学位論文要旨



No 125672
著者(漢字) 福本,有希
著者(英字)
著者(カナ) フクモト,ユウキ
標題(和) モルタル外壁の経年劣化に着目した既存木造住宅の耐震性能評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 125672
報告番号 甲25672
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7205号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中埜,良昭
 東京大学 准教授 腰原,幹雄
 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 准教授 藤田,香織
 東京大学 教授 目黒,公郎
内容要旨 要旨を表示する

建設から年月を経過した木造住宅は、劣化した部材・部位を含む場合、これが原因で耐震性能が低下している可能性がある。地震被害においても劣化が構造被害の拡大要因となっていたと推定される物件が多く確認されている。しかし、住宅の劣化程度と耐震性能低下率の関係性は未だ定量的に明らかにされていない。中でも防火木造の外壁として普及しているラスモルタルは耐久性確保が困難であり、既存木造住宅における性能評価が難しい。

一般に、既存木造住宅の耐震性能評価にあたっては耐震診断(「日本建築防災協会編:木造住宅の耐震診断と耐震補強」)による場合が多いが、現行診断法では面材壁の劣化性状を評価する手法が規定されておらず、その耐力評価は診断者判断に委ねられている。『劣化調査法』、『調査結果の評価法』及び『建物性能へ反映する手法』の開発が要請される現状にあると言える。

そこで本研究ではモルタル外壁を有する既存木造住宅の経年劣化を考慮した耐震性能評価法の構築を目標に、既存物件の構造実験を軸とした事例的研究をおこなう。

「2章実験的評価」では、モルタル外壁を有する築30年程度の無補強・既存木造住宅と、これを新築で再現した試験体に関して、要素実験(接合部実験)、単位壁実験において両者の静的加力時の構造特性を比較すると共に、外周壁構面及び実大住宅の振動台実験において大地震時の挙動と性能を把握する。

「3章理論的評価」では、特に顕著な劣化性状が確認されるモルタル留めつけ部(ステープル接合部)の性能に着目し、接合具の発錆による断面欠損率を指標とした劣化接合部のモデル化をおこなう。次に接合部性能に基づく幾何学的非線形解析により実大試験体性能を推定し、接合部の経年劣化が住宅の構造性能に与える影響を明らかにする。あわせて、新築試験体及び既存試験体を模した質点系モデルを構築し、時刻歴応答解析により、実大建物の耐震性能を解析的に評価する。

「4章劣化診断法」では、論文の成果をふまえた劣化診断法として、モルタル壁の劣化性状を定量的に評価するための劣化調査方法及び評価方法を新たに提案する。

また"経年劣化"の一環として中小地震経験による建物性能の変化も含めて経過を把握できるよう、建物振動特性のモニタリングの導入を提案し、評価の可能性について実大実験を通じて検証する。

各章の小節は対応関係にあるため、以下ではこの関係を明確にしながら本論の検討を示す。

<接合部実験(2.1)→ 接合部性能の理論評価(3.1)>

既存木造住宅から木ずり付きモルタル外壁の小片を抽出し、単調加力式の一面せん断実験に供した。併せて同一の仕様で新しい材料・部材を用いた新築接合部についても同様に試験をおこない、破壊性状及びせん断性能を比較した。

接合部を構成する要素の劣化性状と、せん断特性の関係については、ラス及びステープルの劣化度とせん断剛性の間に関係性が強い。ラスの初期引張強度が低いメタルラスを使用した試験体では、ラスの劣化度(錆びの程度)に、ラスの初期引張強度の高いワイヤラスを使用した試験体では、接合部のせん断剛性は、ステープルの劣化度(錆びの程度)に依存する。

既存接合部のせん断性能を評価するにあたり、ラス及びステープルの劣化度及び断面欠損率の調査が要請される。

そこで、ラス及びステープルの断面欠損率をパラメータとして接合部のせん断荷重変形関係を理論的に評価する目的で、杭の水平抵抗算定式における一様地盤中の弾性支承梁の解を適用し、算定をおこなった。接合部実験と比較して、せん断特性のうち、特に剛性に関して、新築・既存接合部ともに良好な推定が可能であり、胴径残存率をパラメータとしてステープル接合部のせん断剛性を評価することの有効性が確認できた。破壊モードの再現については一部の試験体において課題を残した。

<壁実験(2.2.3)→ 接合部性能を用いた非線形計算に基づく壁体性能の理論的評価(3.2)>

木ずり付きモルタル壁の耐震性能に関して、実験的に検討した。築25年の既存住宅から抽出した外周壁を試験体とするとともに、同様の仕様で新たに試験体を作成し、共に静的加力試験に供した。既存壁体には、接合具の発錆、モルタルの変退色・強度低下、土台の腐朽が確認される。既存試験体と新築試験体の破壊性状、荷重変形関係等を比較・対照した結果、最も顕著に現れた両試験体の差は初期剛性であり、37%の低下があった。初期加力から剛性低下が顕著に確認されること、等価粘性減衰定数の減少、クラックの発生状況及びこの変形域と各要素の負担耐力効果を鑑みて、本研究試験体における初期剛性低下の最大要因は、ステープル接合部の劣化によるモルタル壁面のせん断剛性低下であると推測される。ステープルの発錆による断面残存率は80%程度であった。

