を確認した。 その結果、AaKN1およびAaSTMの発現が擬葉原基で確認され、擬葉原基は茎頂分裂組織のアイデンティティーを有していることが示唆された。また、本来、発生中の葉でのみ発現がみられるAaAS1の発現も、擬葉原基で確認されたことから、同時に葉のアイデンティティーも有している可能性が示唆された。擬葉は、その発生位置から側枝の変形であるという解釈があり、近縁属のシュート構造との比較および今回の結果から、その起源は側枝であり、葉状の形態は、葉形態形成遺伝子の側枝における異所的発現が要因であることが示唆された。さらに、葉の向背軸の確立に関わると考えられる因子群の発現も確認されたことから、擬葉の背腹性は、これまでのモデル植物で報告されている背腹性関連因子の発現により、付与されたものであることが示唆された。興味深いことに、AaDLは葉において発現するものの、擬葉では発現が確認されなかった。このことから、葉において発現する遺伝子の全てが、擬葉において発現するわけではないことも示唆された。 以上のことから、擬葉はその進化の過程で、葉の形態形成における遺伝子ネットワークの一部が側枝において異所的に発現することで、葉状の形態を獲得した可能性が高いと考えられた。 一方、アスパラガス属内で擬葉の形態は多様である。その中でも棒状の擬葉を有するA.officinalisは、内部構造の観察から解剖学的に背腹性を有していないことが確認された。属内の系統樹上において、A.officinalisはA.asparagoidesよりも派生的な位置に属する。このため、上記の結果より、A.asparagoidesからA.officinalisへの進化の過程で、背腹性関連因子に何らかの変化が起きた可能性が考えられる。そこで、A.officinalisを用いて背腹性関連因子を単離し、発現解析を行った。 その結果、向軸側因子のAoPHBおよびAoREVは、A.asparagoidesで確認されたような特徴的局在が観察されなかったが、背軸側因子のmiR166は擬葉の最外層全縁で発現していた。 以上のことから、A.officinalisの擬葉は全て裏側のアイデンティティーを有しており、背軸側化していることが明らかとなった。これにより、属内における擬葉の形態の多様化は、背腹性関連因子の変化を伴った進化を含むことが示唆された。 2.CR,4BSCLAW相同遺伝子であるAaDLの発現は、単子葉植物において CRC/DL型YABBY遺伝子が段階的に進化したことを示す CRC/DL型YABBY遺伝子は機能的に多様化した、植物特異的な転写因子である。真正双子葉類のシロイヌナズナでは心皮原基の背軸側で発現し、心皮形成の他に、蜜腺での機能も有する。一方、単子葉類のイネでは心皮原基全体で発現し、心皮の器官アイデンティティーの確立の他に、葉の中肋形成の機能も有する。近年、その祖先的な機能は、心皮における細胞増殖の促進であることが示唆されている。このため、CRC/DL型YABBY遺伝子は心皮での機能をある程度保持しながら、各系統群で新規機能を獲得した興味深い遺伝子群である。しかしながら、イネで報告されている心皮原基全体での発現の獲得、あるいは葉の中肋形成に関わる新規機能の獲得の過程の詳細は未だ明らかとなっていない。また、蜜腺での機能の一般性に関しても不明な点が多い。アスパラガス属は単子葉類の系統関係において、イネ科に比べて基部に位置し、心皮合生雌蕊内にseptal nectaryと呼ばれる蜜腺を有する。そこで、単子葉類におけるCRC/DL型YABBY遺伝子の進化の一端を明らかにすることを目的として、A.asparagoidesを用いて解析を行った。 その結果、A.asparagoidesの心皮では、原基の背軸側で発現が確認され、心皮での発現パターンはシロイヌナズナCRCの特徴を有していた。また、葉の師部における発現も確認されたが、イネで報告されている発現パターンとは異なっていることが明らかとなった。さらに、Septal nectaryでの発現は見られないことも明らかにした。 以上のことから、イネで報告されている心皮原基全体における発現は、アスパラガス属の分岐以降に獲得したこと、一方、葉での発現は同属の分岐以前に獲得していたことが示唆された。また、蜜腺形成におけるCRC/DL相同遺伝子のリクルートは、単子葉類の分岐以後、真正双子葉類のみに起きている可能性が示唆された。