学位論文要旨



No 125662
著者(漢字) ソブハニネジャド,ゴラムレザ
著者(英字)
著者(カナ) ソブハニネジャド,ゴラムレザ
標題(和) 高性能コンピューティングによる統合地震シミュレーション(IES)の改善
標題(洋) Enhancement of integrated earthquake simulation(IES) with high performance computing
報告番号 125662
報告番号 甲25662
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7195号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀,宗朗
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 准教授 本田,利器
 東京大学 准教授 堀田,昌英
 東京大学 准教授 市村,強
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,統合地震シミュレーション(Integrated Earthquake Simulation, IES)にハイパフォーマンスコンピューティング(High Performance Computing, HPC)を備えさせるための技術開発と,HPCを活かした応用を検討している.IEは,都市のモデルを使って,地震発生過程,構造物応答過程,社会対応過程の3つの過程をシームレスに計算するものである.都市の建物・構造物を一棟一棟モデル化するため,より広い地域をより高い時空間分解能で計算するためには,HPCを具備させることは本質的に重要である.IESの主目的は,想定された地震シナリオに対応する,対象都市での地震ハザード(強震動分布)と地震ディザスター(地震被害)の予測である.IESの使用頻度は決して高いものではなく,シミュレーションシステムの維持・更新のためには,主目的以外の目的を設け,ユーザを増やすことが必要である.

本論文は大きく2部に分けられる.第1部の内容は,IESにHPCを備せさせる技術開発である.シミュレーションシステムをレイヤ構造としたこと,共通モデルデータ(Common Modeling Data)の設計,MPIライブラリの利用がその内容である.第2部はHPCを備えたIESの応用である.リアルタイムハザードマップの自動構築,フラジリティカーブの構築,耐震応答解析用のモデルセットの構築が検討されている.

第1部では,既存のIESのデータフローを分析し,欠点を解消するより効率的なデータフローを考案している.既存のIESはラッパー型のデータフローである.すなわち,システムのコントロールルームと,地震発生過程・構造物応過程・社会対応過程のシミュレーションの間を取り持つラッパーを使用している.データの種類や,シミュレーションの解析手法の種類が増えると,ラッパー型はコードの負荷が増大する.実際,データがN種類,解析手法がM種類であると,解析手法の入力データを作るためには,N × M通りのデータ変換ないしラッパーが必要となる.新しいデータフローはレイヤ型である.データ,シミュレーション,ビジュアライゼーションの独立のレイヤを3つ設定し,コンロロールルームはレイヤ間のデータ通信を管理する.データ通信に前述のCMDを利用し,データレイヤの実体をCMDに,次にCMDをシミュレーションレイヤの入力モデルという変換を行う.データ変換は2段階であるが,データと解析手法がN種類とM種類でもN+Mのデータ変換ですむ.各レイヤの間を通信されるデータは構造も量も膨大であるため,高い堅牢性が要求される.直接MPIライブラリを利用する代わりに,データの実体を量は大きいが単純な構造に変換することで堅牢性を確保した.

HPCを備えたIECの性能を検証するため,効率性の検証を行った.共有メモリと分散メモリの環境下で,対象とする都市のサイズとシミュレーションに使う解析手法を変え,計算ノードの増加に伴う計算時間の短縮を実測し,効率性を定量化した.効率性の基本的な性質として,都市のサイズが増え問題の規模が大きくなると,計算ノードの増加に伴う効率性の低下が下がる傾向がみられる.特に,非線形の複雑な解析手法を使う場合,効率性の低下が下がる傾向は顕著である.これは,システム内のノードの通信によるオーバヘッドが問題規模の増加とともに相対的に小さくなることを意味しており,システムの有効性を示唆するものである.効率性の指標も定量的に求められ,システムのスケーラビリティが確認された.

第2部は,HPCを備えたIESの新たな応用を検討している.第1の応用は,大地震発生後,計測された地震動を使ってIESを動かし,その結果を動画等を使って可視化するリアルタイムハザードマップである.IESシミュレーションの他,可視化結果をウェブに自動的に載せることを目標に,IES_WEBと称するシステム開発を行った.地震観測ネットワークを観測する要素,IESを動かす要素,ウェブに可視化結果を載せる要素,そして各要素の健全性をモニタする要素を設計した.東京23区を対象にIES_WEBを構築した.現有の計算環境では,地震発生から構造物被害予測の可視化までを半日程度で処理することが可能であることが示された.

第2の応用は,既存構造物群の耐震性を評価するフラジリティカーブの構築である.さまざまな地震動を想定したIESのシミュレーションにより,地震動の強さと被害の程度を評価するフラジリティカーブを構築できることを示した.既存構造物の管理者が耐震補強の計画を立案する際,IESを利用して得られる個々の構造物のフラジリティカーブを比較することで,各構造物の優先順位を合理的に付けることが可能となった.