続いて、上述のステープル接合部の劣化性状を反映した接合部モデルを用いて、幾何学的非線形計算をおこなうことにより壁体の性能を理論的に評価した。新築壁・既存壁ともに、実験結果をよく追跡し、モルタル壁を含む壁体の構造性能を評価するにあたり、接合部の幾何学的非線形解析手法の適用可能性が確認されるとともに、新築壁体と比較した既存壁体の構造耐力は、試験体が最大耐力に到達するまでの変形域において、モルタルステープル接合部の変化(剛性及び耐力の低下)と説明できることがわかった。

<構面振動台実験(2.2.4)→ 質点系応答解析を通じた構面性能の解析的評価(3.3)>

木ずり付きモルタル壁を含む外周壁構面の耐震性能に関して、実験的に検討した。前述の外壁と同一の既存住宅から抽出した外周壁構面を試験体とするとともに、同様の仕様で新たに試験体を作成し、共に微動測定、中小加振試験及び大地震波加振試験に供した。既存試験体と新築試験体の破壊性状、荷重実験変形関係等を比較・対照した結果、新築構面と既存構面には著しい剛性差が確認され、ラスモルタルの剛性の相違が、新築試験体:柱脚先行破壊、既存試験体:ステープルの降伏という破壊モードと構面初期剛性の違いに現れたものと考えられる。既存試験体ではステープルの発錆によるせん断力の劣化のほか、モルタルの面内せん断強度の低下が看守された。

この構面性能を解析的に評価する目的で、質点系応答解析をおこなった。モルタル接合部の劣化性状を考慮するほか、モルタルの破壊強度及び破壊過程を評価した理論モデル化により、構面の復元力モデルを適切評価することができた。大地震下のモルタル壁の耐震性能を評価する上で、特に、ラス及びステープルの胴径残存率とモルタルの破壊強度が工学的に有効な指標となることが明らかとなった。

<住宅実験(2.3)→ 連層効果を考慮した質点系応答解析による住宅性能の解析的評価(3.4)>

木ずり付きモルタル外壁を有する2階建て木造住宅の耐震性能に関して、実験的に検討した。築31年の既存木造住宅を震動台上に移築して試験体とすると共に、同様の仕様で新たに試験体を作成し、共に微動測定・中小加振試験及び大地震波加振試験に供した。微動測定及び大地震時の振動性状から、1-2層が連層的に振動する性状が確認され、通し柱及び1-2層にわたって連続的に施工されたモルタル外壁の効果がうかがわれる。既存住宅には接合具の発錆が確認される。発錆したラス及びステープルの胴径残存率は90%と判断される。既存試験体と新築試験体の破壊性状、荷重実験変形関係等を比較・対照した結果、既存住宅には初期剛性及び最大耐力に大きな低下が見られる。モルタルの損傷過程で新築住宅に先行して破壊が進行している様子が窺われるほか、変形性状から、モルタル壁を含む構面の剛性低下が示唆される。

この住宅性能を解析的に評価する目的で、質点系応答解析をおこなった。上述の連層要素の効果を適切に考慮したモデル化をおこない、2階建てモルタル造住宅の大地震下での耐震性能を評価した。連層効果の影響の大きい新築住宅試験体では、1層の層せん断力の1/8の連層効果を連層曲げバネとして考慮することにより、地震時の挙動を適切に評価することができた。一方、既存住宅試験体では、連層効果を特別考慮しない場合でも、倒壊モード及び応答が妥当な範囲で評価される。前節の知見に加え、2階建て住宅の耐震性能評価においては、モルタルの劣化の影響を考慮した連層効果の設定が有効であることが明らかになった。

<接合部性能評価(2.1、3.1、3.2)→ モルタル壁の劣化診断(4.1.1、4.2.1)>

現行診断法で規定が見送られている面材壁の劣化性状を定量的に評価する手法を構築する目的で、モルタル壁を部分抽出し、モルタルステープル接合部の断面形状調査及びモルタル壁の強度調査をおこなうことにより、既存モルタル壁性能を評価する手法を提案した。

<振動モニタリングによる劣化診断(4.1.2、4.2.2、4.3.2)→ 建物の微動測定(2.2.4、2.3.3)>

振動モニタリング結果を用いた建物剛性の変動評価は、住宅のライフイベントとの関連の中で建物性能を適切に評価にあたって有効であり、大規模調査を必要とせず、非破壊的に建物性能を評価できる点で一般に適用可能である。「劣化」「被災」「補強」の観点から、振動モニタリング結果を用いた相対的な建物剛性の評価について、2章住宅実験における大地震波加振による荷重変形関係と関連付けて実例的に示した。

