学位論文要旨



No 125669
著者(漢字) 尹,聖眞
著者(英字)
著者(カナ) ユン,ソンジン
標題(和) 外装タイル仕上のコンクリート躯体保護性能及び耐久性に関する研究
標題(洋)
報告番号 125669
報告番号 甲25669
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7202号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 塩原,等
 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 准教授 石田,哲也
内容要旨 要旨を表示する

鉄筋コンクリート造建築物における外装仕上げのうちタイル仕上げは日本の代表的な建築工法となっている.外装タイル仕上げはコンクリート躯体の保護性能の面からほかの外装仕上げと比べて高い評価を受けている.外装タイル仕上げは,長期にわたって建物の躯体コンクリートを様々な劣化要因から保護する役割をもつ仕上げであるとともに,比較的容易な維持保全によって所期の設計目標を保持できる仕上げであるなど,ほかの外装仕上げにはない多くの特色を有している.外装タイル仕上げはタイルに張付け用モルタルと目地を用いて躯体コンクリートとの一体化する工法なので,タイル以外の材料とモルタルの一体性が外装タイル仕上げの耐久性に大きく影響を与えるし,外装タイル仕上げの劣化に決定的な役割を果たすことになるものと考えられる.

コンクリート構造物の表面には様々な仕上げ材や表面被覆層で構成され外部環境から浸透する劣化要因の遮断・抑制効果があると言われている.外装仕上げ材によるコンクリート躯体の中性化抑制効果に関しては報告されており,多種多様な建築用仕上げ材が開発されている.さらに,外装仕上げの中性化抑制効果や塩分浸透抑制効果,鉄筋腐食に対する抑制効果,アルカリ骨材防止効果,凍解に対する防止効果などの研究が行っている.しかし,外装仕上げ材の躯体コンクリート保護性能に関する研究は塗装材が一般的でタイルに関する研究の例はほとんどないのが現状である.

一方,外装タイルの剥離・剥落はコンクリート躯体と張付けモルタルの付着界面で生じる場合が多い.それは,温冷や乾湿の繰り返しにより付着界面で繰り返し発生する応力が原因で,高い強度を持つセメントモルタルを用いて強固に付着させる場合が多いし,繰り返し応力に起因する付着疲労によって界面で剥離が生じやすいためである.外装タイル仕上げの付着層はコンクリート,モルタル,タイルのように異なる材料で構成されているため,材料の間で異なる挙動(ディファレンシャルムーブメント)が生じる.外装タイル仕上げの剥離剥落事故を防止するためには,環境条件による外装タイル仕上げに生じるディファレンシャルムーブメントを予測する必要があるし,それにより剥離剥落事故の多くは予防できると考えられる.

本研究では,外装タイル仕上げを構成する各材料の水分移動抵抗性や,環境条件に対する体積変化などの物性を測定し,外装タイル仕上げのコンクリート保護性能の検討を行うとともに,様々な環境条件の変化による外装タイル仕上げ材の挙動を求め,有限要素解析を通じて,外装タイル仕上げの経年劣化に対する性能変化に関して検討を行うことを目的とする.

本論文は,全8章で構成され,各章の概要及び主な内容を下記のようにまとめる.

第1章では,本研究の背景・目的及び研究の位置づけおよび範囲について述べた.

第2章では,外装タイル仕上げの変遷をタイル張り工法や材料などを中心にまとめた.外装仕上げのコンクリート躯体保護性に関する既往の研究は塗材仕上げ材の中性化抑制効果を評価したものがほとんどである.乾湿・温度履歴による外装タイル仕上げ材の挙動より躯体コンクリートの挙動に対する追従性を評価する方法の提案など,本研究と関連する既往の研究をまとめた.

