学位論文要旨



No 125678
著者(漢字) 加用,現空
著者(英字)
著者(カナ) カヨウ,ゲンクウ
標題(和) 遺伝的アルゴリズムを用いた分散エネルギーシステムの最適計画手法の開発
標題(洋)
報告番号 125678
報告番号 甲25678
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7211号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 大岡,龍三
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 特任教授 柳原,隆司
 東京大学 講師 岩船,由美子
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、都市部における再生可能エネルギー導入を促進するため、エネルギーシステム最適化を図る「分散エネルギーシステム最適計画支援ツール」を開発する研究である。

CO2排出削減目標達成に向けた取組みが急務である状況において、太陽光や風力、バイオマス等の再生可能エネルギー、各種排熱や温度差エネルギー等の未利用エネルギーの積極的導入は必然である。しかし、これらのエネルギーは地域に広く薄く分散する傾向にあり、効率的な利用は容易ではない。この課題に対して、分散エネルギーシステムを中核とした地域エネルギーネットワークは、散在する再生可能エネルギー・未利用エネルギーの効率的な面的利用が期待できる。

一方、建築環境・設備分野において、省エネルギー・CO2排出量削減を目指した研究活動が多く取組まれている。設備機器単体においては、研究開発による機器単体の高効率化やCO2排出量削減が実施されている。しかし、過大設計に起因する低負荷運転の発生等の、システムを構成する機器群の適切な設計と運用が実行されない場合、エネルギー消費が増大する可能性が懸念される。特に、分散エネルギーシステムのうち、複数の機器や建物が関連する建物間エネルギー融通型では、複数の需要点と複数の供給拠点を結びつける最も効率的なエネルギー収支を導くことは困難を極め、最適計画の実現が難しい。

前述の問題解決には、エネルギーシステム計画時における、分散エネルギーシステムの最適計画支援ツールの提供が有効であると考えた。最適計画支援ツールは、多様なシステムの組合せが検討可能であり、設備機器の機種、容量、台数分割の決定と、エネルギーシステムが最も高効率に運転できる機器の運用方針を提供するものである。導かれた最適解は、分散エネルギーシステムの枠組み決定を容易にすると考える。

そこで本研究では、遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithm; GA)を用いた分散エネルギーシステムの最適計画手法を開発することを研究目的とした。まず始めに、建物単体を対象としたエネルギーシステムの最適計画手法を開発し、段階的な拡張・改善を経て、分散エネルギーシステム最適計画手法の確立に取組んだ。各開発段階において、ケーススタディによる手法の検証を行った。

本論文は、本章を含めた全7章で構成される。

第1章では、研究背景として分散エネルギーシステム導入への期待と課題について述べ、最適計画手法への希求、本研究の目的を述べた。また、関連既往研究を挙げ、本研究の位置づけを示した。

第2章では、遺伝的アルゴリズムを用いた最適計画手法の開発内容をまとめた。簡易なケーススタディにより、GA計算過程から得られる解群の解析方法を検討した。宿泊施設のケーススタディでは、島数よりも島人口の大きさの方が計算精度に優位にはたらくパラメータであることがわかった。以降に検討する熱源機器の拡張や、建物間エネルギー融通モデルの組込みを行うと、最適化問題はさらに複雑化し、部分最適解の増大が予想される。解探査の広域性を確保するために島人口、島数、突然変異率の設定が重要であることがわかった。次に、開発の第一段階として、建物単体を対象とした熱源システム最適計画に取組み、コジェネレーションシステムの排熱利用による一次エネルギー消費量削減効果についてまとめた。病院のケーススタディ通じて、構築したエネルギーシステムモデルを用いて排熱利用による効率化ポテンシャルを算定した。排熱利用は、機器構成や機器運転パターンを考慮して計画することにより、一次エネルギー消費量の削減可能性が期待できることがわかった。建物単体での排熱利用効果が期待される結果が得られ、分散エネルギーシステムにおける建物間熱融通の導入可能性に対する知見を得ることができた。