第3の応用は,開発中の地震応答解析手法の検証に供するモデルセットの構築である.従来,相応数の入力モデルを使って地震応答解析手法の検証は行われる.構造物の構造形式や材料特性,そして,その組み合わせは多岐多様であるため,IESを使って自動構築される多数の入力モデルは,この検証をより確実なものとする.CMDを介した入力モデルの構築を堅牢なものとすることで,質の高い入力モデルを多数自動構築できることが示された.

以上,本論文はHPCを備えたIESとその応用を具体的にシステムとして開発したこと結論として整理している.また,IESのスケーラビリティや,東京23区のIES_WEBの性能は定量的に検討した結果を踏まえ,限られた範囲ではあるが,開発されたシステムの有効性も実証したことを整理している.この二点が本論文の結論である.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,統合地震シミュレーション(Integrated Earthquake Simulation, IES)にハイパフォーマンスコンピューティング(High Performance Computing, HPC)を備えさせるための技術開発と,HPCを活かした応用を検討している.IESのプロトタイプのデータフローを分析し,より効率的なデータフローを設計することで,IESに抜本的な改良を加え,その上でHPCを備えることに成功している.HPCを備えたIESの応用としては,リアルタイムハザードマップの自動構築,フラジリティカーブの構築,耐震応答解析用のモデルセットの構築が検討されており,それぞれIESを利用したシステムの開発とその性能検証を行っている.

本論文の主要な内容の一つである,IESにHPCを備えるための技術開発では,IESのプロトタイプのデータフローの分析に特徴がある.多数の数値解析手法を連動させて地震動と地震被害の予測のシミュレーションを行うIESでは,個々の数値解析手法を正しく制御するため,その数値解析手法とシステムの間を取り持つラッパーを使うことが常道である.しかし,都市のデータや数値解析手法の種類が増えるに従って,データ変換に必要なコードが劇的に増大する.この点を抜本的に解消するため,ラッパーを使ったシステムの代わりに,データ,シミュレーション,ビジュアライゼーションの3つのレイヤから構成される新しいデータフローを設計した.そして,異なるレイヤの間のデータ通信に,共通モデルデータという中間層のデータを使うことで,データ変換に必要なコードの増大を防いでいる.

上記のデータフローの変更は,IESのシステムを大きく変えるものであるが,従来のプロトタイプとは一線を画したシステムとなったことは確実である.本論文の独自性として評価される.共通モデルデータの導入は,データ変換を二度行う点は欠点であるが,コードの増大を防ぐ効果はこの欠点を十分補う.IESの性質上,システムが扱うデータや数値解析手法の数は10のオーダでは留まらない.CMDの導入も評価できるものである.

HPCを備えたIESのスケーラビリティは十分高いものと判断される.対象とする領域内の建物・構造物を一棟一棟ずつ解析するというIESのシミュレーションでは,計算ノード間の通信は決して多いものではなく,スケーラビリティの高さは十分予想できるものである.逆に言えば,開発されたIESのコードは十分合理的であることが示唆されると判断できる.特に,高度な数値解析手法を採用した時にスケーラビリティが高くなる点は,将来の実用を考えると,魅力的でもある.

本論文ではHPCを備えたIESの応用に関して,3つの具体例をあげ,実際にシステムを開発し,その性能を検証し,システムとしての妥当性や潜在的な有効性を議論している.第Iに検討されたリアルタイムハザードマップの構築は,より広い地域に対し,より短時間で被害予測を構築できるという点で,IESに備えられたHPCが的確に活かされる応用である.標準的な手法ではあるが,構築されたシステムも合理的であり,東京23区全域の構造物一棟一棟の被害予測を半日程度で計算し,かつ,可視化された計算結果を公開できる点は,システムの有効性を十分期待できるものである.

第2の応用例は既存構造物のフラジリティカーブの構築である.多数の地震動を使った地震応答解析を行うIESと,HPCを使った高速計算を活かした応用である.過去に観測された地震動を使う場合,構造物に入力する地震動の方向を変えることで,IESでは異なる地震応答と構造被害が計算できる.新規な方法ではないが,必要となる計算量が膨大になるため,前述のようにHPCが活かすことは確かである.

第3の応用は地震応答解析手法の検証に供するモデルセットの構築である.都市内の実構造物に対応した入力モデルを構築するIESを活かした応用で,簡単に1,000から10,000のオーダで異なる構造特性を持ったモデルが構築できることになる.IESの入力モデルは都市のデータの変換で構築されるため,モデルの質を高いレベルに保つためには,データ変換の堅牢性が必要となる.本論文では,異なる数値解析手法に対応した入力モデルの振動特性を計算し,その比較によって堅牢性の高さを議論している.

以上のように,本論文では,IESにHPCを備えさせるための技術開発とHPCを備えたIESの利用に関して,設計から実装まで十分な検討がなされていること,実際に開発されたシステムの性能を定量的に検証していること,さらに,将来の課題としてIESの改良と応用の具体的な方向を示していることが審査会で示された.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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