学位論文要旨



No 125677
著者(漢字) 大西,直毅
著者(英字)
著者(カナ) オオニシ,ナオキ
標題(和) 分散メモリ型並列計算を用いた3次元非線形有限要素法による動的応答解析手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 125677
報告番号 甲25677
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7210号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中埜,良昭
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 教授 堀,宗朗
 東京大学 准教授 塩原,等
内容要旨 要旨を表示する

本論文は3次元地盤を含む構造物の動的応答解析における計算量の大規模化に対応する一つの方法として並列計算を取り上げ,動的応答解析を行うために必要な手法についてまとめるものである。

第1章 序論

構造物と地盤の相互作用には,入力の相互作用と慣性の相互作用があり,さらに地盤の非線形性や地盤と構造物の境界での滑動,浮上りなどの非線形性による,応答への影響として非線形相互作用がある。弾性地盤では理論解が導かれており,成層地盤の場合には薄層要素法が広く使われているが,非線形地盤や非成層地盤では3次元有限要素法を用いた解析を行うことが多い。しかし3次元有限要素法による解析は計算する規模が地盤の自由度数の増加とともに増大し,ときに1台の計算機では賄いきれない。並列計算は複数の計算機で一つの問題を切り分けて計算し,結果を集約することにより,全体で1つの計算機として機能するようにする手法であり,より大規模な計算が行えるほか,計算機の台数を増やすことで計算速度の向上も期待できる。しかしながら既存のプログラムを並列化するには大変な労力がかかり,並列化の知識も必要となることから多くの場合スーパーコンピュータを用いるような大規模計算の場合くらいにしか取り扱われない。以上の観点から,3次元有限要素法による動的応答解析に限り,並列計算に必要な方法と全体の解析の流れについてまとめることを本研究の目的とする。

第2章 並列計算

並列計算には計算機のメモリの持ち方によって大きく分けて2つの方法がある。一つは共有メモリ型並列計算であり,この方法では1つの巨大メモリを複数のCPUで共有する計算機を用いる。プログラミングでは命令を分散することだけを考慮すればよいので比較的簡単に並列化ができるが,CPUの数が増えると共有メモリへのアクセスが競合してしまう。もう一つは分散メモリ型並列計算であり,この方法は完全に独立した計算機をネットワークによって繋ぎ,通信によって各計算機の結果を共有することで1つの問題を解くものである。この方法では共有メモリ型のデメリットであるメモリの競合は生じないが,ネットワークが高速でないとそこがボトルネックになることや,プログラマが効率よくメモリにアクセスできるようなプログラミングを意識する必要がある。

分散メモリ型並列計算での計算機間の通信の方法で最も一般的なのがメッセージパッシングインターフェイス(MPI)である。本研究で用いたのはそのうちMPICH1と呼ばれるものである。MPICH1の基本は複数のCPUがそれぞれ他のCPUに対してデータをメッセージとして送受信することである。各CPUが自分の認識IDを持っており,データの通信では自分と送り先の認識ID,データの格納先のアドレス,データ型,データ量,タグ番号などをしていすることでCPU間の通信を行っている。MPIによる並列化はこうした通信に必要なデータのやり取りを全てプログラマが把握している必要があり,高度なプログラミング技術を要する。それに対して自動的にFortranプログラムからMPIを用いたソースコードへと変換するためのツールが考案された。ハイパフォーマンスフォートラン(HPF)と呼ばれるそのツールはFortran90で書かれたプログラムの並列化したい配列を各計算機に分散確保することができ,その配列に関するDOループの計算を並列化することができる。