第3章と第4章では,外装タイル仕上げ材の水分移動抵抗性を評価するため液相(液状水)と気相(水蒸気)それぞれについて各材料の物性を求める実験を行った.外装タイルは浸漬吸水率,一面吸水試験を通じて毛細管吸水係数,水蒸気移動性を表す湿気伝導率(物質伝達率)を求めた.外装タイル仕上げ用モルタルの水分移動性は乾燥による水分拡散係数,吸水による水分拡散係数を,水蒸気に対しては湿気伝導率(物質伝達率)を実験的に求めた.これらのデータを用いて外装タイル仕上げコンクリート躯体内部の含水率を解析して求めた.水蒸気拡散法を応用した実験から水蒸気移動抵抗性を評価した結果,タイルの湿気伝導率は3.9×10-13~2.1×10-12(kg/m・s・Pa)で,水蒸気の物質伝達率は3.2×10-5~1.2×10-4(m/s)で,磁器質タイルの方がせっ器質タイルより水蒸気移動抵抗性に優れた傾向を表した.タイルの緻密さは液相水分や気相水分の移動抵抗性に相関関係を持っている.外装タイル仕上げ用モルタルの水分拡散係数は吸水した含水率に依存する非線形関数であり,低水分含水領域と高水分含水領域で水分拡散係数が大きくなるU字型の分布を示した.これは,低水分含水領域では水蒸気の移動が,高水分含水領域では液状水移動が卓越した結果であると推定される.外装タイル仕上げ用モルタルを用いて重量変化測定法とその実験値のボルツマン変換から求めた水分拡散係数は有限要素解析の結果と全般的によい相関関係が確認された.

第5章では,外装タイル仕上げ層間に発生するディファレンシャルムーブメントを予測するため必要なパラメータとして外装タイル仕上げ材の乾湿による体積変化率を実験的に求めた.外装タイル仕上げ用モルタルの乾燥収縮ひずみは,試験体の材齢,ポリマー混入率,ポリマー種類,骨材量など,モルタルの種類によって差が表れた.下地モルタル<張り付けモルタル<目地モルタルの順で乾燥収縮ひずみが測定された.セメント骨材比が多くほど乾燥収縮ひずみは低下する傾向を表した.それは骨材の圧縮応力による緩和作用による結果であると考えられる.乾燥による重量変化も乾燥収縮ひずみと同じ傾向を表した.外装タイル仕上げを構成するモルタルの種類による乾燥収縮ひずみの差によって外装タイル仕上げ層間にディファシャルムーブメントが生じ,実際環境条件下で繰り返されると材料間の付着強度が低下され剥離剥落の可能性があるので,材料の選定する際考慮すべきであると考えられる.

第6章では,外装タイル仕上げ層間に発生するディファレンシャルムーブメントを予測するため必要なパラメータとして外装タイル仕上げ材の熱による体積変化率を実験的に求めた.線膨張ひずみは温度変化とともに一時的に膨張と時間経過とともに水分移動による収縮が生じる.本実験では温度上昇によって必ず膨張するとは言えない.線膨張係数は固・液・気体の媒質の体積変化と水分拡散現象などの複合要因が同時に作用するので,断言できない部分があり,定量的な予測をするためモデル化に対して持続的な研究が必要とする.試験体の含水率,モルタルの調合(骨材量,骨材寸法)は線膨張係数に影響を及ぼすことが確認された.線膨張係数は飽水状態>気乾状態>乾燥状態で,水分拡散現象が予測される試験体に対しては,全般的に温度上昇の場合は乾燥による収縮現象が温度下降の場合は吸水よる膨張現象が現れた.気乾状態のモルタル別の線膨張係数は下地モルタル<張り付けモルタル<目地モルタルの順であり,骨材量が多い,水セメント比は小さい方の線膨張係数が小さい傾向を表したが,骨材寸法の影響が明確ではなかった.

第7章では,外装タイル仕上げの付着界面に劣化因子が及ぼす影響を評価するため,せん断付着強度や直接引張付着強度試験を通じて実験的な研究をと外装タイル仕上げの各材料の劣化因子に対する物性変化を検討した.外装タイル仕上げ用モルタルが高温促進劣化や高低温繰り返し促進劣化作用を受けると,セメントモルタルと内部のポリマーフィルムの線膨張係数の差による微細ひび割れが生じて連結性の空隙の増加を招き,物質移動抵抗性が低下すると予想される.外装タイル仕上げ用モルタルが水浸漬促進劣化,水浸漬繰り返し促進劣化を受けると水が供給され,セメントの水和が進行する結果,圧縮強度が増加し,細孔空隙が緻密化され物質移動抵抗性を増大させると予想される.促進劣化実験を通じて外装タイル仕上げの付着強度の変化を検討した結果,高温促進劣化や高低温繰り返し促進劣化を受ける場合,付着強度が低下する傾向を示した.これは各々材料の熱線膨張係数の差が原因であると考えられる.それにより剥離・剥落を防止するためには外装タイル仕上げの施工際,材料の選定は各材料の熱線膨張係数を考慮する必要があると考えられる.

