学位論文要旨



No 125674
著者(漢字) 江,欣宸
著者(英字)
著者(カナ) コウ,キンシン
標題(和) 作業空間におけるLED照明の光色による心理的・生理的影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 125674
報告番号 甲25674
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7207号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 平手,小太郎
 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 准教授 前,真之
 東京大学 特任教授 柳原,隆司
 東京大学 特任准教授 福井,恒明
内容要旨 要旨を表示する

近年,照明技術の発展に伴い,長寿命・省電力・省スペースを持つLED照明がますます重要視されてきている。青色ダイオードが実用化されて以来,赤・青・緑の光の三原色が揃い,それぞれの光量の制御から様々な光色が出来るようになり,完全放射体をベースとした電球色と白色で構成された従来の照明環境は大きく変わる可能性が高いと考えられる。今後はこの様な色光が照明光として使用されることも予測され,LEDを主とする照明環境で光色のあり方が重要な課題の一つになることは間違いない。

現在まで,彩色照明の応用に関しては,舞台の演出効果,商業空間の雰囲気づくりなどのカラーライティングへの展開が多かった。一方,作業用照明は,従来の蛍光灯ランプから近年のLED照明まで,主に白色が使われ,光色の変化があっても完全放射体軌跡から少し離れている程度であった。様々な既往研究の中で,光色は視力,明るさ感,グレア感,心理的効果などに影響することが明らかになっている。しかし,作業に関するものの中で,完全放射体軌跡から離れた光色で検討した事例はまだ少ない。いうまでもなく,作業は現代社会の中で重要な要素であり,光色が作業に与える影響・効果に関する検討は必要不可欠だと考えられる。

本研究の先行研究である李・江らの研究では,LED光色の主要光色6色(赤,緑,青,黄,シアン,マゼンタ)の純色を基本とした光色系列に対する色味と建築一般空間における不快感の評価実験を行っている。色味の感知刺激閾と一般空間に対する光色の不快感刺激閾に関する一連の結果を,CIE 1931 xy色度図上に表現し系統的にまとめている。

この研究成果に基づき,本研究では,まず,作業に対しての光色不快感の閾値を探る実験を行うこととする。日本工業規格の照度基準によると,精密な作業を行う事務室に作業面照度は750~2000 [lx],一般作業を行う事務室に作業面照度は300~750 [lx]が必要と定められている。一方,照明学会編の屋内照明基準によると,普通の視作業には照度範囲300~750 [lx]とされている。ただし,現在までの照度基準は,完全放射体軌跡に準ずる光によって定められたもので,色光照明に対応できるかどうかまだ不明瞭である。そこで,本研究では,つぎに,色光照明環境での作業に適切な照度を探る実験を行うこととする。最後に、これらの結果をもとに,不快と感じない範囲から光色を選択し,照度を固定した条件のLED照明による色光照明環境下での作業において,疲労・疲労感,作業効率,快適性,可読性,明瞭性などの検討を行う。

以上より総じて,本研究では,不快と感じない範囲から光色を選択し,LED照明による色光環境下での作業において,心理的・生理的影響を検討し,適切な光色を提案することを目的とする。

本研究は6章で構成されている。

第1章は序論であり,本研究の背景,既往研究と問題点,本研究の目的などについて述べている。

第2章では,作業空間に対する光色による不快感の閾値を探るために光色フェード実験について述べている。実験は,寸法W:600mm×D:300mm×H:600mmの実験空間を作り,覗き穴から実験空間に置いてある資料を見て評価するものである。実験方法は,白色から光色(上昇系列)・光色から白色両方(下降系列)のフェードを行い,被験者は不快感を「感じない」,「やや感じる」,「感じる」,「非常に感じる」の4段階で評価するものである。各光色系列では,10秒かけて純度変化の提示を行った。下降系列の純度変化実験では,色順応による影響が見られ,5~8秒程度で白色の知覚があり,その後に当初の純色の補色を知覚する状況が発生した。下降系列の純度変化の実験データは,色順応の影響が強く,分析上も不都合があると判断されたため,分析については,上昇系列のみのデータで分析することにした。分析の結果,1)純色に近づくほど「作業における不快感」を感じる程度が増加し,「色味」を感じても「作業における不快感」を感じない範囲が存在する,ことが確認された。このことは,不快に感じない範囲で,作業空間の光色に演出の余地があることを示しており,新たな照明空間の可能性を示すものである。2)白色から各純色までのxy色度図上の距離の比率からみると,緑色・青色・シアン系列は赤色・黄色・マゼンタ系列より不快感と色味との差が顕著に現れた。3)「建築空間一般における不快感」との比較を行い,シアン系列以外の光色系列では,「建築空間一般に対する不快感」より「作業における不快感」の方が影響を受けやすいことが確認された。特にシアン系列の実験結果に関しては,作業における不快感の影響が小さい結果となった。このことからシアン系の光色は,字を読むなどの集中を要する作業において適している光色である可能性が示唆された。

