No | 125656 | |
著者(漢字) | 阿部,真理子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アベ,マリコ | |
標題(和) | 乳幼児の守り手の防災イマジネーション向上のための一手法の検討 | |
標題(洋) | Method for Improving Disaster Management Imagination of Little Children's Guardians | |
報告番号 | 125656 | |
報告番号 | 甲25656 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7189号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 社会基盤学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 「適切な防災対策を行うためには、災害状況の想定が欠かせない」という類の言説を、防災の内容を扱ったウェブサイトや書籍、講演等、様々な媒体で目にする機会がある。「災害状況の想定に基づく防災対策」は、防災関係者の間では、もはや定説となっている状況と言える。しかし、この「災害状況の想定に基づく防災対策」を行うために必要となるプロセスや、想定の差異に考慮すべき点にまで踏み込んだ言説はごくわずかである。このような状況では、実際に一般の人が災害状況の想定に取り組むことは難しいし、結果として一般の防災訓練をはじめ現状行われている諸対策には、災害状況とのズレや偏りが見られることが少なくない。 本論文では、この「適切な防災対策を行うための災害状況の想定力」を「防災イマジネーション」と定義し、個人から集団にいたる「防災イマジネーション」の形成を目的としたワークショップを設計・実践した。その際、日本における代表的な災害の一つである地震災害を対象とし、保育園を単位とする集団 を実践フィールドとした。 保育園の現場では、地震や火災等の災害に対し、以前より設備点検や毎月の避難訓練等の対策がとられてきた。また、近年の動向として、乳幼児への防災教育に関する取り組みも行われだしている。しかし、行うべき防災対策の全体像を考えた時、これらの訓練や教育はごく限られた一部を扱っているに過ぎない。また、訓練や教育で想定している状況には、様々な面で災害発生時に起こりうる状況とのズレや偏りが存在している。例えば、保育園で一般的に行われている地震時避難訓練は、時系列のフェーズは地震直後、対応行動の種類は避難に偏っており、余震は考慮されていないことが殆どである。そもそも、保育園において避難訓練を行える状況は限られており、散歩中、食事中、午睡中など、地震が発生すると対応に困る状況ほど訓練実施が困難である。そこで、保育園関係者内で、個人から集団に至る地震防災イマジネーションを形成することで、既存の保育園の防災対策を見直し、避難訓練や対策を再検討することが有効となる。よって、本研究では保育園の個人から集団に至る地震防災イマジネーションを形成するためのワークショップの実践に取り組んだ。このワークショップでは、まず地震発生時の状況に影響を与える諸要因(特性)を考慮し、各々の参加者が自分を主人公とする災害発生時の物語を時系列に沿って記述する。この作業により、記述者の災害イマジネーションが形成されると同時に、疑問や不安、課題も顕在化する。その後、並べた物語を土台に参加者間で話し合うことにより、災害イマジネーションおよび疑問や不安、課題が共有され、集団としての防災イマジネーションが向上する。本論文では、以上のワークショップの設計および実践による検証をおこなうとともに、保育園の地震防災イマジネーションを形成するために必要な支援についても考察を行った 。本論文の成果は、以下に示す通りである。 第1章「序論」では、本研究の背景と目的を述べ、既往の研究を概観することにより本研究の位置付けを示した。また、本研究の構成と内容を説明した。 第2章「保育園現場の日常と防災対策」では、フィールドワークやヒアリングを通して把握した保育園現場の日常および防災関連の諸活動と課題をまとめた。また、行政等の関連機関と保育園との防災上の関係についても述べた。 第3章「ワークショップの設計」では、目黒(1999)によって考案・実践されている災害状況のイメージトレーニングメソッド「目黒メソッド」を保育園等の場で実施しやすくするため改良したツール「目黒巻」の設計過程および目黒巻を用いた保育園での集団的防災イマジネーション形成のための防災ワークショップ「目黒巻WS(ワークショップ)」の設計について述べた。 