第8章では,本論文における総括の結論として論文の全般的なまとめについて述べた.

審査要旨 要旨を表示する

尹聖眞氏から提出された「外装タイル仕上のコンクリート躯体保護性能及び耐久性に関する研究」は、主要な都市ストックを構成している鉄筋コンクリート造建築物の外壁に施されることの多い外装タイル仕上を対象として、その健全性を脅かすタイルの剥離・剥落挙動を明らかにするうえで必要となる構成材料の様々な物性値を求め、得られた物性値を基にコンピュータシミュレーションを行うことによって、日常環境下におけるタイルの剥離・剥落を左右する主要因を見出したものである。併せて、鉄筋コンクリート造建築物の耐久性を向上させているタイル仕上の水分移動抵抗性の評価も行っており、尹聖眞氏の研究成果は、鉄筋コンクリート造建築物の長寿命化を図ろうとする現代社会において、その一翼を担うものであるといえる。

本論文は9章から構成されており、各章の内容については、それぞれ下記のように評価される。

第1章では、本研究の背景、目的、特色などが的確に述べられている。

第2章では、本研究に関連する技術の現状および既往の研究成果、すなわち、タイル仕上に関わる各種材料・各種工法の歴史的変遷・特徴、ならびにタイルの躯体コンクリート保護性能およびその剥離・剥落現象に関する既往の研究成果が要領よくまとめられている。

第3章では、剥離・剥落を誘発するとともに鉄筋の腐食に多大な影響を与える物質である水分の移動に対する外装タイルの抵抗性を明らかにするために、各種外装タイルの微細構造特性の把握が行われた上で、各種外装タイルにおける液相状態および気相状態での水分の吸収・浸透・乾燥挙動に関する実験が体系的に行われ、タイルの剥離・剥落挙動および鉄筋コンクリートの耐久性に関するコンピュータシミュレーションによる予測を行う上で必要となる各種外装タイルにおける液水および水蒸気の拡散係数が算出されている。

第4章では、第3章と同様に、外装タイル仕上の構成材料であるポリマーセメントモルタルの水分移動抵抗性を明らかにするために、各種ポリマーセメントモルタルの微細構造特性の把握が行われた上で、各種ポリマーセメントモルタルにおける液相状態および気相状態での水分の吸収・浸透・乾燥挙動に関する実験が体系的に行われ、各種ポリマーセメントモルタルにおける液水および水蒸気の拡散係数が算出されている。

第5章では、各種ポリマーセメントモルタルの乾燥に伴う体積変化挙動に関する体系的な実験が行われており、外装タイルの剥離・剥落現象を引き起こす主要因となる各材料の層間に生じるディファレンシャルムーブメントを予測する上で必要となる各種ポリマーセメントモルタルの乾燥に伴う収縮率の変化が明らかにされている。

第6章では、外装タイル仕上の各材料の層間にディファレンシャルムーブメントを生じさせるもう一つの要因である温度変化に対して、各種タイルおよび各種ポリマーセメントモルタルの体積変化を明らかにする実験が体系的に行われており、各材料の様々な状態での線膨張率が算出されるとともに、ポリマーセメントモルタルの線膨張率は固相・液相・気相の体積変化と水分移動現象の影響を受けるため、含水率によって異なることを明らかにしている。

第7章では、外装タイルの剥離・剥落挙動を左右する各材料の層間の付着特性およびその自然環境下での低下性状を明らかにするために、各種外装タイルおよび各種ポリマーセメントモルタルの付着界面に対して、初期および高低温繰返しおよび乾湿繰返しを受けた後の引張付着性状およびせん断付着性状に関わる実験が体系的に行われ、付着強度に関わる特性値が算出されるとともに、第3章から第6章までで求められた各材料の物性値を基に、各材料間の界面ひび割れおよび外装タイルの剥離・剥落を引き起こす原因について、多面的な考察がなされている。

第8章では、第3章から第6章までで求められた各材料の物性値および第7章で求められた各材料間の界面特性値を用いて、日常環境下において各材料の相間に生じる応力およびひずみに関する有限解析がなされており、外装タイル仕上自体の高い躯体保護性能の確認がなされるととともに、劣化が発生しやすい箇所が抽出されている。さらに、実際の現象をより精度よく予測するに際しての解析上の問題点も明らかにさ

第9章では、本論文の結論と今後の課題が要領よくまとめられている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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