学位論文要旨



No 125673
著者(漢字) 福山,智子
著者(英字)
著者(カナ) フクヤマ,トモコ
標題(和) 電気化学ノイズ法によるコンクリート構造物中の鉄筋の腐食診断
標題(洋)
報告番号 125673
報告番号 甲25673
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7206号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 伊山,潤
 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 准教授 塩原,等
 東京大学 准教授 加藤,佳孝
内容要旨 要旨を表示する

日本では、20世紀初頭から多くの鉄筋コンクリート構造物が建造され、建物や土木構造物などとして利用されている。今日では、これらの構造物はいずれも不可欠な社会の重要な資産となっており、その使用が中断されることのないよう維持管理されている。しかし、これらのコンクリート構造物は、建設後様々な要因によって経年劣化が進行しており、維持管理が大掛かりなものになってきている。1976~77年、腐食損失調査委員会によって腐食による経済的な損失が調査された。この調査で、日本における腐食損失はGNPの1.8%にも達することが明らかとなった。

鉄筋コンクリート構造物は、建設部門で多用されている。鉄筋の腐食により劣化・損傷を受けた構造物の補修や補強するに先立ち、劣化状況の把握が必要である。また、鉄筋コンクリート構造物を適切に維持管理するための点検においても鉄筋腐食の診断が不可欠である。鉄筋腐食のモニタリング手法としては、多くの研究がなされているが、鉄筋コンクリート構造物中の鉄筋の腐食は、イオン伝導体であるコンクリートと電子伝導体である鉄筋の間の電気化学的な反応であるとみなすことができるため電気化学的手法が妥当であると考えられる。これまでにも、自然電位法や分極抵抗測定法など、鉄筋の腐食を調べるための電気化学的な手法は、多く提案されている。しかし、腐食のメカニズムや発生要因が複雑であるため、汎用的な診断手法の確立には至っていない。

本研究では、電気化学ノイズ法を用いて鉄筋腐食の直接的な情報を取得し、マハラノビス・タグチシステムで解析を行うことで腐食の発生可能性を検出できるシステムの可能性について検討した。ここで、電気化学ノイズ法とは、自然状態の金属の腐食情報を電気化学ノイズ(電位ノイズ・電流ノイズ)として直接取得し、得られた電気化学ノイズの特性を用いて腐食の状態の把握を行うものである。これまでにも、コンクリート中の鉄筋の電気化学ノイズ性状に関しての検討が行われているが、定量的な診断手法の確立までには至っていない。マハラノビス・タグチシステムとは、インドの学者マハラノビス博士が提案したマハラノビス距離による多変量解析手法を品質工学で有名な田口玄一博士が拡張し、パターン認識の手法として構築したものである。マハラノビス・タグチシステムでは、多次元空間の中に、基準になる点の座標を決め、その座標と、各データの座標の距離を計算し、その距離の分布を調べる方法である。マハラノビス・タグチシステムを使う利点は、多次元のデータ(本研究では時系列データ)をマハラノビス距離という一次元データで表せる点と腐食メカニズムや腐食データのモデリングが不要である点である。

本論文は6章から構成されている。本論文では、腐食診断システムの構成を2つのパートにわけ、それぞれについて検討を行っている。3章で電気化学ノイズ法による腐食センシングに関する検討を行い、4章と5章でマハラノビス・タグチシステムによるデータ処理・診断に関する検討を行った。これらの結果を統合して定量的な腐食診断システムの構築を行った。

第3章では、鋼材を試験極として埋設したモルタル試験体を作製し、その鋼材の電気化学ノイズ(電位ノイズ・電流ノイズ)の測定を行った。得られた電位ノイズと電流ノイズから、腐食速度の指標であるノイズ抵抗と、腐食形態の指標である孔食指数の算定を行った。これらの指標から得られた腐食情報について比較検討し、電気化学ノイズデータによる鋼材の腐食減量率の推定可能性について検討を行った。電気化学ノイズ法の利点を生かした非破壊腐食モニタリングを達成するために、電気化学ノイズ法の鉄筋コンクリートへの適用性を確認した。以上の点から、電気化学ノイズの測定により鋼材の電気化学的挙動に関する情報を取得することができる。これらの情報をもとに、試験体間の腐食減量率の違いを判別することが可能である。