第4章「ワークショップの実践と考察」では、一連の目黒巻WSの実践とその成果について記述した。このワークショップの実践によって、「WS参加者(保育園職員または保護者)間の地震防災イマジネーションの共有と向上による、地震防災対策の改善」という1次的成果に加え、「保育園職員および園児保護者の地震防災イメージ情報の集積」という2次的成果も得られた。目黒巻WSの実践に取り組む際には、しばしば課題や葛藤が生じたが、これらも保育園の防災に関する今後の研究・実践の一助となると考え、含めて記述した。最後に、目黒巻WSの実践によって得られた保育園職員および保護者の地震防災イメージ情報に関する分析と考察を行った。WSの実践を通して、以下の事が実証できた。まず、各々の参加者が自分を主人公とする災害発生時の物語を時系列上に記述する作業により、記述者の災害イマジネーションが形成されると同時に、疑問や不安、課題も顕在化する。また、記述後に時系列に沿って並べた互いの物語を踏まえて話し合うことにより、疑問や課題が共有され、集団としての防災イマジネーションが向上する。モデル園等でのWS後の調査からは、WSを踏まえたその後の取り組みの結果、ソフト・ハード両面での防災対策が進展したことも確認された。さらに保育園、高齢者福祉施設、病院、家庭、高校等の様々な場でのWS実践により、WSプログラムやツールのバリエーションが増え、プログラム設計における考慮点が健在化した。 第5章「地震防災イマジネーション向上のための支援情報」では、保育園職員や保護者らが地震防災イマジネーションを共有・向上するために必要な支援情報に関して述べた。重要な支援情報の一つとしては、災害イマジネーションWSの際に参考にできる、災害発生前後の経過時間帯や課題の内容に沿った参照情報の提供が挙げられる。そこで、過去の災害や乳幼児福祉・防災分野の知見をもとに、WSの際に参加者が参照できるような「参照用災害状況ストーリー」のモデル例を作成するとともに、その作成過程を整理した。過去の災害事例としては、主に新潟県中越地震(2004年)の被災地の妊産婦・乳幼児保護者に書いて頂いたアンケートを参考にした。作成した災害状況ストーリーを基に、成果物として完成させた東京都の妊産婦・乳幼児保護者向けのパンフレットについても説明した。 第6章「保育園における地震防災の再考」では、前章までを踏まえ、防災イマジネーションに着目した保育園における地震防災について検討し、保育園の防災対策を支援する際に考慮すべき事項を整理した。 第7章「結論」では、本研究全体を通して得られた成果を総括するとともに、今後の課題を示した。 | |
審査要旨 | 適切な防災対策を行うためには、正確な災害状況の想定が欠かせない。しかし、この災害状況を適切に想定するための方法、必要となるプロセスなどがはっきりしていないため、一般の人が適切に災害状況を想定することは難しい。結果として、防災訓練をはじめ、現在行われている防災対策には、実際の災害状況とのズレや偏りが見られるものも少なくない。 災害状況を適切にイメージする能力を高めるには、実際に被災体験を積むことが効果的であるが、災害大国日本といえども、時間や地域を限定すれば、全ての人々が実際に災害体験を積むことは不可能である。また災害の規模や質は、発災時の様々な条件や対象地域の特性の影響を受けるために、同規模の地震や台風が襲っても、それが引き起こす被災状況は大きく変わる。さらに発災からの時間経過に添った被災者の対応によっても状況が大きく変化するので、たとえ災害を体験した人にとっても、それは「数多の災害状況の中の1パターンを体験した」にすぎず、実体験の教訓が将来の災害時に活用できないことも起こりうる。 よって、(1)災害状況を上記のような様々な因子を設定した上で発災後の時間経過に沿ってイメージし、(2)事前・事後の対応の変化によって状況がどのように変化しうるかを想定する能力(これを防災イマジネーションと呼ぶ)を高めることは、災害の未体験者はもちろん、災害体験者にとっても非常に重要である。 本論文では、上記の点を踏まえ、個人から集団にいたる「防災イマジネーション」の形成を目的として、「目黒巻」という防災イマジネーションのトレーニングツールを考案し、それを用いた防災ワークショップ(WS)に関する研究と実践活動を行った。また災害状況をイメージする環境形成支援の一環として、過去の災害や各分野の専門家の意見を踏まえた参照用災害状況ストーリーを検討した。