第3章では,LED照明による適正照度に関して検討するために適正照度実験について述べている。実験は,光色フェード実験と同じ実験空間を作業空間として,作業面に置いてある資料を見て評価するものである。実験方法は,調整法を用い,文字を読む作業に対しての適正照度及び照度の許容範囲(上限値,下限値)を評価するものである。また,適正照度での不快感(感じない・やや感じる・感じる・非常に感じる)と色味の変化(感じる・感じない)を1光色の照度調節が終わった後に評価させた。照度の調節は,各光色0 [lx]から(1)適正照度,(2)上限値,(3)適正照度,(4)下限値,(5)適正照度の順序で調光させるという方法を用いた。適正照度の計算に関しては,1回目の調光が上昇系列,3回目の調光が下降系列,5回目の調光がまた上昇系列となる。1回目の調光は,被験者を実験に慣らす練習という意味と,上昇系列と下降系列が各1回での平均となるため,1回目の調光の適正照度を除き適正照度の平均を計算した。その結果,1)各光色の下限値平均値と上限値平均値より,各光色の作業に対する照度許容範囲を導き出した。また,適正照度の95%信頼区間を計算した結果から,本研究では,総じて色光照明の推奨照度を500 [lx]と提案した。この結果は,従来の照明で定められた既存の基準と一致した。2)不快感評価から見ると,純度が高ければ高いほど不快と感じる傾向が見られた。その中で,赤味のある光色(赤とマゼンタ)と緑が特に不快と感じられた。

第4章では,第2章と第3章の成果をもとに,不快と感じない範囲から光色を選択し,照度500 [lx]の条件でLED照明による色光照明環境下での作業における,疲労・疲労感,作業効率,快適性,可読性,明瞭性を検討する疲労感実験について述べている。評価項目は,1)疲労(生理データ):視力,フリッカー値,近点距離,2)作業効率,3)疲労感(自覚症状調べ),4)評定尺度法(RS法)による質問項目:色味,快適性,可読性,明瞭性,である。その結果,因子分析の結果により,本実験で行われた評価項目は,総じて独自で検討することが可能と判断したため,光色を評価項目別に以下のように提案した。1)フリッカー値:濃い赤系の色は,精神的な疲労を低減する効果があると考えられる。一方,濃い緑色には精神的な疲労を増加させると考えられる。2)近点距離:調節性疲労の評価には,有意差が見られなかったが,濃い緑色が最も疲労をもたらせない,淡い緑色は,最も疲労をもたらす傾向があると考えられる。3)視力:視力は,白色,濃い青色と淡いシアンに有意差が見られた。その中で,作業後,最も視機能の低下をもたらした光色は白であった。4)自覚症状調べ:各群と合計とも有意差が見られなかったが,前後の差が最も大きく,最も疲労感をもたらしやすい光色は濃い赤色であった。5)作業効率:光色による作業効率の有意差が見られなかったが,最も作業効率が低かったのは,淡い黄色であった。6)快適性:快適性の評価の結果で最も不快と感じられた光色は,濃い赤色で,最も不快ではない光色は,淡い青色であった。7)可読性:可読性の評価の結果では,最も読みやすい光色は,淡い青色,最も読みにくい光色は,濃い緑色であり,Studentのt検定を行った結果では,5%で有意差が見られた。8)明瞭性:光色による明瞭性では,有意差が見られなかったが,文字が最もはっきり見えた光色は,淡い青色と濃い青色で,文字が最もぼんやりと見えた光色は,濃いマゼンタであった。

第5章では,考察として,光色フェード実験,適正照度実験と疲労感実験の結果をまとめについて述べている。作業にふさわしい光色に関して以下のようにまとめた。1)光色は純度が高ければ高いほど不快感が大きいという傾向が見られた。2)光色フェード実験,適正照度実験及び疲労感実験の結果により,作業にふさわしい光色をB20,M20,C40及びY40,C20,R20を提案した。3)標準白色を含め,緑色に近い領域の光色が外れた。この結果,緑色味が含まれる光色は作業に好まれていない可能性があると考えた。4)実験光色を色名と色度座標の対応図にプロットした結果,本研究が提案した光色B20,M20,C40及びY40,C20,R20は,R20以外すべて白色の範囲にあった。また実験光色と完全放射体軌跡を比較した結果,本研究が提案した光色B20,M20,C40及びY40,C20,R20は,完全放射体軌跡から大きく離れていないことがわかった。5)従来から作業における適正光色だと思われていた白色は,本研究では,提案光色に入らなかった。以上より,総じて,緑色味がある光色を除き,若干色味がある光色が作業にふさわしいと考えた。