第3章では、2章で開発した最適化手法の"目的関数"に着目し、多目的最適化モデルを開発した。これは、一次エネルギー消費量の最小化と、イニシャルコストおよびランニングコストを対象とした経済性の最小化を行うものである。ケーススタディを通じて、計算精度の確認と、パレート最適解群の解析を行った。本計算手法を通じて、計画候補それぞれにおける最適な運用計画が導出され、比較検討が可能である結果を得た。ケーススタディから得られた解分布は、計画額や設計条件など、意思決定プロセスにおいて考慮される検討要素から計画案の候補となる最適解群を提供し得る結果を得た。

第4章では、2章で開発した最適化手法の"入力条件"に着目し、同一季節における需要変動を考慮した計算方法を開発した。従来の方法では、各季代表日の運用計算により目的関数を最小化するエネルギーシステムを導いていたが、各季に対し、平均的需要日、過大需要日、過小需要日を想定し、これら3需要日において安定的に最適運用が図られる機器構成と運用計画を導出する計算方法を作成し、ケーススタディを通じて、従来の方法と比較した。従来手法とロバストを考慮した計算手法では、得られる機器構成は異なるものの、その差異はHPやGBなど、小規模容量の機器のみで、AR、TRなどの大規模容量の機器は同様の組合せが選ばれた。この機器構成の差異に起因する一次エネルギー消費量の差は1%未満しかないことがわかった。今後、他の建物用途、もしくは規模のケーススタディを行なう場合は、計算手法の違いによって明らかな違いが現れることも予想される。しかし、その差が5%未満の極僅かなものであるならば、従来手法でも十分に計算精度があると判断することができる。ロバストを考慮した計算手法は従来手法に比べ、計算時間が約3倍必要となることから、本最適化ツールを設計実務で用いる時、2種類の計算手法を状況に応じて適宜選択することが望ましい。

第5章では、評価対象を建物単体から複合街区へと展開し、エネルギー面的利用による一次エネルギー消費量削減効果と、エネルギーシステムの機器構成、運用計画について考察した。経験的意思決定に基づく基準ケースよりも、機器選定および運用計画の最適化を図ったケースの方が一次エネルギー消費量削減効果を見込むことができ、さらにCGSの排熱を利用するケース、そして面的活用により排熱利用の効率化を図ったケースの順に一次エネルギー消費量削減効果が期待されることが確認された。本章では、事務所と集合住宅の組合せにおける面的活用ケースを検討した。需要特性の異なる建物を組合せることによる建物間エネルギー融通導入効果が示唆される結果を得た。今後、建物用途の組合せと排熱利用効果を検討する研究課題を得た。

第6章では、休止機器活用モデルの作成、CGS排熱活用モデルの作成の2段階を通じて既存モデルを改良し、2棟間に対するエネルギー融通の最適化モデルを開発した。さらに、2棟を連結する地域導管の設計について詳細に算出し、地域導管における搬送熱損失、搬送ポンプが消費する一次エネルギーを考慮した。ケーススタディの結果より、既存建物2棟間でエネルギー融通を行う場合、機器構成の調整を行うことで、さらなるエネルギー消費量の最小化を図ることが可能であることが示唆された。目的関数である一次エネルギー消費量について、建物単体最適化に比べ、建物間エネルギー融通ケースは5.0%のエネルギー消費量削減、さらに、エネルギー融通するシステム全体の最適解により6.2%削減される結果を得た。2棟全体の最適化により、さらなる削減効果が期待できることがわかった。今後さらに、建物が設備機器を保有し、余剰能力、余剰排熱のみ面的活用する条件について最適化検討を可能とする手法開発の課題を得た。

第7章では、まとめとして本研究の成果と、今後の研究課題を示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「遺伝的アルゴリズムを用いた分散エネルギーシステムの最適計画手法の開発」と題し、都市部における再生可能エネルギー導入を促進するため、エネルギーシステム最適化を図る「分散エネルギーシステム最適計画支援ツール」を開発する研究である。