その際、対象集団としては保育園を単位とする関係者集団を、災害としては日本における代表的な災害である地震災害を対象とした。「保育園」を対象とした理由は、「乳幼児が災害時要援護者であること」、「乳幼児は将来の社会を担う存在であること」、「乳幼児の親が現在の社会を担う世代であること」、「親にとって具体的な防災の取り組みのきっかけとしては、子供の防災対策の方が取り組みやすく、これが自分や地域の防災対策に波及しやすいこと」、「乳幼児は災害に対してどこまで備えるかを自分で選択できないこと」などである。 以下に、7章からなる本論文の各章の概要を説明する。 第1章「序論」では、本研究の背景と目的を述べ、既往の研究を概観することにより本研究の位置付けと構成、各章の概要を説明している。 第2章「保育園現場の日常と防災対策」では、フィールドワークやヒアリングを通して把握した保育園現場の日常および防災関連の諸活動と課題をまとめている。また行政等の関連機関と保育園との防災における関係についても解説している。 第3章「ワークショップの設計」では、保育園での集団的防災イマジネーション形成のための防災ワークショップ「目黒巻WS(ワークショップ)」の実践によって得られた成果および実践上の諸課題について述べている。目黒巻WSは、目黒(1999)によって考案・実践されている災害状況のイメージトレーニングメソッド「目黒メソッド」の長所を損うことなく簡便化し、実施しやすく工夫した「目黒巻」を用いたワークショップ(WS)である。 第4章「ワークショップの実践と考察」では、一連の目黒巻WSの実践と普及の取組みとその成果について記述している。このワークショップの実践によって、「WS参加者(保育園職員または保護者)間の地震防災イマジネーションの共有と向上による、地震防災対策の改善」という1次的成果に加え、「保育園職員および園児保護者の地震防災イメージ情報の集積」という2次的成果も得られた。目黒巻WSの実践に取り組む際に、しばしば課題や葛藤が生じたが、これらも保育園の防災に関する今後の研究・実践の一助となると考え、含めて記述した。また、目黒巻WSの実践によって得られた保育園職員および保護者の地震防災イメージ情報に関する分析と考察を行った。 第5章「地震防災イマジネーション向上のための支援情報」では、保育園職員や保護者らが地震防災イマジネーションを共有・向上するために必要な支援情報に関してまとめた。重要な支援情報の一つとしては、災害イマジネーションWSの際に参考にできる、災害発生前後の経過時間帯や課題の内容に沿った参照情報の提供が挙げられる。そこで、過去の災害や乳幼児福祉・防災分野の知見をもとに、WSの際に参加者が参照できるような「参照用災害状況ストーリー」のモデル例を作成するとともに、その作成過程を整理した。過去の災害事例としては、主に新潟県中越地震(2004年)の被災地の妊産婦・乳幼児保護者に書いて頂いたアンケートを参考にした。作成した災害状況ストーリーを基に、成果物として東京都の妊産婦・乳幼児保護者向けのパンフレットを作成した。 第6章「保育園における地震防災の再考」では、前章までを踏まえて、防災イマジネーションに着目した保育園における地震防災について検討し、保育園の防災対策を支援する際に考慮すべき事項を整理した。 第7章「結論」では、本研究全体を通して得られた成果を総括するとともに、今後の方向性や課題について整理している。 以上のように本研究では、保育園における既存の防災対策の再検討を目的として、地震を対象災害とし、保育園の個人から集団に至る防災イマジネーションを形成するためのワークショップの実践に取り組んだ。このワークショップでは、まず地震発生時の状況に影響を与える諸要因(特性)を考慮し、各々の参加者が自分を主人公とする災害発生時の物語を時系列上に記述する。この作業により、記述者の災害イマジネーションが形成されると同時に、疑問や不安、課題も顕在化する。その後、並べた物語をベースに参加者間で話し合うことにより、災害イマジネーションおよび疑問や不安、課題が共有され、集団としての防災イマジネーションが向上する。本論文では、以上のワークショップの設計および実践による検証を行うとともに、保育園の地震防災イマジネーションを形成するために必要な支援についても考察した 。 以上の内容は、将来の地震時に保育園における被害の大幅な軽減につながるものであり、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |