学位論文要旨



No 125679
著者(漢字) 舘,知宏
著者(英字)
著者(カナ) タチ,トモヒロ
標題(和) 計算折紙幾何学に基づく建築形態デザインシステムに関する研究
標題(洋) Architectural Form Design Systems based on Computational Origami
報告番号 125679
報告番号 甲25679
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7212号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川口,健一
 東京大学 教授 岸田,省吾
 東京大学 教授 難波,和彦
 東京大学 教授 加藤,道夫
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 名誉教授 三浦,公亮
内容要旨 要旨を表示する

折紙は、一枚の紙を切らず伸び縮みさせずに折ることで多様な形態を作る芸術・文化・遊びとして知られており、同時に、数学・計算理論・物理・工学の一分野としても発展してきている。特に展開・折畳みなどの二次元から三次元、三次元から二次元へと状態が移り変わる性質、空間の境界をなす連続面の性質、折りによって作られる陰影や曲面表現の豊かさから、工学への高い応用可能性を持っている。このような折紙の可能性は近年再発見され、特にアダプティブな環境創生のための手段・表現の媒体として着目されている。しかし、既存の工学応用あるいは建築応用では特定の折紙パターンでつくられる個別の形態自体を応用するアプローチやアドホックなデザイン手法に限られてきた。これまでの研究ではデザイナーが意図した三次元形態・機能を自在に得る方法は導かれず、そのため結果としての応用対象が非常に限定的であった。それゆえ折紙は本来の可能性の大きさのわりに工学的応用例が少なかった。

本研究は、環境と人間の活動に柔軟に呼応しうる建築の実現のため、計算折紙幾何学的な手法に基づいて建築・工学へ応用可能な形態や機構を設計するための理論を「建築折紙」として提案し、これを建築のデザインへと応用するものである。折紙の工学的現象を様々なデザインコンテクストにおいて利用可能なものとするため、折紙を多様なトポロジー・平坦状態・変形機構を可能とする形式に拡張して定義し、その抽象化された折紙とその条件を離散化し計算可能な形式で表す。

さらに、現実のデザインの諸問題において求められる環境や外的条件へのフレキシブルな適応性を満たすため、諸条件・目的関数から必要な形態を導くという「設計」的アプローチを適用する。ただしコンピュテーションによって目的関数から陽に形態を導くのではなく、デザイナーがシステムと対話することで形態と条件の新しい関係性を発見していくインタラクティブ性を持った仕組みを構築する。

具体的には本論文ではまず建築のコンテクストにおける折紙を計算幾何学的に定義し、それらをもとにして三種類の一般的なデザイン問題に対して実用的な解法を与え、それぞれの解法をインタラクティブな形態デザインシステムとして構築している。さらに構築したデザインシステムを用いて建築空間を実際にデザインすることで建築折紙の実用性を示している。

2. 建築折紙のための幾何学

折紙のトポロジーを拡張し、等長写像可能でホモトピックな少なくとも一つずつの平坦状態及び立体状態を持つ曲面として折紙を定義し、立体から平面、平面から立体という折紙の工学的現象を幾何学的にモデル化した。このモデル化によって閉じた多面体構造や筒型構造の複合体など、通常の折紙より動きや形態に制限の加わる曲面も折紙の枠組みで扱う事を可能とした。この拡張された枠組みにおいて、シート材料の折り曲げ加工を可能とする可展性の条件、空間の平面への折り畳みを可能とする平坦折り可能性の条件、伸び縮みしないパネルと回転ヒンジよって作られる形状変形を表現した剛体折りの機構の拘束条件などを、各頂点まわりの局所的条件及びホモロジー基底を為す閉曲線上の積分量の条件として表現した。更にそれらの条件を、コンピュテーション可能とするため、区分線形なモデルへと離散化した。

3. 任意多面体の凸多角形可展面実現

自由形状をシート材料の折り曲げのみで加工するための手法として、与えられた任意多面体に内側から密接し、展開形状が凸多角形であるようなディスク同相の可展面を実現する実用的手法及びデザインシステムを提案した。

襞を内部に作ることで隙間のない三次元多面体を形作るアプローチを考え、その逆問題すなわち立体形状の入力に対し平面上のパターンを求めるという設計問題を解いた。まず「襞分子」という三次元状態における端部の位置が固定されたフレキシブルな折り線構造を用いて、この設計問題を多面体の構成面を平面上へ配置する問題へと変換することで、条件を非線形の等式および不等式として定式化し、それを解くための二段階のマッピングおよび稜線襞分子の再分割によるアルゴリズムを提案した。二段階のマッピングにより問題を線形問題と帰着し、LU分解の事前計算によって高速化することで、条件を満たした複雑な展開図パターンをリアルタイムに(例:374三角形のモデルにおいて16.5fps)インタラクティブに探索できるようなデザインシステムを実現した。このデザインシステムにより、今までの折紙では実現不可能であった複雑な三次元的な曲面(例:374個の三角形からなるStanford Bunny)を一枚の紙を折るのみで実現することに成功した。

4.剛体折り可能な四辺形メッシュ自由形状構造

冗長な拘束による一自由度剛体折り機構を持ちコンパクトに折畳まれる自由形状の連続面を得るため、剛体折り可能な可展かつ平坦折り可能なディスク同相四辺形メッシュ折紙の条件を一般化し、その自由形状バリエーションを得るための手法及びインタラクティブデザインシステムを考案した。

一般に四辺形を接続した構造は、拘束の数が自由度の数を上回るため剛体折り不可能であるが、ミウラ折りなどの対称性の高い構造では特異性から冗長な拘束による一自由度の剛体折り機構を持つことが知られている。このような剛体折り機構は、要素の数や形状の複雑さによらず変形が一つのアクチュエータでコントロール可能である点、要素を省いても機構が成立する頑健性を持つ点で工学的に有用性が高い。本研究ではこの剛体折りに関する特異性を形態の対称性に依存しない形式へと一般化し、可展かつ平坦折り可能な四価頂点構造の剛体折り可能性が一つの非自明な三次元状態の存在と同値であることを証明した。

この結果に基づいて非自明な三次元状態の解空間をユーザのインタラクティブな操作によって探索する仕組みをデザインシステムとして構築した。デザインシステムではバックグラウンドのリアルタイム計算で剛体折り可能性を保ちつつ、ユーザが直感的に自由に曲面を変形させる事を可能としている。さらに、機構を維持したまま面を厚みのあるパネルで置き換える手法も考案した。これにより折紙の機構を持つヒューマンスケール・建築スケールの可動構造物を実現可能とした。

5.剛体折り可能な四辺形メッシュ筒型構造

冗長な拘束による一自由度剛体折り機構を持ちコンパクトに折り畳めるような囲まれた空間を実現するため、剛体折り可能で平坦折り可能な四辺形メッシュ筒型構造およびそのバリエーションの設計手法を考案した。

筒型構造の剛体折り可能性にはディスク同相の条件に加え端部のループが破綻しない連続変形を必要とする。この条件を解くために対称性の高い基本モデルを構築しこれを等方及び異方の二種類の筒型構造へと一般化した。等方な構造は、三種類の折り線構造の組を並び替えて接続することで得られ、二つの平坦状態をもつ。異方な構造は、180°回転対称な任意の多角形断面を斜方に押し出すことで得られ、一般に一つの平坦状態のみをもつ。等方な構造を一定厚の板を組み合わせたボリュームで実現する手法と、異方な構造を複合的断面に適用する事で、レイヤー構造や複合的構造を実現する手法を示した。与えた断面曲線をリアルタイムにアップデートし構造を生成するシステムをCAD上に構築することで、自由な断面の筒型構造あるいは複合構造をデザイン可能とした。

既存の筒型折り畳み構造のデザインには剛体折りできるものはなく、従って形状変形が材料の柔軟性に依存していたため繰り返し変形する用途や重力下での大スケール構造物に応用する事ができなかった。それに対し、本研究で提案する筒型構造は、剛体折り可能なため繰り返し変形可能であり、厚板やレイヤーによる実装によりスケールや用途に応じた構造的・環境制御的な特性を実現できる。