本論文は、地域に広く薄く分散する再生可能エネルギーや未利用エネルギーを積極的に導入する方策のひとつとして、"分散エネルギーシステムを中核とした地域エネルギーネットワーク"に期待が寄せられている状況を研究背景としている。都市部における再生可能エネルギーの導入促進するため、設計者に対して「分散エネルギーシステム最適計画支援ツール」を提供することが研究目的である。遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithm; GA)を用いた分散エネルギーシステムの最適計画手法が開発された。研究プロセスは、建物単体を対象としたエネルギーシステム最適計画手法の開発をはじめ、段階的な拡張・改善を経て、最終的に分散エネルギーシステム最適計画手法の確立へと展開するものである。設計実務で活用可能な計画手法とするため、各開発段階では、ケーススタディによる手法の検証が行われ、手法の有効性の確認、計算精度検証が行われている。本論文の結論としては、機器構成、台数分割、排熱利用機器や高効率機器の優先運転など、設計段階で検討される内容に対し、GAを用いた解探査手法が結果を導き出せるとしている。また、2棟間でエネルギー融通を行う分散エネルギーシステムは、エネルギー消費最小化が期待できる結果を得ている。

本論文の構成は以下の通りである。

第1章では、研究背景として分散エネルギーシステム導入への期待と課題について述べ、最適計画手法への希求、本研究の目的が述べられている。また、関連既往研究を挙げ、本研究の位置づけが示されている。

第2章では、遺伝的アルゴリズムを用いた最適計画手法の開発内容がまとめられている。病院のケーススタディ通じて、構築したエネルギーシステムモデルを用いて排熱利用による効率化ポテンシャルの算定では、排熱利用は、機器構成や機器運転パターンを考慮して計画することにより、一次エネルギー消費量の削減可能性が期待できる結果を得ている。

第3章では、2章で開発した最適化手法の"目的関数"に着目し、多目的最適化モデルに拡張・展開された。一次エネルギー消費量の最小化と、イニシャルコストおよびランニングコストを対象とした経済性の最小化を目的関数としている。ケーススタディを通じ、計画額や設計条件など、意思決定プロセスにおいて考慮される検討要素から計画案の候補となる最適解群を提供し得る結果を導いている。

第4章では、2章で開発した最適化手法の"入力条件"に着目し、同一季節における需要変動を考慮した計算方法が検討された。従来手法とロバストを考慮した計算手法では、得られる機器構成は異なるものの、小規模容量の機器のみで、AR、TRなどの大規模容量の機器は同様の組合せが選ばれた。この機器構成の差異に起因する一次エネルギー消費量の差は1%未満しかないことがわかった。

第5章では、評価対象を建物単体から複合街区へと展開し、エネルギー面的利用による一次エネルギー消費量削減効果について考察されている。面的活用により排熱利用の効率化を図ったケースの順に一次エネルギー消費量削減効果が期待されることが確認された。

第6章では、休止機器活用モデルの作成、CGS排熱活用モデルの作成の2段階を通じて既存モデルを改良し、2棟間に対するエネルギー融通の最適化モデルを開発した。2棟全体の最適化により、さらなる削減効果が期待できることがわかった。

第7章では、まとめとして本研究の成果と、今後の研究課題が示されている。

以上を総括するに本論文では、多様なシステム組合せが検討可能であり、設備機器の機種、容量、台数分割の選定から、構築されたエネルギーシステムの運用計画まで総合的に最適化する、実務で活用可能な計画ツールが開発・提案されている。エネルギーシステムの最適計画実行に際に、設計者には建物用途や資源価格等の経済変動、街区の用途転換、技術革新による新技術の開発等、様々な要因による環境変化に対し、柔軟性のある設計が求められるが、これに対し有効な計画法を提示している点において、本論文は評価に値する。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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