有限要素法の計算では領域分割法を用いることがある。領域分割法は有限要素法における解析対象領域をいくつかの部分領域に分割し,各部分領域毎の計算を行い,解析対象全体の解析を行うための数値解析手法である。並列計算を効率的に行うには各計算機の負荷を均等にし,計算機間の通信をなるべく減らすことが重要であるが,この手法は部分領域毎に係数行列が作成でき,領域内部節点自由度に関しては完全に通信なしで計算が独立に行えるため,並列化に向いている。この章では領域分割法の基本的な原理についての説明を行った。また並列化とは関係ないが,有限要素法は係数行列が疎行列となるため,圧縮行格納方式(CRS)を用いて計算量を削減した。CRSは行列同士の掛け算が難しくなるが,連立方程式のソルバーを共役勾配法にすることで行列ベクトル積だけで計算できるようにしている。共役勾配法は前処理に単純な対角スケーリング行列を用いている。

アムダールの法則により並列化可能な比率が低ければいくら並列台数を増やしても並列化効率が落ち,スピードアップには上限があることがわかる。効率を考えるのであれば計算は規模に応じて各計算機のパフォーマンスを最大に利用するのがよい。また,大規模計算になればおのずと並列化可能な比率も上がるのでスケーラブルな並列計算が可能となる。

第3章 3次元地盤モデル

この章では3次元非線形地盤の動的応答解析に必要な手法として,1) 有限要素法に基づく地盤の解析に必要な運動方程式の立式,2) 3次元粘性境界,3) 地盤の弾完全塑性モデルについてまとめ,それらを用いて領域分割法で解くための流れについて示した。

次に作成した3次元地盤プログラムについて,逐次プログラムと並列プログラムの計算時間について考え,領域分割と並列プロセス数が計算時間に与える影響について調べた。まず並列プロセス数を増加させると規模が大きいほど並列化によるスピードアップが見られた。しかしながらその値は8PEで2~3程度の小さいものであることがわかった。そもそも並列化効率は1を上回らない。したがってパラメトリック解析を行う場合を考えれば,N通りの計算をN台で行えるときに,N台で並列化してN通りの計算を順々に行うのは無駄である。

領域分割法の分割数を増やすことでも計算の高速化が可能であり,その最適な台数についての検討を行った。1PEでは通信が発生しないため分割数が多いほど計算時間は短くなったが,並列計算にするとある分割数以上で計算時間が長くなる傾向にあり,通信のオーバーヘッドとのバランスが必要であることが確認できた。また分割の方向により各プロセスが実行する計算に偏りが生じると分割数が増えても計算時間が減らない場合が生じることがあり,これを避けるにはHPFではCYCLIC分散が効果的であるが,CYCLIC分散はDOループ変数のアドレス解決のためのオーバーヘッドにより,他の部分で計算時間が増えることも考慮しておかなければならない。

大規模計算を解くときには1台で規模N / pの問題をT秒で解けたときに,規模Nの問題がp台でT秒に近い速さで解けることが理想的である。しかし領域分割の粗さがほぼ同じ場合で計算時間を比較すると,要素数が増えて通信のオーバーヘッドと収束回数の増加などにより計算時間が大幅に伸びることがわかった。

最後に3次元弾塑性地盤に正弦波加速度を入力した解析を行ってみた。自由度数153015,増分ステップ数1000,領域分割法の不釣合力の絶対誤差,相対誤差を10の-8乗としたところ,計算には約12時間を要した。

第4章 構造物と地盤の動的相互作用解析

第3章で作成した3次元地盤モデルと構造物との動的相互作用解析モデルの作成について説明した。ただし地盤の一部を剛体とし基礎と見立て,その剛体基礎を有する一質点せん断ばねモデルが構造物である。地盤の一部を剛体とする処理を行うには領域分割法の処理の一部に剛体導入のための行列Rを乗じる操作を入れる必要がある。また前処理の対角スケーリング行列もRとRの転置を係数行列の対角項の左右に乗じて新たな対角スケーリング行列を作成する必要がある。