6. デザイン

既存の二つの建築物の間にアダプティブに付加する空間をデザインするという具体的な建築的問題を提示し、建築折紙を用いたデザイン提案を行った。用途に応じてあるときは二つの建築物の開口を接続し一体化したギャラリースペースとして機能し、あるときは半屋内的空間として用いられ、あるときはコンパクトに折り畳まれてファサードに同化する空間を実現する。ギャラリースペースとして機能するときの気密性、高さ4m程度の空間を構造的に成立させること、連続的に変形できること、折畳んだときの平坦性、などの条件を、曲面の単連結性、端部の頂点座標の固定、一定厚のサンドイッチパネルとヒンジによる実現可能性、剛体折り可能性、平坦折り可能性という幾何的条件として扱う事で、ディスク同相の剛体折り可能折紙のデザイン問題へと置き換え、第4章で構築したシステムを用いた形態のデザインを行った。

空間の質を変化させる折紙の変形を建築スケールで実現しつつ与えられた不規則な空間配置条件へ対応する可動建築をデザインすることで、建築折紙による建築の実現可能性とデザイン自由度の高さを実践的に示した。

7. 結論

本論文では以下の研究成果を得た。

・自由なトポロジーへと拡張した折紙を定義し、工学的に応用可能な折紙の幾何学を離散的形式で表現した。

・一枚の凸多角形を折るのみで任意形状の多面体を実現するための実践的手法を考案し、インタラクティブデザインシステムとして実装した。

・剛体折り可能で可展かつ平坦折り可能なディスク同相の四辺形メッシュ構造の幾何学的条件を明らかにするとともに、非対称な自由形状バリエーションためのデザイン手法及びシステム、さらに機構を厚板によって実装するための手法を考案した。

・剛体折り可能で平坦折り可能な四辺形メッシュ筒型構造の幾何学的条件を明らかにするとともに、筒型構造及びそのバリエーションのためのデザイン手法及びシステム、さらに機構を厚板または複層の面で実装するための手法を考案した。

・既存の建築にアダプティブに付加し空間の質を大幅に変えながら利用できる空間を、建築折紙を用いてデザインし、建築折紙の実用性を示した。

以上の成果により、折紙の建築デザイン応用のためのコンピュテーショナルな設計理論を確立し、それを利用した実際の設計を通じてその実用性を実証し、今後の発展的研究の指針を示すことで実用化への道を拓いた。

審査要旨 要旨を表示する

審査委員会は、上記論文提出者が提出した博士学位請求論文「Architectural Form Design Systems based on Computational Origami(計算折紙幾何学に基づく建築形態デザインシステムに関する研究) 」(本文は英文)に対し、本論文と提出者が審査委員に対し個別に行った説明、及びその時の質疑応答、論文発表会(口頭による最終試験)とその時の質疑応答、論文発表会後に開催した審査委員会での審議とそこからの指摘事項に対する提出者の応答、さらに電子メール上で行った審査委員同士の審議を通し、当該論文の審査を行った。その審査結果を下記にまとめる。

本研究は、折紙の幾何学的な手法に基づいて建築・工学へ応用可能な形態や機構を設計するための理論を「建築折紙」として提案し、これを主に計算機を用いて建築のデザインへと応用しようとするものである。折紙の工学的現象を様々なデザインの場面において利用可能なものとするため、折紙を多様なトポロジー・平坦状態・変形機構を可能とする形式に拡張して定義し、その抽象化された折紙とその条件を離散化し計算可能な形式で表すことを試みている。