第6章では,結語として全体のまとめ,今後の課題などについて述べている。

以上より総じて,本研究において,不快と感じない範囲から光色を選択し,LED照明による色光環境下での作業において,心理的・生理的影響を検討し,適切な光色を提案することができたと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

長寿命・省電力・省スペースのLED照明が普及し,多様な光色の登場により,完全放射体をベースとした電球色と白色で構成された従来の照明環境は大きく変わる可能性が高い。本論文は,LEDを主とする照明環境になると光色のあり方が重要な課題の一つになるのは間違いなく,作業環境において光色が与える影響・効果に関する検討は必要不可欠だとの基本的認識のもと,不快と感じない範囲から光色を選択し,LED照明による色光環境下での作業における心理的・生理的影響を検討し,適切な光色を提案することを目的とした一連の実験をまとめたものである。

本論文は6章から構成されている。

第1章は序論であり,本研究の背景,既往研究と問題点,本研究の目的などについて述べている。

第2章では,作業空間に対する光色による不快感の閾値を探るための光色フェード実験について述べている。実験は,実験空間に置いてある資料を見るという作業下で,白色から光色への純度変化によるフェードを行い,被験者は不快感を4段階で評価するものである。その結果として,純色に近づくほど,作業における不快感を感じる程度が増加し,色味を感じても作業における不快感を感じない範囲が存在する。白色から各純色までのxy色度図上の距離の比率からみると,緑色・青色・シアン系列は赤色・黄色・マゼンタ系列より不快感と色味との差が顕著に現れる。建築空間一般における不快感との比較を行い,シアン系列以外の光色系列では,建築空間一般に対する不快感より作業における不快感の方が影響を受けやすい。などを導いている。

第3章では,LED照明による適正照度に関する検討のための適正照度実験について述べている。実験は,光色フェード実験と同じ作業空間の作業面に置いてある資料を見て,調整法を用いて,文字を読む作業についての適正照度および照度の許容範囲を設定するものである。その結果として,各光色の下限値平均値と上限値平均値より,各光色の作業に対する照度許容範囲を導き出し,適正照度の95%信頼区間の計算値から,色光照明の推奨照度を500 [lx]と提案している。また不快感評価から見ると,純度が高ければ高いほど不快と感じる傾向が見られ,その中で赤味のある光色と緑色が特に不快と感じられる。としている。

第4章では,第2章と第3章の成果をもとに,不快と感じない範囲から光色を選択し,照度500 [lx]の条件でLED照明による色光照明環境下での作業における,疲労・疲労感,作業効率,快適性,可読性,明瞭性を検討する疲労感実験について述べている。その結果として,フリッカー値から,濃い赤系の色は,精神的な疲労を低減する効果がある。一方,濃い緑色には精神的な疲労を増加させる。近点距離による調節性疲労の評価では,有意差が見られなかったが,濃い緑色が最も疲労をもたらせない。淡い緑色は疲労をもたらす傾向がある。視力からは,白色,濃い青色と淡いシアン色に有意差が見られた。その中で,作業後最も視機能の低下をもたらした光色は白色である。自覚症状調べからは各群と合計とも有意差が見られなかったが,前後の差が最も大きく最も疲労感をもたらしやすい光色は濃い赤色である。作業効率からは光色による作業効率の有意差が見られなかったが,最も作業効率が低いのは淡い黄色である。快適性の評価の結果で最も不快と感じられた光色は濃い赤色で,最も不快ではない光色は淡い青色である。可読性の評価の結果では,最も読みやすい光色は淡い青色,最も読みにくい光色は濃い緑色である。明瞭性では有意差が見られないが,文字が最もはっきり見える光色は淡い青色と濃い青色で,文字が最もぼんやりと見える光色は濃いマゼンタ色である。などを導いている。

第5章では,総合考察として,光色フェード実験,適正照度実験と疲労感実験の結果をまとめについて述べている。その結果,光色は純度が高ければ高いほど不快感が大きいという傾向を示し,作業にふさわしい光色として,緑色味がある光色を除き,ほぼ白色の範囲で若干色味がある光色を提案している。

第6章では,結語として全体のまとめ,今後の課題などについて述べている。

以上のように,本論文では,作業に対しての光色不快感の閾値を探る実験,色光照明環境での作業に適切な照度を探る実験,不快と感じない範囲から光色を選択し照度を固定した条件のLED照明による色光照明環境下での作業実験を通じて,心理的・生理的影響を検討し,適切な光色を提案している。このように今後の照明設計に関して重要かつ有益なデータを導いており,建築学および工学に対する寄与は大きいといえる。

よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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