次に全体を構造物と剛体を含む地盤とに分けて計算するサブストラクチャ法について述べた。手順はまず外力と慣性力などから地盤についての運動方程式を解き,その結果得られる基礎の加速度を入力加速度として上部構造物の応答を計算,さらにそこで得られた基礎の反力を次ステップで地盤に与える外力として計算する,というものである。非線形では次ステップへの反力の持ち越しを行うと不釣合力が溜まって発散する可能性があるため注意を要するが,弾性の場合にはほとんど影響はない。

最後に,解析例として建物と地盤を弾性とした自由振動解析を行った。解析は大きさの違う地盤を3種類行った。地盤の領域分割は分割の粗さを揃え,計算機のPE数は8とした。解析時間は地盤の自由度数に比例するかたちで増加することが分かり,大規模地盤モデルの場合でも計算時間の凡その予測が出来ることが確認できた。また自由振動解析の変位応答波形から対数減衰率による減衰定数を求め,建物の弾性一次固有周期を0.4秒,地盤の弾性一次固有周期を0.53秒としたとき,減衰定数は約2.2%となった。ただし粘性境界は完全に反射しないわけではないので,地盤の規模が小さいときには境界からの反射波によって建物の減衰にも影響が現れることがわかった。

第5章 結論

3次元有限要素法でモデル化した大規模な地盤の解析では,領域分割法による解析領域の分割とMPI(HPF)による並列化が有効な方法であり,さらに係数行列にCRSを用いて必要メモリと計算量の削減を行うことも効果的である。本研究で作成した並列プログラムは領域分割法における領域境界上節点での適合条件を満足するように収束する部分があるために,領域分割法を用いないプログラムに比べて余計な計算が必要であるものの,計算規模が大きくなったときに領域分割による高速化と並列計算による高速化により領域分割法を用いないプログラムよりも高速化することが可能である。

審査要旨 要旨を表示する

過去の地震被害では、類似の構造物であっても立地条件によって大きく地震被害の様相は異なることが知られている。したがって、構造物の耐震安全性や耐震機能性を合理的に確保する設計を行う上で、さまざまな地盤上に立地する構造物の極大地震時の損傷推定技術の開発は極めて重要な耐震工学の課題となっている。本論文は、この課題を根本的に解決するために、3次元非線形地盤を含む構造物の動的応答解析手法に取り組んだものである。具体的には、計算の大規模化に対応する一つの方法として並列計算を取り上げ、その具体的な既往の適用手法について検討し、これに基づいて実際の解析コードを開発し、その適用性・有用性について論じたものであり、以下の5章から構成される。

第1章「序論」においては、3次元非線形地盤を含む構造物の動的応答解析が必要とされる背景として、構造物と地盤の相互作用の解明が必要とされており、入力の相互作用と慣性の相互作用の他、地盤の非線形性や地盤と構造物の境界での滑動、浮き上がりなどの非線形性、および非線形相互作用を材料特性に基づいたその正確な理解が必要であることを述べている。そのためには3次元有限要素法の適用が必要であるが、この場合、計算規模が地盤の自由度数の増加とともに飛躍的に増大するため、処理時間の短縮を図るためには、計算速度の向上が必須であり、それに対処するため本論文ではその一つの方法として並列計算を取り上げ、弾塑性地盤を含む構造物の動的応答解析を行うために必要な手法についてまとめることを目的とするものとしている。

第2章「並列計算」においては、既往の研究と本論文において採用する数値解析手法の選択の背景と理由について述べている。並列計算における分散メモリ型並列計算のための計算機間の通信方法に関するメッセージパッシングインターフェイス(MPI)について述べ、さらにそれを扱いやすくしたハイパフォーマンスフォートラン(HPF)と比較し、本論文で後者を採用した理由について述べている。また有限要素解析に並列計算を適用することが可能な数値解析手法について述べ、領域分割法は、並列計算における各計算機の負荷を均等にし、計算機間の通信をなるべく減らすことができるために並列化に向いていること、大規模連立方程式の数値解法には、係数行列の格納に圧縮行格納方式(CRS)を用いた共役勾配法が計算量削減に特に有効であることを述べている。