これらの結果は、シロイヌナズナとイネの間で見られるCRC/DL型YABYY遺伝子の機能分化は、一度の変化で起きたわけではなく、それぞれの系統群の進化の過程において、段階的に変化した結果であることが、強く示唆された。 【結論】 本研究により私は、側枝の位置に発生し、葉状の形態を呈するアスパラガス属の擬葉は、葉の形態形成遺伝子群が異所的に発現していることを明らかとした。この結果、擬葉の葉状の形態は、これらの発現によるものであることが示唆された。これは、擬葉が側枝の変形であるという解釈を、遺伝学的に支持する結果である。また、属内の擬葉形態の多様化に関してA.officinalisではA.asparagoidesと比べた場合、背腹性関連因子の変化により,擬葉が棒状化した、ということを示唆する結果を得た。 以上の結果から、擬葉という独自の器官は、新規の遺伝子を用いるのではなく、既存の遺伝子ネットワークを利用することで生じ、加えてそれに変化が起きることで多様化したことが強く示唆された。また、特徴的な転写因子群の進化における重要な知見が得られたことから、アスパラガス属は、単子葉類の進化や、遺伝子機能における考察を行う上で、非常に有用な植物群であると言える。 | |
審査要旨 | 本論文は序論、全体の結論及び2章の本論からなる。論文提出者は本論文で、アスパラガス属がもつ擬葉という、シュートが葉のように変形したと考えられている特異な器官の形態形成と、その進化機構を明らかにしようと試みている。本論の第1章では、アスパラガス属のなかで異なる形態の擬葉を持つ2種、A. asparagoidesとA. officinalisに焦点を当て、両者の比較形態を行なった結果、いずれの擬葉も鱗片状の葉の腋に発生し、その点で側枝に相当すると考えられることを確認した上で、1)外見上葉と極めて酷似した形態を持つA. asparagoidesの擬葉は、初期発生の時点から平面成長を示し、完成時点では内部構造でも背腹性を示す点で葉と酷似するが、維管束の背腹性においては葉のそれと逆転していること、2)棒状の擬葉を持つA. officinalisの擬葉は背腹性を有さないこと、を明らかにした。続いてこうした特性から論文提出者は、シロイヌナズナなどモデル植物種の葉においてその背腹性を与えることが知られている遺伝子群や、シュートの頂端分裂組織を特徴づける遺伝子群をアスパラガス属2種よりクローニングし、その発現パターンをin situ hybridization法により詳細に解析している。その結果、平面成長し背腹性を示すA. asparagoidesの擬葉では、本来葉で発現すべき諸遺伝子が異所的に発現していること、加えてシュート頂で発現する遺伝子群も発現していることを明らかにした。また棒状で背腹性を示さないA. officinalisの擬葉は、葉において背軸側(裏側)を特徴づける遺伝子がその全面で発現していることを明らかにし、系統関係と合わせ、背腹性関連遺伝子が異所的に発現することで葉に類似した構造を獲得した擬葉が、二次的に向軸側因子の発現を失った結果、葉でそうした場合に見られるように、棒状に進化したのではないかと考察した。 続く第2章では、上記解析によって単離されたCRC/DL遺伝子のA. asparagoidesにおけるオルソログのAaDL遺伝子について、心皮を含めた諸器官において、さらに詳細な解析を行なっている。その結果、被子植物で知られているCRC/DL遺伝子の発現パターンの多様性と合わせて考察すると、CRC/DL遺伝子は、被子植物の格分類群に分かれる段階で、段階的に発現パターンとその機能を変えてきたという結論を得ている。本章に相当する部分は、国際誌American Journal of Botanyに掲載が決まっている。 第1章、第2章の上記諸点は、いずれも比較形態にとどまったまま長らく進展のなかった当該研究領域に、分子レベルの全く新たな知見をもたらした、画期的な研究成果である。 なお本論文第2章は、山口貴大博士、堀口吾朗博士、塚谷 裕一博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認めるものである。 | |
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