また、現実のデザインの諸問題において求められるフレキシブル性を満たすため、諸条件・目的関数から必要な形態を導くという対話型の「設計」的アプローチを適用している。本論文では建築における折紙の利用を計算幾何学的に定義し、それらをもとにして三種類の問題、(任意形状の多面体を折り紙で実現する問題、剛体折り可能で可展かつ平坦折り可能な四辺形メッシュ構造の幾何学、剛体折り可能で平坦折り可能な四辺形メッシュ筒型構造の幾何学)に対して実用的な解法を与え、それぞれの解法を対話型形態デザインシステムとして構築することを試みている。さらにそのデザインシステムを用いた建築空間デザインを例示し、建築折紙の実用性を示している。

1章では、折り紙とその基礎理論に関する現状と背景、及び本論文の位置づけについて述べている。

2章では、折紙のトポロジーを拡張し、等長写像可能でホモトピックな少なくとも一つずつの平坦状態及び立体状態を持つ曲面として折紙を定義し、立体から平面、平面から立体という折紙の工学的現象を幾何学的にモデル化している。このモデル化によって、シート材料の折り曲げ加工を可能とする可展性の条件、空間の平面への折り畳みを可能とする平坦折り可能性の条件、伸び縮みしないパネルと回転ヒンジよって作られる形状変形を表現した剛体折りの機構の拘束条件などを、各頂点まわりの局所的条件及びホモロジー基底を為す閉曲線上の積分量の条件として表現している。

3章では襞を内部に作ることで隙間のない三次元多面体を形作るアプローチを考え、さらに立体形状の入力に対し平面上のパターンを求めるという設計問題を解いている。非線形の等式および不等式として定式化し、それを解くための二段階のマッピングおよび稜線襞分子の再分割によるアルゴリズムを提案、二段階のマッピングにより問題を線形問題へと帰着し、LU分解の事前計算によって高速化することで、条件を満たした複雑な展開図パターンをリアルタイムかつインタラクティブに探索できるようなデザインシステムを実現している。例として374個の三角形からなるウサギの立体像(Stanford Bunny)を一枚の紙を折るのみで実現できることを示している。

4章ではミウラ折りに代表されるような、冗長な拘束による一自由度剛体折り機構を持ちコンパクトに折畳まれる自由形状の連続面に関する考察を行っている。この剛体折りに関する特異性を形態の対称性に依存しない形式へと一般化し、可展かつ平坦折り可能な四価頂点構造の剛体折り可能性が一つの非自明な三次元状態の存在と同値であることを証明している。さらに、バックグラウンドのリアルタイム計算で剛体折り可能性を保ちつつ、ユーザが直感的に自由に曲面を変形させる事のできるインタラクティブデザインシステムを考案している。また、機構を維持したまま面を厚みのあるパネルで置き換える手法も考案している。

5章では、4章での研究の発展として、剛体折り可能で平坦折り可能な四辺形メッシュ筒型構造およびそのバリエーションの設計手法を考案している。基本モデルとして、等方及び異方の二種類の筒型構造へと一般化し、等方な構造を一定厚の板を組み合わせたボリュームで実現する手法と、異方な構造を複合的断面に適用する事で、レイヤー構造や複合的構造を実現する手法を示している。既存の筒型折り畳み構造は形状変形が材料の柔軟性に依存しており、剛体折りできるものはなかったが、本研究で提案している筒型構造は、剛体折り可能で、スケールや用途に応じた構造的・環境制御的な特性を実現することが容易となっている。さらに、与えた断面曲線をリアルタイムにアップデートし構造を生成するシステムをCAD上に構築している。

6章では、第4章で構築したシステムを主に用いて、建築折紙を用いたデザイン提案の例を示している。既存の二つの建築物の間にアダプティブに付加する空間をデザインするという具体的な建築的問題を提示し、用途に応じてあるときは二つの建築物の開口を接続し一体化したギャラリースペースとして機能し、あるときは半屋内的空間として用いられ、あるときはコンパクトに折り畳まれてファサードに同化する空間をデザインしている。

7章では結論として本論文で得られた研究成果を整理列記してまとめている。

以上の成果により、折紙の建築デザイン応用のための基礎理論を構築し、計算機の積極的な応用によるプログラミングと設計手法の基盤となる方向性を提示し、今後の発展的研究の指針を示すことで実用化への道を拓いていると評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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