グラッシーカーボンを参照極として、試験極である鋼材との電位差測定を行ったところ、腐食減量率に応じた電位差が得られた。これは、参照極としてのグラッシーカーボンの適用性を示しているものと考えられる。モルタル試験体に対して電位ノイズの測定を行ったところ、腐食減量率と対応関係のある電位ノイズを得られた。電流ノイズと腐食減量率には対応関係があり、腐食減量率の判別が可能であると考える。電位ノイズと電流ノイズから分極抵抗に対応するノイズ抵抗を算定することは可能である。二乗平均平方根によるノイズ抵抗は、腐食減量率の状態を良好に表している。孔食指数は、腐食面積と腐食反応の激しさの関係性に関する指標であるので、電流の絶対値の大きさを考慮しながら診断をする必要があるが、腐食形態推定に適した指標である。

第4章では、マハラノビス・タグチシステムのパターン認識を適用し、3章で測定した電気化学ノイズデータの解析を行った。解析結果を既往の知見や試験体条件と比較し、腐食減量率とマハラノビス距離との関係を検討し、本解析手法の適用性と腐食減量率の定量的な推定可能性について確認した。マハラノビス・タグチシステムの単位空間を診断のものさしとして取り入れることで、試験体間の判別だけでなく、それらの間に「どれだけへだたりがあるか」を知ることが可能となる。

マハラノビス・タグチシステムを用いて、大量のデータを1つの指標に統合し、その指標による鋼材の腐食診断の実現可能性について検討を行った。本解析によって、電気化学ノイズデータから、腐食している鋼材としていない鋼材の判別が可能であることを示した。マハラノビス距離は、異常な状態(腐食)のとき正常時に比べて明らかに大きな値を示し、異常状態の識別が可能であった。腐食減量率とマハラノビス距離には比例関係があり、簡易な腐食減量率推定手法としての適用可能性が見込める。モニタリングにより得られる電流ノイズの積分値と併せて解析を行うことにより、さらに正確な腐食減量率を非破壊で算定できると考えられる。

第5章では、SN比と感度という指標を用いて、4章で行った診断の正確さに影響を及ぼす要因について検討した。ここから得られた知見をもとに、より正確な診断を行うための単位空間の再構成を行った。ここで、単位空間とは、診断の際に基準となるデータ群のことである。定量的な腐食診断を目的にして、第4章で得られた結果をさらに改善すべく、診断基準(単位空間)の改善を行った。4章の解析による腐食診断の精度向上のために、SN比と感度という指標の算定を行った。SN比は、診断結果のばらつき具合に対する指標である。感度は、マハラノビス距離と信号(本研究では腐食減量率)間の比例定数である。4章で腐食減量率診断に使用した項目(電位ノイズ、電流ノイズ、ノイズ抵抗、孔食指数)のうち、診断精度向上に貢献する項目を選定した。最適項目を選定した後、最適条件が実際に腐食診断の精度を向上させているか、確認計算を行った。本解析によって、マハラノビス・タグチシステムにおける診断解析においては、単位空間を構成する項目の選定が非常に重要であることがわかった。マハラノビス・タグチシステムによる腐食減量率の診断においては、マハラノビス距離の分布の点(SN比)からも、腐食減量率の変化に対するマハラノビス距離の敏感性の点(感度)からも、電流ノイズが最も寄与していることを確認した。電位ノイズもある程度腐食減量率の診断推定に寄与しているが、SN比に関する貢献度の算定結果より電流ノイズに比べるとマハラノビス距離の分布にバラツキがあることがわかる。ノイズ抵抗は、腐食速度推定の指標であり、孔食指数は、腐食形態推定の指標であるため、腐食減量率の診断には寄与しなかった。サンプリング周波数は、大きいほうが診断精度の向上に貢献するが、項目選択を適切に行ったほうが、精度の向上は大きかった。

