学位論文要旨



No 125660
著者(漢字) コイララ,スジャン
著者(英字) KOIRALA,SUJAN
著者(カナ) コイララ,スジャン
標題(和) グローバルな陸面モデルへの地下水過程の組み込みによる水文予測精度の向上
標題(洋) Explicit representation of groundwater process in a global-scale land surface model to improve hydrological predictions
報告番号 125660
報告番号 甲25660
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7193号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 沖,大幹
 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 准教授 徳永,朋祥
 東京大学 講師 知花,武佳
 東京工業大学 准教授 鼎,信次郎
内容要旨 要旨を表示する

地下水は、水循環における重要な要素の一つである。地下水は、全球にわたる淡水の貯留形態であり、2つの水文過程のソースとなる。つまり、基底流出および毛管力による不飽和層土壌層への水供給である。基底流出は、乾期における地表水資源賦在量の指標であり、基底流出の予測は、とりわけ気候変動下での水資源アセスメントにとって重要である。一方で、毛管力による水供給は、不飽和土壌層の水分量を増加させ、水分量が制限されている地域では蒸発量を促進させる。

全球スケールの陸面過程モデル(LSM)は、物理過程に基づいて地表面での熱収支をパラメタライズしており、複雑な関係性を数値的に解くために膨大な計算機資源を要求する。計算機資源への要求量を減らすために、アドホックな仮定により、流出発生機構をはじめとする種々の水文過程の概念化が行われてきた。そのうちの一つが地下水過程であり、伝統的に地下水過程は無視されてきたか、よくても陰に扱われているだけだった。

しかし、近年の領域スケールモデルの研究により、地下水と土壌水分との動的な相互作用が地表の水文フラックスに影響を与えることが示されてきた。適切に地下水を表現したLSMは、特に飽和-不飽和土壌層間の相互作用が大きな地域で、水文フラックスの再現性を大幅に向上させることが分かっている。しかし全球スケールでは、水循環過程における地下水動態を陽に表現し定量化する研究は、これまでに存在しない。

本研究では、全球スケールのLSMであるMinimal Advanced Treatments of Surface Integration and Runoff (MATSIRO) の土壌層に、動的な地下水過程を組み込むことで、この研究上のギャップを克服することを試みる。

MATSIROに地下水過程を組み込み全球スケールでの解析を行うことに加え、全球スケールのモデリングの課題であるモデルパラメータの推定についても、包括的な議論を行う。理論的には、完全に物理過程に基づく要素のパラメータは観測によって得られるが、概念的な要素のパラメータは直接観測することができない。それにもかかわらず、パラメータの不確実性は再現結果に影響を与え誤った結論に至る可能性があるため、パラメータは適切に定められる必要がある。言うならば、全球スケールの研究におけるパラメータは、観測データの不足に制限されている。本研究と同様のスケールと目的をもつ研究のほとんどは、河口での流量データを用いることで限られた流域でパラメータを校正し、それを同様の気候条件で流量観測がない流域に外挿している。

本研究は、どの流域でも陽なパラメータの校正を行わず、多様な変数に関する包括的な観測データが得られたイリノイ川流域における値をもとにパラメータを定めるという、既往の研究とはやや異なる手法を提案する。これは、流域全体の水文過程が集約され、サブ流域スケールの過程が見えなくなっている地点での、単一の水文フラックス(河川流量)のみから得られたパラメータより、多様な水文フラックスと貯留量から得られたパラメータのほうがより信頼性が高いという仮定に基づいている。また、この手法はグリッド格子規模で利用可能な降水量とその季節変動を用いているため、流域内における気候特性のばらつきに対する説明までを含めた、グリッド単位のパラメータ推定を可能にする。この手法は、大規模な流域内のすべてのグリッドに一定のパラメータを用いていた過去の研究に比べて優れていると言える。このパラメータ推定手法は、本研究で対象とした20流域のほぼすべてにおいて効果的であった。

全球スケールでのパラメータ検証の後に、開発したモデルを用いて、水文シミュレーションにおいて動的な地下水過程を表現したことの影響を評価した。大多数の流域において、地下水を組み込んだモデルは流出発生の遅れを適切に再現し、また基底流量(低水流量)の再現性が大幅に改善された。高緯度地域において、モデルは洪水ピーク流量を再現できなかったが、それは融雪過程が上手く再現されていないためであると考えられる。

さらに、上向きの毛管力による地下水層からの正味の水移動は乾期に顕著となり、この過程を無視すると土壌が過剰に乾燥するため、蒸発散量の過大評価と流出量の過小評価を招くことが分かった。全球スケールでは、地下水層からの供給による蒸発散量は、全年間蒸発散量の11%となることが推定された。