第3章「3次元地盤モデル」においては、本論文で採用する3次元非線形地盤の動的応答解析に必要な手法として、1)運動方程式の定式化、2)3次元粘性境界、3)地盤の完全弾塑性モデルについて述べ、それらと領域分割法を組み合わせて解くための解析コードの開発について述べている。そして、作成したコードを使って、領域分割数と並列プロセス数が計算時間に与える影響について検討している。また高速化のための最適な計算機台数を、領域の分割数や通信のオーバーヘッドとの関係で論じている。また、領域分割の粗さがほぼ同じ場合での計算時間を比較すると、要素数が増えるに従い通信のオーバーヘッドと収束回数の増加などにより計算時間が大幅に伸びるとしている。最後に、CPU数が8コアの場合の並列計算の計算時間の一例として、自由度数153015、増分ステップ数1000、領域分割法の不釣合力の許容誤差を10の-8乗、正弦波加速度を入力とした、仮想的な3次元弾塑性地盤の解析を行い、計算に約12時間を要したとしている。

第4章「構造物と地盤の動的相互作用解析」においては、第3章で作成した3次元非線形地盤モデルに上部構造物を加え、それらの動的相互作用解析モデルを作成する方法について述べている。まず、地盤の一部を剛体とし基礎と見立てるために、領域分割法において地盤の一部を剛体として処理する手法について述べ、さらに全体を上部構造物と剛体を含む地盤とに分けて行う動的応答計算におけるサブストラクチャ法について述べている。最後に、解析例として、上部建物と地盤を弾性とした自由振動解析結果を示して、解析手法の妥当性を検討している。解析時間は地盤の自由度数に比例することを確認し、自由振動解析の変位応答波形から対数減衰率による減衰定数を求め、建物の弾性一次固有周期を0.4秒、地盤の弾性一次固有周期を0.53秒としたとき、地盤の逸散による減衰定数は約2.2%となったとしている。

第5章「結論」においては、本論文で得られた成果と論文全体の結論を次のように述べている。すなわち、3次元有限要素法でモデル化した大規模な地盤の解析では、領域分割法による解析領域の分割とHPFによる並列化が有効な方法であり、さらに係数行列にCRSを用いて必要メモリと計算量の削減を行うことも効果的である。また、本研究で作成した並列プログラムは領域分割法における領域境界上節点での適合条件を満足するように収束する部分があるために、領域分割法を用いないプログラムに比べて余計な計算が必要であるものの、計算規模が大きくなったときに領域分割による高速化と並列計算による高速化により領域分割法を用いないプログラムよりも高速化することが可能である。

このように、本研究は、非線形3次元有限要素法を用いた構造物と地盤の連成する大規模な問題の地震応答解析法を確立するための基礎的な研究である。非線形3次元有限要素法は、地盤の複雑な構造や非線形性を材料と寸法のみに基づいて合理的に推定できるというメリットがあるが、一般に計算量が膨大になり現在のスカラー計算機では、処理速度とメモリの性能が不足している。そこで、1990年代後半に情報処理の分野で開発された分散メモリ型の並列計算を建築構造物の耐震設計における未解決な問題の解決に結びつけようとしたものである。具体的なコードを自ら作成することにより、これまでの研究ではあまり扱われていない非線形解法への適用性も実証している。また、問題サイズとノード数の関係、計算のボトルネックの発生などの問題を丹念に調べ、今後の実用的な数値解析における具体的な応用の方向性を示せたことは、大きな成果である。これらの開発と、計算時間や精度に及ぼす具体的な検討は、さまざまな地盤上に立地する構造物の極大地震時の地震応答解析手法の実用化、ひいては合理的な耐震設計法の確立に欠かせないものであり、耐震工学の進歩に大きく貢献している。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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