このように、モルタル外壁を構成する要素の構造特性に着目した構造試験及び理論解析により、経年劣化が既存木造住宅の耐震性能に及ぼす影響について定量的に評価するとともに、一般の既存住宅として適用可能な劣化診断法として提示した。提示した手法に関して、今後実在住宅または振動台実験等を通じて、更なる検証・精度向上がなされることが期待される。

接合部性能の理論評価

壁体性能の理論的評価

住宅震動台実験結果と解析結果の比較

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、既存木造住宅の耐震性能評価における不確定要素のひとつである構造性能の経年劣化について、その定量化を目的としたものである。研究対象は、既存木造住宅のうち防火木造としてひろく普及しているモルタル外壁を有する住宅とし、モルタル外壁の経年劣化が建物の構造性能、特に耐震性能に及ぼす影響について検討したもので、全5章からなる。

1章「序」では、経年劣化した部材・部位を含む木造住宅において、その劣化が原因で耐震性能が低下する可能性があること、被害地震においてもこれが構造被害の拡大要因となったと推定される事例が多く確認されること、したがって木造住宅の耐震性能評価において経年劣化の影響を考慮することが重要であること、を指摘している。

また、木質構造の耐久性に関する既往の研究をまとめる一方で、既存木造住宅の耐震性能評価法のひとつである「耐震診断法」において面材壁の劣化性状評価に関する規定・項目が不足しており、現状では劣化による耐力低減が診断者の主観を含む判断に委ねられている問題点を指摘している。

以上を踏まえて、本論文の研究対象を「モルタル外壁を有する既存木造住宅の経年劣化を考慮した耐震性能評価法の構築」とし、劣化調査項目の明確化、調査結果の定量的評価法の検討を行い、これらを建物の耐震性能評価へ反映する手法の提案を研究目的とすることを述べている。

2章「実験的評価」では、既存建物から抽出した経年劣化を含む試験要素とそれを同一の仕様で再現した新設試験要素から構成される接合部試験体、壁面・構面試験体の静的加力実験、およびそれらを含む既存および新設住宅試験体の実大振動台実験をそれぞれ行い、経年劣化による試験体の破壊性状や荷重-変形関係の違いについて、特に初期剛性と最大耐力に着目して整理・検討している。

3章「理論的評価」では、まずモルタル外壁において劣化が顕著なモルタル留めつけ部(ステープル接合部)の性能劣化を既存建物の調査・実験結果から評価し、これに着目してステープルの胴径残存率およびモルタル強度を指標とすることで劣化を考慮しうるモデル化を提案している。その結果、接合部実験、壁面・構面実験、住宅実験における、新設試験体と経年劣化した既存試験体の初期剛性の違いは、モルタル留めつけ部の劣化度を「胴径残存率」を指標として評価したモデル解析により追跡できるとしている。さらに、各試験体の最大耐力の違いは、経年劣化によるモルタルの破壊強度の低下を考慮することにより追跡できるとしている。

次いで、構面実験における試験体挙動のモデル化では、既往の「釘打ちされた面材耐力壁の理論解」を基本に、さらにこの理論解に必要な壁要素の回転挙動を実験結果に基づき次のように分析し、解析モデルの高精度化を試みている。すなわち「開口を含むモルタル外壁は、初期段階ではモルタル外壁全体が一体となって回転するのに対し、変形が増大し開口部周辺のせん断破壊が生じると、モルタル外壁が分割されてより小さい単位で回転する」とし、損傷進展に伴う回転中心位置の変化を考慮することにより、モルタル外壁構面の性状を初期変形時から大変形時にいたるまで一つの理論でより精度よく実験結果を説明している。

また、住宅の実大振動台実験における試験体挙動のモデル化では、通常用いられている2階建て木造住宅の各層1せん断バネによる2層2せん断バネモデルではなく、モルタル外壁特有の1階壁と2階壁の連層効果に着目し、これを表現する連層バネを付加した独自の応答解析モデルを提案し、これにより実験結果をより精度よく説明している。

4章「劣化診断法」では、実験的検証と理論的検証をふまえてモルタル外壁の構造性能劣化をステープルの胴径残存率とモルタル強度を用いて定量的な指標とした劣化低減係数を独自に提案している。さらに、この係数を算定するための劣化調査方法として、モルタル壁を部分抽出し、モルタルステープル接合部の断面形状調査およびモルタル壁の強度調査を提案するとともに、振動モニタリングなど実務上有効な方法も提案している。

5章「結」では、本論文で検討したモルタル外壁を含む建物性能評価法の提案を取りまとめるとともに、開口付き壁面などでのモルタル面破壊過程の理論化、モルタル強度の非破壊検査法の必要性を今後の課題として指摘している。

以上、本論文は、既存木造住宅のうち特に防火木造住宅の耐震性能に大きな影響を及ぼすモルタル外壁の経年劣化に着目し、既存建物調査、既存および新設建物の接合部要素実験、壁実験、実大住宅実験によって多面的に検証し、構造性能の劣化・低減を理論的・定量的に評価したものである。これにより、経年劣化した既存木造住宅の耐震性能評価法の高度化に関する貴重な知見が得られており、建築学の発展に寄与するところがきわめて大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として、合格と認められる。

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