モデル中で上向きの水分移動を考慮することで根域の土壌水分が増加しても、蒸発散量の増加は空間的に不均一であることがわかった。乾期が明白な半乾燥帯では、蒸発散量が水分量に規定されているため、上向きの毛管力による地下水層からの正味の水移動は乾季に顕著となり蒸発散量の増分は最大となる。湿潤地域では、蒸発散量はすでに可能蒸発散量に近いため、地下水層からの供給によって土壌水分量が増加しても蒸発散量の推定値は大きく変わらない。高緯度では、放射量が蒸発散量を規定しているため、地下水層からの水供給によって土壌水分量が増加しても、蒸発散量が増えることはない。

審査要旨 要旨を表示する

地下水は、全世界の都市における水供給の半分を担っていると推計される重要な水資源であると共に水循環における重要な要素の一つである。また、河川の基底流出の主要な供給源であり、表層土壌が乾燥した条件下では蒸発散に伴う表層への水分供給をも担うなど、比較的遅い時間スケールの現象を支配している。基底流出は、乾期における地表水資源賦在量の指標であり、基底流出の予測は、気候変動下における利用可能な水資源量のアセスメントにとって重要であり、乾燥条件下でどの程度地下水から表層へ水が供給されるかは、大気陸面相互作用にも影響を及ぼす。

このように、地下水過程が重要であることは理解されていたが、全球スケールの水循環のシミュレーションに用いられる陸面モデル(LSM)は、物理過程に基づいて地表面でのエネルギーや水、二酸化炭素などの収支に関する複雑な過程を数値的に解くために膨大な計算機資源を必要としており、気候シミュレーションの優先順位の関係から、流出発生機構をはじめとする種々の水文過程に関しては比較的単純な取り扱いがなされてきている。地下水過程もそうした中のひとつであり、これまで陸面モデルでは伝統的に地下水過程は無視されてきたか、せいぜい概念的に組み込まれるだけであった。

しかしながら、近年の領域スケールでの研究により、地下水と土壌水分とのダイナミックな相互作用が地表面からの水文フラックスに影響を与えることが示されてきた。適切に地下水を表現したLSMは、特に飽和-不飽和土壌層間の相互作用が大きな地域で、蒸発散(潜熱)や顕熱など地表面からの水文フラックスの再現性を大幅に向上させることが分かっている。しかし全球スケールでは、水循環過程における地下水動態を陽に表現し定量化する研究は、いまだになかった。

こうした背景により、本研究では、全球スケールのLSMであるMinimal Advanced Treatments of Surface Integration and Runoff (MATSIRO) の土壌層に、動的な地下水過程を組み込むことで、この研究上のギャップを克服することを試みている。

第1章では陸面モデルによる地下水過程の取り扱いに関する既往研究のレビューをとりまとめ、本研究の狙いを示している。

第2章では、陸面モデルMATSIROと、陸面モデル用ではあるがプロットスケールに対して開発された既往の地下水モデルが紹介されている。

第3章では、MATSIROへの地下水モデルの実装に関して、特に境界条件や数値的な離散化に伴う振動現象をいかに押さえ込むかに関する詳細な検討が加えられ、開発された地下水モデルを組み込んだ陸面モデルのプロットスケールでの検証結果が示されている。

第4章では、開発されたモデルのグローバルな適用対象流域と、検証流量データの概要が示されている。

第5章では、全球スケールのモデリングの課題であるモデルパラメータの推定に関する包括的な検討が行われている。グローバルな研究のほとんどは、流量データを用いることで限られた流域でパラメータを校正し、それを同様の気候条件で流量観測がない流域に外挿していることが多い。これに対し、本研究では、降水量や土壌水分量、地下水位など様々な物理変数に関する包括的な観測データが得られているイリノイ川流域における値をもとにパラメータを定めるという、既往の研究とはやや異なる手法を提案している。最終的に提案された手法ではグリッド格子規模で利用可能な降水量とその季節変動を利用するため、流域内における気候特性のばらつきを考慮することが可能であり、本研究で対象とした20流域のほぼすべてにおいて効果的であった。

第6章では動的な地下水過程を表現したことにより、大多数の流域において流出発生の遅れが適切に再現され、また基底流量(低水流量)の再現性が大幅に改善されたことが示されている。高緯度地域において、モデルは洪水ピーク流量を再現できなかったが、それは融雪過程が上手く再現されていないためであると考えられる。

第7章では、上向きの毛管力による地下水層からの正味の水移動は乾季に顕著となり、この過程を無視すると土壌が過剰に乾燥するため、蒸発散量の過大評価と流出量の過小評価を招くことが示されている。全球スケールでは、地下水層からの供給による蒸発散量は、全年間蒸発散量の11%となることが推計されている。

このように、本論文はこれまでグローバルスケールでは陽に考慮されていなかった地下水過程を陸面モデルに組み込み、水循環過程の一部として動的に取り扱うことにより、より的確に水循環過程の地理的時間的変動を推計することを可能にしたものであり、今後の水資源計画や水マネジメントに取り入れられる要素があり、学術的にも大きく貢献するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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