本研究では、電気化学ノイズ法を用いることで、コンクリート中の鉄筋腐食の直接的な情報を得られることを確認した。腐食の情報の取得は、構造物の維持管理の最適化に大きく寄与するものと考えられる。電極をコンクリート中にあらかじめ埋設した上で腐食状態をモニタリングし、マハラノビス・タグチシステムによるパターン認識をすることで腐食の発生を検出できるシステムの可能性をみいだした。また、実構造物の鉄筋腐食簡易センシングのため、電気化学ノイズ法の適用可能性と擬似参照電極の実用性について検討した。電気化学ノイズにより、腐食している鋼材としていない鋼材の判別の可能性について示した。マハラノビス・タグチシステムの電気化学ノイズデータへの適用性を示した。電気化学ノイズから算定したマハラノビス距離により、腐食量の推定が可能である。

審査要旨 要旨を表示する

福山智子氏から提出された「電気化学ノイズ法によるコンクリート構造物中の鉄筋の腐食診断」は、主要な社会資本ストックを構成している鉄筋コンクリート構造物の性能低下に最も影響を与える鉄筋の腐食状態に関して、構造物を傷つけることなく非破壊的に継続して評価し続けられる手法の開発が試みられ、鉄筋コンクリート構造物中の鉄筋の腐食のモニタリング手法および判定基準が提案されたものであり、低コストで既存構造物の延命化を図ることが極めて重要な課題となっている昨今、その一翼を担う技術開発が行われたものであるといえる。

本論文は6章から構成されており、各章の内容については、それぞれ下記のように評価される。

第1章では、本研究の背景、目的、特色などが的確に述べられている。

第2章では、本研究に関連する技術の現状および既往の研究成果、すなわち、コンクリート中の鋼材の腐食速度・腐食形態の特徴、コンクリート中の鋼材の腐食に対する非破壊検査方法の既往の研究開発状況およびそれらの問題点、ならびに本研究で検討する電気化学ノイズ法の基礎理論が要領よくまとめられている。

第3章では、コンクリート中の鉄筋腐食の検出に対する電気化学ノイズ法の適用性について明らかにするために、合理的な実験が行われており、電位ノイズおよび電流ノイズ、ならびにそれらから算出されるノイズ抵抗によって、鉄筋の腐食状態を評価できる可能性があること、さらに、電流量の絶対値に加えて電流ノイズの測定値から算出される孔食指数を用いることによって、腐食形態を推定できる可能性があることが示されている。

第4章では、測定される電気化学ノイズデータからコンクリート中の鉄筋の腐食状態を的確に判別できるようにすることを目的として、パターン認識手法として知られるマハラノビス・タグチシステム(MTシステム)の適用が試みられており、電位ノイズ、電流ノイズ、ノイズ抵抗および孔食指数を単位空間とすることで、健全鉄筋の単位空間と腐食鉄筋の単位空間との隔たり(マハラノビスの距離)が腐食量に比例することが明らかにされており、電気化学ノイズデータをMTシステムによって評価することにより鉄筋腐食の有無を判別できる可能性があることが示されている。

第5章では、電気化学ノイズデータから算出されるマハラノビス距離に基づく鉄筋腐食の診断精度を向上させることを目的として、マハラノビス距離に関して、無効情報に対する有効情報の比(SN比)および各情報の敏感性(感度)に対する検討がなされており、コンクリート中の鉄筋の腐食診断を行う上では電流ノイズが最も的確な情報であること、電気化学ノイズのサンプリング周期を増大させることにより診断精度が向上することなどを明らかにしている。

第6章では、本論文の結論と今後の課題が要領よくまとめられている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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