学位論文要旨



No 125671
著者(漢字) 大渕,正博
著者(英字)
著者(カナ) オオブチ,マサヒロ
標題(和) 構造物の性能規定型耐震設計のための設計用地震動の設定に関する研究 : 信頼性理論に基づく断層モデルの決定
標題(洋)
報告番号 125671
報告番号 甲25671
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7204号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 高田,毅士
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 教授 纐纈,一起
 東京大学 准教授 伊山,潤
 東京大学 教授 東畑,郁生
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、構造物に求められる多様な性能と、その性能レベルに応じた設計用地震動(時刻歴波形)の一貫した作成方法を行なうため、地震学の最新知見である断層モデル・強震動予測手法に基づいて設計用地震動波形を求める。具体的には、これまで決定論的に用いられてきた断層モデル・強震動予測手法に対し、予測に伴う不確定性を適切に取り扱う確率論に立脚した信頼性理論を導入することによってさまざまな要求性能に応じた設計用断層モデルの評価手法が提案されている。本研究の成果として得られる手法は、このように様々なレベルに応じて断層モデルを設定でき、設計者が自らの工学的判断に基づいた断層モデルを自由に設定でき、設計・設計者にとって非常に重要な手法である。一般建築物のみならず原子力施設や土木構造物などの様々建造物に応用可能である。また、このような確率論的強震動予測手法が提案されたことにより、決定論的強震動予測を確率論的に応用するための研究が促進されると考えられる。

本論文は合計6章からなり、各章の内容は以下のようである。

第1章:設計レベルという工学的な視点と説明精度という理学的な視点から設計用地震動の既往研究全般の背景について議論し、信頼性理論に基づいた強震動予測手法・設計用断層モデルの意義を説明する。

第2章:本章では、設計の要件を工学から検討し、(1)設計レベルを確率的に規定すること、(2)その性能を満足しない確率を十分小さくすること、の2段階から構成されると総括した。このような確率に基づいた設計法として信頼性設計法があり、本章では信頼性設計法について解説し、レベル2信頼性設計法を採用することを決定した。

第3章: 本研究で用いた理論・用語の解説を行なっている。特に本研究の要である強震動予測手法と1次元2次モーメント信頼性手法の理論式が本章で説明されている。

第4章: これまで決定論的に用いられてきた強震動予測手法に確率論・信頼性理論を導入するため、統計的解析を行っている。各断層パラメタについて不確定性を考慮するか否かを検討し、考慮するパラメタについてはその確率分布と相関を評価している。このように評価された確率分布に基づいて断層モデル・強震動予測手法に関するモンテカルロシミュレーションを行い、統計解析を行った。この統計解析の結果、設計レベル・地震動に与える影響は回帰誤差以上にアスペリティ特性の不確定性が影響している事が判明した。

第5章:設計用断層モデル設定法を提案した。まず、断層モデルの信頼性評価と各断層パラメタの関係をまとめ、次に設計レベルに基づいた設計用地震動を作成した。設計用地震動作成において震源断層の生起確率の違いによる影響を検討するため、生起確率のみが大きく違うという仮想的な条件下で断層モデルを確率論的に評価した。その結果、生起確率以外の全ての断層パラメタが同一であったとしても、設計に考慮すべき地震動レベルが生起確率によって大きく異なることが示された。具体的には、レベル2地震動(再現期間2500年)に対し、震源の生起確率50年10%のケースでは、断層モデル信頼性指標 =0.8、PGA=723(gal)、Sa(0.1)=544(gal)であったのに対し、震源の生起確率50年50%のケースでは断層モデル信頼性指標 =1.9、PGA=545(gal)、Sa(0.1)=1102(gal)となった。本研究手法を用いれば、生起確率の違いも設計レベルに反映する事が可能となる。このことは生起確率の大きく異なる活断層型とプレート境界型を同一理論での比較を可能とする。さらに、完全な確率論的設計用断層モデル評価手法として、地震ハザード・再分解と本研究を連結した手法も行なった。この手法では、まず地震ハザード評価結果と地震動再現期間から目標設計レベルを決定し、その設計レベルに対する再分解によって対象断層を選定する点は従来の研究手法と同一である。しかし、従来の研究では対象断層の断層パラメタが強震動予測レシピによって決定されてしまうために、波形合成された地震動が目標設計レベルと必ずしも一致するとは限らなかった。本研究はこの点を改良し、目標設計レベル に応じて断層パラメタを決定する手法を提案した。既往研究結果の地震ハザード評価と再分解を基に使用限界としてPGA=230(gal)、損傷限界としてPGA=330(gal)に対応する設計用断層パラメタと設計用地震動を作成した。

第6章:本研究で得た知見に関してのまとめを行い、今後の展望を述べる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、構造物の性能規定型耐震設計における設計用地震動の設定について信頼性理論に基づいて断層モデルを決定する新しい手法を提案する論文である。本論文は本文5章より構成されている。

第1章では、本研究の背景、最近の研究の動向および目的を記している。現在、重要構造物の耐震設計においては、設計用地震動(時刻歴波形)を用いて設計が実施されているが、その設定根拠は経験的過ぎたり、あるいは、工学の観点よりも理学の知見を直接的に反映しているなど極めて説明性が悪い状況があることが指摘されている。これは、対象とする自然現象に大きな不確定性が存在していることが主要因であり、不確定性の科学的な取り扱いと不確定下での工学的意思決定の重要性が説明性を向上させるために重要である。一方、地震学・地震工学においては、昨今、実現象の逆解析結果に基づく震源の物理モデル(以下、断層モデル)の研究成果が蓄積され実用に供する段階に来ている。この断層モデルを用いた設計用地震動の設定方法について、信頼性理論に基づいた強震動予測手法・設計用断層モデルの意義が記されている。

第2章においては、本研究で用いる理論・用語の解説を行ない、分かりやすい説明を加え、この分野に詳しくない読者への配慮を払うとともに、本研究の重要な部分を展開する上での基礎的な整理ともなっている。具体的には、不確定下での合理的な意思決定手法と位置づけられる構造信頼性理論を説明し、強震動予測に関わる不確定性の抽出と定量化、本研究で用いた理論である強震動予測手法と1次近似2次モーメント信頼性手法が説明されている。

第3章では、今まで決定論的に用いられてきた強震動予測手法に、震源のパラメタの不確定性を明示的に取り込むために確率論・信頼性理論を導入している。各断層パラメタの不確定性を考慮する必要性についても検討し、断層モデルを用いた強震動予測にモンテカルロシミュレーションを適用し、統計解析を行っている。この解析結果の分析によれば、設計レベル・地震動に与える影響は回帰誤差以上にアスペリティ特性の不確定性が影響している事を指摘している。本章で論じられているこれらの結果は、断層モデルのパラメタを入力変数とし、予測地震動波形を出力変数と位置づけることにより、入力と出力の経験的な関係づけが得られることになり、次章で重要となる意思決定に大いに役に立つことになる。

第4章では、この入力―出力の関係を用いて逆に、ある条件を課した出力を保証する入力値すなわち断層モデルのパラメタを決定する、所謂、設計問題を扱うことができることが示されている。本章では、構造物の要求性能レベルに見合った設計用地震動およびそれを実現する断層モデルのパラメタを具体的に同定する手法を提案しており、本論文の主要な部分となっている。

ここでは、まず、断層モデルの信頼性評価と各断層パラメタの関係をまとめ、次に設計レベルに基づいた設計用地震動を作成している。設計用地震動作成において地震の生起確率の違いによる影響も本手法では考慮できるため、生起確率が大きく違うという条件下で断層モデルのパラメタを同定し結果を比較し、設計で考慮すべき地震動レベルが生起確率によって大きく異なることが指摘されている。つまり、一定の再現期間を定めた場合に、対象とする地震の生起確率が大きいほど、地震動の不確定性の影響が大きくなることが示され、これは今後の設計用地震動の設定には極めて重要な知見である。さらに、本論では、複数の震源を対象とする場合、従来の確率論的な地震ハザード解析手法との関わりについても今後の方針を示している。また、ここで提案した手法の問題点についても指摘している。

第5章では、本研究で得られた知見をまとめ、かつ、性能規定型耐震設計における強震動予測手法をより完成に近づけるための今後の課題も抽出し、さらにそれらの解決の見通しについて記述している。

本論文では、構造物の性能設計の枠組みの中で合理的な根拠に基づいてどのように設計用地震動を策定するかという命題に対し、改良すべき点は含まれるものの、ひとつの極めて有効な手法を提案しており、その点は高く評価できる。その具体的な内容は、構造物に求められる多様な性能と、その性能レベルに応じた設計用地震動(時刻歴波形)の一貫した作成方法についての新しい提案であり、その際に、地震学の最新知見である断層モデルによる地震動予測手法と、予測に伴う不確定性を適切に取り扱う確率論に立脚した信頼性理論を用いて、いろいろな要求性能に応じた設計用地震動波形を具体的に求めている点である。本論文は、重要構造物とされる原子力施設を含む建築構造物のみならず、土木構造物にも適用可能であり、今後の性能規定型耐震設計における動的な解析を行う際における設計用地震動の設定に関して新しい提案を行っており、耐震工学の発展に資するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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